ようこそ綾小路くんと一之瀬さんが中学三年時に出会っていた世界線へ 作:成田 きよつぐ
誤字脱字のご報告・お気に入り登録・ご評価・ご感想を下さった方々、本当にありがとうございます!
先ず最初に一つ茶番を失礼致します。
『前回の後書きで今話は、綾小路くんと一之瀬さん家族の初交友を描くと約束したな?』
『そ、そうだ大佐っ。
今話は気が付いたら、2万字近く書いちまってたんだろ?
当然、初交友まで書けたんだよな?』
『────あれは嘘だ』
『え、おまっ、2万字も使っといてマジで言ってr────うわぁぁあああああ〜〜ッ!?』
…………いや本当に、本当に申し訳ございません(土下座)
一之瀬さん家族との初交友まで描くと、3万字を超えてしまいそうだったので分けさせてください……(土下座)
次話こそ、次話こそちゃんと描きますのでッ!!(土下座)
中学校に通い始めて、早くも
オレは交友があるクラスメイト複数人と、同じ3年生たちで賑わう廊下を進んでいた。
談笑しながらも、誰かとぶつからないように気を配る。
幸い、各自カバンは教室に置いて来たため小回りは利く。
オレも留めていた学ランの第一ボタンを外し、首回りを緩める。
ここ最近は最高温度が25℃を超える事も増え、日に日に気温の上昇を感じる。
過ごしやすい気候から少しずつ、しかし確実に夏への変遷が起こっているのだろう。
そういった季節の移ろいを肌で感じる事も、オレにとっては生まれて初めての感覚だ。
夏という季節を自分がどう感じるか、実は密かに楽しみだったりする。
「これだけ人が集まってると、流石にちょっと暑いねー。
みんなは平気?」
明るいながら、少し苦笑が混じった声が届く。
人混み故、自然と列になって進んでいたオレたち。
前を行くのは友人たちで、オレは最後尾についている。
それを先導してくれている女子生徒。
我が3年1組の委員長も務める
「暑いわよー。まだ梅雨入りすらしてないのに……。
今からこれじゃ、夏になったらどうなる事やら……」
「ほんとだよ〜。
あたし暑いの苦手だから、気温だけはずっと春か秋のままが良いなぁ」
真っ先に反応したのは、男子ひとりを挟んで一之瀬の後ろに連なる女子二人。
「──って、
肩に手を置かないでよ、暑いからっ」
「えぇ〜? 良いじゃん、
そんな冷たいこと言わないでよ〜」
「ちょっと、こら! 引っ付くなっちゅーに!
アンタも暑いの苦手って言ってたでしょーがっ!」
一之瀬からの問いに答えざま、
腰にしがみ付く藁科を、茨目が何とか引き剥がそうとしている。
しかし、周りの迷惑になる事を考えてか、軽く顔を押したりするに留めている様子だ。
『────だはははっ!
やっば! お前マジかよ────』
……っと。
廊下の右側にいた男子グループの一人が、お腹を抱えて後ろに下がって来た。
このままでは、じゃれ合っている二人にぶつかる。
そう判断し、オレは極力小さな動きで彼らの間に入り、男子生徒の背中を右手で軽く支えてやる。
『──っと、悪りぃ悪りぃ』と、小声で謝る男子生徒に『こっちこそ、すまない』と伝え、そのまま通り過ぎた。
自らの輪に戻った男子生徒が、友人達から『気をつけろよー』と笑われているのが聞こえてくる。
チラッと振り返ると、何やらグループの一人が持っているノートの中身で盛り上がっていた様子だった。
ほんの少しだけノートの中身が気になったが、友人たちとの交流よりは優先度が低い。
オレは速やかに視線を前へと戻した。
藁科と茨目は変わらず密着状態。
茨目は歩きづらそうにしつつも、文句を言う声には少し楽しさも含まれている。
悟れられないように動いた甲斐もあり、周りはぶつかりそうになった事に気付いていない様だ。
仮にぶつかっていたとしても、それほど大事にはならなかっただろう。
しかし、少し動けば防げるトラブルであれば防いだほうがいい。
二人がぶつかったりせずに良かったと思う。
オレは少し開いた差を早足で詰め、前の二人に声をかけた。
「二人は本当に仲が良いんだな」
「んえ? そうかな?
友達同士ならコレぐらいのスキンシップは普通だと思うよ。
「いや、遠慮しておく」
「即答は傷つくよ、清くん!?」
そう言いながらも、藁科の表情や声色には一切の悲壮感がない。
そんな中、茨目がコチラを見て笑いつつ、腰にいる藁科を指さす。
「ごめん、
そう言わずに、ちょっとこの子引き取ってくれない?
お世話の仕方は教えるからさ」
「え、まさかのペット扱い?」
「一応聞かせてもらうが、お世話とは何をすれば良いんだ?」
「適度な散歩と、じゃれて来たらスキンシップに付き合ってあげるだけで良いわよ。
あ、それと偶にお菓子でもあげて褒めてやれば、なお良し」
「犬かッ、あたしはッ!」
「構ってあげないと寂しくて拗ねちゃうから注意して」
「だから犬かってッ!」
「そして怒った時には、
「いやだから犬────犬か?
え、犬じゃなくない?」
「当たり前でしょ? 今のはレッサーパンダよ」
「あ、なんだレッサーパンダかぁ〜。
…………って、あたしはレッサーパンダでもないよッ!?」
茨目の冗談に鋭いツッコミを入れる藁科。
レッサーパンダ、という初めて聞く生き物は後で調べておくとして……。
先の内容だけを聞けば、最後以外は犬のお世話と解釈できる。
以前、茨目の家では愛犬を飼っていると聞いた事があるので、その影響も大いにあるのかもしれない。
だが、犬のお世話と似通っているならば適任者は身近に居る。
オレは、前方で笑っているその男を巻き込む事に決めた。
「そういう事なら、オレよりも
確か笠山の家にも愛犬が居るはずだからな」
「────うぉいっ!? なに俺に振ってくれてんだ、綾小路ッ。
お前が面倒見る流れだったろ!?
