鬼滅の刃 〜炭塗りの刀〜   作:サモア リナン

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同じ事を繰り返して言うことを
「トートロジー(同語反復)」って言うんだってさ!

知らんかった!


第11噺「不思議な相棒」

 

炭十郎と小泉寸津浪の旅路は何日も続く

 

そして、いつか奇妙な調和の中にあった。

 

道中の山道にて。

 

木漏れ日が差し込む開けた場所で、二人はいつの間にか日課となった手合わせを行っていた。

 

「深呼吸 壱ノ型  袈裟斬り!!」

小泉の裂帛の気合いと共に、凄まじい風切り音が鳴る。

それは、剣術の基本中の基本…と言うか、斬る方向を言っているだけの、ただの一振り。

 

ッ…ヴォン!!!

 

が、その一撃は洗練されている。

 

炭十郎は、左手の小太刀《ヒノカミ》でその重撃を受け流しつつ、右手の長刀《ミズカミ》で牽制する。

 

カシュ……ヒュヒュン!

 

刀を受け流した音は驚くほどに軽く鳴る

 

…と同時に風を切る音が耳を横切る

 

 

「……ッ、相変わらず重い一閃ですね」

 

「基本は奥義で、奥義は基本ですから!」

 

「そ、そうなのか?…」

炭十郎は苦笑しつつも、内心では舌を巻く。

 

小泉寸津浪の実力は本物だ。

なにより迷いがない。

 

更に「呼吸」が深い。

 

一度の呼吸で練り上げる酸素の量が常人離れしており、それが単純な斬撃に爆発的な威力を乗せていた。

 

訓練もほどほどに休憩中…二人は並んで握り飯を食べていた。

 

「竈門殿。貴殿の二刀流、初めてと言っていましたが、かなり馴染みましたね」

「ええ。小泉殿との手合わせと、作って下さった鍛治士の武塚さんのお陰です。小太刀を『ヒノカミ』に、打刀(うちがたな)に『ミズカミ』を乗せて受けと攻めの間隙を可能な限り埋めようと思っています。

刀の長さの加減なのですが、これがまた絶妙で、丁度良いのです。一般的なこの打刀と短い脇差の二本差しでは、ここまで調和しなかったと思います。以前より神楽の切り替えが円滑になり、最近は2つの神楽を合わせた2刀専用の神楽も検討しているところです」

「素晴らしい! 攻防一体で、更に多岐にわたる戦術を可能とする新しい型の創造…見習いたく存じます」

 

小泉は大きく頷き、そして真剣な顔で提案してきた。

 

「しかし、呼び分けるのは面倒だ。

いっそのこと、混ぜて新しい名前にしてはどうです?

神話の神になぞらえて……『アマテラス神楽』とか、『カグツチ神楽』とか!あるいは『クサナギ神楽』、『ベンテン神楽』!

ふふふ、名前は自分に合ったもので強そうなのが良い!!」

 

「ふふ、『名前は自分に合ったもので強そう』……ですか。

確かに一考の余地はありますか……ところで、私は神話には疎く…教えて頂いても?」

 

「もちろんです!!私は話をするのが好きですのでお任せください!

この話は壮大で、まだ天と地が分かれていなかった混沌な世界、つまり天地開闢から始まります、そこに3人の神が天上の世界である高天原に降りて来たのです。名は、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、神産巣日神(カムムスビノカミ)と言ってですね、それぞれ司っているものが違うのですが……まずは天照大御神(アマテラスオオミカミ)からご説明しますとですね!!…」

 

 

……

………

……

 

などなど

 

炭十郎は話を聞きながら自身の刀を見つめる。

(太陽を司る神の名…アマテラス…。あの子たちを照らす光になれるだろうか、だが…父としての役割も捨てる気はない。さて…)

 

「そして!国土の誕生後、イザナギとイザナミは、山や川、海や風、木々など、自然のあらゆる要素を司る神々を生み出していったのです。

しかし、最後に火の神である迦具土神(カグツチノカミ)を生んだ際、母であるイザナミは大火傷を負い、死に至ってしまったとされています」

 

小泉の長い長い話にも丁寧に相槌を打つ。

「なんと壮大な物語か。それにしても小泉殿は博識ですね。それほどの知識、さぞや他にも多くの事を知っておられるのでしょう?……なぜ鬼殺隊に?」

 

更に話を広げようする炭十郎の姿には優しさだけではなく、その懐の広さに感心していた。

 

ふと、話に区切りがついたところで炭十郎は尋ねた。これほどの知識を持ち、さらに実力者だ。さぞ深い悲劇があったのだろうと。

小泉は握り飯を飲み込み、真っ直ぐに答えた。

 

「はい、私は…言葉を選ばなければ、とある権力者の息子です。知識はそのおかげで得ることが出来ました。鬼殺隊への入隊は…絶対に許せないと思っているからです」

 

「……鬼に、大切な方を?」

 

「いえ! 私の家族も友人も、皆健在で幸せです!」

 

「え?」

 

「ですが! 世の中には理不尽に家族を…希望を奪われた人がいる!

普通に生きて、社会に貢献している人々が、鬼という理不尽によって不幸になる……。想像しただけで、私は大きな怒りを感じました。恐ろしいまでの怒りです。居ても立っても居られなかった!

