百夜文庫の片手業   作:七川透光

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 人間、善行の裏で悪行を為し、悪行の裏で善行を為す。
 表の顔は連合学院の図書委員"文庫番"、裏の顔は諸事情あって表沙汰に出来ない罪人を秘密裏に処理する介錯人。
 "司書への相談と書籍のリクエストは百夜文庫一階窓口の投書箱まで。"
 "また副業のご依頼も同様に投書箱へお入れ下さい。"
 尚この仕事は百鬼夜行職業絵尽には載っておらず、他言無用の事。


第三篇 後始末(中)

 

 二

 

 翌日の朝、百鬼夜行市中は大騒ぎになっていた。

 百鬼夜行外郭のコグマ公園という場所の木陰で生徒が一人、息絶えていたのである。

 首からは赤黒い血が流れ、木にもたれかかるようにしているこの生徒の亡骸を見つけたのは散歩途中の老人だったという。

 殺しとなれば百花繚乱紛争調停委員会が出張る必要があり、また検死の為連合学院随一の医者である鳥羽カナデが朝っぱらから呼び出されていた。

 しかし大騒ぎになった原因は、その生徒の左手の甲にペットボトルの蓋程の大きさがある髑髏の刺青が彫られていたからだ。

 これは髑髏党の一員に間違いないと言って上を下への大騒ぎになったのである。

「鳥羽先生なら出掛けていますよ。」

 例の金髪のショートヘアのアリウス生が鳥羽カナデの診療所を訪れると、カナデは居らず、代わりに織部ミズキが留守番をしていた。

 この時のミズキは行燈袴に小袖姿、脇差のみを差した比較的気軽な姿であったが、少女の方は緊張した面持ちでミズキの様子を窺っている。

(只者では無い。)

 少女の方もそうミズキを見たらしく、両者の間に尋常でない気配が漂い始めた。

「私は、陰陽部百夜文庫番を務める織部ミズキという者です。鳥羽先生とは古い付き合いで。」

 ミズキがふっ、と笑ってこう言ったので両者の放つ気配も幾らかはましになったようだった。

「そうでしたか・・・いや失礼いたしました。私は"平ミツキ"と申します。」

「平さんはどうも身体を悪くされているようですが?」

「ええ、既にお気づきの事かもしれませんがアリウスの出でして。何しろ銃と弾薬と爆発物以外は不足しているような場所に何十年も居た訳ですから身体の何処か一つや二つ、おかしくなったとて不思議はありません。」

「鳥羽先生は本格的に治療すれば治ると仰っておりますが何故に治療なさらないのですか?」

「今更健康な身体を取り戻してこの先五十年、六十年と生きていく気力もとうに無くなりました。しかしながら死ぬ前にアリウスの生徒として、せめて世間へ償いがしたいと思い、あと一、二ヶ月程身体が保つよう鳥羽先生へお願いしております。」

「償いですか。」

 鳥羽カナデへ語った、"やり残した事"とは償いの事なのだろうかとミズキは思った。

 徒に人命を奪う髑髏党のアリウス生と同じ場所の生まれでも、これ程までに人間の出来が違うのかと感心もしたのである。

「・・・!」

 ミズキは突如としてくるりと背後を見た。

 ごく一瞬、人影のようなものが玄関先から覗いていたような気がしたのだ。

 玄関先に向かってみると、ほんの僅かに玄関の戸が開いている。

(ははぁ・・・誰か覗いていたな。只の患者か悪戯好きな子供、金銭欲しさの小悪党ならばいいのだけれども、そうで無かった時は少々面倒・・・)

「織部さん。どうかしましたか?」

「いえ、別にどうという事はありません。お気になさらず・・・」

 