福丸、というのは愛犬の名前だったな。
興味を抱いたオレが聞いた際、『黒柴のオスで、ボール遊びが何より好きなヤツなんだよ』と、楽しそうに教えてくれた事があった。
少し狼狽えながらコチラへと振り向いた笠山に、オレは言葉を続ける。
「こういうのは経験者に任せるのが一番だと思うが?」
「確かに、綾小路くんの意見にも一理あるわね」
「一理あったか!?
つか待てって! なんか
「ちょいちょい三人とも? あたしのペット扱いを改める気はないのかね?」
ノリが良い笠山も加わる事で、雰囲気が更に明るくなり会話が弾む。
「ふふっ。
もう、みんな、寿巴ちゃんをそんなペット扱いしちゃ駄目だよー?」
楽しそうに笑いながら、これまで静観していた一之瀬も参戦してきた。
「帆波ちゃ〜んっ。
あたしの味方は帆波ちゃんだけだよぉ〜」
藁科は『よよよ〜』と、大袈裟に泣き真似をしながら、今度は一之瀬にしがみ付く。
「うんうん。よしよし、寿巴ちゃん」
そんな藁科の頭を、これまた一之瀬も大袈裟に抱きしめながら優しく撫でる。
……しれっと、一之瀬が最もペット扱いしていないだろうか。
勿論、それもまた冗談の範疇であるのは明白だ。
藁科もそれを理解した上で、オレたちの反応などを楽しんでいる。
そんな交友をしているうちに、目的地である廊下端の掲示板スペースに辿り着いた。
壁に備え付けられた緑色の掲示板。
普段は“学校だより”などが掲示されるのみで、気に留める生徒は少ない。
しかし今日は、その周辺に人集りができており、全員が張り出されている『とある掲示物』を凝視している。
掲示物を見て喜んでいる者や、悔しがっている者など、反応は様々な様子だ。
オレたち5人は列を解いて横並びになるも、人の多さ故に少し離れた窓際で立ち往生する。
唯一、開放された窓から涼しい微風が入ってくるのは救いだろう。
オレたちも掲示物を確認したいのだが……。
目の前に立ちはだかる人の壁。
その中には長身の生徒も居るため、後ろからでは確認が困難だ。
「あちゃー……。
この状況じゃ、私たちが見れるまでもう少し時間が掛かっちゃうかな」
「んしょっ、ほっ!
……うーん、ダメだ見えない」
賑わう廊下に、ローファーで着地する音が響く。
オレの右隣を見ると、一之瀬と藁科が“ぴょんぴょん”と軽くジャンプしていた。
しかし、流石に高さが足りなかった模様。
一之瀬は身長150cmの半ばほど。
藁科は150cm丁度あたり。
そして、160cm前半はある茨目はもちろん。
現在172cmのオレや、オレより少し高い笠山ですら見えないであろうから仕方がない。
『『『…………ごくりッ』』』
「……ん?」
そんな中、何やら周りから視線を感じる。
順にその気配を追ってみると、男子生徒多数がオレたち────いや、厳密には一之瀬と藁科のことを盗み見ていた。
おまけに頬を赤くし、鼻の穴を広げて生唾を飲む者も確認できる。
「ちょ、ちょっと二人とも止めなさいよ。
見られてるでしょ、恥ずかしい……」
同じくそれを感じ取ったのであろう茨目が、慌てて二人を嗜める。
「え? あぁ、ごめんごめ〜ん。
跳んだのうるさかった?」
「わわっ、ごめんね? なにか気に障る事しちゃったみたいで」
注意を受け、藁科と一之瀬は両名とも合掌し、茨目や周りの者たちに謝罪の意を示す。
「いや、そうじゃなくって……んあぁ〜、もうッ!」
二人の反応にもどかしそうな嘆息を漏らし、腕を組みながら“キッ”と周りの男子たちを睨む茨目。
そんなひと睨みを受けた者たちは、
そして一人、また一人と、まるで何か急用を思い出したかのように、この場から去って行く。
「ハァ……。
この二人の無防備具合も問題だけど、男子って何でこうも時折救いようがなくなるのやら……」
去って行った男子たちの、気恥ずかしさと少しの喜びが含まれていた表情。
そして今、茨目の嘆きを聞いてオレは事情を察する。
この学校の制服は基本、男子が黒の学ランに白いドレスシャツ、靴は黒革のローファーだ。
夏場は衣替えが行われ、上が白の半袖ボタンダウンシャツになるらしい。
変わって女子が、スクールベストに白のドレスシャツ、首元には赤いヒモ状のリボンを蝶々結び。
下はダークグレーのスカートに、白のロングソックス、茶色のローファーが指定されている。
夏場の服装は、スクールベストとリボンの着用は変わらずで、シャツが半袖でも可能になるそうだ。
そして今回、先ほどの男子たちが呆れられた要因の一端は、恐らくスクールベストとスカートにある。
女子が着用しているスクールベストは、計6つの黄色いボタンが2列付けられたダブルベスト。
色はスカートより少し明るいチャコールグレーで、しっかりとした生地で作られたスクエアネックデザインである。
つまりだ。
人前で明言することは
現に一之瀬の方を見ていた男子たちは、ジャンプする彼女に合わせて視線が上下していた。
主にどこを凝視していたのかは言うまでもないだろう。
「……よく聞いて、帆波ちゃん?
もし、自分が空腹に耐えているオオカミだとしたらよ?
目の前を無防備なウサギが、ぴょんぴょん跳ねているのを無視できるかしら?」
「え、オオカミ?
