「君は、犯人探しをしているつもりなの?」
きっと、彼はこの小説を、書いた目的を見抜いたのだと思う。だけど、それは半分だけあっていた。そして半分だけ間違えていた。私は曖昧に笑って、君たちを忘れたくないから、と答えた。
物語において、冒頭に作家である私が語り出すのは、無粋だと思っている。
しかし、どうか、しばらくのあいだ、私の話を聞いてほしい。というのも、私がこれから語る、物語はある程度、前提となっている知識をもとに進めているからだ。
親切ではない、と思っているが、私はこの書き方がもっとも適している、と思ったのだ。
さて、この物語は、私が書いたあらすじにある通り、ほとんどが事実である。むろん、私が想像力と展開を再構築、また足りない部分の補いがあるため、完全な記録ではないが、それでも記録といっていいだろう。虚構と呼ぶには、あまりにも生々しい。
この物語で、私は、語り手として役割を担うつもりはない。つまり一人称としてこの物語を語ることはない。あくまで、3人称で書こうと思う。
最初は、そんな構成で考えようとしたが、彼らを、主人公たちを主軸して書きたいと思ったからだ。彼らが進んできた道を再現するためだ。むろん、その中で私は登場するが、それは仮名で描くつもりだ。つまり、影分身としてそのキャラクターは出るわけだ。
ずいぶん、奇妙だと思われるかもしれないが、それでも多くの作家は自身の分身というものをタネにして、キャラクターを描くことは往々にしてあるので、どうか堪忍してほしい。
───私はいま、とあるバーで酒を飲みながら、この物語を書いている。暗くなり始め、雨が降り始めた窓の外を見ながら、ついでに、この街について、この物語の舞台となる都市について軽い説明をしようと思う。
この街は、コルヴァン大陸の果ての先にある都市国家だ。海と山に囲まれたこの街はほとんど他国の交流がなく、たまに山をこえた旅人と、または海から来た貿易船と、食糧やら芸術品やら武器やら金やら銀やらを交換する。
この街の最も高い建造物である、時計塔の上から遠くに見える奇妙な山──頂が刃で断たれたように平らな峰───があるのだが、そこから金と銀が取れる。この街は金本位制をとっていて通貨はセリオンである。この街が繁栄した理由のひとつだ。
街には、高層ビルが数知れず屹立し、車が絶えず通っていて、今やこの街の中で、自然を探すのは難しい。唯一、海辺がこの街の私たちを癒す自然だろう。そこは、夏になると、遊びに出かけた多くの民衆に溢れ、毎年のように、涙が出るほど青い海を揺蕩うクラゲに刺され、病院に送られるものがいる。笑みを浮かべた家族やカップルを見かけるのは、この街では珍しくない。
ずいぶん、近代的な都市だと、私は思っているが、だからといって昔の歴史が感じられるわけではない。この街には、多くの教会があり、そこに祈りと神父のありがたい言葉を聞くために通う人々がいる。この街をしばらく歩き回るとわかるが、映画館の横に古びた教会があったり、スーパーマーケットの前に教会があったりする。要するに、教会で溢れているのだ。教会はないところは、ここ最近になって増築した新しい地区ぐらいだろう。昔、この街は、騎士団がおり、ひとりの美しい聖女が、この街の司祭として、布教していたらしいので、その影響だろうであろう。
さて、私はこの街の光の部分に触れていたが、もちろん、私はこの街の闇というべきものを触れようと思う。とはいっても、物語でその闇に存分に描くつもりなので、詳しく書くつもりはない。ただ一言だけ。この街の特徴的なことで、同時に最も私たちがこの街で生きていく上で難儀する災害。
それが、霧である。
とはいっても、普通の霧ではない。この霧は唐突にこの街を覆いはじめて、一瞬にして霧の都市にするのである。そして、その霧の中から、怪物が生まれるのだ。おとぎ話に出る伝説に出るような化け物が。そして、その化け物は私たちを襲うのだ。恐ろしき災害だ。それもその災害は、不定期で、一気に連続して霧が再来したりすることもあれば、2ヶ月経っても霧が来ないことがある。どちらにしても。私たちはこの霧と共生しながら、生きているのだ。
