蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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※この作品はフィクションです。
実際の競馬界とは異なる部分がありますので、そのあたりは「ギャグ漫画補正」として生暖かく見守っていただければ幸いです。
最近は影の牧場長モードが強めになってきましたが、まだまだポンコツ要素もたっぷり詰め込んでいきます。不定期更新ですが、引き続きよろしくお願いします!


馴致はセルフサービスで!

俺は愕然としていた。

このマストファーム、ただの生産牧場じゃなかったんだ。

 

ゲート練習用の施設はもちろん、本格的な坂路コース、屋内トラックコース、馬用トレッドミルにウォーキングプール、さらに故障馬のリハビリ用の温泉施設まで揃っている。

まるで競馬ゲーム『ウイニングポスト』で、資金チート使って建てまくった夢の牧場そのものじゃねえか!

先代オーナー、一体何者だったんだよ……。

 

だが。

 

その神々の遊び場とも言える施設は、今やホコリを被って沈黙していた。

……いや、完全には沈黙してなかった。

 

ある日、俺は馬房から外を眺めていたら、プールから「気持ちいー!」という声が響いてきた。

まさかと思って見に行ったら、女子大生オーナーが馬用ウォーキングプールで全裸クロールしてた。

「いやいやいや!そこ馬専用だろ!?」

「え?だって使ってなかったし〜」

「いや人間が使わないからって馬用施設を温水プールにすんな!」

「でも気持ちいいよ?」

「知らん!俺にいいもん見せてどうすんだ!」

 

さらに別の日。

温泉施設に行ったら、牧場長一家が家族そろって湯につかってた。

「いやぁ〜やっぱ温泉は最高だね!」

「お前らぁああ!ここ馬用だぞ馬用!」

「え?馬用って書いてなかったよ?」

「でかい馬の絵が描いてあったろ!」

「かわいいイラストかと思った」

「かわいくねえよ!使用禁止マークだよ!」

 

俺は頭を抱えた。

「俺たちの筋肉疲労を癒すための施設が、人間の福利厚生施設になっとる……」

 

母ちゃんは呑気に言う。

「まあ、温泉は誰が入っても気持ちいいし」

「母ちゃんまで納得すんな!」

「坊やも入ってきたら?」

「入りてえけど!俺のプライドが邪魔すんだよ!」

 

そんな俺の絶望をよそに、ポンコツ一家は使い道を完全に間違えていた。

坂路コースでは牧場長がチャリで爆走して「ヒャッホー!」。

「やめろォ!そこは馬が追い切りする場所だ!」

「でも坂があるから楽しいんだよ!」

「ローラー台買ってやれよ!」

 

屋内トラックはオーナーが女子会に貸し出していた。

「ここなら雨でも走れるし最高でしょ!」

「いや走るのお前らじゃなくて俺らだから!」

「広いからヨガ教室にちょうどいいの」

「ヨガすんなああ!」

 

トレッドミルに至っては牧場長の奥さんがダイエット器具として愛用中。

「やっぱり電動って便利ね!」

「便利だけどお前の脂肪燃やすためじゃねえよ!」

「でも結果的に健康になったら牧場のためでしょ?」

「理屈がおかしい!」

 

俺は決意した。

「この宝の持ち腐れ状態、なんとかしねえと未来はねえ」

 

小学生息子に相談した。

「なあ坊主、どうしたら施設を馬用に戻せる?」

「んー、僕に権限はないけど、黒鹿毛くんが走るとこ見せればいいんじゃない?」

「え?」

「馬が使ってる姿見せたら、さすがに人間も遠慮するでしょ」

「……逆に賭けに出るしかねえか」

 

翌日。俺は自ら坂路に上った。

「よーし、いくぞ!」

母ちゃんが応援する。

「がんばれ坊やー!」

「なんで他人事なんだよ!」

 

俺は必死にダッシュした。

ズガガガガ!

