ムルタ・アズラエルと宇宙世紀 作:モス
ルナツー。
読んで字のごとく、第二の月という意味であり、地球連邦軍が現在保有している最後の宇宙基地である。
一週間戦争、ルウム戦役、その他小競り合いで疲弊した連邦宇宙軍の艦隊を纏めた、宇宙における唯一の反攻の要であり、ゆえに防御は非常に固い。
このルナツーを墜としさえすればジオン軍は宇宙の戦力の大半を地球上に転身させられるのだが、既に対地球侵攻ルートの確立が成されていたこともあり、ジオン宇宙軍もこのルナツーを相手に未だ尻込みしていた。
そして、基地最高司令官となるワッケイン特務大佐もまた、ルナツーが今置かれている状況に対して、臆病にならずにはいられなかった。
なぜなら、このルナツーは今の厭戦気分が蔓延している地球連邦軍を唯一援助できるブルーコスモスと、その当主アズラエルにより、現在進行中の機密作戦『V作戦』の宙戦データ集積所として機能しているからだ。
今、そんな状況でジオン軍に目をつけられては、ワッケインにはルナツーを守り切れる自信はなかったからである。
今現在も、例のブルーコスモスからルナツー防衛の為の巡洋艦サラミス級並びに主力戦艦マゼラン級を受領できてはいるが、全てのジオン軍戦艦とモビルスーツ部隊を相手にルナツーを防衛できるかと聞かれたなら、ワッケインはすぐにでも頭を横に振るだろう。
そこに来て、更にムルタ・アズラエルから追加の指示が下されていた。サイド7での遭遇戦で消耗したペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベースを収容し、避難民の保護と物資の補給をせよ、というものである。
ワッケインは、アズラエルが軍人ではないことに如何とも言い難い表情を浮かべる。十何年以上を職業軍人として生きてきたワッケインにとって、民間人とはすべからく保護対象であり、軍隊とは断じて民間人からの要求を鵜呑みにする組織ではないと考えている。
しかしながら、地球連邦政府の意向により、現在アズラエルには一部作戦・戦略に関して口出しをし、直接指揮を取る権利が付与されている。それには、V作戦とルナツーも含まれていた。
ふう、と何度吐いたか忘れる回数のため息を出し、職務に戻ろうと自身の執務室の机に向かおうとした時である。
けたたましく受話器が鳴り、ワッケインを呼びつけた。内線である事から急を要する報告ではあるはずだ。
「私だ」
『司令、アズラエル氏が繋げてほしいと』
「……要件は?」
『指示と要望、との事で』
「わかった、繋いでくれ」
軍を私物化しているわけではない、というのは分かっていても、実際の軍の挙動に民間人が口を出すというのは、自らの軍人経験から言っても良い気はしなかった。
それでも、アズラエルからの要望に関しては全面的に協力するよう連邦軍上部から指示が下されている現状、気にしないわけにもいかなかった。
ややあって、内線が外線に切り替わった。
『ワッケイン特務大佐、僕です』
声を聞くとほぼ同時に、アズラエルの姿が目に浮かんだ気がした。特務大佐と呼ばれているのもこの男が動くためである。
元々は一少佐に過ぎないワッケインだったが、ルウム戦役でのルナツー基地司令の戦死によって繰り上がりで戦時特例の中佐となり、その後にアズラエルからV作戦の全面補助要請を受諾し、それが更に重なって特務大佐となった経緯がある。
給料は倍額近くにまで増えたものの、仕送りをするような肉親もいなければ、家庭も持っていない。貯金をするにしても、そもそも金のかからない娯楽しか趣味に持たないため、階級が高くなることはワッケインにとってイコール責任だけが増すものだった。
「伺っております、アズラエル殿。要件も、件の作戦に関係することでしょうか?」
『聡いですね。ルナツーをGMの生産拠点にしたいと考えていまして。我がブルーコスモスの建築チームがそちらに向かっています』
「GM?」
ワッケインは、この件に関しては初耳だった。
『頭文字を取って
