表の顔は連合学院の図書委員"文庫番"、裏の顔は諸事情あって表沙汰に出来ない罪人を秘密裏に処理する介錯人。
"司書への相談と書籍のリクエストは百夜文庫一階窓口の投書箱まで。"
"また副業のご依頼も同様に投書箱へお入れ下さい。"
尚この仕事は百鬼夜行職業絵尽には載っておらず、他言無用の事。
一
百鬼夜行商店街から一本路地に入った所に陰陽部お抱え医師の"鳥羽カナデ"という生徒の住居兼診療所があった。
カナデは二年生で、自宅を改装した診療所に陰陽部から預かった医生二人と一緒に日々生徒や住民の治療を行っているのだが、このような形式を取っているのは連合学院にゲヘナ学園の救急医学部やトリニティ総合学園の救護騎士団に相当する機関が無かったからである。
その代わりに陰陽部の費用でトリニティやミレニアム、山海經に医術を学ばせる為に留学させた生徒をお抱え医師として登用する事でこれを補っている。
お抱えの医師として陰陽部から給金を貰っている生徒は四名いるが、その中でもカナデというのは特に腕が良く、またミレニアムの最先端医療と山海經の漢方医学を両方心得ているのでこれ程心強い者も中々居ない。
して、この鳥羽カナデは我らが百夜文庫番の織部ミズキとは付き合いが長く、この日もミズキが百夜文庫番近くの役宅で酢と粉からしで漬けた胡瓜を持ってカナデの家を訪れていたのだ。
「ああ・・・今ちょいと忙しいから奥で待ってて。」
ミズキが診療所の戸を開けて中に入ると、鳥羽カナデは一人の少女を診察していた。
金髪のショートヘアをした、百五十あるか無いかという背丈の少女で、この暑いのに着て来たのであろう白いコートが椅子の側に置かれた籠に収まっている。
(只者では無い・・・)
ミズキは殆ど己の勘働きでしか無かったが、そうこの少女を見て取った。
大人しげに見えるこの金髪の少女から、血生臭い因果を背負っていると咄嗟に思ったのだ。
(ま、私とて人の事を言えた口じゃないけど・・・)
少女はミズキに気付くと軽く会釈をし、ミズキもそれに返した。
顔色は随分と悪く、目の下には青黒い隈がある。
しかしながら辛そうには見えず、寧ろ病人とは思えない程気力が漲っているように見えた。
そのままいつもそうしているように、鳥羽邸の居間に座ってカナデの用が済むのを待っていると、十分程でカナデが居間へと入って来る。
「いやぁお待たせしたねぇ。」
「あの患者はもういいんですか?」
「うん・・・あれはアリウス自治区の出なんだがね。」
(ははぁ・・・それじゃあ血生臭いのも仕方の無い事か。)
アリウス自治区の生徒の内半数は未だ自治区に残り抵抗を続けているらしいが、もう半分はトリニティ総合学園に転入したり、他校自治区に散らばっているという。
恐らく今さっきの少女も後者の内に入るのだろう。
しかしながら他校に転入出来たとしても、貯えも無ければ身寄りも無いので働いてある程度稼がなくてはならないのだが、アリウス自治区の生徒は真っ当な教育というものを受けていないのでまず堅気の仕事にはありつけないとされている。
そうなると何処かの軍事企業の傭兵か、土地のやくざの用心棒かミズキのような介錯人かという道しか残されていない。
「何しろ身体中が弱りきっている。入院でもして然るべき治療を受ければ回復の見込みもあろうが、本人がそれを受け付けない。ただ、ほんの一、二ヶ月保てばいいというのだから・・・」
カナデは何処か悔しそうに呟いた。
医者としては、治せる患者を治せないのが辛く、悔しいに違いないのだ。
「ほんの一、二ヶ月保てばいいというのは?」
「本人が言うにはいつ死んでも惜しくは無い命だが、今少しやり残した事があるので何とか一、二ヶ月身体が保つようにして欲しいと・・・」
「ふうん・・・やり残した事ですか・・・」
「それが何を指すのか分からなければ喋ろうともしない。只微かに笑うのみで・・・出来る事ならやり残した事を手伝いたいところだがこれじゃあどうしようもない。」
