銀河英雄伝説 ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク   作:白詰草

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本作品は銀河英雄伝説原作に準拠しております。ゆえに、イゼルローン要塞は重金属の海で覆われてはいません。ご了承ください。


第7話 女王からの葬送曲

 ガイエスブルク要塞が、イゼルローン要塞にもたらした損傷。特に大きなものは、レーザー水爆によって穿たれた、直径二キロに及ぶクレーターである。当初、その巨大さにどう修理をしたものか、ヤン艦隊の幹部は顔を見合わせたものだった。

 

 しかし、こういった損傷とその復旧方法については、帝国軍が想定済みであった。同盟軍による第五次攻略戦の被害によって定められたらしい。同盟軍の艦隊には、それを上回る被害を与えていたのだが。戦史上の大いなる皮肉である。

 

「まったく、なんともやるせない話だな」

 

 要塞事務監のキャゼルヌ少将は、その復旧工事の手順書を探し出した部下を褒めてから、そう言って嘆息したものであった。だが、さすがにこれは軍の手に余る。軍の技術、建築技師らがその手順書を協議し、設計図や仕様書を作成。そして、宇宙空間施設の建設会社による指名競争入札を行うこととした。

 

 キャゼルヌ事務監は補給の達人だ。要は、軍需物資をより安くよりサービスのよいところから買い叩くのである。彼の入札設定価格の的確さは恐るべきもので、業者に儲けがあるぎりぎりよりも皮一枚上。このボーダーを下回らないと勝てない。ゆえに多くの業者から尊敬混じりの恐れを寄せられていた。

 

 しかし、今回は前例のない大工事である。キャゼルヌが計算し、ヤンが言われるがままに記入した予定価格表は、いつもの基準からするとかなり甘めな設定である。エスプレッソコーヒーに、大匙一杯ぶんのお湯を足したぐらいには。

 

「ものすごい金額には金額ですが、これでできますかね?」

 

 ヤンは、自分の給与額と比較することも諦めた。だが、こんな大穴をこの金額で塞げるものなのか。

 

「結局は応急処置さ。穴に蓋をするだけだ。破損エリアの修理は到底追いつかんからな。

 やりたい奴が手を挙げるから心配いらん。入札が不成立になったら再検討するが、

 この不景気にあの派手な来襲だ。愛国的企業とやらが手を挙げるだろう。必ずな」

 

「はあ。

 キャゼルヌ先輩がいたら、この要塞の建設責任者は詰め腹を切らされずにすんだでしょうにね」

 

 同盟でも有名な話であった。イゼルローン要塞の建設を命じたオトフリート五世はしまり屋だった。建設費が予定よりも膨大なものとなり、建設責任者のリューデリッツ伯爵は自殺を命じられた。

 

「俺が見るところ、そんなに単純なものじゃないがね。帝国の大企業は貴族資本だっただろう。

 工事をこちらの公爵、建材を別の公爵なんてやっていたら、金額を切ることなんてできんさ。

 建設責任者を処罰することで、貴族資本に釘をぶっ刺したんだろう。帝国側としてははな」

 

「おや、というと同盟側の理由はなんでしょうね」

 

 意味ありげな先輩に、黒髪の後輩は応じた。家計には大雑把なヤンだが、マクロ経済についての見識はなかなかのものだ。キャゼルヌが評価する部分である。

 

「事業の予算額をオーバーするようなことになったら、最終的な責任は任命権者にある。

 処罰されるとしても、担当者が死刑なんてことはありえない。

 責任を分散させる、民主共和制とは素晴らしいもんだよなあ?」

 

 薄茶の瞳が人の悪い笑みを浮かべる。こういうことには察しの良い黒い瞳が、理解の光を瞬かせた。

 

「なるほどね。実話に基づくプロパガンダというわけですか。

 たしかに歴史資料なんて、ふんだんにバイアスがかかっていますからね。

 正義が勝つのではなくて、勝ったから正義なんですよ。我々も後世にどう評価されることやら」

 

 歴史学徒の表情になったヤンに向けて、キャゼルヌは言い放った。

 

