蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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実際の競馬界と異なる描写が多々ありますが、ギャグ補正と思って笑い飛ばしてください。
今回は栗東での肉体改造、そしてデビュー戦を前に“最悪の相棒”を得てしまったブリンガーの奮闘をお届けします。


肉体改造と爆弾騎手

栗東トレセンでの日々は、俺の想像を絶するほどにキツかった。いや、正直に言うと俺の体が全くできてなかったのが一番の問題だったんだ。これまで牧場の経営再建だの契約書だの、デスクワークばっかりやってたせいで、肝心の肉体が競走馬仕様になっていなかった。

「ブリンガー君、走り方がなんか重いよね?」と未来ちゃん。

「そりゃあ、お前。俺のトモ見ろよ。筋肉スカスカだろ!」

「トモって何?」

「後ろ足のモモだよ!馬のエンジン部分!」

「へぇ〜、モモ……おいしそう!」

「食うな!!」

 

実際、トモに筋肉がなくて踏み込みが甘い。せっかく父リアルシャダイと母父トウショウボーイの黄金ニックスを受け継いだのに、これじゃあ軽自動車のエンジン積んでるようなもんだ。まずい、俺が早めに入厩したのは、肉体改造の時間を確保するためだったのに!

 

俺は坂路に立った。

「今日から肉体改造だ。まずは筋トレから!」

「何するの?」と未来ちゃん。

「坂路を1本全力。これを週3。残りはキャンターで基礎体力」

「……なんか人間のジムみたいだね」

「馬版のジムだよ!」

 

坂路を駆け上がる。途中で未来ちゃんがストップウォッチを落として「あっ!タイム測れなかった!」とか叫んでたけど無視。俺はひたすら自分の脚に負荷をかけ、後肢のバネを叩き起こす。

 

「ふぅ……」

厩舎に戻ると、厩務員がにやりと笑った。

「お前、本当に意識高いな」

「デビュー戦勝つためだ。当たり前だろ」

「……馬に説教されると心に刺さるんだよな」

 

その一方で、俺が影で作った調教計画が功を奏し、未来ちゃん厩舎は順調に勝ち星を積み上げていた。テレビで「美貌と実力を兼ね備えた天才女性調教師!」なんて特集まで組まれている。だが、その裏でインタビュー用のカンペを蹄で書いていたのは俺だ。

「大原調教師、勝因は?」

『えっと……ブリンガー君が……じゃなくて!馬の頑張りです!』

「お前、今うっかり言いかけただろ」

「は、はい……!」

 

俺が助けた先輩馬も快進撃を続け、なんと青葉賞を勝ってしまった。

「ありがとうブリンガー君……君のおかげでダービーに行けるよ」

「いいってことよ!」

正直、感無量だった。俺の相馬眼は確かだったってわけだ。

 

オーナーの美桜ちゃんも、無事に大学を卒業した。

「卒論、ありがとうね!」

「俺が代筆したんだから当然だろ」

「教授が『馬の比喩が多すぎる』って言ってたけど、無事にA判定だったよ!」

「俺の癖が出ちまったか……」

 

卒業したはいいが、相変わらず怪しい投資話にホイホイ乗りそうになる。

「ねえ、温泉水の通販やらない?馬用にも人用にも!」

「やめろ!それ俺たちのプールの水だろ!」

「でも『奇跡の回復温泉水』って売れそうじゃない?」

「温泉は馬のもんだ!」

 

まあ、俺以外に管理馬がいないから仕方ないんだけどな。何にせよ、早くデビューして賞金を稼がないと、また変な方向に牧場経営がズレていきそうだ。

 

肉体改造の成果は少しずつ出てきた。

「おお、ブリンガー。後ろ脚の筋肉ついてきたな!」と厩務員。

「でしょ?俺の努力の結晶だ」

「踏み込みも力強くなったぞ」

「これでスタートから二の脚までスムーズに行けるはずだ」

 

未来ちゃんも感心していた。

「なんか、君って日に日に強くなってない?」

「それが競走馬だよ」

「……やっぱり調教師免許、君が取る?」

「しつこいわ!!」

 