 織部ミズキが鳥羽宅を平ミツキと共に辞したのは昼前であった。

 帰って来た鳥羽カナデから薬湯を貰い、少し雑談などをして時間を過ごした二人は丁度いい頃合いなので昼食を食べようと近頃百鬼夜行外郭で評判の蕎麦屋に入った。

「ここの蕎麦は他とは少々変わっていまして、黒い太打ちの蕎麦に生姜の絞り汁を垂らしたつゆで食べるのですが、これがまた美味いと評判なのですよ。」

「生姜の絞り汁というのは中々に珍しいですね。」

 しかしながら、店に入ろうとした瞬間に平ミツキと織部ミズキへぶつかって来た者があった。

「何処に目をつけていやがる!」

 ぶつかって来た方が、謝りもしないでこう吠えた。

 その服装を見たミズキはあっ、と声を上げそうになったが寸前で堪えたのだ。

 白いコートに防弾チョッキ、ガスマスクこそつけていないがアリウスの標準装備である。

「そちらこそ、ぶつかって来たのなら詫びの一つもするのが道理では?」

 平ミツキが如何にも落ち着いた表情でそう言った。

「何!?」

「こいつ、髑髏党を知らねえか!」

 ぶつかって来たのはその内の一人で、身長は百八十センチもあるかという生徒だった。

 後は三人ばかり、百六十センチ前後の生徒が周りを囲んでいる。

 髑髏党、という単語が出たばっかりに通行人は関わり合いになってはならないと、跳び退くようにしてミズキ達の周りから居なくなった。

(ははぁ、さっき鳥羽先生の家を覗いていたのは此奴等だな。そうなると平さんと髑髏党には何かしらの関わりがある事になる。そうでもなければあの家を覗く必要が無い。)

「構わないから痛めつけてやれ!」

  髑髏党を名乗るアリウス生達が一斉にナイフやら銃を構えた。

(喧嘩を装って平さんを消してしまおうという腹積もりか!)

「やぁっ!」

 髑髏党の一人がナイフをミツキに向かって突き入れるのを病人とも思えない身のこなしで躱し、拳銃を懐から取り出して撃った。

 その早撃ちがナイフの生徒の手首に当たり、ナイフを取り落としたところでミツキがこれの脾腹に拳を突き入れ、その場に倒した。

 次にアサルトライフルを持った生徒が二人へ銃弾を浴びせようと引き金を引くのとほぼ同時に、ミズキがこの生徒の側まで走り寄って脇差を抜き、銃身を切り払った。

 銃の半分より銃口側が地面にぽとり、と落ちたのに気を取られた生徒は一尺四寸の脇差に首筋を峰で打ち据えられて気絶する。

 後は背丈の高い生徒ともう一人が残るばかりである。

 これとミズキらが睨み合っていると、誰かが叫ぶ声がした。

「あっ、百花繚乱だ!」

 百花繚乱紛争調停委員会の名を聞いた途端、髑髏党の者共の顔色がさっと変わる。

「退け、退けっ!」

 背丈の高い生徒がそう叫ぶともう一人残っていた者も一目散に逃げ出した。

 ミズキは脇差を鞘へ納め、ミツキの方を見やった。

 しかし、ミツキが目線の高さにいない。

「あっ、平さん・・・!」

 苦しそうに胸を押さえるミツキが足元に居たのだ。

「大丈夫・・・大丈夫です。」

「身体中が悪いと聞きましたが、まさか心臓も・・・」

「はぁ、生まれつき・・・心の臓の働きがあまり良くないものですから・・・」

 駆け付けた百花繚乱というのが、勘解由小路ユカリと不破レンゲの二名であったので先ずミズキはほっとした。

 この二人ならば知らない仲でも無いからだ。

「あれ、百夜文庫のミズキ先輩ではありませんの?」

「ユカリさんですか・・・いや助かりました。」

「挨拶は後!一先ず急病人から対処しないと・・・」

 レンゲが周囲に居た陰陽部の下役を二人使って鳥羽カナデの診療所まで走らせ、担架とカナデを伴って帰って来たところで担架へミツキを乗せて診療所まで急いだ。

 これと同時に陰陽部の下役の増援が、気絶した髑髏党の二人に縄を掛けてしょっ引いて行ったのだが、ミズキや他の面々にそんな事を気にしている暇など無い。

 診療所の奥に敷かれた布団に寝かされたミツキは苦しそうに呻いていたが、流石に百鬼夜行有数の医者であるカナデのする事はどれも的確で、一時間もすると表情も発作も落ち着いて来たようだった。

