素直クールな雪乙女は最強の種がほしい。   作:柚香町ヒロミ

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第四話 指先の体温

「来たわ」

「……まさか約束した翌日に速攻で来るとは思わなかった」

 

 ロンシャオに男女の仲や恋を教えてもらう約束を取り付けたヴィティは教えてもらった彼が借りているホテルの一室にやって来た。呼び鈴を鳴らしながら本を片手に堂々とやって来たマイペースの権化であるヴィティに呆れながらも部屋に招き入れた。

 

 ロンシャオが借りている部屋はヘルトゥルタンのホテルの中でも最上位のもので家具一つにしても高級なものばかり揃えられていた。

 

 ロンシャオ自身は修行で山籠りもよくするのでボロ小屋でも寛げる人間だがせっかく大国に滞在するのだからと珍しく奮発して借りたのだ。

 

 まさかダードックのように女を連れ込むような形になるとは、と眉を下げながらも突然の来訪者を出迎える。

 

「教えてもらうだけなのはよくないと思って勉強してきたの」

「……それで本か」

 

 耳をピコピコと動かしながら小説を掲げるヴィティにまるでボールを取ってきた犬のようだ、とズレた事を思いながらロンシャオはヴィティの持っている本の表紙を見る。

 

 それはロンシャオ自身は読んだ事のない本ではあったがよく若い娘が買っているところを何度か見かけた事があった。

 

「私と同じくらいの女性に人気らしいから買ったの。よく分からない部分もあるけれどなかなか興味深い内容だったわ」

「確かそれは……恋愛小説だったか」

「ええ。あなたの出身のヒノモトが舞台だし丁度いいと思って」

「一応言っておくがフィクション……架空の話は現実よりも誇張されているものだからな」

「分かっているわ」

「まあ資料の一つくらいにはなるか……。それで俺は何をすればいいんだ。何か要望があれば聞くが」

「そうね……エッチな事は駄目なのよね?」

「真顔で何を言っとるんだお前は」

「……そもそもどこからがエッチな事なのかしら。まずはそこから共有すべきよね?」

 

 恥ずかしいことではありませんよという空気で小っ恥ずかしい事を訊ねるヴィティにロンシャオはついつい赤面してしまう。

 

「……っ……変則的なセクハラだぞそれは……」

「そうなの? 不快にさせてしまったならごめんなさい」

「いや、謝られるほどじゃないが……。……最初に言っておく。俺は童貞だ」

 

 恥ずかしい事を打ち明けるように告白するロンシャオにヴィティは瞼を瞬かせながらもああ、やっぱりそうなのかと納得する。手慣れた様子のダードックに比べてロンシャオはヴィティが性的な発言をする度に赤面したり動揺したりしていた。

 

 恋愛は自分もよく知らないと言っていたからそうなのかなとは思っていたがその予想が的中し妙に心がざわめく。

 

 女を知らない初な男が自分のために四苦八苦してくれるのかと思うと不健全な高揚感で背筋がゾクリと震え、ヴィティはそんな自分に驚いた。

 

「そうなの。おそろいね」

「おそろいって……そういうものか?」

「ええ。おそろいで、恋愛初心者の私達がしていい事って何?」

「……前も言った通り俺だって恋だの愛だのは知らん」

「本の中では手を繋いだり逢引したり口を重ねて……最後らへんで種付けしていたけど」

「性行為を種付けと表現するのはやめろ。絶対そういうニュアンスじゃ…………待て。いきなりそういう描写のある小説買ったのかお前」

「ええ。人間同士がどういう風にするのか知りたかったからそういうシーンがある人気な本くださいって店員さんに頼んだの」

「おまっ……勇者か……」

「勇者? そんな大層な存在じゃないわ」

「役職的な意味では……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 本屋の店員に性表現の含む人気の本を頂戴と照れもせず頼むヴィティを想像して勝手に店員の心境をロンシャオは考えてしまう。

 

 そしてその店員を一瞬男で考えてから何故か苛ついたため女に変更する自分に戸惑ってもいた。頭を抱えるロンシャオにヴィティはそんなにおかしな事を言ってしまったのだろうかと首を傾げる。

 

「……えっと……セッ○スはまだだめなのよね。この口を重ねるのは? 多分ダードックにされそうになったやつよねこれ。あの時は嫌だったけどあなたとならしてみたいわ」

「なっ……!?」

 

 付箋が貼ってある小説をパラパラと捲りキスシーンの描写を指差しながら見せてくるヴィティにロンシャオはまたしても動揺する。

 

 キスシーンを読まされるだけでも照れくさいのに自分とならしてみたいとまで言われたロンシャオは口を引き結んだ。

 

 しかし期待するようなまなざしでじっと見つめられこのままだと本当にキスする流れになると悟り何度か深呼吸をしてようやく口を開く。

 

「だ、駄目だ。俺たちには早すぎる」

「そう。分かったわ。じゃあ……手を繋ぐのは?」

 

