蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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弥生賞での敗北を経て、やさぐれたブリンガーが舞台を札幌・すすきのに移します。
馬なのに屋台で熱燗をあおり、会社員さながらに愚痴をぶちまける主人公。
それでも最後には、仲間たちの存在を思い出し、皐月賞に向けて再び走り出す決意を固めます。
今回はギャグ多めですが、心の奥にちょっとだけ沁みる話になったかもしれません。


酔いどれ問答

弥生賞の後、俺は完全にやさぐれていた。

敗因は分かってる。走りに集中できてなかったからだ。牧場じゃ経営者もどき、トレセンじゃ調教師もどき、レースじゃ教育係もどき。こんな不利な状況でGI級のライバルに勝てるかってんだ。やってられるかよ!

 

だから俺は今、札幌・すすきのの屋台で、馬のくせに熱燗をあおり、イカの塩辛をつまんでいた。鼻息で湯気が飛ぶ。

「聞いてくれよオヤジ!うちの会社、マジでブラックなんだぜ!」

俺は隣に座った知らんオヤジに愚痴をぶちまけた。

 

「まず社長(美桜ちゃん)は世間知らずで、俺がいないとすぐ変な契約書にサインしそうになる!部長(未来ちゃん)は現場仕事は超一流なのに、企画書(調教メニュー)は小学生レベル!部下(萌)は本業(騎手)より副業(アイドル)の方が稼いでる始末だ!俺が全部ケツ拭いてんだよ!」

オヤジは焼き鳥をひっくり返しながら、しみじみ頷いた。

「あるあるだなぁ…どこの会社も一緒だよ。で、お前は何やってんの?」

「競走馬」

「おう、そうか…って、は?」

 

店主のオヤジが酔っ払いの妄想だと思ってスルーした瞬間、俺は四足でビシッと立ち上がった。馬体ピカピカ、筋肉ムキムキ。屋台の提灯が俺の首にぶつかって揺れる。

「……マジで馬ァ!?」

周りの客が悲鳴をあげたが、俺は気にせず熱燗を一気に飲み干した。

 

「ちくしょう、俺だって馬らしく走るだけの人生がよかったぜ!なのに気づいたら、経営・調教・マネジメント・政治・広報…全部背負ってる!俺は馬であってGMじゃねえ!」

すると屋台の奥から「馬でも経営できるなら雇いたいわ」なんて声が飛んできて、俺は思わず塩辛を投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オヤジは静かに俺の愚痴を聞いていたが、やがてポツリと言った。

「…結局、あんたはなんで走ってるんだ?」

 

「は?そりゃ勝ちてえからに決まってんだろ!」

俺は熱燗をぐびっとあおり、イカの塩辛を一気に飲み込んだ。…しょっぱい。いや、酒と合う。だが今はそれどころじゃない。

 

オヤジは俺の返答を受けても、眉一つ動かさず、炭火の上で焼き鳥をひっくり返している。

「そうかい。競馬の世界に限らず、嫌なことはたくさんある。だがな、本当に真剣にやってる奴ほど、他人を悪く言ったり、恨み言を言ったりしねえもんさ。あんたの周りの連中は、どうだい?」

 

俺は、ぐっと詰まった。

(…あいつら?)

 

美桜ちゃんは、俺が勝つことを誰よりも信じてる。バカみたいに信じ切ってる。たまに変なコスプレで応援してるのはどうかと思うが、信じてることだけは間違いない。

未来ちゃんは、俺の体を誰よりも気遣ってくれる。馬房の空調を人間用のエアコンに変えようとしたり、ウォーキングマシンを自分で試してぶっ倒れたり。方向性は間違ってるが、気持ちは本物だ。

そして萌。…こいつは俺の指示を、どんな無茶でも最後まで実行しようとする。ゲートで転んでも立ち上がるし、雨の日でも全力でゴーサインを送ってくる。バカか天才か分からんが、少なくとも俺を信じてる。

 

(……そういや、一度だって俺を悪く言ったことはなかったな)

 

オヤジは俺の沈黙を見透かすように、さらに言葉を重ねた。

「…そいつらを否定できねえなら、答えはもう出てるじゃねえか。自分が何に本当に怒っているのかも、分かっただろう?」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。俺が怒っていたのは、あいつらがポンコツだからじゃない。

あいつらの期待に応えられなかった、俺自身の不甲斐なさだ。

…なんてな!

 

俺はそんなありきたりのお涙頂戴パターンで、劇的に立ち直って奮起するみたいな少年漫画の主人公にはなれないんだよ!

 

これはギャグ漫画だ!シリアスなんて、一夜の酒の肴にすぎん!

