百夜文庫の片手業   作:七川透光

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 人間、善行の裏で悪行を為し、悪行の裏で善行を為す。
 表の顔は連合学院の図書委員"文庫番"、裏の顔は諸事情あって表沙汰に出来ない罪人を秘密裏に処理する介錯人。
 "司書への相談と書籍のリクエストは百夜文庫一階窓口の投書箱まで。"
 "また副業(かたてわざ)のご依頼も同様に投書箱へお入れ下さい。”
 尚この仕事は百鬼夜行職業絵尽(しょくぎょうえづくし)には載っておらず、他言無用の事。


第二篇 筆の持てない身体(後)

 

 二

 

 昼間から降り続けていた雨は夜になっても一向に止まなかったどころか一層勢いを増していた。

 最早梅雨とも呼べない土砂降りの雨にも関わらず、百鬼夜行有数の花街"百夜町(ももよちょう)には活気が溢れている。

 ここの芸者は俗に"百夜芸者(ももよげいしゃ)"などと呼ばれ、芸は売っても色は売らない心意気と気風の良さ、それに男勝りな口調が人気であった。

 そんな芸者達が大枚積んで呼ばれても決して行かない座敷があって、それが内藤ヤチヨの一党の座敷なのである。

 そんな一党は百夜町でも有数の料亭"水月"に出入りしているが、店の側も喜んで迎えている訳では決して無い。

 もしも入店を拒んだらどのような手段を使って店を潰されるか分かったものでは無く、その為どんちゃん騒ぎをして障子を破くような鼻つまみ者でも堪えて迎えなければならないのだ。

「その内、噂の介錯人でも来て一思いに片付けてくれないかねぇ・・・」

「あれが片付くなら血の付いた畳を張り替える費用なんか惜しくないね。」

「俺なんかはしてのけた奴に金一封を贈りてえよ。」

 などと水月の女将や芸者衆、土地の侠客に至るまでそう噂し合っているのだが、この一党はそんな事意にも介さない。

「何、尾笠の家に送り込んだごろつき共が全員やられた?」

「それが皆して腕やら脚の筋を斬られておりまして・・・どうかご用心を。」

「馬鹿、何を怖がる事があるかよ。こっちには凄腕の用心棒も居れば祐筆頭もついていなさるんだ。並大抵の奴なんざ傷一つつけられやしねえ。」

「そうだ、そうだとも。私がちょいと顔を見せれば皆忽ち頭が下がる。心配には及ばないよ。」

 そう決め込んでいるのでちっとも身の危険など感じていないのだ。

 それ故に普段は従えている不逞の輩も殆ど居らず、居ると言えば用心棒一人だった。

 さて、この内藤一派の宴会は夕方六時から始まり、既に十時を回った所である。

 学園都市においても未成年には禁じられている酒をたらふく飲み、煙草の煙が畳や壁に染み付くのでは無いかと思われる程に吸っているので、本来は苦情の一つも隣席の客から来てもおかしくは無いが、そこまで見越して庭園を越えた先にある離れに座るのだ。

 こんな部屋の様子に顔を顰めながらやって来た女中が、祐筆頭の内藤ヤチヨに言った。

「失礼致します。尾笠カザネ様と仰る方が是非お会いしたいとやって来ておりますが・・・」

「何、尾笠が?通すな、酒が不味くなる。」

「いや、あのしかし・・・是非にと仰るので。」

「あんな奴構うな。追い返せ。」

「は、はぁ・・・かしこまりました。」

 そう言って女中が下がったすぐ直後であった。

「誰だ貴様は!」

 渡り廊下に居た用心棒が声を上げる。

 用心棒が見たのは、馬乗り袴に小袖姿の生徒であった。

「ええい、これ以上来ると首を刎ねッ飛ばすぞ!」

退()け。」

 生徒が冷ややかに言ったのがあまりの気迫だったので、用心棒は少し気圧された。

「くそ、なら容赦はしねえ!」

 用心棒が徐に、しかし室内の為脇差を抜いた次の瞬間。

 用心棒の脇差を握ったままの右腕・・・肘から先が宙を舞い、庭の池にぽちゃり、と落ちた。 

 生徒、織部ミズキの腰から瞬きの間に疾り出た大刀が用心棒の右腕を両断していたのである。

「ぐ、ああっ・・・」

 痛みに顔を歪ませる用心棒を押し退けるように座敷に上がったミズキを内藤ヤチヨは確かに見たが、何しろ目の前で用心棒の腕が斬り飛ばされたばかりなので慌てていて、細かい所を気にしている暇など無い。