う、うーん……お腹が空いているんだったら、難しいと思う、かな……」
「その通りよ! 無視なんて出来るはずがない。
呼吸は荒くなり、
つまり、さっきの貴女は無防備なウサギなのよ!」
「あれ? えっと、空腹に耐えてるオオカミじゃなかったの?」
「オオカミは周りにウヨウヨ居たでしょーがっ!」
「どういうこと!?」
…………隣が随分と賑やかだ。
よく分かるような、分からないような例え話。
それを茨目から聞かされ、豊かな表情や感情表現で反応している一之瀬を見る。
背中の辺りまで伸びた桜色の艶髪に、陶器のような滑らかで美しい肌。
自然な高さで筋が通った鼻に、目はパッチリと大きく、まつ毛も長い。
そして、その瞳はとても澄んでおり、宝石や夜空を連想させる綺麗な水色をしている。
笑った時にこぼれる白い歯は真っ直ぐ整っており、それら各パーツが左右対称で、小顔のキャンバスに配置されている。
更に、ピンとした背筋と長くスマートな手足。
ウエストは引き締まって
おまけに、明るくて温かさが滲み出ている雰囲気。
実際に人当たりも抜群で、他者を助けることを厭わない優しさを持つ。
それ故か、自然と人を惹き寄せるカリスマ性があるのは疑う余地がない。
整った容姿と、美しいプロポーション。
その上、内面までもが非の打ち所がないときている存在。
そんな美少女の無防備な姿に、多感な年頃の男子が意識を向けてしまうのは仕方がない気はする。
まあ、だからと言って下世話な視線を向けていい事にもならないが……。
「まぁまぁ、理歩ちゃん。
帆波ちゃんが、ちょっと無防備で心配なのは分かるけど、謝ってたんだし許してあげようよー」
「いや、無防備なのはアンタも大概なのよ?」
茨目の矛先が、今度は藁科へと向けられた。
「いやいや、あたしは大丈夫だよ〜。
だって今は絶賛《毎日豆乳を飲んで頑張るぞ!》期間を過ごしてる最中だもん!
将来、誰もが羨むプロポーションを手に入れるためにね!」
そんな事を胸を張って
よく分からないが、優れたプロポーションを手に入れるために毎日豆乳を飲めば、人は絶賛されるらしい。
「だから成長余地を大いに残した、この慎ましやかなバストは……
ほら! どんなに跳ねても今は揺れな────」
何を思ったか突然、再び廊下で跳ねだした藁科から、オレは即座に視線を切る。
「ちょっ!? おバカッ!
アンタ、何やってんの!?」
「あ、痛ーいっ!」
ペシンッ! という音の後に、悲鳴が上がる。
跳ねる音が止んだ事で視線を戻すと、両手で頭を抱えて俯く藁科の姿があった。
どうやら茨目から、愛の鞭を振るわれたようだ。
「はたくなんて酷いよ、理歩ちゃん!
横暴だー。体罰だー。
バレー部が叩いていいのはボールだけじゃないのかー!」
「やかましいわよ、この家庭科部!
アンタがまた恥ずかしい事するからでしょ!?
家庭科部なら、もっとお淑やかな女性を目指しなさいよ!」
何故か互いの所属する部活名で言い争う二人。
「あははは……今日も始まっちゃったねー」
そんな二人の戯れを、慣れた様子で見守る元陸上部が一人。
「喧嘩するほど何とやら、ってか。
いやまぁ、二人がやってんのは喧嘩じゃないだろうが」
オレと同じく逸らしていた視線を戻して、苦笑しているサッカー部が一人。
「言い争っているように見えて毎回、二人とも楽しそうにしているからな」
そして此処にも傍観を決め込む帰宅部が一人だ。
そんなオレたちの様子は気にせず、腕をブンブンと振った藁科が抗議を続ける。
「なにをー! ならそう言う理歩ちゃんは、一からシュークリームが作れるのかー!
バレーも勉強も出来て、ちょっとあたしよりプロポーションが良いからって生意気だぞー!」
「いや別にそこでは競ってないわよ!?
……てか寿巴、あんたシュークリーム作れるの?」
「ふっふっふっ。
家庭科部・部長を舐めちゃいけないよ〜。
普通のはもちろん、ザクザク食感のクロッカンシューも作れるもんね!」
「え、凄い! プロ顔負けじゃん!
その気になったら一流のパティシエだって目指せ────って、そうじゃなくってっ!」
藁科のペースに流されそうになるも、何とか踏みとどまった茨目。
少し気になったのは、シュークリームとクロッカンシューという単語。
二人が話していたそれは、果たしてどんな食べ物なのだろうか。
パティシエと言っていたので、恐らくお菓子なのだろうという事だけは予想できるが。
確かフランス語で“シュー”は“キャベツ”。
“クロッカン”は“カリッとした”、というような意味だったはず。
という事は、フランス発祥のお菓子なのか?
キャベツにクリーム? おまけに食感はザクザクとしている?
いや、そもそも形がキャベツに似ているなどの説も考えられるか……。
…………なんて些細な事を考えられるぐらいには、今日も平和である。
「私がアンタに跳ぶなって注意したのは、スカートが捲れたら大変な事になるからよっ」
ここに来てようやく、茨目が事の真実を告げる。
「え、なんで?
あたしたち全員スパッツ履いてるんだし、捲れたって大丈夫だよ?」
「そういう問題じゃないでしょ!?
もっと羞恥心を持ちなさいって言ってるの!