 

「オヤジ、勘定!」

俺は蹄でテーブルを叩き、屋台の大将に叫んだ。

 

「へい、お馬さん。合計一万二千円になります」

「たっけえなオイ!俺、馬だから免税とか適用されねえのか!?」

「残念だが競走馬割引はやってねえんだよ」

「ふざけんな!なら『地方馬応援キャンペーン』とか付けろよ!」

「お前、中央だろ」

 

酔いが回った頭で考える。

(まず、美桜ちゃんの決算報告書をチェックしなきゃな。前回も『飲食費:ブリンガー用』って書いてたけど、馬に酒を与える項目は経費で落ちないんだよ!)

 

未来ちゃんの調教計画書もひどい。『坂路200本!』って書いてあったから、「死ぬわ!」って赤ペンで訂正した。あいつの頭の中では俺はブルドーザーか何かなんだろうな。

 

萌は萌で、スケジュールがカオス。午前中はトレセン、午後はレッスン、夜はアイドルライブ。お前、何人いるんだ。そりゃ体重管理もギリギリになるわ。だから俺がメニューを組んでやらねえと、あっという間に馬上で寝落ちする。

 

ほんと、全員ポンコツ。俺が全部面倒見なきゃならねえ。

 

でもな。

(……まあ、嫌いじゃないけどな)

 

俺はため息をつきながらも、屋台の赤ちょうちんを見上げた。

「ったく。俺がいなかったら、とっくに全員沈没してんぞ。俺は船底の排水ポンプかよ!」

「なに独り言言ってんだ、馬」

大将が笑いながら皿を片付ける。

 

俺は唐突に立ち上がり、宣言した。

「よし!次のレースも俺が全部背負って勝つ!あいつらがポンコツでも関係ねえ!俺がいれば、このチームは最強だ!」

 

周りの客が拍手した。

「おお、なんか分からんけど熱いぞ!」

「馬なのにカッコいい!」

「応援するぜ、ブリンガー!」

 

…いや、酔っ払いに応援されてもありがたみはねえんだけどな。

 

 

 

 

 

 

俺は夜道を歩きながら、冷静に現実を分析していた。

ブジキセキはもういない。俺は二度とあいつには勝てない。

ピーターⅡ…原作通りなら、ダービーを勝った後、函館記念で引退する。なら、無理に今勝たなくても、奴が引退してから俺の時代が…?

 

いやいや、馬鹿なことを。この世界は原作通りとは限らん。奴が引退しない可能性だってある。下手したら種牡馬にならずに10歳まで走り続けて「老いてなおピーターⅡ」とか言われるかもしれん。想像しただけで胃に穴が開くわ。

 

なら、答えは一つだ。

勝とう。持てる力の全てを尽くして。

 

とはいえ、俺の物語はマキバオーみたいに「奇跡!根性!友情!」でどうにかなるほど都合よくはできていない。奇跡は起きないし、根性だけじゃ脚は動かんし、友情でタイムは縮まらん。ていうか萌と未来と美桜ちゃんの友情パワーで俺が走りやすくなるなら、最初から俺は苦労してない。

 

でもな。あのポンコツ共と一緒に勝ちたいと思うこの気持ち。それだけは、きっと嘘じゃないんだろう。

 

――と、カッコつけて歩いてたら、側溝に前脚突っ込んで派手に転んだ。

「痛えええ!ちょ、誰か!救急車!いや違う、馬運車!」

通りかかったカップルに爆笑される。やめろ、スマホで撮るな、SNSに「酔っ払い競走馬」タグつけんな!

 

帰宅したら、美桜ちゃんが決算書広げて徹夜してた。

「ブリンガー君!赤字です!全部赤字です!」

「うるせえ!俺が落ち込んでるときに追い打ちかけんな!」

未来ちゃんは横で腕立て伏せしながら、俺の脚を触診してくる。

「筋肉はいい感じですね。でも坂路200本やりましょう」

「殺す気か!!」

萌は酔いつぶれてリビングで寝てた。アイドル衣装のまま寝るな。ファンに見られたら夢壊れるだろ。

 

ほんとポンコツ。でも、なんか安心する。

 

俺は立ち上がって言った。

「よし!次は皐月賞だ!ピーターⅡが相手でも構わねえ!お前らとなら勝てる!いや、勝つ!」

 

「おー!」「がんばるぞー!」「Zzz…」

三者三様の返事。全然揃わねえ。でも、これが俺のチームだ。

 

それでも、きっと。俺たちは勝てる。いや、勝つんだ。




弥生賞での敗北を経て、やさぐれたブリンガーが舞台を札幌・すすきのに移します。
馬なのに屋台で熱燗をあおり、会社員さながらに愚痴をぶちまける主人公。
それでも最後には、仲間たちの存在を思い出し、皐月賞に向けて再び走り出す決意を固めます。
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