「おおおお!」

……横で牧場長がチャリで併走してた。

「負けるかあああ!」

「お前帰れぇえええ!」

 

結局、俺がどんなに全力で走っても、ポンコツどもは「楽しそう!」としか思わなかった。

「黒鹿毛くんが使ってるなら、私たちも使っていいよね!」とオーナー。

「逆だろおおお!」

 

俺は天を仰いだ。

「これが神々の遊び場か……」

母ちゃんがにこやかに言う。

「まあ、坊やが本気で走れば、誰も邪魔できないんじゃない?」

「それもそうか……」

 

俺は蹄を握りしめた。

「よし、使い方は俺が決める!俺がこの施設を取り戻す!」

 

こうして俺は、神々の遊び場を馬のものに戻すために走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

嘆いてても始まらない。俺は腹をくくった。

「よし、俺が影の牧場長だ」

 

蹄で器用に電話をプッシュし、先代が契約していた税理士と社労士に連絡を取った。

「はい、◯◯税理士事務所です」

「もしもし、馬ですが」

「はい馬さんですね、どうされました?」

「普通に受け入れんのかよ!」

この世界の常識に、今だけは感謝した。

 

で、財務状況を確認してみたら……俺は再び天を仰いだ。

総資産、約10億円。

「おお、結構あるじゃん!」と思ったのも束の間。

この巨大施設の維持費、年間数千万円。

繁殖牝馬も若駒も売り払った今、収入ゼロ。

「2、3年でスッカラカンやんけ!」

 

母ちゃん(マストテイク)に報告したら、

「まあ、なんとかなるでしょ〜」

「根拠ゼロの楽観やめろ!」

 

だから俺はまず、母ちゃんの次の種付け計画に着手した。

……息子としては複雑すぎるけど、牧場の未来のためだ。

 

競走馬名鑑を開いて、オーナーに相談。

「誰を相手にする?」

「えっとね〜、このミスターシービーってカッコよくない?」

俺は即座に叫んだ。

「母ちゃんと同じトウホウボーイ産駒だろ!全兄弟インブリードだぞ!奇形率跳ね上がるわ!」

「え?でも名前がカッコいいよ?」

「基準そこかよ!」

 

母ちゃんは妙に楽しそうにページを覗き込む。

「あら、シービーくんイケメンね〜」

「母ちゃんまで見た目で決めるな!」

「だって大事じゃない?」

「血統が大事なんだよ!顔じゃねえ!」

 

頭を抱えながら俺はペンを咥え、申込書に書いた。

「シンボリルドルフ」

七冠馬の血なら間違いない。

トウカイテイオーはいない世界っぽいが、新たな傑作を狙える。

 

オーナーが首をかしげる。

「ルドルフ?それって強いの?」

「史上最強って呼ばれてんだよ!最強!超最強!」

「でもサンデーサイデンスって子も人気あるよね?」

「サイデンスは癪に障るからやめた!」

「理由そこ!?」

 

母ちゃんはうっとりしていた。

「ルドルフって、写真で見る限り超イケメンよね!」

「……やっぱり顔かよ」

「イケメンの子はイケメンになるものよ」

「馬にビジュアル偏差値いらん!」

 

牧場長一家も乱入してきた。

「ねえねえ、どうせなら有名な名前の馬にしたほうが宣伝になるんじゃない?」

「いやだからルドルフ選んでんだよ!」

「でも“ブラックーン”の子のほうがキャッチーじゃない?」

「二度とその名前出すなあああ!」

 

小学生息子まで言った。

「僕はサンデーサイデンス派だな」

「裏切ったな小僧!」

「だって教科書にいっぱい載ってたし」

「教科書改ざんされてんじゃねえか!」

 

最終的に、俺の強権発動で「シンボリルドルフ」に決定。

税理士に連絡して申込書を送った。

「了解しました、馬さん」

「馬さんて呼ぶな!」

 

こうして俺は影の牧場長として、初めての決断を下した。

未来はまだ暗い。資産は減る一方。施設は遊園地状態。オーナーはポンコツ。

だが血は残ってる。ルドルフとの配合なら光明はある。

 