 ミツキが鳥羽カナデの治療を受けている間、ユカリとレンゲに事の次第を聞かれていたミズキであったが、相手が恐らく髑髏党である事を告げると二人の顔が険しくなった。

「髑髏党・・・それが本当なら、かなり事件は難しい事になりますわ・・・」

「と言うと?」

「シャーレを中心とした各学園との取り決めで、アリウスの生徒が犯罪を犯した場合にはシャーレと連邦生徒会主導の再教育プログラムを受ける事になっているんだけど・・・」

 よくよく聞けば、この取り決めは二週間までから効力を発揮しているという。

「再教育・・・髑髏党は押し込み強盗に人殺しまでやっているというのに?」

「実はこの取り決めには"殺人、放火、テロ等重大犯罪を犯した場合"の規定が無いのですわ。」

 未だ先生に会った事の無いミズキは知らない事だが、上記に関する規定が無いのは恐らくエデン条約調印式の襲撃に参加したアリウス生が全てテロに該当してしまうし、またアリウススクワッドの面々を牢に入れたくは無いという先生の苦悩があったからだ。

 殺人の規定が無いのは、先生が生徒の中に殺人などという大それた事をする者がいるとは夢にも思っていなかったからに違いないのだ。

(な、なんという事を・・・)

 ミズキは心の中でそう呟いた。

 取り決め、即ち契約というのは例外があってはいけない。

 和泉屋の娘の時、わざと和泉屋の主人に穴のある証文を書かせた事で髪を斬り落とすのみで済ませたように、例外があれば契約の効力が揺らぐのだ。

 それ故、此度のアリウス生の再教育プログラムとやらも取り決めた内容通りに履行しなければ効力が揺らぎ、仮に後から髑髏党のみ例外としてしまうと次々に例外のケースが生まれてしまう。

 それはミズキも承知していた。

 彼女の片手業とて、何十万円で人一人始末するという契約ならばそれを履行せねばならない。

 無法な印象のある裏社会であっても、契約に縛られる事は多々ある。

 しかしながら、押し込み強盗に殺人を犯した髑髏党が仕置きを受けないのはミズキとしては不服であったし、恐らく平ミツキもそうであろう。

(何とかならないのか・・・)

 ミズキが頭を捻ってよい案が無いかと考えていると、診療所に陰陽部の役員が飛び込んで来た。

「織部先輩、至急陰陽部本館までお越しを・・・」

「何かあったのですか?」

「天地部長から"折り入った話がある"と織部先輩にお伝えするよう仰せつかりました。」

 その言葉を聞いた瞬間、ミズキの目が妖しく光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【作中用語解説:再教育プログラム】
 再教育プログラムというのは、シャーレの教室などを利用して国語や数学などの基本的な学習をするだけに留まらず、社会奉仕活動を通じてアリウス生の印象改善と表社会との関係作りを進める連邦捜査部肝煎りの計画である。
 トリニティ総合学園に転入し、既に真っ当な暮らしを送る生徒よりも居場所が無く汚れ仕事を引き受けざるを得ないアリウス生に重点を置いており、アリウススクワッドの面々も計画段階で一枚噛んでいるという。
 しかしながら重大犯罪を犯したアリウス生に対する規定が無い事が仇となり、押し込み強盗と殺人の髑髏党の始末をどうつけるかという問題が百鬼夜行内で生じてしまった。
 
 
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