「後のことなんて知ったこっちゃないな。とりあえずは今だ。

 さっさと封筒に入れて、封印のサインを書け」

 

「はいはいわかりましたよ。任命権者の責任を果たすとしますか」

 

 などと言いつつも気楽なヤンである。彼の任命権者は国防委員長だ。国防委員長の任命権者は最高評議会議長。ヨブ・トリューニヒト氏だ。自分が降格更迭されるなら、いっそ望むところである。それができないから、連中は難癖をつけてきたのだが。

 

「どの企業体が落札するかはわかりませんが、難工事になるでしょうね。

 いっそ、あちらさんにお返しして直してもらいたいですよ」

 

「おいおい、また取り返すとでも言うのか」

 

「いえ、もはや帝国は実質的にローエングラム朝といってもいいでしょう。

 自由惑星同盟は、ルドルフ・ゴールデンバウムの差別や弾圧からの

 アンチテーゼから生まれました。

 ローエングラム公が、貴族制を撤廃し、心身の障害者などへの差別をなくすなら、

 彼と対立する必要はなくなります」

 

 もしも講和ができるなら。イゼルローン要塞の返還で済むなら安いものだ。だから、あんな奇策でここを攻略をした。できるだけ、敵の損害も少なくて済む方法で。

 

「ですが、もう互いに収まりがつかないでしょう。血を流しすぎましたからね」

 

 ヤンは目を伏せた。アムリッツァでは二千万人。今度の第八次イゼルローン攻略戦では何百万人か。ごめんなさい、仲良くしましょうと言うには遅すぎる。だが、それをこの先輩に言うことはできなかった。口に出したのは別のことだ。

 

「そうだ、兵員補充はどうにかなりそうでしょうか」

 

「おまえに同行した援軍が、半分でも残ってくれればいいがな。

 要塞防御部門の方は、補充しても配置場所がないから、当面はこれでいくしかない」

 

 ガイエスブルク要塞の主砲は、イゼルローンに狭くとも深い爪あとを残した。硬X線ビーム砲による残留放射能。探査機器のガイガーカウンターが振り切れてしまうほどだ。遺体の収容も、破損した砲塔の修理もまだ先になるだろう。

 

「ずいぶん死角ができますね」

 

 ヤンは髪をかき回して、渋い表情になった。

 

「それは駐留艦隊でなんとかしてくれ」

 

 司令官の黒髪が、さらにもつれた。 

 

「その演習をしようにも、残骸が邪魔でね。

 大変ひどい話ですが、雷神の槌(トゥールハンマー)を使用させてもらいますよ」

 

 9億2千万メガワットの出力だ。大物の残骸でも消滅させることができるだろう。まさに死者に鞭打つような行為だ。こちらとしても心理的抵抗は大きいが、背に腹は替えられない。

 

「ああ、悪いが頼む。今のままだと物資や建材の搬入や、作業用艦艇の航行にも支障が出る」

 

「そちらの方はよろしくお願いします。

 そうだ、昨年通信衛星を作ってくれたチームの人員をまたお借りしますよ。

 今回の戦闘で、だいぶ壊れてしまいましたからね」

 

「構わんさ。だが、また自家製でいいのか? いま要求すればきっと通るが」

 

 同盟軍上層部も、襲来の衝撃が冷めやらぬうちなら、索敵能力の増強に否やは言うまい。だが、ヤンは頭を振った。

 

「いえ、あれにはあれなりの美点があります。小さいから発見されにくい。

 それに、数をばら撒ける強みがあります。ちょっと試してみたいこともありますのでね」

 

 キャゼルヌは頷いた。事務屋として、経費削減ができるならばそれに越したことはない。

 

「あとはですね、分艦隊司令官や主要戦艦の艦長にも、

 雷神の槌を撃つ側を体験してもらおうと思うんですよ」

 

 黒髪の司令官は、行儀悪く頬杖をついた。その陰で溜息を隠しながら言葉を続ける。

 

「更にろくでもないことですが、今だったら攻撃範囲がわかりやすいでしょう」

 

