蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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実際の競馬界とは異なる描写や展開がありますが、フィクションとしてお楽しみください。
今回はクラシック前哨戦・弥生賞直前。ピーターⅡ回避で焦点はブジキセキとの一騎打ち、そして萌を巡る外野の批判と信頼関係の確認にスポットを当てています。


浮気と尻と三強前哨戦

いよいよクラシックシーズン。俺の3歳初戦は皐月賞トライアルの弥生賞(G2)に決まった。舞台は中山芝2000メートル。トライアルの中でもクラシック直結度ナンバーワンと言われる由緒正しいレースだ。

(よし、ここで賞金加算して本番に弾みをつける。あの野郎――ピーターⅡを倒す前の肩慣らしだな)

そう意気込んでたら、新聞の見出しを見てズッコケた。

 

【ピーターⅡ 弥生賞パス!皐月賞直行!】

 

理由は「春は眠いから」だと。

「ふざけるな!!」

俺は思わず執務室(馬房)の高級フランス製ベッドを蹄で蹴り飛ばした。原作ではダービーまで15戦する鉄人ローテをやらされてたくせに、この世界じゃ快適ショートカットモードか!おい、チート馬!そこは原作準拠で無茶してくれよ!

 

まあいい。皐月賞で叩き潰せば済む話だ。とりあえず弥生賞の登録馬リストをチェックした。

……いたな。ブジキセキ。

 

あの大雨の朝日杯で、俺と2着を分け合ったもう一頭の怪物。史実じゃ弥生賞勝って、その後屈腱炎で早期引退だったが、あいつなら屈腱炎になっても「骨が折れた?まあ気合で走れますよ!」とか言いそうだ。マジでこいつに常識は通用しない。

 

リストをさらに眺める。

「ダンナガリバー産駒か…お前も出るのか。渋いな」

血統フェチとしてはたまらないが、今は余裕がない。とにかくブジキセキをどう料理するか、それが全てだ。

 

そんなことを考えていると、俺の専用電話が鳴った。

「はい、もしもし。マストブリンガー厩舎長兼GMです」

「おい、GM名乗るな!」電話の向こうで未来ちゃんが絶叫してる。

「弥生賞の想定、決まったわよ!」

「知ってる。ブジキセキ出てくるんだろ?」

「そう!しかも調子がいいらしいの!あいつ、練習で2000mをラップ刻んで走ったあと、さらにもう一周ダッシュしたって!」

「化け物か!」

 

そこに萌が割り込んできた。

「大丈夫です!ブジキセキだろうが何だろうが、私が全部差し切ってみせます!」

「おい待て。俺は逃げ馬だ。差し切るのはブジキセキの役目だろうが!」

「えへへ…ついカッとなって」

お前が一番心配だ。

 

さらにFAXがガーッと鳴って、新しい紙が出てきた。

【ブジキセキ陣営コメント:勝っても負けても楽しいのが競馬!弥生賞は全力で遊びます!】

遊ぶな!真面目にやれ!

 

そして追い討ちをかけるように、新聞記者が馬房に取材に来た。

「マストブリンガーさん、ブジキセキへの対策は?」

「……スタートから全力でぶっ飛ばして、心肺を焼き切らせます」

「つまり共倒れ狙いですか?」

「違う!俺は持つんだよ!」

記者たちは大笑いして去っていった。なにがそんなにおかしい。

 

夜。放牧地で空を見上げながら俺は考えた。

ピーターⅡは皐月賞に温存。

ブジキセキは弥生賞からクラシックへ直行。

そして俺は弥生賞を経て皐月賞へ挑む。

 

三強それぞれが選んだ道は違う。だが、最終的に同じ皐月賞のターフでぶつかり合う。その未来を思うと、胸が熱くなる。

 

「……いいじゃないか。面白くなってきた」

俺は星空に向かって鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

萌とトレセンで合流したのは、もう3月になってからだった。アイドル活動が忙しかったらしい。テレビ番組、ラジオ、握手会、果ては週刊誌の袋とじまで…っておい、最後のは嘘だろ!?

