Rebellion beats~青春の残響~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
今回は第二章となります。文化祭での一発逆転を決意した蓮、今回から本格的に挑戦がスタートします。しかし、元々インドア派の人間にとってこれが簡単な挑戦だったのかというと…?それではどうぞ。
その日の夜。自室のベッドに仰向けになりながら、蓮は怒涛の一日を思い返していた。消しゴムを拾ってあげようとするもその善意を拒絶され、隼人に自分の人格や存在意義すらも否定するような言葉を投げかけられ。耐えられずに飛び出した先でKAIROSと再会し、文化祭での「一発逆転」を提案され、そして…。
「橘さん…。まさか彼女も自分と同じ音楽を愛する一人だったなんて」
感嘆の言葉が、思わず口をつく。スマホのあのプレイリストを見せられた時、彼は文字通り目を疑った。Anderex、Mutilator、Rebelion、Sub Zero Project、Riot Shiftなどなど…。そこに表示されていたアーティストたちは、日本では一般的に名前は知られていないであろう顔ぶればかり。しかし実情を知る人間が見れば、それは現代Rawstyleシーンを牽引するトップDJたちが勢揃いした、まさしくオールスターと呼べる面々だったのだ。
「こんな身近に、仲間がいたなんて思わなかったな。でも、アレを見せられれば納得するしかない。彼女、間違いなく本気でこの音楽を愛してる人だ。だって…」
そう呟きながら、蓮は自分のスマホ画面に目をやった。そこに表示されていたのは、自分のためだけに蓮自身が作成したプレイリスト。先ほど美咲に見せられたものと、ほとんど同じ顔ぶれが集まったものだ。今までお互いにそんなことは知らなかったはずなのに、こんな偶然あり得るんだろうか。
「彼女の推し、俺が普段から聴いてるアーティストと丸かぶりなんだから…」
蓮が初めてRawstyleという音楽に触れたのは、彼が小学生だった頃の親族の集まりで、まだ「KAIROS」の名が世に知れる前のカイと会った時だった。
そこで彼がかけた楽曲、今ではもう誰のなんという曲だったかも定かではない。ただ、多くの家族や親族が「うるさい」と顔をしかめた、派手で分厚いリードシンセのメロディや、心を揺らすかのようなキックの衝撃が、まだ幼い蓮にガッツリブッ刺さったことは、今でも彼自身の中に刻まれている。
その後中学に進学し、やはり元々の内気な性格が災いして友人関係に恵まれない中、彼の救いは常にYouTubeの中にあった。Rawstyle界隈では毎週の主に水曜日と金曜日、多くのアーティストが新曲を公開する。それらを片っ端から聴きまくり、ハードで攻撃的なリズムやメロディに身を委ねることが、蓮の孤独感を紛らわせる一番の処方箋だったのだ。
やがて好きは高じて、蓮はただ曲を聴くだけではなく「自分の力で自分なりの表現がしてみたい」と、自ら楽曲制作への道を歩み出す。学校が終わるとすぐに帰宅し、自室のPCに向かうのがいつしか彼の日課になった。
中高生という立場上、社会人とは違って基本的に楽曲制作に金はかけられない。だが幸い、現代の技術の進化によって、今ではDAWやプラグインに一円もかけなくたって人を喜ばせ、感動させる曲を作ることは出来る。その恩恵も受けつつ、様々な技術を学びながら腕を磨いた結果、最初は思い通りにいかなかった制作も少しずつ、自分の理想とする音を鳴らせるようになっていた。
そして今年の春休み、初めてKAIROSに連れられて参加した、本物のクラブでのデイイベント。もちろん、未成年なのでお酒は一切飲めなかったが、今思えば蓮にそんなものは必要なかった。アルコールの力など借りずとも、現場のありようは蓮が感動に打ち震えるには十分すぎるほどだったからだ。
空気の振動で着ているシャツが震えるくらい、ズシンと響いてくるキックの重低音や圧倒的な音圧。暴力的なほどに速い曲のテンポと、それでいて耳に残る鮮やかなメロディライン。DJブースから客をDJが煽り、それに対して聴衆が一斉に声をあげ、拳を突き上げ、ただ全力で音を楽しむ。隅で孤独に縮こまる必要などなく、性別や世代や人種・国籍の違いすらも超えて、誰もが「同じ音楽を愛する仲間」としてそこにいた。本場のフェスとは絶対的な規模感こそ違っても、ずっとYouTubeの画面越しに見ていた景色が、目の前に確かに存在したのだ。
「カイ兄…。凄いね、Rawstyleって」
