Rebellion beats~青春の残響~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
今回は第四章。蓮の挑戦が続く中、少しずつ彼自身の周りにも変化が生まれることになります。果たして、これまで彼を疎外する側だったクラスメイト達は、その変化をどのように受け止めるのでしょうか?それではどうぞ。
その日、旭ヶ丘高校2年A組の教室は、いつもと明らかに空気感が違っていた。普段以上に、教室のあちこちでざわめきが止まらない。その主因となっていたのは、これまでなら話題にすら上がらなかったであろう男だった。
「なぁ、この間河川敷で藤原を見かけたんだけどさ、なんかめっちゃ真剣に走り込みしてたんだよな」
「マジ?お前も見かけたの?俺も出くわしたことあるけど、確かに凄いガチモードだよな。2年のこの時期に部活でも始めるつもりなんかね?」
「いや、なんか文化祭のためとかなんとか聞いたけど…」
「文化祭に備えて河川敷を走ってる?なんだそりゃ?」
昼休みのクラスの片隅で、そんな雑談をしている集団があった。皆一様に、その表情は「どうやら、明らかに藤原が今までにないことを始めてるが、どういう意図なのかはピンとこない」という趣だ。自然と、彼らの顔は教室の反対側にいる、話題の中心人物の方に向く。
「で、それにもまして分からないのがだよ…」
「…、何であいつ、気づいたら『三羽烏』全員と普通に仲良くなってんだ!?」
彼らの視線の先にいたのは、藤原蓮一人ではない。揃って明るく華やかな雰囲気を持ち、クラスメイトは元より学年全体でも「誰が一番可愛いか」が議論になるほどの美女軍団。それでいて、誰一人としてスクールカーストになど目もくれず、同性同士の友人間では起こりがちなマウント合戦や小競り合いに興じるでもなく、誰に対しても壁を作らず接してくれるまっすぐな性格の持ち主。
そんな、誰もが一度はお近づきになりたいであろう美咲・玲奈・優衣の三人が、蓮の周りに集まって雑談に興じていたのだ。それも蓮自身も交えつつ、三人ともそれがあたかも当たり前の行為であるかのような顔をして。
「ね、この間のAnderexとDEEZLの新譜聴いた?」
「あ、Gearbox Australiaのアンセムでしょ?もちろん聴いた!メロディめっちゃ綺麗だけど、相変わらずKickが轟音すぎて最高だったわw」
「過去のアンセムの声ネタを取り入れてるの、めっちゃ激アツだよね。アレを体育館で流したら凄いことなりそう!」
実に楽しそうにRawstyle談義に興じる三人の会話に、蓮もまた笑顔で頷きつつ自然と混ざる。その、ちょっと前までならあり得なかったであろう光景に、クラスメイトたちが思わず息を呑んだ。
「なぁ、あいつが他の奴と、それも『一軍』の女子たちとあんなに自然に喋ってるなんて、信じられるか…?」
「いや、無理でしょ。だってあの藤原くんだよ?一体何があったんだろうね?」
もちろん、当人たちは周りのそんな訝しげな視線など意に介さない。何故なら今の四人は「オタクに絡みにいく陽キャと巻き込まれるオタク」ではなく、「同じRawstyleという共通の趣味を持つ仲間」だから。彼らの間には何らの壁もなく、カーストの枠など飛び越えた友情の輪がそこには広がっていた。
だが、そんな友好的な空気に不満を露わにする生徒がいた。隼人だ。机に頬杖をつき、忌々しそうな表情を浮かべながら歯ぎしりを繰り返している。
(クソッタレ、ボッチな陰キャのくせに調子乗りやがって)
確かに、今のこの状況は隼人からすると、面白くないものであるのは事実だ。あの「消しゴム事件」で、彼は蓮のメンタルを完全にへし折ったと思っていた。これで、翌日からは彼と顔を合わせずに済むと思うと、気持ちもせいせいした。コミュ力が高く、自分の考えをはっきり主張することも難なくこなす隼人からすると、内向的で何を考えているか分からない蓮のような存在は目障りだったのだ。
だが、その見込みは完全に外れた。翌日以降も、蓮は前日の一幕が幻だったかのように登校してきて、それ以降休まず授業に臨んでいる。もちろん、あの事件は実際には幻などではない。これまた想定外だった、あの時美咲から受けた本気の平手打ちの感触は、今でも左の頬にはっきりと残っている。