夜、藁の上でストレッチをしていると、オーナーがニコニコしながらやってきた。

「ねえブリンガー君、腹筋割れてきた?」

「馬にシックスパック求めるな!」

「だってカッコいいじゃん!」

「俺は腹筋じゃなくてトモが勝負なんだよ!」

 

こうして俺は、栗東の魔境で筋肉を鍛え、肉体改造に励む日々を送っていた。

俺の中で少しずつ確信が芽生えてきた。

「これなら……いける。デビュー戦、勝てる!」

 

俺は藁を蹴飛ばし、夜空に向かって吠えた。

「よーし!日本ダービー、待ってろよ!」

 

 

 

 

 

 

 

俺は自分にスパルタ調教を課し続けた。坂路、プール、キャンター、追い切り。俺が影で立てたメニューは、人間トレーナーも真っ青の科学的アプローチ。おかげで俺の体は、ようやく競走馬らしく締まり、筋肉が浮き出るまでになった。装蹄師や獣医も一流を揃えてるし、これなら新馬戦だって勝ち負けできる。

 

そして迎えた8月。札幌芝1800m、新馬戦。出馬投票の書類に蹄を伸ばした時だった。

 

「ブリンガー君!デビュー戦の騎手、私が決めたから!」

オーナーの美桜ちゃんが満面の笑みで叫んだ。俺は嫌な予感しかしなかった。

 

「まさか……」

「じゃーん!暁萌(あかつき もえ)騎手だよ!」

「誰だよ!!!」

 

いや知ってる。ニュースで見たことある。今年競馬学校を卒業したばかりの中央初の女性騎手。話題性は十分。だが、成績はゼロ。勝ち鞍はおろか掲示板入りもなし。正真正銘のド新人だ。

 

俺は叫んだ。「本田社長のコネで服部騎手に頼めるって言っただろ!?リーディング上位だぞ!?なんでわざわざ爆弾を乗せるんだよ!!」

「だって、女の子が乗ってた方が可愛いじゃん!」

「可愛いで勝てるなら、世の馬全部ぬいぐるみだわ!!」

 

俺のデビュー戦、史上最悪の鞍上指名が決定してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は絶望した。実際に暁騎手を背に乗せた瞬間、その意味を理解した。

 

「よ、よろしくね、マストブリンガー君!」

「もう帰れ!」

 

常歩から速歩に移行しただけで、背中にドスン!ドスン!とお尻が直撃する。おい、俺はマシンじゃない。背骨折れるわ!

さらに、膝で馬体をホールドするって基本ができてない。ぐらぐら、ふらふら。まるで背中に酔っ払いを乗せてる気分だった。

 

俺がギアを入れて軽く加速すると──

「きゃあああああ!!!」

ガッ!と手綱を全力で引き絞られた。お前、それはブレーキ!俺は加速したいの!なぜアクセルを踏むと同時にハンドブレーキを引く!?

 

極めつけは鞭。GOサインのつもりで振られた鞭が……首筋にヒットした。

「いってぇぇぇぇ!!」

「ご、ごめん!ちょっとずれちゃった!」

「ずれちゃったで済むか!俺はATMじゃねえぞ!」

 

その後も地獄だった。キャンター中に体勢崩して「落ちるー!」と絶叫し、俺のたてがみにしがみついてくる。レース本番なら確実に落馬だ。

しかもインタビューでは堂々と「馬が勝手に走ってくれるので安心です!」とか言っちゃってるし。勝手に走らねえよ!俺が考えて走ってんだよ!