あんたの行動で、男子が変な勘違いを起こしちゃったりしたら互いに損でしょ?」
藁科はピンと来ていないようだが、茨目の憂慮は的外れとも思えない。
誰もが美少女だと認めるであろう一之瀬と同じく、藁科も間違いなく“可愛い”に分類される女子ではないだろうか。
毛先が少し内巻きになったそれは、前髪は目に掛からない程度に。
そして全体としては、肩につかない程度の長さで切り揃えられている。
色白で綺麗な肌に、顔は小さめの童顔。
丸くて愛らしさを感じる目に、琥珀色の瞳。
表情豊かで白い歯を見せよく笑う様は、その童顔具合に拍車をかけている気がする。
低めの身長と、少し華奢な体つきも合わさり、小学生だと勘違いしてしまう者もいるかもしれない。
性格は人懐っこく穏やかで、気配り上手なため友人も多い。
編入当時、コチラへ積極的に話しかけてくれた一人であり、オレも藁科に助けられたことは一度や二度ではない。
無論それは、ここに居る一之瀬、笠山、茨目にも当て嵌まる事だ。
彼らがフォローしてくれたお陰で、クラスに馴染むことが出来たと断言できる。
「アンタも、それに帆波ちゃんも。
二人とも、ただでさえ対人距離が近いんだから気を付けなきゃダメよ」
それは確かに。
「……まあ、二人は可愛いからなー。
ついつい目で追っちまったり、ドキドキしちまう気持ちも分からないでもないぜ」
茨目の行った注意を聞き、笠山が頭の後ろで手を組みながら言葉を漏らす。
「…………へえぇ、“二人は”可愛い、ね……?」
そしてその発言は、ものの見事に藪をつついて蛇を出してしまった。
「あ、いや、今のは、そのっ……」
茨目に睨まれ、笠山の目が泳ぐ。
組んでいた手を正し、顔と手を振りながら一歩ずつ
そんな笠山を、腰に手を当て、下から顔を覗き込む格好で追い詰める茨目。
先の笠山の発言。
確かにオレも、茨目の容姿を“可愛い”と表現する事はないと思う。
だがそれは決して、彼女の容姿を貶している訳ではない。
“可愛い”という表現よりも、“美人”という表現が当てはまりそうだと考えているだけだ。
艶のある焦げ茶色の髪は、本来なら鎖骨あたりまでの長さ。
その艶髪は普段、横から見ると後頭部で数字の『6』の様な形をした状態で束ねられている。
時折、藁科が気まぐれに
肌は血色が良く、シャープな顔立ち。
二重のつり目に、瞳の色は深めの
手足もスラリと長く、いわゆるモデル体型と言えるだろう。
凛とした雰囲気を纏っているが、実際は感情が分かりやすいため、とても話しやすい。
厳しさと優しさのバランスもよく、人に頼られやすい性格だと感じている。
…………なんて印象をオレは抱いているのだが、恐らくは笠山も、オレと似た印象を持っているのではないかと思っている。
じりじりと廊下の端まで追い詰められていく笠山を助けるべく、オレは援護射撃を放った。
「あー、茨目。
笠山は何も、茨目に魅力がないという意味で言ったんじゃないと思うぞ」
発言した瞬間、笠山がまるで救世主を見る様な目をコチラに向ける。
「さっきの発言にも、きっと何らかの本心が隠れてい────」
「綾小路くん。
悪いんだけど、ちょっとだけ静かにしててくれる?
私は今、
「────るのか否かは、確かに笠山にしか分からないよな」
言葉の途中、顔だけをコチラに向けた茨目から、凄みのある声で警告を告げられる。
…………すまない、笠山。
やれるだけの事はやったんだ。
これ以上、下手に援護射撃を行うと矛先がコチラにまで向けられるだろう。
オレは戦略的撤退を即決する。
「……一之瀬、それに藁科も。
人も少し減ってきたし、オレたちはそろそろ見に行かないか?」
「あっ、う、うん、そうだねっ!」
「じゃ、じゃあ、あたし達は先に見とくねー。
理歩ちゃん達も、話しが終わったらおいでよー」
獲物を追い詰め、隙あらば喉元へと喰らいつかんとしている捕食者。
そして逃げ場を失い、ただ震えるだけの哀れな被食者。
そんな二者の間に飛び込む気概を、少なくともオレは持ち合わせていない。
何より先程、茨目が熱弁していたオオカミとウサギが、まさに目の前に居た気がするのだが……。
「いや〜、笠やんも迂闊なこと言っちゃったね……。
「全くだな。
ついでに“人
隣を歩く藁科が、
それに便乗して、オレも半ば無理矢理に先の状況を諺で表してみる。
「嗚呼、くわばらくわばら〜。
惻隠之情とは少し大層な気もするが……。
そんなオレたちのやり取りに、反対隣を歩く一之瀬が『すると私たちは“
そうか。
オレたちもウサギだったのか。
草食動物が生き残る術の一つとして、誰か一匹が犠牲を覚悟で肉食動物を引きつけ、群れ全体を守るという手段を取る事がある。
笠山は、そんな尊い犠牲だったと云う事か。
ならば、せめて骨だけは拾ってやるべきだろう。
それに値する行いには皆目見当もつかないが。
そうして心の中で黙祷を捧げていると、一之瀬が主にオレへと視線を向けながら言葉を発する。
「笠山くんと理歩ちゃんは、幼稚園の頃からの仲だからね。
あのやり取りも、お互い変に遠慮してないって言うか、気を許し合っている証拠なのかも」
「そうそう! おまけに二人とも、これまでクラスもずっと一緒なんだもんね!」
「それは……何とも凄い巡り合わせだな」
二人は
下の名前で呼び合ったり、互いの家族ぐるみで付き合いがある、とは聞いていたが……
まさか、そこまで二人の交友に歴史があるとは知らなかった。
「ただそれだけに気を許しすぎてなのか、さっきみたいな痴話喧嘩が、ちょこちょこ勃発するんだけどね〜」
「ふふっ、ある意味それだけお互いの事を想ってる証拠じゃないかな。
だって、理歩ちゃんが笠山くんに怒る時の理由って殆ど、ね?」
「まぁ、ね〜。
理歩ちゃんも笠やんも、もうちょっと素直になっちゃえば? って思うよね〜」
心なしか目をキラキラさせながら、藁科と一之瀬が盛り上がっている。
しかし生憎とオレには、二人がここまで生き生きとしている理由。
それを推測こそしてみるが、そこに確証を持つ事までが出来ない。
今日までの彼らとの交友、そしてここまでの流れ。
それらから考えれば、自ずと《笠山と茨目は互いに恋愛感情を抱いているのではないか?》という推測には至った。
だがここで、とある一つの要因がオレの推測に待ったをかける。
その一つの要因とは────
オレがこの中学に編入した初日。
笠山は担任である
この事からオレは当初、笠山という生徒は明るいが、良くも悪くも直情的な人間であるのだろうと思っていた。
そしてそれは、半分正解で半分間違っていたと、今は感じている。
確かに、笠山は好き嫌いがハッキリしており、見方によっては子供っぽいと思われる部分もあるだろう。
しかし、自身の感情を他者にぶつけたり、意味もなく誰かに噛み付いたりは決してしない。
感情というエネルギーをサッカーなどの────