あれ以降、美咲はまるで自分という人間を見限ったかのように、徹底して自分とは一切口をきいてくれない。声をかけようとしても、冷たい目で自分を鋭く睨みつけるだけで、あからさまに自分のことは避けている。誰にでも自然体で優しく寄り添える「あの橘美咲が」である。
そんな彼女が、自分がずっと格下と捉えて見下してきた相手には、いつものような明るい笑みや優しさを見せること。そして、これまで会話の中心として教室の空気を支配していたはずの自分のポジションが、よりによって蓮に奪われているように見えることが、隼人には我慢ならなかった。
(何で…、俺じゃなくてあいつなんだよ…)
怒りで震える声で、隼人は内心呟いた。もちろん、その声は蓮たちには届かない。四人の笑い声が教室に響くたび、隼人の怒りはより逆撫でされていくのだった。
ある日の休日。美咲・玲奈・優衣の三人はいつも通り、両手に差し入れでいっぱいの袋を下げて、蓮の自主トレの応援に向かっていた。ただし、今回向かっているのはいつもの河川敷ではない。KAIROSが所属するレーベルが保有するスタジオだ。
挑戦開始から1ヶ月半ほどが経ち、蓮の心肺機能は当初と比べて強化されてきた。総延長10kmの距離のうち、6km弱ほどはペースを落とさずに走れるようになったのだ。愚直な取り組みの成果とはいえ、数百mで息が上がっていたことを思えば、この短期間で驚異的な進歩である。
だが、ここからは走り込みだけをやるわけにもいかない。何故なら、まもなく夏休みに突入する時期とあって、既に屋外での運動を自重せざるを得ない程、夏の暑さは本格的になっているからだ。ここで無理にラントレを継続して、熱中症で倒れるようなことがあっては元も子もない。
それに、本番までは後2ヶ月半。ここからは、DJ未経験の蓮にステージでパフォーマンスを見せるための、新たなスキルを叩き込みはじめないといけない。体力錬成に一定の目処が立った今、新しいフェーズに入ろうというわけだ。
美咲が重いドアを開けると、音楽スタジオ特有のスモーキーな空気が内部から溢れ出てくる。その先に広がる景色に、三人は息を呑んだ。
「おー、凄い!スタジオの中ってこうなってるんだ!」
「DJブースにでっかいスピーカー…。クラブの現場でも見てはいるけど、スタジオだとまた雰囲気違うねぇ」
優衣が興奮した様子で目を輝かせ、玲奈は感心したように呟きながら目を見開く。そんな中、美咲は先にスタジオに到着していた蓮とKAIROSの姿を目に止めた。
「お疲れ様です。今日は、本来なら部外者なのにわざわざ見学させてくださって、本当にありがとうございます」
「いやいや、とんでもない。俺らにとっちゃ、美咲ちゃんも玲奈ちゃんも優衣ちゃんも部外者じゃなく、大事な仲間だからね。Rawstyle好きな人間はみんなファミリーだよ。それに、君らが来てくれた方が蓮も嬉しいだろうから」
事前にレーベル側の担当者に話を通し、三人の見学許可を取りつけていたKAIROSが、美咲の言葉にこともなげに笑みを浮かべる。それに対して改めて頭を一度下げると、ブースで一人機材の調整に臨む蓮の方を見た。集中力を高め、ミキサーに真剣な眼差しを向ける時の表情は、彼女自身も恐らく初めて目にしたかもしれない。
(そっか…。蓮もするんだね、そういう表情)
口元に笑みを浮かべながら、美咲は内心一人呟く。その声には、祈りにも似たような感情が自然と乗っていた。
(大丈夫、蓮ならきっと上手くいくよ。ここからもまだまだ大変だと思うけど、頑張ってね。ずっと見守ってるから)
篠崎カイは、普段は明るくフランクで面倒見のいい兄貴分、といった雰囲気の持ち主だ。気さくな人柄から、蓮に限らず親族の若手世代からは慕われることが多い。
だが、ひとたび「KAIROS」として現場やスタジオに立つと、彼のまとう空気感はシリアスなプロフェッショナルとしてのそれに変貌する。この二面性こそが、22歳にして彼を日本のRawstyleシーンにおける若きスターとしての地位に押し上げた原動力だ。そして「アーティスト」としての厳しさは、5歳年下の蓮相手でも全く変わらなかった。
