表の顔は連合学院の図書委員"文庫番"、裏の顔は諸事情あって表沙汰に出来ない罪人を秘密裏に処理する介錯人。
"司書への相談と書籍のリクエストは百夜文庫一階窓口の投書箱まで。"
"また
尚この仕事は百鬼夜行
一
百鬼夜行連合学院の生徒会"陰陽部"の本館に隣接して、渡り廊下で繋がった先にあるのが所謂別館であり、その別館一棟が丸々
連合学院が創設された三百年前から残る古文書や今流行りのライトノベルまで幅広く揃えたこの場所は、読書を好む者から漫画やライトノベルを読んで時間を潰したいだけの者、はたまた個別スペースや長机で居眠りしたい者まで毎日多くの生徒が訪れるのである。
そんな百夜文庫の管理を一手に担うのが、この黒髪を一括りにして海老茶色の行燈袴と着物姿の二年生の生徒"織部ミズキ"である。
何処か気品のある振る舞いと持ち前の優しさ、よく相談に乗ってくれる事から百鬼夜行においてかなりの人気を誇っているという彼女は、既に放課後の夕日が差し込んで来る一階窓口の傍らに置いてある投書箱を開けていた。
"司書への相談と書籍のリクエストはこの箱に入れて下さい"という張り紙が張られたこの木箱には主に三種類の手紙が届く。
一つは百夜文庫に新たに入れて欲しい本のリクエスト、二つ目にミズキに相談したい事がある生徒からの手紙、そして三つ目に
この日は午前中授業だったので文庫を訪れる人も少なく、遵って投書の数も五通だけだったのだが、その内五通全てが本のリクエストであった。
「恋愛ものの小説が二通、詩が一通、時代小説が二通・・・」
ミズキは呟きながらリクエストに目を通して行く。
「今月中には注文しておかないと・・・」
そう言いながらパソコンに向かっていると、戸を開けて入って来た者があった。
「これは天地部長。本をお探しですか?」
椅子をくるりと回して窓口に向き直り、にこりと微笑んだミズキを見て陰陽部部長、天地ニヤは四つ折りにしたメモ書きのようなものを握らせた。
メモ書きを不思議そうな顔で開いたミズキは思わずニヤの顔を見る。
ニヤの方はと言えば相も変わらず本心の読めない顔でミズキを見ているので埒が明かない。
「天下の御定法を守り、連合学院を運営するべき陰陽部の部長様ともあろうお方がこのような事をお引き受けしてもよいのですか?」
ミズキはじっ、とニヤを見据える。
それに対してこの天地ニヤはいつもながらの読めない表情でミズキを見ている。
「・・・まあそれが
「あまりに清廉潔白を求め過ぎては誰も手を貸してはくれないと。」
「百鬼夜行の祭りにしろ伝統文化にしろ、商人あってのものですから。表も裏も使いこなさなければ学校運営は成り立たないのですよねぇ。」
そこが辛いところでもあり腕の見せ所でもあるのですが、とニヤは小さく呟いた。
ミズキも色々物入りな身の上であり、表稼業の百夜文庫の管理で得られる給金だけではやっていけないので介錯人などという仕事を身につけている。
「ま、私みたいな腹に一物どころか二物も三物も抱えているような人間が相手に清廉潔白を求めるのもおかしな話ですし?」
にゃはは、と笑うこの陰陽部の部長を見やってミズキは溜息をついた。
(それにしても今現在座敷牢に監禁されている呉服商"和泉屋"の一人娘を叩き斬れとは大きく出たなぁ・・・それも男と一緒に。)
この呉服商和泉屋とは陰陽部の不定期公演から百鬼夜行における諸々の祭り衣装、更には他校との交流会で陰陽部の部員達が着る特別誂えの着物まで卸す百鬼夜行でも指折りの大店である。
どうやらそこの一人娘が、キヴォトスの外で呉服商いをしている二十代そこそこの男性と深い仲になったらしく、激怒した主人夫妻によって娘は座敷牢に入れられているとの事だった。
またその男性の方も和泉屋の蔵に押し込められていて、ミズキに回された依頼ではこの両名を和泉屋の庭先で斬って捨てろとの事で、ミズキは気が進まなかった。
「それで決行日は明日の朝六時なんですが、お引き受け下さいますかねぇ。何しろ先方はあなたをご指名なのですが。」
ミズキの得物は普段学校に通う時は拳銃を所持しているが、ことこういう仕事に出る時は先祖伝来の大小二振りを使う。
不思議な事に誰かから木太刀の手解きを受けた訳でも無く、また銃社会の学園都市にまだ幾つか細々と開かれている剣術道場に真面目に通った事実も無いのにも関わらず、何処で修業を積んだのかミズキの操る技の数々は最早神技と言っても過言では無い。
所謂
しかしながらそういう仕事と巡り合うのは身の因果だと割り切っていても、別に斬り殺されなければいけないような悪事をしでかした訳でも無い者の血で先祖伝来の差料を汚すのはあまり気の進まないのであった。
ニヤの声を聞きつつミズキは眼を瞑り、少しの間思案を巡らせた後であっ、と何か思いついたかのような声を出して言う。
「お引き受け致しましょう。」
「おおっ!」
「但し天地部長にもそれ相応に骨を折って頂きますが宜しいでしょうか?」
「構いませんよぉ。」
ミズキはニヤに幾つか耳打ちをして、ニヤは最初面倒臭そうな顔をしたがミズキの方はこれをやってくれなければ仕事を蹴るという姿勢をとって一歩も退かない。
「まあ、あれも大分甘い汁を吸ったせいで傷んできていますしこの辺りが頃合いでしょう。なあに手頃なのが丁度出て来たばかりでして。ではミズキさん、こちらも手筈通りにしますのでそちらもしっかり仕事はして下さいねぇ。」
ニヤが百夜文庫を後にした直後、ミズキは素早く文庫内にまだ生徒が残っていないか確認をした後施錠して別館を出ようとする。
「ああっ、ちょっと待って下さい!」
鍵穴に鍵を挿し込んだ途端にミズキを呼び止めた者があった。
人力車曳きの生徒でミズキとは付き合いのある後輩だ。
「本を返しに来たんですか?」
「はい、何しろお客が多く遂にはこんな時刻になってしまいまして・・・」
一冊のハードカバーの本を抱えた少女が申し訳無さそうな顔をしてミズキを見ている。
付き合いのある後輩だけにここで追い返す訳にも行かず、またそこまで急ぐ必要も無いのでミズキは鍵穴から鍵を引き抜いてがらがら、と音を立て文庫の戸を開ける。
貸し出し窓口の近くに木製の椅子があり、その上に段ボール箱の蓋部分を取り払ってガムテープで補強しただけの簡素な本の返却箱が置かれていた。
そこに人力車曳きの少女が本を入れるのを見計らってミズキは少女にふと質問をする。
「そう言えば、この前"先輩の為ならどんな事でもしてみせます!"って言ってましたよね。」
「はい、足を怪我して入院している時に私が退屈しないよう本を届けてくれた先輩の頼みですから、どんな事でも恩返しと思ってさせて頂きます!」
「それじゃあ、何も聞かずに明日の朝六時、和泉屋の前まで人力車を曳いて来てもらえますか?」
「明日の朝六時ですね!承知しました!」
人力車曳きの少女はミズキに恩返しする機会が巡って来たのが嬉しかったのか、顔をぱあっと明るくさせてその場を後にした。
「準備は上々、私もそろそろ帰るとしますか。明日は何しろ早いですからね・・・」
こういう時の織部ミズキもニヤに負けず劣らず、大概悪い顔をしている。