イベントからの帰り道、蓮は歩きながらKAIROSに話しかけた。
「こんな話が出来る人、今じゃカイ兄くらいしかいないけど…。俺、やっぱりこの音楽を好きでいられてよかったよ」
「めっちゃ楽しかったろ?それなら付き合わせた甲斐があったってもんだ」
従兄弟のその言葉に、KAIROSは嬉しそうにニヤリと笑った。その次に彼が口にしたセリフを、蓮は今になって思い出す。
「お前もさ、今自分でも曲作ってるんだろ?なら、いずれはお前もああいうところでやれよ。フロアで盛り上がるのもスッゲェ楽しいけどさ、ブースに立つ側になったら更に楽しいぜ?きっと、今まで見たことがない景色が見られるよ」
当時は、イベント直後の浮ついた冗談だと思っていた。そんなことが出来るとも思っていなかった。自分がRawstyleを愛していることも、自分自身で曲を作っていることも、表に出すことはしてこなかったから。そもそも、楽曲を作る技術と、それをDJとして演奏する技術は全くの別物だ。
だが、その未知なる領域に自ら飛び込むことを、今の自分は選んだ。「挑戦」の二文字に一番無縁だと思っていた自分が。もちろん不安はあるし、KAIROSや美咲の言葉に感化された部分も大きかっただろう。それでも、文化祭でのパフォーマンスという挑戦を選択したのは、もしかしたら自分自身も「現状を変えなければ」と、心のどこかで無意識に感じていたせいなのかもしれない。
「やるしかない…。やるからには俺のベストをぶつけなきゃ。二人の気持ちに応えるためにも」
普段なら弱々しい彼の右拳は、珍しく力強かった。
蓮が挑戦を決めてからの最初の週末。蓮、美咲、KAIROSの三人は再びあの河川敷にいた。放課後の夕刻のタイミングだったあの時とは違い、今日は日中。梅雨時とは思えないような、突き抜ける青空の下だ。
「橘さん、わざわざありがとうね。予定とかあったかもなのに、せっかくの休みに応援に来てくれて。しかもそれ、自腹だよね…?」
蓮は、差し入れの飲み物や補食でいっぱいになったコンビニ袋を下げた、美咲に対して声をかけた。それに対して、美咲は笑顔で首を振る。
「ううん、大丈夫!むしろ、私にとってはこれが一番大事な用事だよ。だって、文化祭に向けた挑戦の記念すべき初日でしょ?だったら、背中を押した立場としてはむしろ来ないとダメじゃん!」
そう言うと、彼女は珍しく少しだけ小悪魔っぽい笑みを浮かべつつ、顔の目の前で立てた人差し指を左右に振った。
「後ね、これからはもう私のこと『橘さん』って他人行儀な呼び方したらダメだよ?せっかく友達になったんだから、これからは下の名前で『美咲』って呼んで。私も君のこと『蓮』って呼ぶから」
「えっ、ええ!?」
思わず、蓮の顔が困惑と照れで真っ赤になる。今まで、自分が内心救われて憧れ続けてきた相手が、「友達になろう」と手を差し伸べてくれること自体奇跡的なのに、その上ファーストネームで呼べだと。今まで全く頭になかった言葉に、彼の声は自然と震えた。
「み…、美咲…、さん…」
「さん付けもダメー!ウチら同級生でクラスメイトだよ、さん付けするの逆におかしいでしょ?ちゃんと呼び捨てで呼んで!」
自分の期待とは異なる蓮からの呼びかけにすかさず、先日見せた本気の怒りとは違う、口をすぼめて可愛らしく怒った表情をみせた美咲。だが、それですら蓮からすれば圧や緊張を感じる展開に、彼の声が更に震えた。
「み…、み…、美咲…」
「うん、よろしいっ!というわけでこれから頑張ってね、蓮」
「いやー、さっきから美咲ちゃんがあまりにもいい子すぎて、既に俺泣きそうになってんだけどさ…。とりあえず、後でちゃんと払ってあげるから買い物した時のレシートくれな?流石に、大人としてJKに自腹切らせるわけにいかんからさ」
一転していつもの明るい笑顔で、「最初の壁」を乗り越えた蓮に笑いかけた美咲に、KAIROSが後方から声をかけた。先日とは違い、今日は何故か自転車に跨った状態でジャージ姿。蓮にも、事前に今日はジャージで来るよう命じている。
「さ、じゃあいつまでも君らが青春してたら時間が足りなくなるし、そろそろ特訓始めんぞ」
「あ、あのさカイ兄…。これ、DJパフォーマンスのための特訓なんだよね?何でわざわざジャージで河川敷に?スタジオとかじゃないの?」
怪訝そうな顔で尋ねた蓮に、KAIROSは一度大きく頷いた。
「もちろん、そのうちDJ技術についても教えるさ。曲の繋ぎ方やテンポの合わせ方、実際にステージの上で必要な技術はちゃんと鍛えてやる。それなしに文化祭には出られないからな。ただ…」