つまり、今動いているV作戦の発展を目論んでいるということだろう。また厄介事を持ち込んできたな、とは思いつつも、それを表には出さない。ただ淡々と、事実のみを述べた。
「ルナツーを改築するのは構いませんが、我々ルナツー艦隊は宙域防御と艦の整備・維持で手一杯ですから、歓待などは期待しないでいただきたいのですが」
『ああ、それは構いません。私は連邦の為に動いていますが、彼らは生活のために仕事をしていますから。物資についてはまた全面的に支援継続しますので、引き続き頼みますよ』
「──ええ、わかりました。他には何か?」
『いえ、もう大丈夫。それでは』
「はい、では。────ハアァ…」
受話器がもう繋がっていないことを確認して、ワッケインは今日一深いため息を吐いた。
V作戦が発動して既に一週間が経過していた。ホワイトベースは不定期に遭遇するジオン軍パトロール艦との戦闘を繰り返し、疲弊し切っていた。
「少尉、避難民の方がまた、早くサイド7に帰せと…」
「今はそれどころではないと言っておけ。もうじきルナツーにも着くとな…」
鼻根を右手の親指と人差し指とで揉みほぐし、いつまでも抱えておけない厄介な荷物に勘弁を願いながら、ブライトは報告にそう返した。
出港から三日時点で既に限界近かったホワイトベースであるが、そのために食糧の分配さえままならない程に逼迫していた。
何せ、訓練兵含めた軍人全員の食事さえ切り詰めているのだ。テレビのような艦内娯楽を解放することでどうにか抑え込んではいるものの、いつ爆発してもおかしくない爆弾を懐に抱えているようなものだった。
焦りが汗となって額を伝っていたが、そんなブライトにようやく吉報が訪れた。
「熱源探知、前方より戦艦二隻!」
「前からだと?恐らく連邦の艦だな。艦種は?」
「映像出ました。サラミス級に……コロンブス級です!」
コロンブス級は連邦軍の有する補給艦だ。ルナツーの司令官がホワイトベースの置かれた苦境を汲んで寄越してくれたのだと、ブライトはそう直感した。
「助かった…!」
歓喜というよりも、安堵。
これ以上艦の食糧事情に頭を悩ませずに済む、と安心していた。食品の在庫確認を常々から報告するようタムラ中尉には頼んでいたが、日に日に悪化していくのを聞くことに後悔を感じ始めてきた頃合でもあった。
『ホワイトベースへ、応答されたし』
「こちらホワイトベース、艦長代理、ブライト・ノア少尉であります」
『ノア少尉、生きていて何より。こちらはコロンブス級の艦長である。我々は、サイド7避難民の護送と諸君への戦闘物資補給の任に着いている。まずそちらに食事を送ってやるぞ』
ブライトは、モビルスーツがあるとはいえど一週間も孤立していた心細さから解放してくれた味方艦に、今度こそ歓喜したのだった。
ワッケイン司令からのホワイトベース収容の報せを聞き、アズラエルはとりあえずは大丈夫だと安堵の息を零した。
だがそれで終わりではない。
ガンダムを元とした廉価モビルスーツの大量生産には、アズラエル家や財閥の資金のみならず、連邦軍の全面協力が必要になってくる。
しかし、アズラエルの頭の中では、連邦高官が明確な勝ちのビジョンの無い中でGM量産計画に対し易々と首肯してくれるとは到底思えなかった。
何せ、連邦軍の生産施設を含め全ての組織は協議のもと動くが、その肝心の閣僚連中や将官の大半が先立っての大打撃を受けて保守派に回ってしまっている。
その保守派となってしまった者を再度、タカ派に転向させるためにも、連邦軍モビルスーツの有用性の証明は急務だったのだが、それは思わぬ形で壊滅的被害を被ったホワイトベースを旗艦とする、V作戦保有艦隊とRXシリーズの戦闘によって証明された。
「……と、これがガンダム、ガンキャノン、ガンタンク三機を主戦力としたV作戦機による戦闘記録の全容となります」
アズラエルがプロジェクターで投影した動画は、ガンダムのカメラが捉えた映像をそのままフィルムデータとして引用するものである。