自分の好きなモノのために、真っ直ぐと向けて頑張れるタイプなのではないかと思う。
最初に明るいと感じた通り、基本的に人当たりは良く盛り上げ上手なため、性別や学年を問わず友人も多い。
オレ個人としても、特に話しやすいと感じる一人だ。
スポーツの話、勉強の話、食べ物や娯楽の話、何気ない世間話……。
そして時には他の男子とも一緒に話していた際に
『なあ、ギリシャ語でレストランは
という言葉から始まった、傍から聞けば『くだらない』と思われるであろう他愛もない話など。
それら全てがオレにとって────素直に楽しいと感じている経験だ。
だが、そんな様々な会話にノリ良く参加する笠山が、唯一と言っていいほど歯切れが悪くなるのが“異性の話”である。
おまけに笠山自身、恐らく異性からの人気は高い部類に入る、にも関わらずだ。
髪型はサイドをスッキリと刈り上げ、少し長めの前髪を立ち上げたアップバンクスタイル。
健康的に焼けた小麦色の肌も合わさり、誰もが清潔感のある人間だという第一印象を持つだろう。
顔立ちは彫りが深く、やや角張った骨格に、太い眉毛と同色の黒い瞳。
体つきもサッカーに打ち込んでいる影響で引き締まったスリム体型。
それでも纏っている筋肉は、制服越しでも優れた発達をしているのが一目で分かるほどだった。
現在も
しかし、サッカーに特化した身体という点において、それに合わせて鍛え上げている笠山には及ばないだろう。
単純な心肺機能、発揮できる腕力や脚力などの上限。
あるいはボディコントロールの上手さや、純粋な運動機能、戦闘能力の高さなど。
オレの身体に蓄積された膨大とも言える経験値。
それによって身に付いた、様々な身体的能力。
そんなアドバンテージがあるにも関わらず、現状ではサッカーというスポーツにおいて敵わない、となるのだから面白い。
以前に、クラスで交友のある男子グループと一緒に下校している最中、その中の一人である
『顔が良い、コミュ力高い、サッカー上手い、なんてモテるに決まってんだよ、笠山のバカヤロー!』と、夕陽に向かって叫んだ事があった。
彼曰く、容姿とコミュニケーション能力に優れ、なおかつサッカーの上手い人間が、学生社会では最もモテるらしい。
最初の二つはともかく、なぜサッカー限定なのかは疑問だったが、『イケメン×サッカーは無敵なんだよ!』と熱弁され、そういうモノなのかと納得する事にした。
そんなモテる要素に溢れている笠山だが、これまで特定の誰かと付き合ったりなどと言った経験はないらしい。
そして男子間で、そう言った恋愛関連の話になった際も一歩引いていることが殆どだ。
この話題に限っては、恋愛のことがよく分からないオレと同程度の口数になるのだから相当だろう。
だが、編入初日の件や先ほどの失言を始め、何故か茨目が近くにいる際には、少しワザとらしく感じるほど積極的に発言をする傾向がある。
もし仮にオレの推測が当たっていたとするならば、その行為はあまりに不自然ではないだろうか。
確かに人間は、可愛さや愛しさを感じた対象に攻撃的な行動、または衝動を引き起こす事がある。
俗に“プレイフル・アグレッション(遊び心の攻撃性)”などとも言われる心理現象だ。
対象に触れた時の極端な高揚感を落ち着かせるため、脳が感情のバランスを保とうとするのが原因とされている。
そう言ったモノによる影響や、あるいは駆け引きなどの側面がある可能性も考えたが……。
大前提として茨目にその類の発言を聞かれれば、ただただ怒らせてしまうだけだというのは、笠山本人が誰よりも知っているはず。
自らが好意を寄せているのならば、その相手からも同じ好意を向けられたいと感じるのが自然なこと。
ならば、その真逆の結果を生んでしまうであろう行為は避けるべきだろう。
如何に先の心理現象が働こうと、毎回その衝動に振り回されるとは少し考えにくい。
一度くらいは理性が勝り、自らの恋情に素直になっても良いはずではないだろうか。
だからこそ分からない。
恋愛感情を抱いているのだとすれば、なぜ笠山は敢えて茨目を怒らせる様な言動を繰り返すのか……。
ホワイトルームでは当然のように、心理学などを学ぶ事もカリキュラムに組まれていた。
それを用いた読心術や、誘導と言った応用も含めてだ。
その知識を元に考え観察していても、やはり彼ら二人は互いに恋愛感情を抱いているのだと結論づけたい、が……。
どうしても笠山の言動が引っかかってしまい、未だ推測に確信を持つことが出来ないでいる。
「もし、あの二人が悩んでたりしてるんだったら、力になってあげたいって思うんだけど……」
「うん……。
この事に関しては見守るのが一番いいだろうね」
一之瀬や藁科はオレと違い、先ほどのやり取りからも二人の気持ちに確信を持っているようだ。
それが共に過ごした時間の長さによって得られたモノなのか、何か見落としている事があるのか、オレの“感情”に対する教養が余りにも足りないからなのか……。
あるいはそれら全て、もしくは全く異なる要因があり、彼女らとオレとで確信に至れる差が表れているのだろう。
そうやって彼らの恋路を三人で勝手に気にかけながら、当初の目的であった掲示物を確認するべく進んで行く。
周りの人数は少なくなってきたとはいえ、掲示板に近づくにつれ立ちはだかる人の壁は未だ変わらずの状況。
オレは共に歩く二人より前に出て、人波を押し分け進路を確保する役に回る。
この息苦しさを感じる空間から少しでも早く抜け出したかったのもあるが、何より二人に負担を強いるのを防ぎたかった。
二人を連れ出したのはオレだしな。
これぐらいの役目は進んで行うべきだろう。
「────ふぅ。
ありがとう、綾小路くん!」
「ありがとね、清くん。
おかげでスイスイ進めたよ〜」
人混みを抜け出した最前列。
閲覧者たちと掲示板との間に出来たスペース。
この場で唯一の安息地に辿り着いた矢先、周りの喧騒に混ざりながらも、二人からの謝辞が耳に届いた。
「気にしないでくれ。
むしろ言い出しっぺとして当然のことだ」
そんな返事を返しながら、身長が決して高いほうではない二人を一番前へと導く。
三人全員が問題なく閲覧できる体勢が整い、オレたちはようやく当初の目的であった掲示物を確認する事が出来た。
そこに記載されていたのは────
【3年次 模試 成績優秀者】
1位:綾小路 清隆 500点
(3年1組)
1位:一之瀬 帆波 500点
(3年1組)
3位:
(3年3組)
│
│
5位:茨目 理歩 460点
(3年1組)
│
│
7位:
(3年1組)
│
│
10位:藁科 寿巴 402点
(3年1組)
│
│
12位:笠山 大毅 390点
(3年1組)
│
│
19位:
(3年1組)
│
│
21位:
(3年1組)
│
│
24位:
(3年1組)
│
│
29位:
(3年1組)
30位:
(3年1組)
「うわ凄っ! 清くんと帆波ちゃん満点じゃん!?