「蓮、まだフェーダーの上げ下げに迷いとぎこちなさが見られるぞ。リズムをしっかり聞いて、どこで繋ぐべきかのタイミングを身体に叩き込め。そして、フェーダーの操作は躊躇なく思い切りよくやるんだ。バレないと思っても、客はお前の迷いを瞬時に察知するからな。そこがフロアの空気を掴めるかの分岐点だぞ」
「わ、分かった…!」
KAIROSのアドバイスに、蓮もまた真剣な表情を浮かべながら答えた。ちょうど彼は、曲の繋ぎのところでフェーダーを上げきるのが遅れ、わずかながらビートが噛み合わなくなるというミスを犯したところだった。ほんの些細なミスをすぐに見つけ、的確に指摘するあたりは流石プロである。
一応空調は効いているとはいえ、季節的には夏真っ盛りのスタジオ。繰り返し同じ練習に取り組んでいると、どんどん汗だくになり疲れも溜まってくる。ラントレで鍛えているとはいえ、体力の消費量としては思った以上だ。
しかし、それでも蓮はへこたれることなく、KAIROSの指導にもめげずに食らいついていた。今まで、DTMerとして楽曲を制作するスキルは磨いてきたものの、DJとして「演奏する」のは全くの未経験。まさしく、今やっていることは完全に未知なる挑戦である。
だが、これをものにしない限りはあの暗い日々を振り払うことはできない。自分が本気で目指している「一発逆転」は果たせないのだ。かつては挑戦すること、現実に抗うことそれ自体を避けていた男の姿は、もうどこにもなかった。
「蓮、本当に変わったよね…」
美咲の呟きに、玲奈と優衣も黙って頷く。彼女たちもまた、眼前の蓮の姿に彼の変化をありありと感じ取り、胸が熱くなっていた。目の前で誰かが何かに本気で向き合う姿に、興奮を覚えない人間は恐らくいないだろう。ただし、彼女たちが内心熱を帯びていたのはそれだけが理由ではない。
練習にお邪魔する前、三人は話し合い心に決めていたことがある。KAIROSの指導中、あるいは蓮の練習中は、絶対に彼らの邪魔をしないと。それが、本来なら入れてもらえなかったであろう立場にもかかわらず、スタジオの中で練習を見せてもらえることへの、彼女たちなりの筋の通し方だった。だから、彼女たちは練習が始まってからしばらくは、スタジオの隅で大人しく用意された椅子に腰掛け、黙って練習を見守っていた。
だが思い出して欲しい。彼女たちは全員が、筋金入りのRawstyleガチ勢であるということを。そして、いくら気遣いと配慮が出来る理性的で優しい人間であろうと、このジャンルを心から愛する者が「ただ黙って大人しく曲に耳を傾ける」ことなど、土台無理だということを。彼女たち自身、何度もハードなKickやド派手なメロディを浴び続けてきたことで、既に理性のゲージは限界に近づいていた。
蓮の練習が再開され、練習用のサンプル曲のdropが流れた瞬間、とうとう彼女たちの理性は限界を超えた。美咲は椅子に腰掛けたまま、小さく左右の拳をKickのリズムに合わせて動かしたり突き出したりして、Kickrollを刻む。玲奈は長い黒髪を振り回しつつ、四つ打ちのリズムに合わせて上半身を揺らす。優衣はdrop突入と同時に頭上でガッツポーズをし、そこから自分の頭の上で両腕をリズムに合わせて動かす。三者三様に、彼女たちはひとりでに曲に合わせてノリだし、フェスの最前列での自分たちの姿を再現していた。
「ハッハッハ!何だ、やっぱ君ら大人しく我慢する気なかっただろ?」
三人の様子に気づいたKAIROSが、思わず盛大に吹き出す。そのリアクションで事態に気づいた蓮も、慌てて再生を止めつつ苦笑いした。
「ごめんなさい、やっぱ耐えるの無理でした」
「流石に冒頭からずっと浴びっぱなしだとねぇ」
「むしろ、ここまで我慢出来たの褒めて欲しいかもw」
美咲がこれまた苦笑交じりに頭を下げ、玲奈と優衣は軽口交じりに自分たちのリアクションを正当化する。そんな彼女たちに向かって、KAIROSは「やれやれ…」と肩をすくめてみせた。
「まぁ、この子たちがノってくれたなら一応はまずまずってことか。ただ、本番でブチ上げないといけないのは彼女たちだけじゃねぇからな。そもそもEDMを知らない面々すらもノせないといけないんだから、これで満足なんてするなよ。技量的にはまだまだこれからなんだからな」