俺は机の上に立ち、力強く叫んだ。

「俺がこの牧場を立て直す!もう遊び場にはさせねえ!」

 

母ちゃんがのんきに返す。

「でもルドルフって、本当にイケメンよね〜」

「うるせえええ!」

 

 

 

 

 

 

 

牧場の足元を固めつつ、俺は次の段階に進もうとしていた。

「俺がデビューするためには、調教師を見つけなきゃならん」

 

JRAに入厩できなきゃ、どれだけ血統や施設が良くてもただの草食動物だ。

で、俺はオーナーに聞いたんだ。

「なあ、ツテとかねえの?」

「あるよー。高校の時の先輩!」

軽い。軽すぎる。

 

早速連絡を取って呼び出された人物は……。

 

22歳。免許を取りたての新人女性調教師。

しかも第一声がこれだ。

「オーナーが後輩なの!よろしくね、マストブリンガー君!」

 

「終わった……」

俺は即座に悟った。天は俺を完全に見放した。

 

情熱だけの女子大生オーナー。

経験ゼロの新人女性調教師。

そして、中身は競馬狂のおっさんな俺。

 

史上最悪の布陣じゃねえか。

 

でもな、悲しいことに俺は気づいちまったんだ。

――この新人調教師、今まで会った中で一番競馬知識ある。

(比較対象:オーナー、牧場長一家)

……泣けるわ。

 

初顔合わせから問題は山積みだった。

 

「じゃあ、マストブリンガー君の調教メニューを考えよう!」と彼女。

「はいはい、期待してるよ!」とオーナー。

「どれどれ?」と牧場長一家まで集まってくる。

 

調教師が真剣な顔で言った。

「まずは坂路で500mを全力で!」

「おお、まともっぽい!」と俺。

……と思ったら。

「そのあとすぐにプールでクロール30分!」

「いやそれ人間の水泳練習だろ!」

「有酸素運動は大事だから!」

「馬にクロール求めんな!」

 

牧場長の奥さんまで口を挟む。

「でもいいじゃない、馬が泳いでるとかわいいし」

「かわいさで強くならねえ!」

 

新人調教師は真顔で続ける。

「そのあとはヨガです!」

「ヨガ!?俺にヨガ!?四つん這いしかできねえよ!」

「じゃあ馬ヨガって新ジャンルを開発しましょう!」

「勝手に新境地切り開くな!」

 

母ちゃんがにやにやしながら言った。

「いいじゃない、健康第一よ」

「母ちゃん、裏切ったな!」

 

絶望に沈みかけたとき、俺を救ったのは牧場長の息子(小学生)だった。

こいつ、最近俺が蹄で地面に図を書いて教えてたんだよ。

「馬体の見方ってのはな、こういう角度から見んだ」

って感じで。

 

そしたら吸収スピードが半端なかった。

「この馬の飛節、力が伝わりやすそうだね!」

「おお!?正解!」

「繋ぎの角度もちょうどいいから、怪我しにくそう」

「マジかよ、もうお前調教師でいいだろ!」

 

新人調教師も驚いてた。

「すごい!私より詳しい!」

「いやお前プロだろ!」

 

でも現実的に、この小僧が一番希望だった。

大人顔負けの観察力、頭にスポンジでも入ってんのかってくらい吸収してく。

「こいつを育てれば、一流のホースマンになるかもしれん」

俺は思った。

 

その夜、俺は馬房で母ちゃんに言った。

「母ちゃん、俺たちの未来、案外あのガキに託すことになるかもな」

「そうねえ。あの子、目が違ったわ」

「だろ?」

「でも、坊やが走れば全部解決するわよ」

「だからそれプレッシャーやめろ!」

 

結局、このチームで進むしかなかった。

女子大生オーナー、新人調教師、ポンコツ一家、そして小学生。

最悪の布陣に、一縷の望み。

 

俺は天を仰いだ。

「神様……いや競馬の神様。どうせなら俺にもう少しマシな味方をください……」

 