お前の場合はその前にまず体力作りからだ、と続けたその言葉に、蓮が思わず目を見開く。それに構わず、KAIROSは言葉を続けた。
「ステージで音楽パフォーマンスをするのってな、お前が思ってる以上に大変なことなんだ。たった2時間、客の前で演じるだけで2キロは体重が落ちるなんて言われるくらいな。まして、今回お前が演るのはRawstyleだから尚更だろ」
どのEDM系ジャンルにおいてもそうだが、DJの役割とは単に曲を繋いでかけることではない。声や自分自身のアクションで、観客を巻き込み一体化していく。それこそがDJパフォーマンスに求められるものなのだ。
その中でも、Rawstyleのパフォーマンスは特に動きも大きく激しい。拳を止めることなく突き上げ、DJブースの中で飛び跳ね、時には機材を避けるようにしてデスクの上に上がり、「もっと来いよ!」とアクションで聴衆を煽る。これを30分ないし1時間のセットの中で、曲を繋ぎながらひたすらやり続けるのだ。相当な体力消費が伴うパフォーマンスであることは、読者諸兄にもお分かりいただけるだろうか。
「そういうわけだから、今日からはしばらく陸上部になったつもりでやってもらうぞ。ここから三番目にある橋を渡って、川の反対側を戻ってくる形でここまでグルッと一周したら、概ね10kmだ。これをまず走りきってこい」
「じゅ、10km!?」
「安心しろ、ちゃんと鬼軍曹だけじゃなく、女神も一緒に飲み食い出来るもの持ってついてきてくれるから。…、最初はしんどいだろうから途中歩いても許すけど、その代わり最後までキッチリやりきれよ?これをこなせなかったら、肝心の技術教えるところまでいけねぇからな」
思わず青ざめた蓮に対し、KAIROSはニヤリと笑みを浮かべる。その表情は、蓮にとっては地獄の幕開けを意味するものに他ならなかった。
「ゼェ、ゼェ…。も、もう限界…」
「いやー、まさか僅か数百mで息が上がって、前半5kmもいかずにドリンクや補食全部使いきってギブアップとはなぁ…。こりゃ先が思いやられるな」
体力が限界を迎え、汗だくで斜面に倒れ込んだ蓮を見やりながら、KAIROSは呟いた。
想定外に始まった10kmマラソン(結局は目標の半分も走れなかったのだが)は、元々スポーツが得意ではない蓮にとって、予想を遥かに超える苦行であり地獄だった。走り始めてから僅か2〜300mで早くも彼の息は上がり、走るよりも歩く方が主体に。途中、美咲が買ってくれたドリンクやゼリー飲料などを無理矢理流し込みつつ、KAIROSが自転車を漕ぎながら飛ばす檄を受けてノロノロ進むも、結局4kmいくかいかないかくらいの地点で体力が尽き、ギブアップとなったのだった。
「蓮、大丈夫?だいぶ限界っぽいけど、しばらく休まないと厳しそう?」
「ありがとう…、正直かなりしんどいかも…」
心配そうな表情で覗き込む美咲の問いかけに、蓮は精一杯の笑顔で答えた。もっとも、傍目にはその顔は「笑みを浮かべた表情」には見えなかったかもしれないが。
「体力回復は大事だけど、早めに帰って風呂入った方がいいぞ。いくら6月とはいえ、汗で身体冷やしてると風邪ひくからな」
KAIROSは自転車を路肩に停めつつそう言葉をかけると、しゃがみ込んで蓮の顔を上から覗き込んだ。二人の視線が交錯する。
「まぁ、初回にしちゃ頑張った方だけど、正直かなり大変な挑戦だってこと、身を以て思い知ったろ?」
蓮は黙ったまま頷いた。
「口で言うほど簡単じゃねぇんだよ、一発逆転なんて。まして、クラスの中で番狂わせを起こそうってんなら尚更だ。分かりやすく言えば、一人を除いて全員敵の状態を、ひっくり返さないといけないんだからな。相応の覚悟と狂気が要るんだ」
KAIROSは言葉を繋ぎ、蓮に問いかけた。これの目的は、お前をシゴいて苦痛を与えることじゃない。お前の心肺機能を可能な限り高めて、本番のステージ上でのパフォーマンスに耐えられる身体を作ること。今日のこれは、あくまでも出発点にすぎない。本気でクラスメイトに目にモノ見せてやりたいなら、ここから逃げずに本気で喰らいつく覚悟が必要だ。口先だけじゃなく、本気でやり抜くなら俺もそれに全力で応える。その覚悟はあるか?と。
「…」
全身を疲労に支配され、まだ呼吸が荒いままの蓮の脳裏には、これまでずっと自身がクラスで受けてきた仕打ちの様子が浮かんでいた。ずっと一人孤独なまま、嘲られ無碍にされて教室の隅に追いやられ、自分の優しさや存在意義すら否定された。それに対して、今までの自分は小さく縮こまり、耐えてやり過ごすか逃げ出すことしか出来なかった。