理歩ちゃんも5位だし────って、あたしと笠やんも入ってる!?」
「わあぁ〜っ! 寿巴ちゃん、おめでとうっ!
ここ最近は、ずっと朝も放課後も勉強会を開いてくれたりして、すっごく頑張ってたもんね!」
「いやいや、帆波ちゃんに理歩ちゃんが手伝ってくれたお陰だよっ!
笠やんには英語で助けてもらったし、苦手な理系科目は清くんが中心になって教えてくれたりで……」
自分の成績、そして友人の成績に対しても、自分のこと以上に喜んでいる二人のやり取りからも分かる通り……。
先日に行われた“模擬試験”の成績上位者・30名の発表がされていた。
そこには此処まで一緒に来たメンバーを含め、放課後の勉強会に参加していたクラスメイトの名前も複数確認できる。
「帆波ちゃんも清くんも、本当にありがとうっ!」
「ううん、一番凄いのは頑張って点数を上げた寿巴ちゃんだよっ!
それに、私も綾小路くんにお礼を言わなきゃ……。
今回、満点を取れたのは間違いなく綾小路くんが教えてくれたからだもん!
私からも、本当にありがとうねっ!」
「いや、一之瀬の言葉を借りるが……。
本当に凄いのは、実際に努力して成果をあげた二人だ」
互いに手を取り合い、身体を弾ませながら喜びと感謝を表現する二人に向けて、オレは更に言葉を続ける。
「料理に例えるなら、オレはレシピに少し補足を入れただけに過ぎない。
実際その料理が美味しく仕上がるか否かは、しっかりと材料や道具を準備し、手順の確認と細かな調整を行う、作り手の頑張りが全てだからな」
どれだけ環境や教師に恵まれ、優れたノウハウを学べたとしても、それを己の糧に出来るかは結局のところ本人次第。
…………少なくともオレは
確かに求められた水準や過酷さは、一般的な中学生が受ける模擬試験で上位を取る事とは比べ物にならない難易度だった。
脱落していった者たちでも、今回の模擬試験で満点を取るのは難しくなかったはず。
だがそれは、オレたちが物心ついた時から
あらゆる分野で基準を満たせなければ消されるという、極めて特殊な環境で育った恩恵が大きい。
仮にどれだけ勉強嫌いな人間であろうと、『勉強しろ』と銃を突きつけられて命令されれば、一心不乱に勉強するだろう。
本当に凄いのは、
いくらでも堕落することが可能な環境や、あらゆる誘惑から己を自制し、勉学やスポーツなどに打ち込める彼らなのだから。
オレは、成績上位者が記された紙と並んで貼り出されていた、もう一つの掲示物に目を向ける。
そこには成績上位者たちの点数の内訳と偏差値。
《英・国・数・社・理》5教科の各点数と平均点が、マス目で区切られた表形式になって記載されていた。
・表記は左から→科目・点数・(偏差値)・平均点とする。
・1位 綾小路 清隆
・英語 100点(77)40点
・国語 100点(78)46点
・数学 100点(82)49点
・社会 100点(75)50点
・理科 100点(82)39点
・5教科 500点(81)224点
・1位 一之瀬 帆波
・英語 100点(77)40点
・国語 100点(78)46点
・数学 100点(82)49点
・社会 100点(75)50点
・理科 100点(82)39点
・5教科 500点(81)224点
・5位 茨目 理歩
・英語 90点(73)40点
・国語 87点(70)46点
・数学 96点(80)49点
・社会 92点(72)50点
・理科 95点(80)39点
・5教科 460点(76)224点
・10位 藁科 寿巴
・英語 81点(67)40点
・国語 95点(76)46点
・数学 70点(64)49点
・社会 90点(71)50点
・理科 66点(62)39点
・5教科 402点(70)224点
・12位 笠山 大毅
・英語 96点(75)40点
・国語 61点(57)46点
・数学 81点(71)49点
・社会 72点(62)50点
・理科 80点(71)39点
・5教科 390点(68)224点
一般的な模擬試験における評価。
オレはその指標を完全に理解できているとは言えない。
しかし今回行われた模試の難易度は、例年に比べると高かったらしいと言うことは聞いている。
この模擬試験は、埼玉県内の中学生を対象に昔から行われてきた伝統ある試験との事だ。
県内の3年生に至っては、凡そ9割が受験するという最大規模。
受けるか否かは当人の自由だが、実施回数も多いため過去の成績と比較しやすいという利点もある。
以前に過去の結果を見せてもらった際、一之瀬は総合点・491点(75)で学年1位。
国語と社会は満点だったが、数学と理科でそれぞれケアレスミスをしてしまい98点・96点と、マイナス6点。
そして英語の和訳問題を一問落として97点のマイナス3点。
計マイナス9点の、491点という点数配分だった。
それらのマイナス点を防ぐべく、勉強会が終わった後や合間時間に、ほぼマンツーマンで対策に励んだことを思い出す。
数学は1つの問題に対して複数の解法を知っておけば、見直す際に別の解法でも解いてみることでミスを減らす。
理科は選択問題にて“すべて選べ”という記載がなくとも、答えが複数ある可能性を捨てないこと。
英語は精読力と速読力を強化すべく、音読の繰り返しや、実際に英語で会話を交わすなど。
もちろん、前回で満点を取っていた国語と社会にも取り組んでいた。
誰かに何かを“教える”という経験が初めてだったオレには最初、勝手が分からず迷惑をかけてしまう場面も多かったと思う。
しかし、勉強会で講師役を担っていた一之瀬の姿勢。
それに
「────おぉ、居た居た……」
「ごめんなさい、話し合いが少し長引いてしまって」
軽く回想に
「話し合いっつーか、一方的にお前から怒られ続けただけだった気がするんだが……」
「大毅、何か言った?」
「い、いや、何にも言ってねぇです、ハイ」
オレたちと同じく人をかき分けて来たのだろう、笠山と茨目が合流した。
健康的に焼けて血色の良い肌が、心なしか青白くなっている気がする笠山を見る。
その原因がオレと同じく先導役を務めたから、では無いことは明白だ。
このやられ様……。
どうやら今回は、相当チクチクと虐められた様だな。
まあ、同情の余地は見出せないが。
「ま、待ってたよ、二人とも。
えっと、そうそう! ほら、見て見て!