 それはヴィティにとってちょっとした打算のある交渉であった。最初に絶対に駄目だと言われる行為を提示してそれから一番ハードルが低いものを再度提案する。そうすればそれくらいなら……と了承してもらえるだろうと思い口づけから手を繋いでもいいか訊ねたのだ。そしてその目論見は予想通り当たる。

 

「……ま、まあそれくらいなら……」

「そう。じゃあ手を」

「……ああ」

 

 おずおずと差し出されたロンシャオの手をヴィティは握り、その手をまじまじと見る。今まで触れてきた手はルミニュイ族……女の柔らかな手だけだった。

 

(わあ……大きい……それにとてもあたたかい……)

 

 けれど今握っている手は自分の手など覆い隠せてしまうくらいに大きく、逞しい男の手であった。感触も硬く、指の太さだって違う強者の手。ルミニュイ族よりも高い体温。その違い一つ一つにヴィティは心を躍らせる。

 

(……小さな手だな。ひんやりとしていて、柔らかくて、少し力を入れただけで壊れてしまいそうだ……)

 

 ロンシャオはヴィティの手の滑らかさと小ささ、人と比べて低い体温に内心驚いていた。

 

 試合と鍛錬以外で人に触れるという行為自体がほとんどなかった彼は異性と触れたり触れあったりする経験が乏しかった。

 

 ロンシャオにとって繊細な造りをしているその手は未知の存在で、知らず知らずのうちに力が籠もってしまわぬよう細心の注意を払う。

 

「……」

「……」

 

 互いに相手の手の感触を確かめ合うように触れあう。ヴィティは何度も握ってきたルミニュイ族の手とは全く違うその感触に心地よさを覚え、ロンシャオは自身よりもか弱い異性の手を触っている事実に緊張感を募らせた。思わず黙りこくる二人であったがヴィティの方から口を開く。

 

「あなたの手、とても大きいのね。それにあたたかい……」

「お前の手は……小さいな。体温もだいぶ低い」

「ルミニュイ族の先祖は雪の精霊と言われているの。だからヒトに比べると体温が低いそうよ」

 

 そう世間話をしている間に握っていた手の指が動きいつの間にか組み合うように重ねられていく。

 

「……あつくて……溶けてしまいそう」

 

 艶めいた視線と声、熱を孕んだ白縹の瞳にロンシャオは息を呑む。

 

「……っ……も、もういいだろう」

「え……いや。もっと触れたい……触れてもらいたい……」

 

 慌てて離そうとするロンシャオの手をヴィティは両手で掴む。両手でも包み込む事が出来ない大きな手を愛おしげに見つめられロンシャオの心拍はドッドッドッと速く脈打っていく。

 

「だ、駄目だ。なんか駄目だ。これはなんか……妙な雰囲気になる……!」

「……異性として意識して?」

「それは……最初からしている。せざる得ない願いをされた時からな」

 

 と皮肉のように話すロンシャオであるがその声は上擦っており男をあまり知らないヴィティでさえ緊張して強がりを言っているのだと分かる。そんな初で不器用な彼にヴィティは自分の内に潜む母性を擽られた。

 

「……ふふ。不思議ね。こうしてただ手を繋いでいるだけなのに酔ってしまったみたい」

「お、おい。近いぞ……!」

 

 明確に拒絶されていないのをいい事に身を乗り出して顔を覗き込むヴィティにロンシャオは握られていないもう片方の手で制止する。

 

「嫌?」

 

 あなたが嫌なら手を握るのも、近づくのも止めるわとシュンとしながら話すヴィティにロンシャオは数秒黙り込んだ後、口を開く。

 

 「…………嫌なら振りほどいている。力は俺の方がずっと強いからな」

 

 しかし力の違いを分からせるようにヴィティの細い両手首を片手で拘束するように握ってしまったものだから二人の間の空気はますます妖しい、艶めいたものに変化してしまった。

 

「「……」」

 

 ロンシャオだけでなくヴィティの顔もほんのりと赤みを増し静かな沈黙が二人を包む。それからしばらくしてロンシャオが掴んでいた手首を離すとヴィティはテーブルに置いていた本を持って立ち上がる。

 

「……今日は帰るわ。このままだと私、ケダモノになりそう」

「……お前がなるのか」

「だって……なんだかあなたの反応がイヤらしいんだもの」

「お前にだけは言われたくないんだが!?」

 

 ヴィティは堂々と部屋に訪れた時から一転して動揺からか視線をあちらこちらに忙しなく動かしながら最後に捨て台詞のような言葉をポソリと吐いて去っていく。

 

 いちいち艶めいた言動や反応をしていたのはお前だろうがとロンシャオは反論するもののヴィティの姿は既にない。

 

 ヴィティが去った部屋に一人残されたロンシャオはしばらくの間先程まで繋いでいた手をじっと見つめ続けていた。

 

(ま、まさか手に触れるだけでいかがわしい空気になるとは……どうなっているんだ……!)

 

 本来ならば健全な範疇であるはずの手の触れ合いさえもまるで男女の戯れに変わってしまう危うさにロンシャオは慄くのだった。




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