蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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実際の競馬界とは違う部分も多々ありますが、フィクションとして楽しんでいただければ幸いです。
今回は年末年始の「裏方編」入厩査定から未来ちゃんのテレビ出演まで、ブリンガー目線でのドタバタを描いてみました。


年末トレセン大騒動!

年末の栗東トレセンは、そりゃあもう地獄絵図だった。

来年のクラシックを目指す明け2歳馬(あけにさいば)たちが続々と入ってきて、どの厩舎もバタバタ。輸送でゲロ吐くやつもいれば、いきなり脱走して警備員に取り押さえられるやつもいる。初めて競走馬になるための第一歩を踏むってのは、まあどこもそんなもんだ。

 

だが、ウチ――大原厩舎はその中でもひときわカオスだった。

なにせ、俺が朝日杯(GI)で2着に入って大暴れした直後だ。それに加えて、未来ちゃんが管理する他の馬も年間で重賞7勝。新人女性調教師が率いる厩舎としては異常な成績を叩き出したもんだから、全国の有力オーナーが「ぜひウチの馬を!」と雪崩れ込んできたわけだ。

 

結果どうなったか。未来ちゃんはもう顔面蒼白で、俺の専用直通電話に悲鳴を飛ばしてきた。

「どうしようマストブリンガー君!馬房の数が足りないのに、断りきれないよ!」

…だからなんで俺に相談してくるんだよ。俺は馬であって、経営コンサルじゃねえんだぞ?

 

その瞬間、俺の執務机のFAXからガガガガッと大量の紙が吐き出された。

タイトルは【1995年度 大原厩舎 入厩希望馬リスト】。

……おいおい、俺が選定(セレクション)までやるのかよ。

 

一枚目に書かれていた名前を見て、思わず口をへの字に曲げた。

フォレストエンプレス(父:シンボリルドルフ 母:マストテイク)

「……妹かよ」

よりによって、俺の全妹。母ちゃんの最新作だ。最近はたれ蔵とつるんで「お兄ちゃんの厩舎がダメなら、みどり牧場に行くの!」なんて言ってたっけ。みどり牧場=飯富厩舎=あの汚いオッサンの管理下だぞ。絶対行かせられん。

「変なネズミに変な教育される前に、俺の監視下に置くしかないな」

【合格】

 

次の紙をめくる。

父:トニーカン(どう見てもトニービン)、母父:ノーザンテースト。

「うーん、これはいい。スタミナと根性の塊。母父ノーザンのクロスでしぶとさ爆上がり。写真を見るとトモがガッチリしててダートも走れそうだな。意外性がある」

俺は鼻を鳴らして笑った。こういう馬がクラシックじゃなくても帝王賞とかで稼ぐんだよな。

【合格】

 

その次。

父:ダンナガリバー(絶対ダイナガリバー)、母父:サクラユタカオー。

「うお、渋い!渋すぎる!血統オタク歓喜!」

玄人好みの血統ってやつだ。こういうのが新潟記念とかで大穴開けるんだよなあ。

俺の完全な趣味枠だけど、こういうのは押さえておきたい。

【合格】

 

最後の紙をめくったとき、俺は息を止めた。

モーリアロー。

添付されている推薦状には、震える字でこう書かれていた。

「貧乏牧場の最後の生産馬です。売れなければ一家離散です。どうか、どうかチャンスをください」

……おいおい、泣かせに来やがる。こういうの弱いんだよ。俺自身、牧場の経営危機から始まった存在だ。あの頃の母ちゃんや美桜ちゃんの必死な顔を思い出す。しかも、この馬の脚質は逃げ。俺と同じだ。

「……他人事じゃねえな。いや、他馬事か?」

よし、決まりだ。俺が育ててやる。牧場ごと救ってやる。

【特別合格】

 

美桜ちゃんが俺の馬房に乱入してきて、リストを覗き込んだ。

「ねえねえ、この子可愛い名前じゃない?絶対うちで預かろうよ!」

「馬はぬいぐるみじゃねえ!スペックを見ろ、スペックを!」

「スペックって?イケメンかどうか?」

「違う!血統と馬体だ!」

話にならん。

 

未来ちゃんは未来ちゃんで、「とりあえず全頭受け入れてから考えようよ!」とか言い出す始末。

いやいやいや!そんなもん受け入れたら、俺のベッドまで貸し出さなきゃいけなくなるぞ!?俺の執務室はビジネスホテルじゃねえんだ!

 

極めつけは萌だ。横でリストを眺めながら、真顔でこう言った。

「ブリンガー君、この馬、見た目がカッコいいから採用でいいんじゃない?」

「お前は騎手だろ!外見で決めるな!」

「だって、強そうだし」

「プロの発言じゃねえ!!」

 

結局、俺が一頭一頭リストを見ながら査定する羽目になった。

「こいつは前脚のつなぎが立ちすぎてて脚元に爆弾。アウト」

「こっちは見栄えはいいが、胸囲が足りない。長距離じゃ持たない。アウト」

「こいつは…ああ、なるほど。父リアルジャダイ、母がオークス馬か。おもしれえ。とりあえずキープ」

 

俺が真剣にジャッジしている横で、美桜ちゃんが勝手にハートマークを描きながら「かわいい子は即採用!」とかやってる。頼むからやめてくれ。

 

すると突然、牧場長をやってる母ちゃんが馬房から顔を出した。

「はいはい!セリ価格が高い馬は預かるだけ赤字よ!うちのファームで生産した仔馬を優先にしなさい!」

「母ちゃんまで参戦してきたかよ!」

「当たり前でしょ!経営はシビアなのよ!」

……誰よりもまともで怖い。

 

