表の顔は連合学院の図書委員"文庫番"、裏の顔は諸事情あって表沙汰に出来ない罪人を秘密裏に処理する介錯人。
"司書への相談と書籍のリクエストは百夜文庫一階窓口の投書箱まで。"
"また副業のご依頼も同様に投書箱へお入れ下さい。"
尚この仕事は百鬼夜行職業絵尽には載っておらず、他言無用の事。
三
百鬼夜行連合学院陰陽部部長、天地ニヤに呼び出された百夜文庫番の織部ミズキは、大庭園をニヤと散歩していた。
無論、只の散歩では無い。
「今回の依頼料は、ざっと百万。」
ニヤがそう言うので、ミズキは少し驚いたような顔をした。
「随分と羽振りのよい事で・・・」
「何しろ急ぎの仕事ですし、相手は百花繚乱ともがっぷり四つに組んで戦える程の腕利き。危険が伴う分だけお支払いするのは当然ではありませんか?」
それに、とニヤは付け足すように言う。
「このお金は私から出た物ではありませんし。」
「・・・とすると、誰か天地部長を仲介人として依頼して来た者がいると?」
「それが誰か、はどうぞ聞かないで下さいねぇ。あちらとの約束なので。」
髑髏党は押し込み強盗と殺人を何件もやっている。
押し込みに遭い、家族から奉公人まで殺された店も一つや二つでは無い。
その親類縁者が陰陽部に密かに依頼を持ち込んだのだろうとミズキは想像していた。
「まぁいいでしょう。依頼料を頂いてかつ、後味の悪い仕事でなければお引き受けしますよ。」
「それはそれは・・・
ニヤが微笑んだのを見て、ミズキは溜息をついた。
「何かご不審でも?」
「よくよく考えてみれば、私も来るところまで来てしまいましたよ。」
「と言うと?」
「最初は商家の金を盗んだ道楽息子などを折檻する仕事だったのが、名家の首斬り稼業になり、ついには公儀陰陽部の仕事で押し込み強盗の凶状持ちを殺るところまで来たという事です。」
「確かに、最早介錯の域を遥かに超えていらっしゃる。」
「髑髏党もきっと食うに困って始めた盗みがいつの間にか血を見なきゃ収まらないようになってしまったのでしょうよ。人間というのは一度深みに嵌ると後戻り出来ない生き物ですから。」
「私も、最初は陰陽部を綺麗に運営していこうと思っていたかもしれませんが、今では立派に表と裏の
くすくすと笑うニヤをミズキが見ていると、突如としてミズキの携帯に電話が掛かって来た。
「ああ、ちょっとすみません・・・もしもし。」
相手は医者の鳥羽カナデであったのだが、電話口から聞こえるその声には随分と焦りがあった。
「ああ、えらい事になった・・・」
「何があったんです?」
「平さんが居なくなった!」
「な、何・・・」
思わず天地ニヤと顔を見合わせる。
「一先ず市中を探してみるから、そちらも何とか・・・」
「分かった、こっちも当たってみます。」
ミズキが電話を切ると、ニヤが話し掛けて来る。
「もしや、自分の身体がもう長くないと踏んで廃寺へ向かったのでは?」
「恐らくは・・・しかし、あの身体で二人も仕留められるものかどうか。」
ミズキが陰陽部本館を退出し、仕事の際に着る馬乗り袴と大小二振りを差して百鬼下野町に向かった時、既に午後の五時であった。
(やはりあの後、ここに戻って来ていたか・・・)
平ミツキは、髑髏党の潜む廃寺の縁の下でじっと様子を窺っている。
荒い息を鎮め、ナイフを握ってその時を待っているのだ。
「お頭、お頭!」
二人の残党の内一人が例の首領格の生徒の元へ急ぎ駆け寄った。
廊下を走って来るその足音に合わせ、縁の下から飛び出したミツキがナイフを生徒の首に当て、横一文字に引き裂いた。
「ぎゃあっ・・・」
凄まじい悲鳴が上がり、例の首領格の生徒も思わず廊下へ顔を出したのだが、その時には既に息絶えていたのである。
「あっ、貴様は・・・」
「これ佐久間、アリウス自治区で散々に締め上げてやったというのに、お前の手癖の悪さは相変わらずのようだな。」
「く、くそう・・・」
