百夜文庫の片手業   作:七川透光

3 / 7
 人間、善行の裏で悪行を為し、悪行の裏で善行を為す。
 表の顔は連合学院の図書委員"文庫番"、裏の顔は諸事情あって表沙汰に出来ない罪人を秘密裏に処理する介錯人。
 "司書への相談と書籍のリクエストは百夜文庫一階窓口の投書箱まで。"
 "また副業(かたてわざ)のご依頼も同様に投書箱へお入れ下さい。”
 尚この仕事は百鬼夜行職業絵尽(しょくぎょうえづくし)には載っておらず、他言無用の事。


第二篇 筆の持てない身体(前)

 

 一

 

 百鬼夜行連合学院の呉服商"和泉屋"の騒動が一段落してから半月程経った六月の頃である。

 この日は生憎の雨で、百夜文庫も外で遊べない生徒達が挙って集まっており、それはもう繁盛していたのだ。

 またあの和泉屋の一件以降、百夜文庫番の織部ミズキの元へも副業(かたてわざ)の依頼は入っておらず、遵って本業の司書に専念していたと言ってよい。

「・・・あれ、投書箱の中に手紙が。」

 昼前に一度確かめた時には入っていなかった手紙が一つだけ入っているので、不思議に思ってミズキは手紙の裏を見てみる。

「姉さん・・・?」

 手紙の送り主はミズキの実の姉で尾笠カザネと言い、近く陰陽部の公文書作成を担当する祐筆として起用された事は百夜文庫のある別館と市中の行き来ばかりして陰陽部本館に出入りなど年に片手で数えられる程しかしないミズキであっても知っていた。

 カザネはミズキよりも一つ年上で、尾笠家という家に乞われて養子になった為に姓が違う。

 元々織部家は武芸の名家であり、ミズキが差している大小二振りも初代陰陽部部長より拝領した一族の家宝である。

 だが時代が進み、武官より文官を重んじるようになってからは織部家の武芸を活かす場も無く、没落の一途を辿って行った。

 そんな中で勉学が頭一つ抜けて出来、文字も良く書けるカザネが尾笠家へ養子へ行く代わりに、生活に困窮していた織部家は尾笠家から資金援助を受け、ミズキを何とか百鬼夜行に進学させる事が出来たのだ。

 しかしながらミズキの学費は三年分確保されたものの、その他雑費は自力で調達しなければならなかったので得意の剣術を使って介錯人の副業(かたてわざ)を始める事となったのである。

「養子に行ってからというもの、私宛に手紙なんて只の一度も来なかったのに今更どうしたんだろう・・・?」

 ミズキは不思議に思って中身を改めると、文章こそ簡潔であったが内容は重大事を告げていた。

『方今、祐筆頭"内藤ヤチヨ"、いよいよ傲慢にて手の施しようも無く、周囲を媚び諂う者で固め、祐筆の職を悪用し商人から多額の賄賂(まいない)を取っている件、私が天地様ら陰陽部ご重役の方々に注進しようとした事を根に持ち、私のある事無い事を方々へ言いふらすに留まらず尾笠の養父母の家にやくざ者を嗾けて奉公人一名に重傷を負わせる。尾笠の養父母の命や(まつりごと)にも関わる事故、貴下の思案にて解決の程願い上げ度く。礼金は五十万也』

 祐筆と言えば陰陽部の公文書作成を担当し、今で言う所の政策担当秘書のような役割を担っている陰陽部の内部組織の一つである。

 他にも陰陽部の下部組織や有志による意見具申もこの祐筆がチェックした上で会議に持ち込まれるのだがこれは裏を返せば祐筆頭の匙加減一つで意見書などを握り潰す事が可能であり、過去にも祐筆の者が意見書を陰陽部上層部へ提出する対価として賄賂を要求するという不祥事が起こったと記録に残っている。

 姉、カザネの手紙に拠れば祐筆頭の内藤ヤチヨは祐筆の職を悪用し・・・これは、祐筆職が世間に公表される前に一足早く陰陽部の政策を確認出来る立場にある事を利用し、その情報を商人達へ売って多額の賄賂を取っているという事がしたためられていた。

(これは由々しき事態・・・)

 ミズキはそう思った。

 既に内藤ヤチヨの魔の手がカザネの養父母の元へ伸びて行っているのが特に不味いのだが、それをカザネも分かった上で"貴下の思案にて・・・"つまり、ミズキの思うように事を運んでヤチヨを始末しろという依頼を送って来たのである。