 

厩舎に戻ると、厩務員が苦笑い。

「ブリンガー、お前も大変だな」

「大変どころじゃねえ!荷物だ!いや、荷物以下だ!落ちる可能性のある爆弾だ!」

 

俺は天を仰いだ。せっかく仕上がってきた体も、これじゃ宝の持ち腐れだ。

だが一方で、暁騎手の目は真剣そのものだった。

「絶対に勝たせたいんです。女でも、やれるって証明したいんです!」

 

……クソ、真面目なやつに弱いんだよ俺は。

「分かった。俺がカバーする。お前は落ちるな。それだけでいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

競走馬としてデビューするためには、まずゲート試験を合格しないといけない。知ってるよ、前世で何度も見てきた。落ち着いて駐立して、合図と同時にスパッと出る。それだけの話だ。普通の馬なら、2~3回で受かる。才能ある馬なら一発合格。俺だってそういうつもりだった。

 

だが、この世は理不尽でできている。俺の背中に爆弾──暁萌騎手──が乗っている限り、そんな簡単な話ではなかった。

 

初回。

「はい、駐立!」

俺はピタッと立ち止まる。完璧だ。ところがゲートが開いた瞬間、背中で「ひぃぃぃぃ!」と叫び声。手綱をガチィッと引かれて、俺はゲートの中で急ブレーキ。試験官の声が飛ぶ。

「マストブリンガー、駐立が甘い!」

違う!俺じゃねぇ!

 

二回目。

スタート直後、彼女が俺のたてがみに抱きつき、俺の顔がゲートにぶつかりそうになる。

「危ないって!!」

「ごめん!怖くて!」

試験官「落ち着きがないな!やり直し!」

違う!だから俺じゃねぇって!

 

三回目以降はもう地獄だった。

ゲートが開いた瞬間に立ち上がったのは俺じゃない、騎手の腰。

俺が真っ直ぐ走ろうとしても、手綱を全力で引かれて蛇行。

俺が集中しても、「うわぁぁぁぁ!」と奇声が耳元で炸裂して集中力が飛ぶ。

 

「マストブリンガー、気性難だな」

「ゲートに難があるな」

「これでは実戦に使えんぞ」

 

試験官たちの視線が冷たい。俺は心の中で泣いていた。やめてくれ、俺を変態扱いするな。俺は優等生だ。優等生なんだ!

 

五回目の不合格のあと、調教師の大原さんが試験官に頭を下げた。

「すみません、この子は…その、ちょっと繊細で…」

「繊細なのは俺の背中に乗ってる方だ!」と叫んだが、当然人間には聞こえない。

 

十回目。さすがに俺も焦り始めた。

このままじゃデビューすらできない。俺のクラシックロードがここで終わる。暁騎手をなんとか制御しなければ…。

「なぁ、スタートの瞬間は黙ってろ。手綱もいじるな。落ちてもいいから体を預けろ」

「え、落ちたら死んじゃうよ!」

「死なねぇから!俺が死なすか!だから信じろ!」

 

十五回目。ようやく少しマシになった。彼女が叫ぶ声が「ひぃぃ」から「うぅぅ」くらいに弱まったのだ。違いが分かる俺もどうかしてる。

 

そして二十回目。俺は覚悟を決めた。

「よし、もういい。お前は寝ろ」

「え?」

「目をつぶって寝てろ!スタートのことは全部俺がやる!」

「えぇぇぇ!」

 

ゲートが開いた瞬間、俺は背中の荷物を完全に無視した。四肢に力を込め、一気にダッシュ。試験官の目の前を美しいフォームで駆け抜ける。俺の背中で「ぎゃあああ!」と響いていたが、そんなものはBGMだ。

 

試験官が言った。「お、今のはスムーズだな。合格!」

 

……長かった。実に20回。俺のプライドはズタズタだ。

だが、ここで声を大にして言いたい。

俺がゲート試験に20回も落ちたのは、決して!決して!俺のゲート難や気性難ではない!すべては俺の背中に乗っていた荷物──暁萌騎手のせいだ!

 

こうして俺は、史上最悪のハンデキャップを背負ったまま、新馬戦への切符を手に入れたのだった。




まさかのゲート試験20回落ち。しかも原因はブリンガーじゃなくて萌ちゃんというオチでした。
「爆弾を背負ったまま新馬戦へ」という絶望的な布陣ですが、果たしてどうなるのか。
感想で「萌に賭けるか、それとも降ろせ!」などご意見いただけると嬉しいです!次回はいよいよデビュー戦!
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