だが、本当は蓮だってそのような状況は変えたかった。ずっとそんな扱いをされるのは辛かったのだ。それに対して、どうやり返すかという術を知らなかっただけで。そして今、やり返すための最初の一歩を、自分は踏み出した。それを自分は選んだのだ。理想とする景色を見られるようになるまでは、途方もなく果てしない道だとしても。だから。
「やるよ、最後まで喰らいついてやりきる。正直かなりしんどいけど、ステージに立てるまで頑張る。俺だってもう、あんな思いは二度としたくないから…」
「蓮…」
万感の思いを込めて、美咲が小声で呟く。
「正直、カイ兄からしたら今日は期待外れだったかもしれないけど、最後まで…付き合ってよ。必ず…、一発逆転…、成し遂げてみせる、から…」
蓮の言葉は、不意に襲ってきた睡魔によりそこで途切れた。彼を見守っていた美咲とKAIROSが、お互いの顔を見合わせながら苦笑いを浮かべる。だが、同時に二人の心の中には喜びと安堵の感情が浮かんでいた。今まで理不尽に抗うことを知らなかった男が、新たな試練を前にして初めて「逃げずに立ち向かう」と決めた、その歴史的瞬間に立ち会えたのだから…。
「藤原、なんか今日もホームルーム終わったら速攻で帰ってったな?」
放課後、取り巻きの一人がふと呟いたのに対して、隼人はその話には興味がないと言わんばかりに冷たい表情のままフン、と鼻を鳴らした。彼の視線の先、蓮の机は確かに言葉通り、既に主の姿はなくもぬけの殻になっている。
「あいつがコッソリ速攻で帰るのなんていつものことだろ、気にすんな。そもそもわざわざ話題にあげるほどのもんでもねぇよ」
「それにしてもこの間のアレを喰らっておいて、よくその後も不登校にもならずに出てくるよな。正直もう登校してこないかと思ってたけど」
「あそこから逃げずに翌日も出てくるとは、正直予想外だわ。まぁ、放課後はさっさと速攻で帰ってくれた方が、クラスがあいつの暗い雰囲気にいつまでも染まらずに済むから助かるけどな!」
隼人の言葉に賑やかな、しかし確実にいくらかは悪意のこもった笑い声が、教室に響き渡る。ただ、取り巻きとして空気を合わせながらも、「とはいえ、確かに最近のあいつ、なんかこれまでと違う気がするんだよな…」と内心呟いた仲間がいたことに、この時の隼人はまだ気づいてはいなかったのだった。
Anderex:オーストラリア出身のDJ。イギリス・スコットランドを拠点とするレーベル「Gearbox digital」所属。近未来的なメロディと、ハードなキックを兼ね備えた楽曲を得意とする。代表作は「Digital dystopia」「ACID is my DNA」「Rabbit hole」など。
Mutilator:オランダ出身のDJ。「Gearbox digital」所属。Anderexとはライブアクト「Neon future」を結成した間柄であり、共作も多数。代表作は「Pirates」「The ocean calls」「Enter elysium」など。
Rebelion:イギリス・スコットランド出身のデュオ。ベルギーを拠点とするレーベル「Dirty workz」所属。メロディアスな曲からダークで破壊力満点な曲まで、何でも作る万能選手。代表曲は「Artificial Intoxication」「Raw resurgence」「Never back down」など。
Sub Zero Project:オランダ出身のデュオ。Dirty workz所属。今年、EDM界隈で最高峰の大型フェス「Tomorrowland」への出演も果たした、Rawstyleシーンをけん引する存在。代表作は「It will be OK」「XPRMNT」「HALO」など。
Riot Shift:ドイツ出身のデュオ。オランダを拠点とするレーベル「Aggressive Records」所属。過去にはメタルコアをやっていた変わり種で、ジャンルを跨いだ独自性あふれるサウンドを追求する。代表作は「Dystopia」「Same again」「Without you」など。
DAW:Digital Audio Workstationの略。PC上で音楽制作をする際に用いるソフトウェアのこと。Cubase、Studio One、FL Studio、Abletonなどがある。ちなみに筆者は「Cakewalk Sonar」ユーザー。
プラグイン:楽曲制作の際、DAWの各トラックに適用することで様々な効果を発揮するプログラムのこと。