二人の名前も、ちゃんと載ってるんだよ!」
「そ、そうだよ、そうだよ〜!
ほら、理歩ちゃんなんか学年5位だよ、5位!
笠やんも、あたしと同じで上位に名前が載るのって初めてじゃない?」
少し重たい空気を何とかしようと、一之瀬と藁科が二人へと声をかける。
その行動は正解だった様で、自分の順位と点数を確認した茨目は、しばし目を白黒させた後に嬉しさを滲ませる。
笠山も『マジかよ』と呟いた後、いつもの人好きのする笑顔を浮かべた。
顔の血色も、
茨目は前回、総合点419点(69)の学年10位。
そこから点数を41点、偏差値7、順位を5と上げてみせた。
笠山に関しては、前回の総合点297点(54)の圏外。
点数は93点、偏差値は14もアップし、一気に学年12位へ。
それと同じく藁科も、前回は総合点301点(55)の圏外。
点数101点、偏差値15を伸ばして学年10位である。
自らの成長を喜び、それを他者と共有し、時には互いに高め合う、か……。
模試の結果を確認するという目的を終え、教室へと戻るべく歩みを進めるオレたち。
弾んだ声で喜び合いながら前を歩く4人の様子に、オレは目を奪われつつ思考を巡らせる。
人は学習し、成長する生き物だ。
人類が非力ながらも、地球上で最も繁栄する種族となった要因の一つに、その能力が他種族より優れている事が挙げられる。
逆に言えば、学習せずに成長できない人間は、簡単に
そう、生き残るためには成長を続けるしかない。
ならば最も大切なのは、“自らが成長する”こと。
他者の成長は、それによって自らの成長に繋がる恩恵が得られる事で、初めて価値が生まれる。
だからこそ、淘汰されるような者を気にかけ、ましてや手を貸すなど非効率だ。
廊下の突き当たりを曲がり、少し横長の階段に差し掛かる。
模試の結果が貼り出されていたのは校舎2階。
オレたちの教室は3階のため、左側に寄りながら上っていく。
未だ賑わう声は聞こえるものの、廊下を抜けて人数は少なくなり、先程までの喧騒から離れる事が出来た。
それにより、考えに耽ることが更に捗っていく。
一之瀬も、茨目も、笠山も、藁科も……。
あくまでも今の彼らの能力で判断した場合だが、ホワイトルームに居たならば早々に脱落している様な存在。
そんな彼らが今回の模擬試験で点数を伸ばしたからといって、気に留める要素は皆無のはず。
一般的には注目に値しても、コチラの基準では取るに足らないレベルの成長だ。
消えゆく者、消えた者。
そんな人間と繋がりを持つなど無価値でしかない。
あえて価値を見出すのならば、コチラが上手く使う事で機能する、使い潰しても構わない“道具”となる事ぐらい。
「…………」
「……ん?」
階段を15段ほど上ったところで、中間に設けられた踊り場のスペースとなる。
その踊り場に差し掛かってすぐ、前を歩いていた一之瀬が突如、歩みを止めて立ち止まった。
他の3人は談笑しているためか、そんな彼女の様子に気づかず次の階段を上り始めていた。
オレは自然と追い付き、隣に並ぶ形となった一之瀬の様子を確認しようとする。
しかし、顔を俯けている事で表情が分からない。
…………一体、どうしたんだ?
よく見ると、彼女がプルプルと少し身体を震わせているのに気が付いた。
もしかすると、どこか体調でも崩したのだろうか……?
仮にそうだとすれば安静にする事が先決となる。
オレは心配になり、一之瀬へと声を掛けようとした矢先────。
「────やったぁ……っ!!」
そんな
オレは、そんな一之瀬の様子に思わず魅入っていた。
「えへへっ…………あっ────」
姿勢を変えないまま、嬉しさから笑いを漏らした彼女だったが……。
ふと、今の状況を把握したのだろう。
細められていた目をパチリと開けるや否や、身体を強張らせて固まる。
そしてそのまま顔だけを、何ともぎこちない動きでコチラに向けた。
「…………」
「…………」
交差する視線。
互いに固まったまま。
何も言葉が出てこず、気まずい空気が場を包む……。
「……あっ、え、えっと、今のは、そのぉ、ね……?」
暫しの見つめ合いを経て、みるみると顔を赤く染めていく一之瀬。
何か懸命にコチラへと訴えようとするものの上手くいかない。
声は少し震え、視線は四方八方へと逃げてあたふたしている。
どうやら先の姿は、彼女にとって見られたくないモノだったようだ。
…………まあ、見てしまったものは仕方がない。
推察するに、一之瀬が喜びを溢れさせた理由は、やはり先程の模試結果によるものだろう。
以前に話してくれた彼女の事情。
学費の面などから特待生での進学を目指す一之瀬にとって、今回の結果は大いにプラスとなる。
学力向上の手応えと、実際に満点であった事も合わさった自信。
おまけに、自らが講師役を務めて指導した者たちの成績アップも、嬉しさに拍車をかけたのかもしれない。
それらを考えれば、先程の行いも特段恥ずかしがる必要は無いのではないだろうか。
そう思いオレは、未だ口をパクパクとさせている一之瀬に、何か言わねばと頭を絞る。
「あー、その……テスト結果、よかったな。
クラスで勉強会に参加していた殆どが、点数を大きく上げていた。
それに何より、講師役として一番頑張っていた一之瀬自身も、満点だったのは改めて凄い事だと思う」
自分でも大した事を言えていないな、と思うが……。
4月の終わり頃から行われていた、放課後の勉強会。
模擬試験が行われるまでの約1ヶ月間、一之瀬は殆ど毎回、その勉強会で講師役を務めていた。
そんな自分の勉強時間が削られてしまう状況で、彼女はしっかりと自身の学力を伸ばしてみせた。
オレのように、膨大な知識のインプットなどというアドバンテージが無いにも関わらずだ。
元々の基礎学力は備わっていたにせよ、なかなか出来る事ではない。
「本当におめでとう、一之瀬」
素直に感じた、一之瀬帆波という人物への称賛の念。
気がつけばオレは、その思いを言葉として発していた。
ついでに自身の右手の平を、彼女へと向ける。
以前に体育の授業で行ったバスケの試合。
その試合でシュートを決めたオレに対して、メンバーがしてくれた互いの手の平を叩き合う仕草。
オレが試みたのは、俗に言う“ハイタッチ”。
英語圏では“ハイファイブ”と呼ばれる動作だ。
「あ…………ふふっ」
そんなオレの意図を察したのか。
一之瀬は少し
「────おっ、良いね〜!
