学校でサンタの正体はお父さんと聞いてショックを受ける息子。
しかし、男は知っている。それはサンタクロースという物語の序章に過ぎない事を。

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システムとしてのサンタクロース

「同じクラスのけんちゃんがサンタクロースはお父さんだって言ってた!お父さんの嘘つき!」

 

今年、9歳になる息子に責められながら、

私はこの日がついに来たかと寂しさを感じていた。

だが、それと同時に、私は知っている。

サンタクロースには続きがあるのだ。

それをまだ知らぬ息子に少し優越感を感じながら、

「息子よ!お前にとって今日はサンタを失ってしまった日になったのかもしれない。しかし、これはお前がサンタクロースと紡ぐ物語の第一幕が終わったに過ぎないのだ!お前がまだ知らない第二幕がちゃんと準備されているから楽しみにしてるが良い!」

と、声に出さずに密かに心の中で思った。

 

怒り疲れて眠った息子を見ながら、思い出す。

私も同じくらいの歳の頃に、一度サンタクロースを失った。

驚いて、何故大人はそんなウソをつくのか信じられない気持ちになった。

しかし、親となった今になって分かる。

「サンタクロース」は確実に存在している。

そもそも我が家は代々浄土真宗だし、その浄土真宗すら私は真面目に信仰していない無神論者だ。むしろ宗教に胡散臭さすら感じている。

その私が結婚し、親になってサンタクロースをやる。

しかも、自ら進んでである。

私だけに限らない。

日本だけに留まらず、世界各国で、

国も、人種も、思想も、宗教も、貧富の差も

全く違う人達が、普段の主義主張に構わずに

サンタクロースになるのだ。

はるか昔に「キリストの誕生日に、子供達に笑顔で過ごしてもらいたい」と願った聖人の遺志を遂行しようとするのだ。

大人になったら分かる。

こんな事は当たり前じゃない。

おかしいのだ。

時には相手を殺してでも自分の我を通そうとする人間の本質から逸脱している。

 

何故、人はサンタクロースをするのか?

これは「サンタクロース」というシステムが既に出来上がっているからに他ならない。

クリスマスが近づくといそいそと準備を始め、

クリスマスイブにはまさに神がその身に宿ったかの如くサンタクロースを遂行する。

確かにトナカイやおもちゃを作る小人や赤い服白髭のおじいさんはいないかもしれないが、おもちゃを置き、子供部屋の扉を閉めるその瞬間までサンタクロースと共にいるという感覚。

その喜びたるや!

あの子供の頃に憧れた!会いたくて堪らなかったあのサンタクロースと一つになれる感動!

それをやり遂げた後の子供達の驚く声と喜ぶ笑顔!

その全てが「サンタクロース」という1つのシステムなのである。

だからはっきり言える。

サンタクロースの物語は第二幕こそが本番なのだと。

この第二幕の為の第一幕だったのだと。

しかし、今日でその喜びも終わってしまった。

私のサンタクロースとしての役割も、サンタの物語もこれで終わり。

子供の頃から大人になった今に至るまで、私の人生に彩りを加えてくれたサンタに感謝をしつつ、横で眠る私の息子がその喜びを知る日を、私は心の底から望んだ。

 

30年後、クリスマスの朝。

「おじいちゃん見て!これサンタさんがくれたの!

サンタさん、ちゃんと来てくれた!」

サンタからのプレゼントに大喜びではしゃぐ孫。

その姿を「良かったな」と言いながら笑顔で見ている息子。

孫のプレゼントを喜ぶ純粋さも、

自分の子を喜ばせたいとサンタをやった息子の優しさも

全てが愛おしく、誇らしく感じた。

それと同時に私の親も私を見て同じように考えていたんだなと気付き思わず目が潤む。私の親も、そのまた親も、その一人一人がちゃんと今に繋がっているという実感に体が震えた。

「何だ、第三幕もあったんだな」

脈々と引き継がれていく幸せの物語に感謝しながらそう呟いた。


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