……無理だろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

1歳になった俺は、いよいよ競走馬としての第一歩――馴致を始めることにした。

普通なら人間が馬を調教するんだけど、このチームに任せたら確実に死ぬ。

「じゃあまずはカレーライスを食べながら背中に乗ってみよう!」とか言い出すに決まってる。

だから俺がやる。セルフサービス馴致だ。

 

俺は砂のロンギ場に出て、蹄でガリガリと地面に図を書き始めた。

【マストブリンガー式・馴致計画書】

1.装鞍馴致:まずは鞍を背負うことに慣れる。

2.騎乗馴致:次に人が乗ることに慣れる。

3.ハミ受け練習:口にハミを装着し、騎手の指示を受け取る。

 

自分で言うのもなんだが完璧だ。前世で散々見てきた光景を、俺は覚えてる。

 

そこに新人調教師が派遣してくれた厩務員が到着。

「……馬が書いたんですか?」

「そうだ」

「……分かりやすいです。この通りに進めましょう」

「おおお!まともな人材だ!」

このチームにまともな人間が存在していたことに涙が出そうになった。

 

まずは装鞍。

鞍を背中にのせるとき、普通の馬なら暴れたり驚いたりする。

俺は静かに立って言った。

「はいどうぞ」

厩務員は感心していた。

「すごい……嫌がらない……」

「まあ俺プロだから」

「馬がプロってなんですか」

「うるせえ」

 

そこに女子大生オーナー登場。

「きゃー!すごーい!背中に乗せてるー!」

「当たり前だろ!」

「でもかわいい!」

「かわいさで競馬は勝てねえ!」

 

母ちゃんもやってきた。

「坊や、似合ってるわね〜。鞍がファッションみたい」

「ファッションじゃなくて仕事道具だ!」

 

次は騎乗馴致。

「じゃあ、誰が乗りますか?」と厩務員。

オーナーが真っ先に手を挙げた。

「はーい!私乗りたい!」

「ダメだ!お前は絶対落ちる!」

「え〜でも後輩として応援したいし〜」

「後輩関係ねえ!」

 

牧場長もニヤニヤしながら近づいてきた。

「俺、昔ポニーに乗ったことあるから大丈夫」

「絶対大丈夫じゃねえ!」

「体重は軽い方だぞ?」

「いや見た目からしてメタボだろ!」

 

結局、小学生息子が一番マシってことで軽く跨がった。

「うわあ!高い!」

「暴れんなよ!」

「大丈夫!安定感ある!」

……素直に嬉しかった。

「やっとまともな騎乗ができた……」

 

最後はハミ受け。

鉄の棒を口に入れられるんだが、これが普通の馬は嫌がるんだ。

俺は一瞬ためらったが、観念してガバッと口を開けた。

「はいどうぞ」

厩務員が丁寧に装着。

「おお、素直……」

「まあ俺プロだから(二度目)」

 

オーナーが横で爆笑してた。

「わー!口に金属入れてる!面白ーい!」

「お前絶対実況向いてねえ!」

 

母ちゃんは感心して言った。

「坊や、立派ね〜。もう大人の馬だわ」

「やめろ、泣かすな!」

 

こうして俺の自己流馴致計画は無事にスタートした。

俺は背中の鞍を感じながら思った。

「重い……でも、この重みは未来の重みだ」

 

牧場長の息子が目を輝かせて言った。

「マストブリンガーくん、かっこいい!僕もいつか本物の調教師になりたい!」

「お前が未来だ……頼んだぞ」

 

オーナーがニコニコしながら言った。

「じゃあ次は、鞍にカレーを乗せてバランス練習しよっか!」

「やめろおおおお!」

 

俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。




今回は「神々の遊び場=豪華施設のポンコツ活用」がメインでした。
読みながら「いやいや使い方間違ってるだろ!」とツッコんでいただけたなら本望です。
みどりのマキバオーが好きで書いてますが、この路線って需要あるんでしょうかね……?
感想や応援コメント、ぜひお待ちしております!
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