 

久々に会った彼女は、以前のオドオドした新人ではなかった。凛とした、プロの騎手の顔つきをしている。…萌のくせに、ちょっとムカつくな。俺は挨拶代わりに、彼女の胸に顔をうずめ、柔らかい感触をぱくりと食んでやった。

「きゃあああ!このエロ馬!」

反射的に飛んできた鞭が、俺の首筋を全力で叩く!…痛え!だが、これだ。これこそが、俺と萌の関係だ。

 

「なんで久々の再会でいきなりセクハラなんですか!」

「いや、調子を確かめただけだ。ほら、声の張りもいいし、鞭のキレも増してる。立派に成長したな」

「そんな成長の確認いらないですから!」

 

未来ちゃんが呆れ顔で割って入ってきた。

「二人とも、再会の仕方が変態すぎます!」

「変態じゃない!俺なりのコンディションチェックだ!」

「それを変態って言うんですよ!」

 

まあいい。とにかく、久々に俺と萌のコンビが復活だ。

 

調教スタート。久しぶりに背中に乗った萌の手綱は、驚くほど安定していた。

「おい…お前、本当に萌か?」

「失礼ですね!私だって日々進化してるんです!」

「うーん…どこで入れ替わった?実は双子とかじゃないだろうな」

「勝手に都市伝説を作らないでください!」

 

走り出すと、手綱のリズムが抜群に合う。以前のようなガチャガチャした感じはない。俺の動きを感じ取り、無駄なく合わせてくる。

「ほら、どうです?私、変わったでしょ」

「確かに…前は俺が100%リードしてたけど、今は五分五分って感じだな」

「でしょでしょ!これが私の成長なんです!」

ドヤ顔をしてるのが背中越しに伝わる。ムカつくけど、ちょっと誇らしい。

 

すると、馬場脇で見ていた同期馬が茶々を入れてきた。

「おいブリンガー、お前の鞍上、急にカッコよくなってんじゃねーか」

「そうだろ?俺が育てた」

「お前が育てたのかよ!」

「いや、俺が育てた」

萌「勝手に育て親みたいな顔しないでください!」

 

調教を終えたあと、萌が真剣な表情で言った。

「ブリンガー君、私…弥生賞、絶対勝ちます。朝日杯で負けて、悔しくて悔しくて。あなたと一緒に、今度こそ一番になりたいんです」

その目は真っ直ぐだった。アイドルとかバラエティとかでキャーキャー言われてる顔じゃない。本物のジョッキーの目だった。

 

「よし分かった。俺も全力で走る。お前がついてくるなら、どこまでも行ける」

「はい!」

 

――だが、その直後。

「ところで萌。あの握手会で、ファンに『俺の馬に乗りたいですか?』って聞かれたとき、『はい!』って答えたって聞いたんだが?」

「え!?な、なんで知ってるんですか!」

「俺の情報網をなめるな!」

「ちょっと待って!あれは営業トークですよ!本気じゃないですから!」

俺はじとーっとした目で萌を見た。

「…浮気は許さん」

「浮気じゃないですぅぅ!」

 

そのやりとりを見ていた未来ちゃんがまた呆れた。

「…本当に、このコンビでクラシック戦えるんですかね」

「戦えるとも!これが俺と萌の最強の形だ!」

「ただの痴話げんかに見えますけど!」

 

こうして、再び俺と萌のコンビが走り出した。弥生賞へ向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世間では、俺の鞍上が萌であることに対して、かなりのバッシングが巻き起こっているらしい。

『話題先行のアイドル騎手が、片手間で超大物に乗るな』

『結局は美桜オーナーのお気に入り人事』

ひどいタブロイド紙には、未来ちゃんと萌と美桜ちゃんが肉体関係だ、なんて下劣な記事まで載っていた。…まあ、その三人が絡むところは、ちょっと、いや、かなり見てみたい気もするが…。

 

「ブリンガー君!何で真顔でそんな記事読んでるの!」

美桜ちゃんが新聞を取り上げる。

「だって気になるだろ、こういうの」

「真面目に怒ってよ!」

「いや俺は馬だからな。三人でイチャイチャするのは俺の管轄外…いや管轄内か?俺も混ざっていいのか?」

「混ざれません!」

 

そんなスキャンダルをよそに、俺は一度は本気で萌を降ろすことを考えた。確かに、ここまでバッシングが大きいと、陣営全体に悪影響を及ぼしかねない。世間体を気にして、もっと実績のある騎手に任せた方がいいんじゃないか。

だが、いざ他の騎手を調教で乗せてみても、どうにもしっくりこないのだ。

 

未来ちゃんは別格だ。あいつは本当に天才だ。俺の脚の一歩先を読むように、絶妙な合図を送ってくれる。だが、調教師だから基本は騎乗できない。

そして他の騎手。リーディング上位のベテランにも乗ってもらった。確かに上手い。バランスも完璧、指示も的確。…でも何かが違う。

 

「なあ半蔵さん」

俺は本田社長の計らいで呼ばれた服部騎手(半蔵さん)に正直に言った。

「技術はすごいんだけど、尻の柔らかさがなあ…」

「は?」

「いや、その、フィット感?背中に伝わる感触?」

「お前、俺の尻の硬さに文句つけてんのか!」

「だって硬いんだもん!萌の尻は柔らかいんだよ!」

「比べんなコラ!!」

人間の一流ジョッキー相手に「尻が硬い」と文句をつける馬。これが俺。

 