「うん、もちろん。頑張るよ」
そう答えた蓮の言葉は力強かった。まだまだ技術的に拙く課題の多いプレイングでも、大切な仲間を自分のパフォーマンスで楽しませることは出来た。その喜びは、彼にとって何にも変え難かったものだったから。
DJブースの後ろから、彼は自分を揃って見つめる三人の応援団の方に目を向ける。LEDの照明に照らされて明るいはずの室内に、暗闇の中で一斉に拳を突き上げる大観衆の姿が、ほんの一瞬見えた気がした。
「よし、じゃあそろそろステージネームとライブセットの名前を決めるか」
その日の練習終了後、一同が差し入れに舌鼓を打っている中、ふとKAIROSが蓮に顔を向けた。思わぬ言葉に、蓮が目をパチクリとする。
「え、ステージネーム!?」
「そりゃそうだろ。まさかとは思うが、『藤原蓮』名義でステージに上がる気だったわけじゃねぇよな?DJとしての舞台は、普段の生徒としての生活とは一線を画す場だ。お前の覚悟を、ちゃんと形にしておけ」
「そうだよ蓮!せっかくやるなら、主役としてふさわしい名前をつけないと!」
美咲が同調したのに合わせて、玲奈と優衣も揃って蓮に期待を込めた視線を向ける。それに一瞬戸惑いつつも、蓮はしばし目を閉じて考え込むと、一度大きく深呼吸してから決意の色に染まった目を開けた。
「…、REVにする」
「REV…?」
優衣が首を傾げる。
「RevengeとRevolutionから。この舞台で、ずっと見下されてきた日々に対して逆襲するために。そして、みんなと一緒にRawstyleという武器を使って革命を起こすために」
しばし、静寂がその場を支配する。それを打ち破るかのように、KAIROSがニヤリと笑った。
「いいじゃねぇか、意味も通ってるしお前にふさわしい名前だ。これからその新たな名前、大事にしろよ、REV」
「凄い、カッコいい!」
「いいじゃん、強さと反骨心を感じる」
KAIROSの言葉に優衣は目を輝かせ、玲奈は納得の表情を浮かべながら頷いた。
「じゃあさ、このままライブセットの名前も決めちゃおうよ!REVの逆襲と革命にふさわしいタイトル!」
美咲が、満面の笑みを浮かべながら一度手を叩いた。再び、しばし考え込む蓮。
「…、 Rebellion beatsで」
再び、同級生三人が大きく湧いた。KAIROSも満足そうに頷く。
「決まりだな。REV、そしてRebellion beats。逆襲を決めるにはピッタリの名前だ。後2ヶ月半でお前の旗印にふさわしいパフォーマンス、しっかり磨き上げて見せつけてやろうぜ。旭祭という舞台を、この名前とともに揺るがすんだ」
蓮は笑みを浮かべながら頷いた。それは、自らが目指す「逆襲」への挑戦が、よりクリアに実体性を持ち、さらなる熱を帯びた瞬間だった。
クラスメイトからすると、6月の消しゴム事件からの蓮の変化は、まさしく驚くべきものでしょうね。元々、分け隔てなく誰にでも優しく接する美咲が、蓮にも自然と寄り添う姿はこれまでにも見ていたはず。ただ、従来はいわゆる「一軍女子と陰キャの距離感」だった玲奈や優衣まで、彼と仲良くしだしたのは流石にびっくりかも。
ただ、彼女たちが蓮と今まで距離感があったのは、お互いに共通の趣味の持ち主であることを知らず、接近するきっかけがなかっただけ。同じジャンルを愛する同志と知れば、むしろ率先して仲良くなろうとするのが玲奈や優衣なのです。底抜けに優しい性格のヒロインである美咲ですが、その親友である彼女たちも同じように優しさを持っているのがうかがい知れます。
そして、今作が誇るそんな大天使にすら、本気で嫌われるようになってしまった隼人。第一章での言動を考えると自業自得ですが、果たして彼がこの状況を打開できる日は来るのでしょうか。最前列トリオに囲まれる蓮を目にした時の反応を見る限り、なぜ自分がそこまで嫌われてるのか理解できてなさそうですけどね…。
いよいよDJとしての練習も始まり、本学的に音楽ものとしてギアが上がってきた今回。次回はストーリーにおいて非常に重要なイベントが起きる予定です。どうぞご期待ください。それではまたお会いしましょう。