「何だお前は!」

「目的は何だ、金か!」

 事実、五十万の依頼金で引き受けているので金が目当てというのも少なからずあったが、それよりもこの一派への憤りが勝っていた。

 その為、あの和泉屋騒動でさえ大腿に浅く傷をつけるに留めていたというのに、今回はもう用心棒からして腕を斬り飛ばしてしまっている。

「公儀陰陽部に巣食う畜生共、ここいらで観念するんだな。」

「何をふざけた真似を!」

 そう言って飛び掛かって来る一派の生徒の脾腹に拳を突き入れて気絶させ、背後から襲い掛かる生徒の胴を振り向き際に峰打ちにした。

 すると一派の生徒一人が散弾銃を持ったので、ミズキは刀に添えられていた小柄を擲った。

 その小柄の刃が散弾銃を持つ左手首に突き刺さり、痛みからか銃を取り落としたところで首筋を打ち据えられて気を失う。

「こっちも介錯が商売だから、大人しくその持っている匕首で喉でも突くなら苦しまないようにしてやってもいい。どうする?」

 ミズキが百夜文庫の司書の時とは異なる口調と目つきで内藤ヤチヨを睨み据えた。

「あ、ああっ・・・」

 するとこの内藤ヤチヨという奴、鞄に手を伸ばすと中から百万の束を三つも取り出して来る。 

 そうしてミズキの前で両手で札束を差し出して土下座などをするのだ。

「どうか、どうかこれでお見逃しを・・・命だけは、命だけはお助けを・・・」

(何処までも醜い奴・・・)

 ミズキは無言で大刀を振り抜いた。

 すると、この札束を掴んだままの両手の手首より先が切り離される。

「言う通り命だけは助けるが、二度と金も筆も取れない身体にした・・・異論はあるまい。」

 ミズキが吐き捨てた時には痛みかそれともショックか、内藤ヤチヨも気を失っていたのである。

 じきに、あんまりにも叫び声や怒声が響いているので、店の者が見に行くと腕を斬り飛ばされた者が居るわ気絶した者が居るわ、畳は血で汚れているなどとんでもない状況であったので、百花繚乱紛争調停委員会や町医者などが駆り出されて大変な騒ぎであったが、この一派を哀れに思う者は百夜町に只の一人も居なかったという。

 

 さて、その二日後の事である。

 ミズキが百夜文庫を開ける前に掃除をしていると、文庫と陰陽部本館を繋ぐ渡り廊下に一人の、これまたミズキ同様に行燈袴と小袖姿の少女が佇んでいた。

「・・・姉さん。」

 その姿を見て急いで文庫の戸を開け、声を掛けた。

「ミズキ、大分派手にやったみたいじゃない。それにしても手紙を送ったその日の内とは・・・流石に織部家の家宝を佩いているだけあって血気盛んでまぁ・・・」

「尾笠の家にこれ以上何かあってからじゃ、ご隠居に申し訳無いと思って早めに仕掛けました。それに姉さんの身が危なくなるのも避けたいですし。」

「連中、病院でもやれこっちは祐筆頭だから云々と大騒ぎをしていたそうだけど・・・百花繚乱の面々と陰陽部の使いが病室に来ると途端に顔を青ざめさせたとか。」

 くすくすと笑うカザネにミズキは問い掛ける。

「それで、連中の処分はどうなるんです?」

「うん、これはまだ公表していない事なのだけど・・・まあミズキならばいいか。内藤ヤチヨは退学処分の上連邦生徒会矯正局に無期懲役。その取り巻きは役職返上の上百鬼夜行内の牢で無期懲役になるらしい。尚、料亭水月には離れの改装費と迷惑料と連中のツケをヤチヨの凍結資産から全額支払う方針になるって決まった。」

「成程、天地部長も水至りて清ければ即ち魚無しとはこの前言っていましたが、流石にヘドロの塊みたいな奴をお見逃しにはならないという・・・」

「ああそうだミズキ。これが今回の報酬で、締めて五十万。」

 カザネが現金を束で寄越すので、ミズキは何も言わずに受け取った。

養父(ちち)養母(はは)もミズキを大層気に入ったらしいから、また何時でも顔を見せに来て。じゃあ、私はこれで。」

 ミズキに手を振って帰るその後ろ姿を見送って、再び廊下の掃除を始める。

 この五十万で、あの料亭水月に詫びの意を込めて食事にでも行こうかなどと考えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 




 主人公設定
・織部ミズキ(百鬼夜行連合学院二年生/百夜文庫番)
 学費以外の雑費を稼ぐ為に介錯の副業をする少女。
 本来ならば表沙汰に出来ない罪人が自死を迫られた時に苦しまぬよう介錯するのが仕事だが、別に崇高な目的を持ってしている事では無く、只学園での生活の為に少し稼ぎたいだけなので殺さずに済むならそれでいいと心の何処かで思っている。
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