あたし達も混ぜてよ、二人とも!」
「わっ、ちょ、寿巴っ、まったくもう……」
「ははっ、まぁ良いじゃねぇか」
そうしていると今度は藁科が二人を連れ、『イェーイ!』と階段から突撃して来た。
どうやらオレたちのやり取りは見られていたらしい。
その流れのまま、全員でそれぞれとハイタッチを交わしていく。
小粋な音を立てるたびに、彼らと喜びを分かち合えている様な気がした。
束の間の交友を終え、オレたちは再び教室を目指すべく歩みを再開する。
相変わらず最後尾を陣取り追従する
────他者は、自らを守るための“道具”の一つに過ぎない。
────時には気に掛け、手を貸すのも、それは“道具”として上手く使うために必要であれば行うだけ。
────オレは他者のことを、“仲間”だと思った事は一度もない。
────そんな認識は、自らの決断や行動を鈍らせる可能性がある。
────オレという人間が“仲間”という存在を得られた時、果たしてどんな影響が生まれるのだろうか?
────それを知りたいと願っているのに、心の奥では不要なモノだと切り捨て、どこか諦めている自分がいる。
そのはずだが──────
オレは、先ほどハイタッチを交わした自身の右手を見つめる。
一之瀬、茨目、笠山、藁科。
彼らと手を叩き合わせた感触が、いつまでも残っている様な……。
初めて体験する、その不思議な気分に思わず浸ってしまう。
…………何なんだ、この気持ちは。
オレは彼らを……友人や仲間だと、認識しているのか?
ならば彼らが不幸に見舞われたと仮定して、オレは心を痛めるのだろうか?
…………いや、恐らく何も痛まない。
涙の一つでも流し、彼らに寄り添う自分を想像できない。
それではとても、彼らを思い遣っているとは言えないだろう。
では、やはり彼らのことを“道具”としか認識できていないのか?
自らの為にならなければ、彼らに手を差し伸べるのは不要な事だと切り捨てるだろうか?
何の躊躇もなく、彼らを地獄に落とせるだろうか?
…………恐らく、進んでは切り捨てない。
むしろ、その決断をしなくて済むならば迷わず行動を起こす。
………………分からない。
決して混ざることない水と油を、懸命にかき混ぜているような感覚に襲われる。
彼らを“仲間”だと感じている自分。
彼らを“道具”だと切り捨てている自分。
交わる事のない対極な二つの自我。
どれだけ頭を絞っても、今のオレには二つを融合させる術が分からない。
何よりも理解しているであろう、自分のことの筈なのに。
オレは右手を握り込み、顔を上げて前を歩く4人に意識を向ける。
彼らやクラスメイトたちとの交友で、何気なくも時に華やかに送られていく日常。
共に学び、共に興じ、共に悩む。
喜びや楽しみ、時には悲しみや痛みも分かち合い、共に成長していく。
意識を向けていたコチラに気付いた4人は、自然な流れでオレを談笑の輪に引き入れる。
それを受け入れ、そして心に刻む。
いま感じている全てを、決して忘れないように。
これまで解き得なかった疑問ばかりが、湧き上がる日々。
…………だが、一つだけ分かっている事がある。
オレは今、この学校で、生涯忘れないであろう────
────かけがえのない日々を過ごしている。
ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!
⚫︎今話・登場人物
・綾小路くん
友人たちを道具として見ているのか否かなど考えていたが、結局のところ今の日常を気に入っているツンデレ、あるいは捻デレ野郎。
授業やテストなどに比較的ちゃんと取り組んでいるのは監視の目があるため。勉強会は自らの意思で協力。
いま気になっているのは“シュークリーム”と“レッサーパンダ”。
3歳の女の子か、お前は。
・一之瀬さん
勉強会では綾小路くんと手を取り合い、クラスの成績向上に一番貢献した立役者。
おまけに綾小路くんから勉強を教わり、自身の学力も強化されている。
今回は思わずガッツポーズしたところを見られて赤面。
原作同様、綾小路くんの前では無防備な姿を見せるほど気を許している。
・茨目さん
綾小路くんが特に親しくしているクラスメイトの女子。
元から優秀だった成績が更に強化。
あと、笠山くんとは幼馴染の甘酸っぱい関係である設定が判明した。
・笠山くん
綾小路くんが特に親しくしているクラスメイトの男子。
成績が大きく向上した上に、サッカーの能力もプロから目を付けられるレベル。
異性の幼馴染が居て、文武両道にもなって、まさにリア充街道まっしぐら。爆ぜればいいのに⭐︎
・藁科さん
綾小路くんが特に親しくしているクラスメイトの女子。
元から文系科目、特に国語は大得意だったが理系科目は大の苦手であった。
それを勉強会で克服し、全体の成績でもトップクラスに。
綾小路くんに“シュークリーム”の概念を教えた家庭科部・部長。
・田口くん
綾小路くんと笠山くんも親しくしている男子グループの一人。
アウトドア部という、少し珍しい部活に入っている設定。
・響木先生
綾小路くんのクラス担任を務める男性教員。
彼に“指導者のノウハウ”を教えた事で、綾小路くんが指導力のスキルを手に入れた。
最後に、アニメ4期が始まっておりますね!
毎週の楽しみが増えると共に、やっぱり2年生編は面白いなぁ……と、改めて思いました笑