そこに映る映像は、ガンダムが如何に凄まじい能力であるかを如実に示していた。
剛性の高い装甲材により、ザクの120ミリMGの砲弾などは、同じ箇所への射撃であっても数発程度なら全く受け付けず、頭部バルカンによってザクの関節部や頭部カメラ、動力パイプなど主要構造物を破壊できる。
しかもシールドとビームライフルによるファランクスのような攻防一体の戦闘能力は、射撃戦闘において圧倒的優位性を保ち、接近されてもビームサーベルによる白兵戦に対応できるのだ。
更には、その優れたる能力を以て、一週間戦争において連邦軍艦隊に多大な損害を与えたジオンのエース、赤い彗星と一対一で相対し、撃退している功績もある。
明確に高官たちがV作戦の発展に関心を抱きつつあるのを見て、アズラエルはダメ押しの一撃を放つ。
「このガンダムシリーズ、ひいてはRXシリーズの量産体制を敷ければと思っています。陸戦のデータはまだ得られていませんが、少なくとも宇宙空間では、戦闘機のように機動しての対MS戦が可能であることから、元戦闘機パイロットをそのままMSパイロットに転向可能なはずです」
旧時代の戦闘機は全長を20メートルを越すものもある。今でこそ小型化されているが、それと同じようなもので、モビルスーツというのはカテゴリ上は機動兵器。すなわちバーニアを使って一撃離脱戦法を取ることが出来るのだ。
「そしてこれが、皆様の協力次第で今後連邦軍の主力となるであろうモビルスーツ、L-e GMのデータ。通称はジムです」
続いてファイルデータを読み取らせてホワイトボードに投影された、一機のモビルスーツ。
ガンダムの持つ特徴であるアンテナはオミットされ、ツイン・アイは砂塵や小デブリを防ぐバイザー内に格納されている。またローコストの熱核融合炉を用いてはいるものの、ガンダムも持つエネルギーCAP方式による粒子保持により、ビームを低電力で励起し発射可能である。
ビームの出力は低く、遠方の戦艦を落とせるほどの威力はないが、それでも近距離、ないし中距離におけるザクの装甲を融解し貫けることは、既に実験で証明されている。
そう、ジムは既に試作段階にあるのだ。
ブルーコスモス軍事部門が所有する地球上の地下施設で、十機程がロールアウト予定なのである。
尤も、先程も高官らに説明をした通りに陸戦の蓄積データは存在しない以上、ザクに使われているOSから歩行能力は引っ張ってくるしかない。
しかしそれでも、携行火器の優位性と、何より同じモビルスーツという同規格の対抗兵器を投入できるという事実が、ジムの成功をアズラエルに確信させていた。
「このジム、改めてザクを正面から撃破可能であることと、量産に適したコスト低減を実現していると明言したうえで、敢えて言います。我々だけではこのジム量産計画は実現できません」
ざわざわと議会が一際騒がしくなる。その中で一人だけが手を挙げてアズラエルに問う。それは質問と言うよりは、半ば確認に近しかった。軍部からこの場に招集されていたゴップ大将である。
「それはつまり、我々連邦軍にも、ジム量産の片棒を担いで欲しいという要請ですかな」
「ご明察。なに、ライセンス生産という形を取りますが、このジムはジオンには売りません。むしろ、今まで我々が連邦軍に全面協力する姿勢を崩さなかったのと同じで、ジムもまた連邦の主力MSとなることは確約しましょう。またある程度の汎用性を確保していることも保証しますよ」
立ち上がったまま清聴していたゴップは、しかしそれだけでは納得しない。
「確かにジムは我々の欲する理想のモビルスーツと言えましょう。しかし、ビーム兵装が主軸というのは私としては頂けませんな」
「……何が言いたいんです?」
ゴップはそのまま、ジムの脆弱性を指摘する。
「確かに、ザクを一撃で破壊可能という点は素晴らしい。これに関しては全くもって否定の余地は無い。しかし、ビーム一点というのがダメです。我々軍隊は、火力よりも何よりも補給というもので成り立っています。貴方は商売人で、このジムのライセンスを売りつけるのが仕事なのでしょうが、敢えて軍人として言わせてもらいます。ジムは優秀だが、万能ではない。兵装の追加を検討すべきですな」