 きわめつけにやるせない事実であった。普段の演習では、こんなに膨大な数の標的を用意できない。雷神の槌の威力や可動域、あるいは時間や射程範囲の空隙を知る絶好の機会となろう。特に、駐留艦隊として雷神の槌の援護を受け、時にその矛先を避けなくてはならない側にとって。

 

 キャゼルヌも、苦い思いを噛み締めながら頷いた。残骸を除去しないと艦艇を動かすのは危険だし、かなりの数が修理点検中だ。戦艦乗りは仕事ができないので、交互に代休を取ったり、夏季休暇を前倒ししているが、緊張の持続も重要なことだ。

 

「まったくだ。だが、駐留艦隊の連中にとっては確かに重要な体験だ。

 俺は今まで後方にいたから、本当には実感はしていなかったんだな。

 おまえさんの言うとおり、軍人なんて業の深い稼業だよ」

 

 先輩と後輩は、顔を見合わせて溜息をついた。苦い限りの一石二鳥。

 

「ところでヤン、おまえも当然参加するんだろうな」

 

 考えてみれば、最も雷神の槌の運用経験が少ないのが要塞司令官ではないだろうか。実戦で撃ったのは、第七次攻略戦の時の二射。それもぶっつけ本番だ。着任後は駐留艦隊の訓練に重点を置いていたし、そうでないときは出張か出撃か、給料泥棒のどれかである。

 

「はあ、ばれましたか。ええ、もちろんそのつもりはありますよ」

 

 この指摘に、ばつが悪そうな顔をして長めの黒髪をかき回すヤンだった。ヤンは雷神の槌に、あまり重きを置いていない。

 

 イゼルローンを素通りして同盟領に侵攻するならば、その射程には入らないからだ。それをさせないための艦隊が重要なのである。補給基地でもあるイゼルローン最大の利点だ。相手の行動限界まで粘ること。兵器やエネルギーが不足し、食えなくなったら撤退するしかない。同盟の六回の攻略戦の敗北も、原因の根幹にはこれがある。

 

「ただですね、帝国に『ここ』を攻めて取る気がなければ、雷神の槌に意味はないんですよ。

 実際のところはね」

 

「どういうことなんだ」

 

 ヤンは、第八次イゼルローン攻略戦の特異性を簡単に説明した。一か月あまりの艦隊戦というのは、戦史上でも異例の長期間である。なぜならば、艦隊に要塞という、食堂とベッドと病院がついてきていたからだ。巨砲巨艦主義もここにきわまれりという戦術だったが、補給、兵站という戦略上の観点においては、決して間違いではない。

 

 補給と兵站の達人は、しぶしぶながら頷いた。ヤンの話はなおも続く。あれをなしえた帝国の資金力と生産能力こそが恐ろしい。ローエングラム公ラインハルトは、戦略の天才である。彼は帝国の権力を掌握した。イゼルローン回廊の帝国側の補給基地を増強し、イゼルローンに精兵をぶつけ続けられたら、たったの一個艦隊ではたまったものではない。損耗が蓄積し、互角の戦線が維持できなくなれば、要塞に引っ込むしかない。そうなってから、射程外を素通りされれば全く意味がないのだ、と話は結ばれた。

 

「ですが、イゼルローンに雷神の槌がある、というのは一種の固定観念になっています。

 我々にも帝国軍にもね。要は使い方次第ということですよ」

 

 頬杖をついたままの、大学院生にも見える後輩は、一体何を考えているのだろうか。こいつが『魔術師』などと言われるのは、この温和な表情で奇策を打ってくるからだろう。

 

「どんな使い方を考えているのかは追求せんが、あんまりサボると下の連中に示しがつかん。

 全部に参加しろとは言わんが、なるべく立ち会ってくれ。

 では、フィッシャー、アッテンボローの両提督と主要艦の艦長か。

 メルカッツ提督はどうする?」

 

「いえ、少将から大佐までとしましょう。参謀や主任級オペレーターも見ておいた方がいい」

 

