「すみませーん! パンの配達に来ましたー!」
時刻はお昼時より少し前。
わたしが騎士団詰め所の前でいつものように呼びかけると、これもまたいつものようにアルテアが出てきて応対してくれる。
「やあ、マリナ。今日もご苦労様。ミレイも、ちょっとぶりだね」
「はい、ちょっとぶりです」
同行していたミレイと挨拶を交わすアルテア。二人は何やら意味ありげに笑顔を浮かべ合っている。
「何? 何かあったの?」
「内緒だ」
「はい、内緒です」
「えー、教えなさいよー」
そんなわたしの様子を見て二人はまた笑みを交わし合う。気になる。まぁ、打ち解けてるみたいだから何よりだけど。
「そういえば詰め所を出てしばらく経つけど、お店での生活には慣れたかい?」
ミレイに調子を問うアルテア。つい先日まで世話を焼いていたので、やはり気になっていたのだろう。
「はい、なんとか。その節はお世話になりました」
「大したことはしてないよ。むしろ働いてもらっていたし、詰め所の皆も君のことを気に入っていたからね。マリナのしごきに耐えられなくなったら、いつでも戻ってきてくれて構わないんだよ」
「人聞き悪いこと言わないでくださいー。そこまで厳しくはしてないわよ。ねぇ、ミレイ?」
「本当かい? 実際のところは?」
「あ、あはは……ええと……まぁまぁ厳しいです」
ちょっと、ミレイさん?
「でも、大丈夫です。丁寧に教えてくれますし、これも私がこの世界で生きていくためには必要な厳しさですから」
「そうだね。パン作りの世界も奥が深いのだろう。その道に進む覚悟が決まっているのなら、私がこれ以上口を出すのも野暮というものだね」
世界云々は口に出して大丈夫なのかと一瞬ひやりとしたが、なんかいいように解釈してくれている。なら、まぁいいか。
その後、運んできた品を確認してもらってから、詰め所の中に運び込む。ミレイがその手伝いのために荷車と詰め所を往復していると、
「お、ミレイの嬢ちゃん。また手伝いに来てくれたのか」
「そのままうちで働いてくれてもいいんだぜ?」
同じく手伝いに出てきた他の騎士たちから、次々ににこやかに声をかけられていた。可愛がられてるなぁ。
ちなみに彼らはわたしにも口説き文句のような軽口を叩いてきていた。いつものことだ。なんといっても我がお店自慢の看板娘(自称)だからね。まぁ、これもいつものことながら、適当に受け流しているのだけど。
「それでは、今回の代金だ。次もまた頼むよ、マリナ」
「ええ、いつもありがとね、アルテア」
「失礼します、アルテアさん」
「ああ。気を付けて帰るんだよ。これから私たちも見回りに出る予定だから、何かあったら遠慮なく助けを呼ぶようにね」
そう言って小さく手を振るアルテアと別れ、わたしとミレイは荷車と繋いだ馬――我が店自慢の荷馬、ミルトを牽きながら、詰め所を後にする。
「まったくもう、アルテアは心配性なんだから」
子供扱いされてるように感じて、つい隣を歩くミレイに愚痴を吐いてしまう。それに彼女は苦笑を返しつつ、ぽつりと呟く。
「……多分、アルテアさんが心配してるのは私なんだと思います。私が、危なっかしいから」
「あー……まぁ、それはあるかもね」
ミレイはこの世界に来たばかりで身寄りがなく、不安のせいかいつもオドオドしている。身体も小さく、性格も大人しいし、いかにも頼りなく見える。心配されるのはしょうがないかもしれない。わたしもこの子を放っておけない。
「それに、つい先日、立て続けに事件が起こったばかりですし……」
「って言っても、犯人の悪魔崇拝者は全員斬られるか捕まるかしたんでしょ? もう心配いらないんじゃない?」
「どう、なんでしょう。他にも仲間がいるかもしれませんし」
「……それはそうね。でも今は真っ昼間よ? そういう輩が行動するのは、人目に付かない夜って相場が決まってるでしょ?」
「でも、私が貧民街で襲われた時もまだ明るかったですよ?」
「……そういえばそうだったわね」
ぐうの音も出ない。
「まぁ、それだって貧民街のひと気がない場所だったんでしょ? なら、通行人がたくさんいるこの辺りは大丈夫よ。ミレイだってこの前、一人で出歩けたでしょ?」
わたしがそう口にすると、ミレイがぽつりと呟く。
「……マリナさんは、いつでも前向きですよね」
「? どうしたの、急に」
「いえ、出会った時から思ってたんです。前向きで、明るくて、自信を持っていて。そういうところが素敵だな、って。『戦場』と隣り合った街に住んでいて、事件も起きているのに、あまり怖がる様子もなくて。それが、私には羨ましくて……。少し、眩しくて」
褒められるのは好きなので素直に受け取るけど、それ以上にわずかに暗さを見せるミレイの横顔が気にかかった。彼女が暮らしていた世界に比べれば、この街は決して治安がいいとは言えず、やはり常に不安に
「そんな大したことじゃないわよ。こんな街で暮らしてるとね、魔物の襲撃に常に怯えるか、いっそ開き直って気にしないかを選ばなきゃいけなくなる。わたしは運よく後者だった。ただそれだけよ」
だからわたしは明るく言い切る。少しでもミレイの不安を晴らしたくて。わたしには、それくらいしかできないから。
「……やっぱり、眩しいです」
まだ暗さを払拭するには至らないが、それでもミレイは笑みを浮かべてくれた。それが嬉しい。わずかな儚さを感じさせるその笑顔に、いつも以上に放っておけなさが――護ってあげたい気持ちが溢れてくる。彼女の微笑みこそ眩しい。少し頬に熱を感じる。あまり経験のないその熱から逃げるように、わたしは話題を逸らした。
「そ、そういえば、この近くにわたしの友達が住んでるのよ。テレサっていうんだけどね。この間も、怪我した猫を連れていって……あっ」
そこで、唐突に思い出した。あの猫は、おそらくミレイが過去をやり直した影響で怪我をせず、テレサに預けたこともなかったことになっている。いや、それはいい。
問題は、あの時、差し入れを入れたバスケットをテレサの家に置き忘れていたことを、今になって思い出したことだ。
「ごめん、ミレイ! テレサの家に忘れ物してるの思い出した! 返してもらってくるわね!」
「え? じゃあ、私も一緒に――」
「ここからなら路地裏を抜ければすぐなんだけど、馬車は入り込めないでしょ? だからわたし一人で行ってくるわ。すぐ帰ってくるから、ミレイはここでミルトを見てて」
言いながら、近くの建物にミルトの手綱を手早く巻き付ける。
「……分かりました。気を付けてくださいね」
一人になるのが不安なのか、また少し暗い顔を見せるミレイ。その表情に後ろ髪を引かれながらも、わたしは一人、路地裏に足を踏み入れた。