アズラエルは僅かに沈黙し、すぐに反論しようと考えたが、ややあって逡巡する。確かにアズラエルとて軍人ではない。ないが、軍隊がどのようなものを欲しているか分かる。だからこうして政府や軍相手に商売をしているのだ。
「……分かりました。では、我々でMS携行用の実弾兵器のほうは手回ししておきましょう」
その後も続く、ゴップとアズラエル間での擦り合わせによって、現在試作されているジム十機の連邦軍への受領と、ライセンス受諾。そして一ヶ月を期限とする実弾兵装の開発。さらなるガンダムのデータ譲渡を約束し、その場は解散となった。
その数日後。北米の連邦軍重要拠点に出向いてモビルスーツの量産規格についての会議を終えた帰りである。
突如轟音がアズラエルを襲った。
「うわっ、爆発!?なんだよ!」
防弾リムジンから僅かに見えたのは、前方で護衛に着いていた連邦陸軍の
「くそっ、もう少しで軍港だってのに…!救援要請は出したのか!?」
「はい、ムルタ様!ですが対地攻撃機が到着するまでに15分はかかると…!」
「そんなに待ってられるか!!どうする…!?」
運転手は怯えきってしまっていた。それもそのはず、遠方から三機編成のザク一個小隊が迫ってきていたからである。そのうちの一機は青い塗装の上にブレードアンテナが増設されたもので、明らかに隊長機である。
また、その傍らにはジオン軍の個人用ホバークラフト・ワッパが六から七機、飛翔していた。対地あるいは目標攻撃が目的なら、ワッパは必要ない。つまりこの目的は───。
「僕か…!!」
頼りない拳銃を片手に、喉を鳴らすしかなかった。
続いて砲撃していた後衛のIFVから歩兵が展開し、二基の対モビルスーツミサイル、AMSMが発射態勢に入った。IFVの砲ではとてもザクを撃破することは出来ない。その二基のAMSMが頼りだった。
『撃て!』
発射された。対MS弾頭が二発、正面に位置するザクの最も熱を発する熱源、すなわち胴を直撃したかに見えた。
アズラエルは一瞬こそ喜ぶも、ザクは肩部のシールドを前面に押し出して緊急の増加装甲とする事で持ちこたえたらしい。後詰のザクIIが二機と、更にワッパ分隊が控えていることも思い出して歯噛みした。
そして、ザクからの報復攻撃によってIFV、歩兵小隊共々壊滅する。打つ手なしだった。
ザクIIが見張りをし、近くのワッパから兵士が二人降りてくる。
リムジンのドアを銃撃して無理やりこじ開けてきたのを見て、咄嗟に引き抜いた拳銃で反撃する。ハンマーが落ち、鋭い発砲音と共に八ミリ拳銃弾が放たれた。あまり使うことの無いピストルの反動に片腕が跳ね上がりそうになるが、
「くそっ!」
十二発撃てる銃だったが、撃てたのは六発、さらに当たったのは二発だけ、それも片方は掠めただけ、もう片方も手前の兵士の大腿に当たって非貫通である。
「大人しくしてもらおう!」
「やめろ、離せっ!」
ボロボロのザクに乗っていた、隊長と思わしき兵士も降りてきて、運転手共々制圧されてしまい、アズラエルは兵士を睨みつけるしかできなかった。
「ムルタ・アズラエルとお見受けする。我々はジオン軍地球方面軍総司令ガルマ・ザビ麾下の隊だ。貴殿をガルマ様に引き合わせるべく参上した」
「言っておくが、僕もブルーコスモスもジオンには協力しない方針だぞ。……僕がここを通るのを読んでいたのか?」
「諜報員によって発覚したルートを抑えたまで。警戒が甘いルートを通っては、こうもなろう」
眼前のジオン軍兵士は、ヘルメットを取り去って敬礼をした。
「改めて、ガルマ・ザビ麾下MS小隊指揮官ランバ・ラルだ。用事が済めば無事に帰す事を約束する」
「チッ……わかったよ。どこまで本当かね…」
己の不幸に、売りに出したばかりのジムを買い直して護衛にでもつけるんだったとアズラエルは後悔したが、もはや過ぎたことであった。