佐久間、と呼ばれた髑髏党の首領が怒りと困惑で震える手を抑え、ミツキの物と同型の軍用ナイフを取り出したかと思えば、これをミツキへと擲った。
すんでのところで躱し、ナイフを向けたミツキが次に目にしたのは、自身のよく知る筈の佐久間という生徒が大刀を抜き払ったところであった。
抜き払った刀を八双に構え、じりじりと迫って来るのに対してミツキは少しずつ後退していく。
ナイフと打刀では間合いが異なるので不利と読んだからだ。
その時である。
「う・・・ぐ・・・」
ミツキが体勢を大きく崩した。
極度の緊張状態と無理のある戦い方で心の臓が痛み出したからだ。
相手もその隙を突かなければ勝てぬと悟ったのか、刀で胴を斬り払った。
「あっ・・・」
流石のミツキも、これを躱す事は出来ない。
病身で無ければどうとでもなっただろうが、間合いと心臓の痛みの分不利である中でこのような攻撃を受けたのだからたまったものでは無い。
ミツキがのけぞるようにして廃寺の畳張りの一室へ倒れた。
廃寺の裏手から織部ミズキが駆け込んで来たのは、まさにこの時である。
「あっ、平さん・・・」
一室に倒れて腹部から血が流れ出ている、平ミツキの側で大刀を持ってこれを見ていた髑髏党の首領が止めを刺そうとしているので、ミズキが咄嗟に小柄を擲った。
小柄は手裏剣では無い。
言ってしまえば刀の飾りであって、髪を整えたりするのが本来の用途だが、何しろ百鬼夜行一の腕を持つミズキが投げた物なのでその威力は手裏剣にも劣らない。
矢のように室内へ飛び込んだ小柄がこの首領の右腕辺りに突き立った。
「痛っ・・・」
思わず声を上げたこの首領に、凄まじい速度を以て接近したミズキが大刀を抜き付けに振り払っうもこれは流石の相手も大刀で受け止めて、刀同士が打ち合う音が寺中に鳴り響いた。
「随分と悪事を働いたようだが・・・今また人を殺めたか。」
ミズキが冷ややかに言うのを拒絶するかのように、髑髏党の首領は後方へ跳び退いた。
刀を下段に構え、そのまま石のように動かないミズキに対し、髑髏党の首領は痺れを切らしたのか刀を大上段に構えて渾身の力で振り抜き、一撃でミズキを仕留めようとしている。
しかしながら、それが命取りであった。
「やあっ!」
悲鳴のような掛け声と共に、大上段からミズキの頭上へ刀が振り下ろされようとした瞬間、下段にあったミズキの大刀が掬い上げるように髑髏党の首領の頸動脈を刎ね切った。
身体がぐらりと揺れ、その場に崩れ落ちる。
ミズキは特別これに目を向ける事は無く、平ミツキの元へ駆け寄った。
「平さん、しっかり・・・!」
するとミツキはうっすらと目を開け、途切れ途切れに言葉を発した。
「"あれ"を仕留めて下さった・・・?」
「はい、確かに。」
「ありがとうございます・・・これで、私も心残り無く・・・」
ミツキの目から涙が流れたが、ミズキは何も言わない。
「織部さん。私の家の押し入れの奥に
「それを、どうすれば・・・?」
「どうぞ織部さんのお役に立つように・・・お使い頂きたく・・・」
そのまま、平ミツキは目を閉じて、二度と開ける事は無かったという。
それから暫く経ったある日、織部ミズキは旅装で百鬼夜行郊外の流敷寺という寺を訪れていた。
両刀は持たず、代わりに例の短機関銃を所持している。
この銃は見る者が見れば、アリウススクワッドの秤アツコが所持する"スコルピウス"にそっくりであるが、ミズキはそのような事は一切知らない。
ここは織部家代々の菩提寺であり、今は織部家の墓の隣で平ミツキが眠っている。
ミズキは報酬の百万を使って、平ミツキの墓をこの寺に建て、度々訪れていた。
(平さん。私は貴方から頂いた銃と一緒にワイルドハント芸術学院に参りたいと思います。)
そう挨拶して、ミズキは寺を出る。
これより百夜文庫番の公用でワイルドハントへと向かうミズキを見送るように、平ミツキの墓の上に降り立った雀が見つめていた。