「おーい、ミレイ?」
「はっ!?」
マリナさんから聞いたこの世界の神話について思考を巡らせていた私は、当の本人の声でようやく正気付いた。いけない、つい自分の世界に入り込んでしまった。
「す、すみません。話の腰を折ってしまって……」
「いいのよ。ミレイが好きなもの知れてよかったわ。今度一緒に神殿の図書館に行きましょうか」
なんだか微笑ましいものを見る目で見られている。ちょっと恥ずかしい。それを誤魔化すように、私は話を元に戻す。
「えーと、神々と悪魔が肉体を失ったって話でしたよね。じゃあ、どちらもいなくなってしまったんですか?」
「いえ、見えなくなっただけで、存在はしてるって言われてる。その根拠の一つに、神官が扱う『法術』があるの」
「法術?」
「さっき、都合のいい奇跡は起こらないって言ったけど、法術だけは例外。神に祈りと魔力を捧げることで、その奇跡のほんの一端だけは扱うことができるの。といっても、人が扱える程度の規模でしかないけどね。それでも、祈りに応えてくれるってことは、神さまがまだこの世界にいる証拠になるでしょ?」
「確かに……」
科学が発展し、物語の中にしか神を確認できない現代日本と違って、少なくとも祈りに確実に応えてくれる何者かがこの世界には存在するわけだ。
「他にも、時折人々に声や知識を伝えてくれたり、
「……存在する証拠が?」
「ええ。神々と違って人々に恩恵を与えないの。悪魔なんだから当たり前かもしれないけどね。人が悪い考えを抱くのは悪魔が耳元で囁いてるから、なんて話もあるけど、誰もそれを確かめられない。神殿の聖典や物語で語られるだけの存在だから、今では実在を疑う人も多いの」
「じゃあ、悪魔崇拝者っていうのは……」
「そう、存在するかも分からないものを崇める怪しい集団。いえ、神殿が敵視してるものを崇めてるだけでもかなりまずいんだけどね。でも、それだけならまだよかったのよ。問題は、その集団が実際に犯罪に関わってるって噂があったこと。だから街の人も不安がってたし、騎士団も警戒してたところで……」
「……私が、実際に被害に遭ってしまった」
私の言葉に、マリナさんが頷く。
貧民街と騎士団詰め所での事件。どちらもその悪魔崇拝者が関わっており、それらを解決するために私は何度も死んでループする羽目になった。本当に、今こうして平穏無事にマリナさんと話せているのが信じられないような大変な体験を……
「だからね、ミレイ。あなたが二つの事件を未然に防いでくれなければ、この街はもっと大変なことになってたかもしれない。……ほんと、よく頑張ったわね」
マリナさんがよしよしと頭を撫でてくれる。それが、気恥ずかしくも心地いい。
「おかげで悪魔崇拝者は捕まったわけだし、街のみんなもひとまず安心できるってものよね。ミレイもこれ以上やり直さなくて済むでしょ」
「……そう、ですね」
彼女の言葉に頷きながら、けれど私は不安を拭い切れずにいた。
元いた世界にも、現状に不満を抱き、徒党を組み、時には暴力行為や犯罪に走る人々は存在した。ミレイさんの言葉からは、悪魔崇拝者たちをそういう人たち――無軌道な若者や暴徒のように認識しているのが感じられた。けれど……
(……本当に、それだけなのかな。実際に対面したあの人たちからは、ただの暴徒とは違う不気味さがあった気がする……)
そしてその不気味さを、マリナさんも街の人たちも実感できていない。その意識のズレが、私に漠然とした不安を抱かせ続けていた。ただの思い過ごしならいいのだけど……
「さて、案内はこれくらいにして、そろそろ帰りましょうか」
私を撫でていた手を引っ込め、マリナさんが帰路へと身体を向ける。私は考え事をしていた頭を慌てて切り替え、「はい」と返事をしながらそれについていく。
「それにしても、なんでわたしだけ、やり直す前と後の記憶、両方持ってるのかしら。わたしにも、ミレイみたいに加護が宿ってるとか?」
「それは、分かりませんけど……そもそも、私が持つ力って、その加護っていうものなんでしょうか……?」
「多分そうだと思うわよ。普通は死んだらそれで終わりだし、過去に戻るなんていう力も聞いたことない。魔術や法術でもそんなことできないはずよ。まぁ、そんなに詳しいわけじゃないから、わたしが知らないだけかもしれないけど」
「……本当にその加護だとしたら、神さまはどうして、こんな力を私に……」
あの時、死にたくないと願ったから……? だから、死んでもやり直せる力を? なんだか少しズレている気もするけど……
「どうしてかは分からないけど、そうね……リタやアルテアを助けるために授かった、っていうのは、どうかしら」
「それは……素敵な理由ですね」
もしそうなら何度も死んだ甲斐もあるというものだけど……真相は、分からない。それに、本当にもう、この力を使わなくて済むのかどうかも……
「……」
疑問と不安にモヤモヤとしたものを抱えながらも、私はマリナさんと共に店への帰路についた。