 単に艦長とすると、一万三千人あまりが該当するからだ。80メートル四方もある中央指令室には、その十分の一ぐらいは入るだろうが、映画じゃあるまいし、一回ごとの入れ替え制ではあまり意味がない。

 

 ヤンの言いぶんに、キャゼルヌも同意した。やはり、ここにメルカッツ中将らを加えるのは酷だった。通達はするが、参加者リストからは外す。そのあたりが落としどころだろう。余計な心理的負担を与えるべきではなかった。

 

「あと、一応メンタルケアの準備をお願いします」

 

「わかった」

 

 あの不敵で不逞な美丈夫も、第七次攻略戦の際には、一方的な虐殺だと言ってしまったと白状した。ヤンが引きこもっていた戦勝行事の後、キャゼルヌとシェーンコップ、アッテンボローらが何とはなく集まり、飲み直した時のことである。自分と敵と一対一で、命の遣り取りをするほうがまだ気が楽だ。そうこぼしたものだ。キャゼルヌもまったく同感だった。

 

 そばかすの後輩は、鉄灰色の髪をさらにもつれさせ、あんまり気にしたこともないと肩をすくめた。だが、戦艦乗りは虚空に浮かぶ船の中、対等な条件下で敵艦隊とやりあっている。イゼルローンという堅牢な場所から、大規模破壊兵器を撃つのはまた違うと言ってやったものだ。

 

 確かに、あの光景は胃壁と精神を直撃するだろう。ヤンが挙げた階級は、士官学校卒でも三十代以上がほとんどだ。十年も軍人をやって、生き残ってきた連中だ。ストレスに比較的強そうな面々を対象にしようというわけだった。だが、それでも心身の影響は考慮すべきであった。

 

 結果として、この判断は正しかった。純白の雷霆(らいてい)が漆黒の闇を貫くたび、標的となった残骸がごっそりと消え去るのを見て、ベテランたちでも平静を保つのが難しかったからである。ヤン艦隊は、これに援護をしてもらうような艦隊運用をしてきたわけだった。そして今回の砲撃訓練。

 

 いざとなったらお前らも撃てという、事務監の声なき圧力を感じる。私たちがやっていることの意味を考えてくれという、司令官の静かな声が聞こえる。

 

 本当に一筋縄ではいかない先輩達だった。伊達と酔狂を掲げる若き提督は、背中に氷塊を入れられたような気がした。その苦労性な部下は痩せ我慢をせずに、司令官らの配慮を活用しようと心に決めた。

 

 フィッシャーは雷神の槌の充填時間と、標的への照準にかかる時間を記録しながら、艦隊運用にどう反映すべきかを再検討しようと考えていた。ムライやパトリチェフもその提案に賛同をしたものだ。

 

 だが、その光景を前にそんな計算も同様に消滅してしまった。彼らもただただ見詰めた。今までに同盟軍に六回、帝国軍に二回の膨大な死をもたらした、女王の白く無慈悲な指先を。

 

 それが何度も、縦横無尽に振るわれる。一射ごとに消滅していく第八次攻略戦の残骸。数千光年の星の海を渡り来た、かつて艦艇や要塞であったもの。それぞれに、数十人、数百人、数千人、またはそれ以上の人を乗せて。帝国に生まれたという以外、ここにいる者となんら変わりはない、人間であったものだ。

 

 そして、還らなかった僚友たち。軍人としての道を選び、あるいは徴兵されてここに来た。先日まで、隣で笑い、訓練に音を上げて励ましあった。そんな彼らを乗せていた艦艇。それは自分たちであったかも知れないのだ。

 

 巨大なモニターを凝視する駐留艦隊の将兵の背筋は、ぴんと伸びて張り詰めていった。一人、また一人と右手が上がり、いつしか全員が敬礼を捧げる。

 

 普段の不器用な動きを忘れて、黒髪の司令官が静かに立ち上がる。彼もまた、右手を上げた。いつもの今ひとつ決まらないものとは異なる、美しい敬礼であった。皆がモニターを見詰めていて、それを見た者はいなかったが。


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