───以上で、この街の説明はやめようと思う。これだけ話すならば、あとは私が語る物語の中で、ある程度は理解できるようになっているはずだろうから。
最後に、我らの主人公たちについて語らせてほしい。まず、皮肉屋で、なかなか顔が整っていることが癪にさわる、私立探偵──イヴァンとの出会いは、まさしくこのバーであった。彼は、とある事件の痕跡を辿っているうちに、このバーに行きついていたわけだ。
彼はそこで、情報を集めているところで、私は、といえば、世に出した渾身の本が酷評されたため、荒れていて酒に溺れていた。そして、わかると思うが、酒を飲むと、気が大きくなるものがいるだろうが、まさしく、私はそのタイプであった。私は、横にいた屈強なこの街で起きた内戦で生き残った兵士に、喧嘩を売ってしまったのだ。むろん、相手は最初は無視したが、私が、ここで書くのも、憚れる汚い言葉を吐くと、相手は私をみた。
それから、殴られた。まあ、読者は察していただろうが、殴り殺されかけた。取り巻きは、誰も止めなかった。彼らは攻めるつもりはない。なぜなら、相手は兵士なのだし、私に落ち度があるのだから。そして、私は、心中で『ああ、私は死ぬのか』と、やけに冷静な気持ちになっているとき、彼が助けたのだ。
舌を巻くような見事な格闘技と立ち回りで、一瞬にして兵士を気絶させた。その後、彼は、拳についた、ぬらぬらと官能的に光る血と鼻水が混じった体液を振り払うと、礼を言う私に手を差し伸べて、口を開き、
「礼はいらんさ。どうせあんたは批評家に感謝もしないんだろうからな」
と、とびっきりの皮肉を言った。それが彼と私の出会い。
そして二人目、伝承の聖女のように美しい顔と白髪をしながら、とんでもない毒舌屋のキクノ。である。彼女に出会ったのも、このバーだった。今度は、イヴァンが彼女を連れてきて、それで顔を合わせた。どうやら、彼女たちは、この街を巡っていたらしく、夜になると、最後にここを紹介したいものがいるからとのことだった。
それが私だった。
酒をちびちびと飲んでいる私のもとに、イヴァンが座り、
「よお、俺に喧嘩を売られないでくれよ」と、いった。その隣に彼女が座った。
私は彼女の美貌にうっとりをしているところを、彼女は、置物でも見るような目つきで、
「この人が、あなたが言っていた紹介したい人ですが、いかにも自身が特別だと疑わないナルシストですね」
と、言ったのだ。これが彼女との出会い。
最悪の出会いとして言わずを得ないが、それでも私は彼らに反発心を覚えなかった。私は、かなりの気難しい性格だと自覚しており、出会う人間を嫌いになることは決して少なかった。が、彼らのことは嫌いにならなかった。むしろ、好ましいとまで思った。おそらく、彼らのその奥にある、その玲瓏にして明徹な信念と希望を見出す心、それが私の琴線に触れたのだ。
私は、この都市で生きる者の中で、彼らほど、善悪を見抜き、その線引きがしっかりできる人たちは見たことない。彼らのあの爽やかとまで言える善性は、私が抱える悩みを忘却させてくれた。ああ、彼らと一緒にいるのがどんなに楽しかったことか。どんなに、彼らのそばで、彼らが歩む物語を永遠に見たかったことか。
───そうだ、今にして思うと、私が彼らに目を追っていたのは、そのような絢爛たる光の部分ばかりであった。私は、彼らが抱えるある『問題』を見抜くことはできなかったのは、まさしくそれが理由ではないか…… 今にしては無駄なことだけど。
……以上で彼らの話については終わったので、私はこの物語から引こうと思う。前置きにしてはあまりに長すぎるし、これ以上は話が逸れるだろう。それに実際、逸れ始めている。
それでは、どうか読者諸君は頁をめくってほしい。この霧の都市で生きた、ふたりの男女の物語を。もういなくなってしまったふたりの物語を。
もう二度と酒を酌み交わせないあなたたちへ