ミズキが鳥羽カナデの診療所を訪れた日の夜の事であった。
金髪のショートヘアをした少女がふらついた足取りで百鬼夜行外郭の竹藪の中に建つ古びた一軒家に帰って来たのだが、おかしな事に頬には点々と赤黒いものが付着している。
また、少女が鞘から抜いた軍用ナイフには血曇りがあった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息も絶え絶えに部屋へと転がり込んだ少女が、そのまま一時間程仰向けに寝転んで動かなかったかと思えば、きっかり一時間後にはむくりと起き出してナイフを裏手の井戸で洗った。
よくよく顔を見てみれば、目の下には青黒い隈がありとても体調のよい人間には見えない。
昼間にミズキが感じ取ったような気力は最早残っていないのだ。
「鳥羽先生のおかげで何とかここまでやってこれたが・・・後四人も居るのか・・・」
少女はそう呟いてナイフを鞘に納めた。
実はついさっき、少女は同胞を一人殺めている。
「まだ死ねない・・・あのような連中を生かしておいては世の為にならない。」
少女の言う"あのような連中"と言うのは、近頃百鬼夜行外郭の店などに押し入り、金品を悉く奪い取り、また気分次第で人の命すら奪うという凶賊"髑髏党"の事であった。
その髑髏党の面々は全て、アリウス自治区を逐電した元アリウス生達である。
この面々はアリウス自治区にいた頃から問題行動が多く、特に自身より弱い者を虐めたり必要以上に相手を痛めつけたりしていたので、アリウススクワッドや他のアリウス生からも避けられていたというのだが、そういう対応をされたのが余計に問題行動の火種となったらしく、一層行動は過激さを増していた。
「その暴虐性をトリニティに向ければ面白い事になるでしょう。」
一方でアリウス自治区を牛耳る大人、ベアトリーチェはそう言って面白がっていたという。
その問題児達がどのような経緯を経て百鬼夜行に住み着いたのかは不明だが、また各校自治区を転々とする中で百鬼夜行に住み着いたこの少女が、同郷の生徒達の乱暴極まる振る舞いを許せず、密に始末して回っているのは確かであった。
(幾らマダムに洗脳されていたとは言えアリウスの罪が消える訳では無い。ならば、せめてもの罪滅ぼしに髑髏党を始末して私も地獄に行こう。)
このように決め込んでいる少女は、拭いを掛けて血を落としたナイフを再び鞘から引き抜いてその刃をじっくりと眺めると、再び鞘に納めて眠りについた。
彼女の脳裏に浮かんだのは、先程首筋の急所を刎ね切って命を奪った生徒の顔だった。
生徒は百鬼夜行外郭の公園で犬の獣人に対して暴行を働こうとしたところに少女が通りかかったので、獣人から上手く引き剥がして、木陰まで誘い込んで首筋を斬った。
首から赤黒い血が噴き出し、近くの木にもたれかかるようにして息絶えた生徒をそのままに戻って来たのだが、恐らくは明日の昼までには見つかって通報されているだろう。
(これで連中も怖がって悪さをしなければよいが・・・)
髑髏党は少女の家から然程遠くない廃寺に屯している。
連中が住み着いてからは近辺の住民は皆口を揃えて
「あの寺に近づいちゃいけない。」
と女子供に言って用心しているのだが、百花繚乱へは一向に通報する気配が無い。
以前一度だけ、百花繚乱に通報を試みた住民が居たのだが、その住民は百鬼夜行中心街へ向かう道中で首の骨を折られて命を落としたという。
犯人は不明だが、近くの住民は髑髏党の仕業に違いないと信じて疑わない。
(何の罪も無い住民を殺めるとは・・・)
少女はその首の骨を折られた住民の話を聞いた時から全身の血が湧き上がるような思いをした。
元々アリウス自治区で大病をしたせいで弱り切った身体ではあったが、それを酷使してまで髑髏党を討つ決意を固めたのだ。
(明日も鳥羽先生の診療所で薬湯などを貰ってから、寺の下見をしよう・・・けりをつけるのならばなるべく早い方がいい。)