その横で、啓太(小学生)がタブレットをいじりながら冷静に言った。

「馬体診断と血統データをAIにかけたら、リストの中で将来GIを勝つ可能性が一番高いのは5番のクラウンプリンセス号ですね。僕の分析では勝率28%です」

「お前、何者だよ!俺より仕事できるじゃねえか!」

 

結局その日、俺たちは夜まで議論を続け、FAXの紙の山に埋もれながら候補を絞り込んだ。

「よし、これで何とか入厩頭数の調整はできるな」

そう言った俺の言葉に、未来ちゃんが涙目で頷いた。

「ありがとうブリンガー君…!あなたがいなかったら、この厩舎もうパンクしてた…!」

いや、それ馬に言う台詞じゃないから。

 

とりあえず、俺の年末年始の「休養」は完全に潰れた。

どう考えても休養じゃねえ。ブラック企業かここは。

でもまあ、俺の選んだ馬たちが来年クラシックで走ると思えば……悪くないかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がせっせとFAXのリストと格闘して、気づいたらGMどころか経理と人事も兼任してるんじゃないかってくらい忙殺されていた頃、未来ちゃんはのんきにテレビ出演していた。しかも競馬特番だ。

タイトルがまたすごい。

『若き天才・大原未来調教師!その強さの秘密に迫る!』

いやいやいや、誰が天才だよ。俺の胃薬の消費量を考えてから言ってくれ。

 

司会者がニコニコしながら問いかける。

「先生の調教の秘訣は何ですか?」

未来ちゃんはカメラ目線でキリッと答える。

「そうですね…その子の個性と、気持ちを尊重することでしょうか」

おい待て。お前それ、俺が渡したカンペの一行目だろ!

 

俺の執務室(馬房)のタブレットでその映像を見ていた俺は、思わず飼い葉を吹き出した。いや、吹き出すなって話だが、無理なもんは無理だ。

そもそも未来ちゃんは調教プランを立てるとき、最初に出す案が「とりあえず全頭坂路20本!」とかだからな。即死プログラムかよ。俺が横から止めなかったら、厩舎ごと壊滅してたわ。

その俺が全部調整してるのに、テレビでは天才調教師扱い。世の中おかしい。

 

しかも司会者がさらに聞く。

「朝日杯ではマストブリンガーが素晴らしい走りを見せましたね!」

未来ちゃん、胸を張って答える。

「はい!ブリンガー君は自分でレースを作れる馬ですから!信頼して任せただけです!」

……ちょっと待て。任せただけってなんだよ。お前はスタート前に「どうしようブリンガー君!不良馬場って滑らない!?」って半泣きで聞いてきただろうが。俺が「大丈夫、俺の蹄鉄はスパイク仕様だ」って安心させたの、忘れたのか。

 

さらに「若き女性調教師の強さの秘密!」とかテロップがドーンと出て、ナレーションが流れる。

『大原未来調教師。史上最速で重賞7勝を達成。その背景には、独自の調教理論があるという』

独自の調教理論=俺のカンペ。俺の頭脳。俺の深夜のブラックコーヒー。

完全にゴーストGMじゃねーか。俺のクレジットを流せ。字幕に「監修:マストブリンガー(黒鹿毛)」って入れろ。

 

でも、ひとつだけ否定できないのは、未来ちゃんの乗り役としての才能は本物だってことだ。馬の気持ちが分かるってのはあながち嘘じゃない。実際、萌が焦ってるときは「大丈夫、焦らなくていいよ」って馬に言うみたいに声をかけてるし、俺だって何度か救われてる。

ただ問題は……調教師じゃなくて、明らかにジョッキー向きなんだよなあ。体も軽いし反射神経もいい。

「未来ちゃんさあ、いっそ調教師辞めて騎手やってくれない?」

タブレット越しに呟いてみたが、もちろん届かない。俺の声が届くのは馬房の壁とFAXの機械音だけだ。むなしい。

 

番組の最後には「来年のクラシックへの展望は?」という質問が飛んでいた。

未来ちゃんは爽やかに笑って答えた。

「もちろん、クラシック三冠です!」

スタジオが大きな拍手に包まれる。

……いやいやいや、簡単に言うな。三冠ってな、そんな簡単なもんじゃねーんだぞ。お前の三日坊主のダイエットと違うんだよ。

 

俺は頭を抱えた。こうして「大原未来神話」は、テレビの中で勝手に作られていく。気づけば未来ちゃんは競馬界のシンデレラガール扱い。馬主からの信頼も爆上がり。

結果として、俺の仕事はさらに増える。入厩希望のリストは毎週のように追加されるし、母ちゃんからは「経営指標まとめといて」って言われるし、萌は「ブリンガー君、カメラ目線で決め顔してみて」とか意味不明な要求してくるし。

 

だがまあ、文句ばっか言っても仕方ない。俺は俺で、走るだけじゃなく、選んだ新世代の馬たちを鍛えてやる。モーリアローも、妹のフォレストエンプレスも、全部まとめて面倒見てやる。

来年の大原厩舎は、俺と、俺が選んだ精鋭たちでクラシック戦線を戦い抜く。

テレビで天才扱いされてる未来ちゃんの看板の裏で、俺が裏方もやる。まあいい。どうせ俺は「走るGM」だからな。




「血統ネタ」と「未来ちゃん天才演出ネタ」を詰め込みすぎて、結果として執務馬(ブリンガー)のブラック労働ぶりが際立ってしまいました(笑)
妹・フォレストエンプレスやモーリアローといった新世代の登場は、今後のマキバオー編を大きく盛り上げてくれるはずです。
次回からいよいよ本格的にクラシックシーズンに突入! 熾烈な戦いとポンコツチームのドタバタ、どちらも楽しみにしていただければ嬉しいです。
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