百夜文庫の片手業   作:七川透光

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 人間、善行の裏で悪行を為し、悪行の裏で善行を為す。
 表の顔は連合学院の図書委員"文庫番"、裏の顔は諸事情あって表沙汰に出来ない罪人を秘密裏に処理する介錯人。
 "司書への相談と書籍のリクエストは百夜文庫一階窓口の投書箱まで。"
 "また副業(かたてわざ)のご依頼も同様に投書箱へお入れ下さい。”
 尚この仕事は百鬼夜行職業絵尽(しょくぎょうえづくし)には載っておらず、他言無用の事。


第一篇 命を奪う(後)

 

 二

 

 さて、翌朝の事である。

 時刻は六時まで残り十分というところで、織部ミズキは着物に馬乗り袴で大小二振りを腰に差して呉服商"和泉屋"の前まで現れた。

 すると路地の方から連合学院の制服を着た生徒が一人出て来て、ミズキにそっと耳打ちをする。

「こちらが天地部長直々に和泉屋主人から取った証文でございます。」

 ニヤの使いの生徒が差し出した三つ折りの書状には以下のようにあった。

『和泉屋主人九平次は不義を働いた娘アヤカと翌五月十九日付で離縁する事に同意し、百鬼夜行連合学院陰陽部部長、天地ニヤはそれを保証する。』

『また離縁が成立するのは、百鬼夜行連合学院百夜文庫番織部ミズキが娘アヤカの命絶ちし時と定める。』

『遺体の始末は織部ミズキと天地ニヤに一任する事に同意する。』

 一見すると所々文章が怪しく、法的拘束力が本当にあるのか分からない証文であったがニヤの話術に乗せられた和泉屋主人が判をついた以上これは立派な証文であった。

「流石陰陽部部長です。」

「あともう一つの方も既に準備は済ませてありますので。」

 そう言って使いの生徒は足早に去って行った。

「あれ、先輩早いですね。」

 二人掛けの人力車を曳いて来た少女がミズキにそう声を掛ける。

「これから一世一代の大仕事をして貰う故、よく聞いて下さい。」

「は、はい!」

「私が入って暫くしたら、男女が屋敷から走って出て来る。それを乗せて鐘川港まで全速力で走って欲しいのです。」

「鐘川港まで・・・ですね!承知しました!」

「じゃあ行って来ますから手筈通りにお願いします。」

 ミズキは人力車曳きの少女に手順を伝えてから和泉屋の裏口へと回り、戸を叩いた。

 すると待ち構えていたかのように戸ががらり、と開いて中から猫の獣人が出て来る。

「織部先生ですね。私は和泉屋の一番番頭でございます。」

「これはどうもご丁寧に・・・介錯を相務める織部ミズキです。」

 ミズキが番頭に連れられた時、裏庭には既に両手足を縛られた男女二人が罪人扱いで地面に引き据えられていた。

 この内和泉屋の一人娘、アヤカの顔はミズキもよく見知っている。

 百鬼夜行連合学院の三年生で百夜文庫にも時折顔を出しており、その十七歳とも思えぬ大人びた顔付きがよく印象に残っていた。

 男の方は二十を三つ、四つ過ぎた辺りの歳に見え、色白で端正な顔立ちである。

 これから首を刎ねられるのだと知っていながらも二人は少しの恐怖も顔には出さない。

 ただその代わりに両者とも"愛し合う事の何が悪いのか、何故に愛し合う事が罪咎になろうか!"という反抗を隠そうともせず顔に表している。

 ミズキが視線を閉め切られた襖に向けると、時折襖がほんの少しだけ開いて、中から一対の目が庭先で行われようとしている光景を見物せんとこちらを覗いていた。

(これだけの大店を切り回しているのに肝の小さな人・・・自分で娘を手討ちにするよう頼んだんじゃ無かったかな。)

 内心この和泉屋の主人を馬鹿にして、ミズキは男女二人の背後に回る。

「ところで二人はもう契り合っているのですか。」

 このように訊ねるとアヤカの方がきっ、とミズキを睨むようにして見据えた。

「それならば心も楽になれたでしょうに。」

 と呟くのでミズキがちょっと申し訳無さそうな顔をしていると、アヤカは続けた。

「でも、貴方に討たれた後はちっとも苦しくありません。ほら、あそこの蜜柑の木に蝶が二羽留まっているでしょう、あれは私達二人です。人の世にお暇を告げた後二人で蝶になって縺れ合いながら花園の上を飛び、在りし日の思い出を舞いながら冥土への道行をするのです。例え今生で添い遂げられずとも来世では必ず添い遂げる事も出来ましょう。」