だが結局、答えは出ていた。俺の走りを一番引き出せるのは、俺が育て上げたあのポンコツの鞍上だけ。萌しかいない。

「…やっぱりお前しかいないんだよな」

そう呟くと、馬房の前にいた萌が「えっ!?」と顔を赤らめた。

「な、なにそれ!いきなり告白みたいなこと言わないでくださいよ!」

「いや告白じゃねえよ!騎手としての話だ!」

「でも今ドキッとしました…」

「するな!馬にドキドキすんな!」

 

未来ちゃんが呆れ顔でまとめに入った。

「結論は最初から決まってたんです。ブリンガーと萌はコンビで一つ。外野が何を言おうと、関係ない」

「そうそう!私たち二人で勝ちます!」

萌が拳を握って叫ぶ。

 

…いや三人で頑張るとか言えよ。お前の後ろには俺がいるんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萌がこの短期間に8勝を挙げたことで、世間の雑音もわずかに沈静化している。

「やっぱりあの子、ただのアイドルじゃなかったのかも?」

「いやいや、どうせ偶然が重なっただけだろ」

「でも重賞馬マストブリンガーを任されてるんだから、実力もあるんじゃ?」

…なんだこの掌返し合戦は。人間って本当に面倒だな。俺から見れば、萌は相変わらずポンコツだ。だが、そのポンコツがここまで育ったんだから大したもんだろ。

 

ただ問題は、ここで俺が負けたらまた全部ひっくり返るってことだ。

「ほら見ろ!結局アイドル騎手なんてお飾りだったんだ!」

「女に馬が操れるか!」

「やっぱり未来調教師が全部やってるだけ!」

…とか、しょうもない批判が再燃するに決まってる。俺だけじゃない。美桜ちゃんや未来ちゃん、そして萌自身が、不当な言葉に晒される。それは絶対に許せん。

 

俺は弥生賞の出馬表を見つめた。

ブジキセキ。あの天真爛漫でバカみたいに強い奴がいる。他にも骨っぽいメンバーが揃っている。楽な相手じゃない。だが、勝たねばならない。

 

「ブリンガー君!」

タブレットから萌の声が聞こえてくる。リモートで打ち合わせだ。

「この前のレース、私ちゃんと乗れてましたか?」

「まあな」

「まあなって何ですか!もっと褒めてくれてもいいじゃないですか!」

「褒めると調子に乗るだろ」

「乗りません!」

「もう乗ってるだろ」

「むぅ~~~!」

…やっぱりポンコツだ。

 

そこに未来ちゃんから電話がかかってきた。

『ブリンガー、明日の追い切りは控えめにね。雨予報だから、馬場が重くなって消耗する可能性がある』

「あいよ」

『あと、萌には絶対に余計なこと言わないでよ。プレッシャーかけすぎるとすぐ泣くんだから』

「分かってるよ」

「え?今なんか言いました!?」

「いやなんでもない」

…ほんと、管理するこっちの苦労も考えてほしい。俺は馬だぞ、馬。馬なのに調教師と騎手のメンタルケアまでやってるってどういうことだ。

 

一方の美桜ちゃんはといえば、パドック用の新しい応援グッズを作っていた。

「ほら見て!これ!『萌ちゃん♡』って書いたうちわ!」

「なんで俺じゃなくて萌なんだよ!」

「だって、馬主としてはジョッキーを応援するのも大事でしょ?」

「俺が主役だろ!!」

「もちろんブリンガー君も応援するよ!でも、アイドルっぽくて可愛いでしょ?」

…完全にファンクラブ会員だな。

 

俺は考えた。俺のためだけじゃない。

俺の愛すべきポンコツチーム、その才能と努力が本物であることを証明するために。

未来ちゃんの奇跡みたいな調教師キャリア。美桜ちゃんのトンチンカンな馬主力(?)。そして萌の成長。全部まとめて「これは本物だ」って世間に叩きつけてやる。

 

雑音なんざ、勝てば一瞬で消える。

負ければ一瞬で復活する。

ならやることは一つだ。

勝つ。ただ勝つ。圧倒的に勝って、黙らせる。

 

「よし、行くか」

俺は馬房で立ち上がり、執務机の上に置かれた出馬表を蹄で軽く叩いた。

「弥生賞。絶対に獲る」

 

その決意は、激しい雨の音すらかき消すほどに強く、俺の心に刻まれていた。




ギャグ全開の痴話げんかから一転、最後は「勝って証明するしかない」という決意で締める、緩急の効いた回でした。
次はいよいよ弥生賞本番!中山2000mで、ブリンガーと萌がどう戦うのか。
彼らの挑戦をぜひ見守っていただけたら嬉しいです。感想もお待ちしております!
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