「そうと分かれば、一旦尾笠家に行ってみないと・・・」

 ミズキはそのままの恰好で傘を差し、尾笠邸のある百鬼夜行中心部から北に行った"北割下水"に向かったのだ。

「おい、出て来やがれ!」

「内藤の姐御に逆らった罰だ!」

 尾笠邸の前には土地のスケバンらしい生徒が七人も集まっていた。

 それが揃いも揃って大刀や匕首などを持って、雨の降りしきる中屋敷の壁へ落書きをしたり、また塀を乗り越えようとしたりしている。

 この家の奉公人の中で犬の獣人二人が必死に抵抗するも犬と人間では体格に差があり過ぎるので組み伏せられ、殴る蹴るの憂き目に遭っていた。

 ミズキは竹刀袋に隠してここまで持って来た大小二振りを、塀の影で腰に差して塀を軽々と飛び越え、この獣人を殴りつけていたスケバンを蹴倒して前へ躍り出た。

「誰だてめえは!」

「余計な事をすると痛い目に遭うぜ!」

 スケバンは、突然仲間を蹴倒して前に立ち塞がったこの見知らぬ少女に次々と言葉を投げつけたが、少女は全て無視して大刀を抜いた。

 次の瞬間。

 蹴倒されたスケバンを除く六人が何処をどうされたものか、腕や脚の筋を斬られた痛みに絶叫の声を上げ、雨で濡れた地面に転がっていたのである。

 これは全て織部ミズキの尋常ならざる迅業が為であった。

「ちょっと、気をしっかり持って下さいね。」

 犬の獣人を一人ずつ、屋敷の玄関まで運んでいると、屋敷の奥から如何にも隠居の身であろう事が分かる老人が出て来た。

「ご貴殿は・・・どうやらあの無頼の輩とは違うと見えるが。」

「二年前に一度お目に掛かっただけ故、お忘れでも致し方ありますまいが、私は尾笠カザネが妹の織部ミズキと申します。」

 あっ、と声を上げてこの老人はミズキの顔をまじまじと見た。

 確かに二年前、カザネを養子として貰い受ける為に織部家を訪れた際、この目で見た顔だとはっきり分かったのだ。

「いやはや、並々ならぬ剣の腕をお持ちだと噂に聞いておりましたがまさかこれ程とは・・・儂も今の今まで長生きをして参りましたがミズキ殿程の使い手は見た事がございません。」

 未だ雨に打たれ、雨に赤いものが混じって流れ出て、痛みにのたうち回っているスケバンを見て老人はそう呟いた。

「それは兎も角、不良共をご当家へ嗾けたのは祐筆頭の内藤ヤチヨでお間違いありませんか?」

 ミズキの問いに対し、老人・・・もとい尾笠の隠居は全てを察したような顔でミズキを見た。

「さてはカザネからミズキ殿に祐筆の件でご相談がありましたな。」

「はい。確かに姉より頼まれました。私が百鬼夜行に在学出来るのも尾笠家よりの援助あっての事、出来る限りの事はさせて頂きます。」

「成程・・・ああ、これは失礼。どうぞお上がり下さい。」

 ミズキは奥の客間に通され、隠居の方は隠居の妻が茶を運んで来た時にミズキを再度紹介した。

「これは、ミズキ殿もお変わり無く・・・」

「カザネの頼みを聞き入れ、当家を訪ねて下さったのだ。」

「それはそれは、この雨の中よくお越し下さいました。」

 尾笠家も武芸の家だけあって、口調も武家風である。

「姉はまだ帰らないそうですが、内藤ヤチヨについて何かご存知の事はありませんか?」

 ミズキがそう聞くと、老夫婦は考え込んでからああ、と言って話し出した。

「そう言えばカザネが漏らしておりましたが、どうもあれは百夜町(ももよちょう)の料亭"水月"に夜な夜な入り浸っているそうで。」

「と申されると?」

「酒は飲む、煙草は吸う、博打はするの遊び三昧で不逞の輩も何十人と従えているけしからん奴と申しておりましたが。」

「それは・・・しかし、何故に陰陽部のご重役方は職を解いて百花繚乱に召し捕らせ無いのでしょうかね?」

「恐らくご重役方は何もご存知無いものと。祐筆頭と言えば陰陽部内外に隠然とした権力を持つものと申します。内藤一派への抗議文や直訴など簡単に握り潰せるのでしょうな。」

 ミズキはカザネの手紙に、注進しようとした、と書かれていた意味がここに来て分かった。

 恐らく姉は天地ニヤに直訴しようとしたが、それを何処かで嗅ぎ付けた内藤の一派があらゆる手を使って阻止したに違いない。 

 そして養父母を襲わせる事で二度と直訴しようなどと考えないよう脅しを掛けたのだろう。

(汚い奴ら・・・だが、入り浸っている料亭の名前まで分かれば後は簡単というやつ。)

 まさかミズキの姉、カザネもこの老夫婦も、そしてまた内藤ヤチヨの一派も今夜中にけりが付くとは到底思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お気に入り登録をして頂いた方、評価を押して頂いた方。大変励みになりました。改めてお礼申し上げます。拙い作品ではありますが、話のネタを思い付く限り続けて行くつもりですのでどうぞよろしくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。