 それに男の方もこくりと頷く。 

 まるで心中物の登場人物かのような覚悟にミズキは驚いた。 

 もっと泣いて助けを乞うかと思っていたのである。

 一瞬動揺したミズキだったが、昨日から行った諸々の仕込みを無駄にしない為にも差料を抜き払った。

 二人は眼を閉じ、その時を待っている。

「・・・えい!」

 ミズキが差料を一閃させる。

 ばさり、と音がした。

 しかしながら首が落ちる事も無ければ二人が倒れ伏す事も無い。

 ばさり、と落ちたのはアヤカの腰辺りまで伸びた髪であった。

「これにてご依頼の儀、相済みました。」

 ミズキがそう言い放ったので咄嗟に襖が開き、中から中年の男と先程の番頭が飛び出して来る。

「織部先生、これは一体どういう事ですかな?」

 和泉屋の主人がそう問うと、ミズキはにこりと微笑んで答えた。

「俗に、髪は女の命と申します。よってその命の髪を断ち切った故この証文の"命絶ちし時"を満たし、離縁は成立致しました。」

 それを聞いてあっ、と主人は小さく叫んだ。

 昨夜、ニヤの勧めで書いたこの少々意味の分からない証文の真意を理解したからである。

「離縁が成立したからには、この二人は赤の他人。よって何処でどう暮らし、またどう契り合っても和泉屋方には何の関係も無いという事でお間違えありませんね!」

 ミズキが続けて刀で二人の手足を縛る縄を切り、自由の身にする。

「さあ、表で知り合いの人力車を待たせてあります。ご安心下さい、和泉屋の一人娘とその恋人はここで私に斬られて死んだんです。和泉屋の主人が判を押した証文に拠れば亡骸の始末は私と天地部長の自由、それに乗って鐘ヶ岬港まで向かい、キヴォトスの外でも何処へでも行って仲睦まじく暮らして下さい。」

 二人は顔を見合わせ、両眼からは涙が溢れ出した。

 和泉屋の主人と番頭は呆気に取られていたが、じきに気を取り直して大声で叫ぶ。

「謀ったな!」

「先生方、先生方お出会いめされい!」

 すると和泉屋の店内から用心棒の生徒が十人ばかり現れる。

 皆銃器で武装しており、ミズキよりも間合いの長さで優れているのは確かな事であった。

「さあ早く行って下さい!」

 二人は何遍もミズキに礼をして裏口の戸を突き破るような勢いで開け、手を取って店の正面へと走って行く。

「思う存分やっておくんなせえ!」

 番頭が叫ぶとこの用心棒共は一斉に銃器を構え、ミズキに狙いをつけた。

 すると織部ミズキ、顔付きと雰囲気がまるで別人のように変わったのである。

 それは全く戦闘などした事の無い和泉屋の主人と番頭でさえ気付いたのであるから、その場に居た用心棒も当然感じたであろう。

「ふふん・・・そんな豆鉄砲で私が殺せるかよ。」

「何!?」

 抜いたままの大刀を正眼に構えつつ、ミズキは笑ってみせた。

 笑っているがその身体から噴き出すような殺気はどうせ間合いの短い刀であるから大した事は無いだろうと決め込んでいた用心棒達を動揺させ、銃身をぶれさせるのには十分過ぎたのだ。

 その一瞬にぱっ、と動いたミズキが次々に用心棒共の首筋や胴を峰打ちにして打ち倒していた。

 残りの用心棒は二人であったが、これは既に床や地面に転がっている連中とは一味違ってミズキの離れ業を見ても動揺しない。

 それどころか銃を捨てて、腰に差していた大刀を抜き払ったのだ。

「ほほう・・・」

 ミズキが感心したような声を出すと同時に、二人の内一人が猛烈な雄叫びを上げてミズキに肉薄したが、下段に構え直したミズキが掬い上げるように大腿の辺りを切りつけたので痛みに声を上げながら地面に転がった。

「ぬうっ!」

 もう一人は平正眼に構えた後大刀を振り上げ、ミズキの頭上に振り下ろしたが既にその時には最後の用心棒は脇腹を切り払われていたのである。

「ああっ・・・助けてくれえ・・・」

 そうなると後残っているのは和泉屋の主人と番頭だけで、この二人は背後から迫るミズキに恐れ慄いて店内を逃げ回ったが、やがて峰打ちを首筋に受けて昏倒した。

 刀に拭いを掛けて鞘へ納めたミズキは足元に転がる和泉屋の主人と番頭を一瞥すると、和泉屋の裏口から外へと出て行った。

 この騒ぎを聞きつけた周辺住民が通報した事で百花繚乱紛争調停委員会がほぼミズキと入れ替わりで現場に駆け付けたが、地面と床に用心棒と主人達が皆して何処か打ち据えられて転がっているだけである。

 それから一月もした頃、何処から漏れたのか和泉屋が介錯人を雇って娘を斬り殺させようとしたという話が百鬼夜行中を駆け巡り、やがて和泉屋は連合学院御用達の呉服商の座を失う事になるのだが、織部ミズキはその話に特別興味を向ける事は無かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
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