蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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いよいよ朝日杯、ゴール前の死闘編です。
実際の競馬とは異なる部分も多々ありますが、三強が譲らぬ意地をぶつけ合うクライマックスとして楽しんでいただけたら嬉しいです。


譲らぬ三強、雨中の死闘

中山名物、心臓破りの坂に突入する。

脚が鉛みたいに重い。いや、マジで鉛を足首にぶら下げてんのかってくらい動かねえ。けど、まだ行ける!俺のスタミナなら、この坂を越えて、その先まで突っ走れる!

 

「萌!もっとだ!もっと前に!最後の一滴まで、俺の全てを絞り尽くせ!」

「はいっ!」

 

萌のGOサインに合わせて、俺は体中のバネをギュッとまとめて解放する。もう肺は爆発寸前。視界はドロドロの泥で真っ茶色。それでも体が勝手に前へ前へと進んでいく。

 

隣を走るピーターⅡはまだ笑ってやがる。

「ははっ!楽しいな、マストブリンガー!この坂を駆け上がれる相手なんて、想像すらしてなかったぜ!」

バケモンかお前。お前の肺もそろそろ爆散しろ。

 

一方でブジキセキは叫んでいた。

「僕が勝つ!このレース、最高にカッコよく勝つんだあああああ!」

お前は少年漫画の主人公か。こっちは既におっさん転生枠なんだよ。テンションが違いすぎるわ。

 

でも、正直言おう。こんなに苦しくて、ギリギリで、死にそうで、それでも「楽しい!」と思えるレースは初めてだ。

そうだ、これだ。これこそが競馬だ!

 

前世で、俺は数々の名勝負をテレビや画面越しに見てきた。ディープだのオルフェだの、カスケードだの。心震えるようなレースはいっぱいあった。

でも、今こうして自分がそのど真ん中にいて、泥を浴び、心臓を破裂させそうになりながら、伝説の瞬間を「体感」してるんだ。

 

最高だろこれ!競馬ファン冥利に尽きるだろこれ!

 

後ろの観客の悲鳴と歓声が雨音を突き破って聞こえてくる。実況も叫び散らしてるが、もう耳に入ってこない。ただ、俺の目の前にはゴール板。隣には二頭の怪物。そして俺の背には、泣きそうな顔をしながらも必死に鞭を振る萌。

 

(ああ……俺、今、生きてる!)

 

歓喜。言葉にすればそれしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脚が重い。息が上がる。視界が霞む。

でも、まだバテちゃいねえ!俺のスタミナは、こんなもんじゃ尽きない!

 

これまで俺の前に、敵なんざいなかった。デビューからずっと、気づけば勝っていた。世代の頂点に立つのは「当然」だと思っていた。

だが――。

 

隣で泥を跳ね飛ばしながら食らいついてくる黒鹿毛の化け物、マストブリンガー。

さらに外から必死に食らいついてくるサンデーサイデンスの申し子、ブジキセキ。

 

(ククッ…面白い!これが「ライバル」ってやつか!)

 

「山中さん!聞こえるか!」

俺は背中の鞍上に叫んだ。

「ここで勝たなきゃ、ワクチンに最強の兄貴の背中を見せられねえんだよ!」

 

『ああ、分かってる!お前の意地、俺がゴールまで届けてやる!』

 

その瞬間、俺の全身に電流が走った気がした。

そうだ、俺は勝つ!勝って最強を証明する!勝って来年のクラシックへの道を切り拓く!

 

泥にまみれた顔も、焼けるように痛む肺も、全部関係ねえ。

このラスト100メートルで、俺の全てをぶつける!

 

「来いよマストブリンガー!来いよブジキセキ!俺が、この世代の王者だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あは、ははは!

我ながら馬鹿な選択をしたもんだ。馬だけに。

 

好位(こうい)で脚を溜めて、前の二頭が共倒れするのを待っていれば、もっと楽に勝てただろうに。

僕にはその道も用意されていた。勝つだけなら、簡単なはずだった。

 

でも、違う。違うんだ。

気づけば僕は、自分からこの泥沼の殴り合いに飛び込んでいた。

 

苦しい……。つらい……。

脚が折れそうだ。心臓が爆発しそうだ。

呼吸のたびに、肺が焼けるように痛む。

 

……でも、笑いが止まらない。

 

「……竹さん、楽しいですね!」

『ああ、最高にな!』

 

これだ!これこそが勝負だ!

これこそが――競走馬だ!!

 

僕は勝つ!勝って、この胸の奥に渦巻く絶叫を、ターフに叩きつけてやるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂を登り切り、ゴール板まで残り200m!

三頭はまるで併せ馬(あわせうま)みたいに、完全に横一線!

 

《マストブリンガーが出る!マストブリンガーが出る!マストブリンガーが僅かに前に出た!》

 

よし!ここで俺が――

 

《ピーターⅡ!ピーターⅡ!ピーターⅡ!!外から差し替えした!!》

 

おい!なぜお前が伸びる!脚どこに隠してたんだ!?

 

《ブジキセキ!大外から一気にブジキセキ!ブジキセキが1馬身前に出た!!》

 

おいおい!なんで三頭ともバテないんだよ!?これはスタミナ勝負じゃなかったのか!?

 

《いや、まだ終わらない!マストブリンガー前に出るマストブリンガー!マストブリンガーが出たか!?》

 

俺の心臓は破裂寸前、肺は燃え尽きそうだ。

けど――負けられるかよ!

 

「「「譲るかぁぁぁぁっ!!」」」

 

俺、ピーターⅡ、ブジキセキ。

三頭と、三人の鞍上の叫びが、雨の中山競馬場に木霊する!

 

泥が飛び散り、視界はゼロ。

だが、分かる。今、三頭ともゴールに飛び込もうとしている!

 

これが世代最強を決めるデッドヒートだ!!




ブリンガー、ピーターⅡ、ブジキセキ。三頭の叫びが重なった瞬間、僕自身も書きながら鳥肌が立ちました。
次回はいよいよ決着。誰が勝つのか、自分でも楽しみながら最後まで走り切ります。感想をいただけると、ラストスパートの力になります!
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