だから私は、剣を取りました…人は幸せのために生きるべきだ!死ぬのは天寿を全うし自らの思いを誰かに託してからであるべきだ!…ただでさえ、その思いを遂げられないものがいるのに、更に不幸を生み出す鬼を私は許すことが出来ない」

 

炭十郎は目を見開いた。

 

復讐ではない。己の喪失体験もない。

 

ただ純粋な「義憤」と「想像力」だけで、地獄のような訓練を耐え抜き、七年以上もこの修羅場に身を置いているのか。

 

「……貴方は、とても優し…強い人だ」

「そうですか? 私はただ、私がやりたいし事で、かつ、やるべきだと思ったからやっているだけです!」

 

炭十郎は、この少しズレた相棒に、心からの敬意を抱いた。

 

 

数日後。

 

二人は鎹鴉から情報を得て任務地へと到着した。

そこは、高度経済成長の波に乗り、急速に進められている「無限列車」の路線拡張工事現場だった。

 

山に巨大なトンネルを穿ち、線路を通す。国家規模の大事業だ。

しかし、現場の空気は重く澱んでいた。

 

「……被害が出ていると聞きました。詳しく聞かせていただけますか」

炭十郎が現場監督に尋ねるが、男は視線を逸らすばかりだ。

 

「あんた…誰だ?いや誰でも良いか…熊だよ、熊。でかい熊が出てね。作業員が数人やられただけだ。夜の作業を中止すれば問題ない」

 

「しかし、呻き声が聞こえるという噂や、遺体が見つかっていないという話も……」

 

「…遺体?

知らん知らん! とにかく、あんたらみたいな妙な剣呑な連中は帰ってくれ!」

 

現場監督だけでなく、周囲の作業員たちも一様に口を閉ざす。

明らかに何かを隠している。後ろめたい何かを。

 

炭十郎が困り果てていると、小泉が一歩前に出た。

 

「絶対に隠していますね」

 

小泉は、現場監督の目を至近距離で凝視した。

 

「な、なんだお前は!」

 

「私は小泉寸津浪。隠していることがあるなら、それは事実ではあっても真実ではありません!

教えて頂きたい。人の命がかかっているのです。

命がかかっている以上、死ぬかもしれない!

だからこそ、貴方が知っている真実を、本当のことを話してほしい!!」

 

「だ、だから熊だと……」

 

「熊ではない! 貴方は嘘をついている顔をしている!

私たちは正しく対応したい。だから貴方も正しく話すべきだ!

さぁ! さぁ!!」

 

「うっ…」

 

全く論理的ではないが、凄まじい「圧」と「誠実さ」の奔流。

 

嘘を許さない、というよりは「貴方を信じたいから本当のことを言ってくれ」という純粋な熱意が、監督の罪悪感を刺激した。

 

「…なんだよ、あんた、わかった……話すよ……」

 

監督は崩れ落ちるように、重い口を開いた。

 

「……夜間工事で襲ってくる奴らがいる…だが、それは、この山の住人たちなんだ」

 

「住人が襲ってくる?」

 

「ああ。この工事のために、立ち退きを迫ったんだが……彼らは頑として動かなかった。

『山を傷つけないでくれ』『ここは先祖代々の土地だ』って……。

工期も遅れていたし、上からの圧力もあって……俺たちは、つい暴力に訴えて、彼らを無理やり追い出したんだ」

 

監督は顔を覆った。

「その数日後だよ……。

彼らが、戻ってきたんだ。

……牙を生やして、目を血走らせて」

 

「鬼に……」

 

「ああ…鬼だよ。最近、うちの会社で噂になってたから、こいつらのことかってピーンって来たよ。でも、妙なんだ。

奴らは俺たちを襲うんだが、泣いているんだ。

『殺したいわけじゃない』『人を喰いたいわけじゃない』『ただ、山を荒らしてほしくなかっただけなんだ』って……うわ言のように繰り返しながら、俺たちを襲ってくる。そんで…今の所は何人かは怪我するけど、死人までは出ていない…」

 

炭十郎の背筋に冷たいものが走った。

人を喰いたくないと泣く鬼。

 

(まさか……)

「炭十郎殿」

小泉が厳しい表情で呼ぶ。

 

「ええ。……その特徴

鬼舞辻無惨の鬼とは思えません」

 

炭十郎は拳を握りしめた。

 

人間性という自我を残し、飢餓感に苦しみながらも人を襲うことを拒む鬼。

 

報告で聞いた

炭治郎が変貌させた鬼の特徴と酷似していた。

 

「……この件の鬼は、私の息子……『竈門炭治郎』が作った鬼の可能性が高いです」

 

 

 

その夜。

 

 

 

工事現場の資材置き場に、数名の鬼が涎を垂らしながらやって来た。

 

「うぅ……あぁぁ……」

ボロボロの着物を纏った、かつての山の住人たち。

 

その数、五体。

 

彼らの肌は土気色に変色し、口からは鋭い牙が覗いている。だが、その瞳には理性の光と、深い絶望が宿っていた。

 

「あぁ…我慢できない……」

「お腹が……すいた……でも、食べたくない……」

「うぅ、美味そうな匂い…なんでこんなに美味そうなんだ」

「が、我慢が、できない……」

「なんで…逃げないんだよ…死ぬんだぞ…」

 

彼らは涎を垂らしながら、自らの腕を掻きむしり、必死に衝動を抑え込んでいる。

飢餓状態が限界に達し、意識が飛びそうになるたびに、防衛本能として人を襲おうとする体を、必死の理性で止めているのだ。

「…なん、と…いう……」

 

小泉が痛ましげに顔を歪め

 

歯を食いしばる。

 

「すまない…すまない…殺して……くれ……」

一人の鬼が、炭十郎たちを見て懇願した。

 

「陽の光が……怖いんだ……死ねない……自分じゃ死ねないんだ……」

 

「俺たちは…他の…自分から太陽を浴びれた奴らの最期を見ちまった……あんなの……自分がカケラも残らないなんて…恐ろしすぎる…」

 

彼らは人間の理性と鬼の生態を併せ持つ

 

日光への本能的な恐怖が強く、さらに自ら朝日を浴びて消滅した仲間を見た経験から、自死出来ない者達だった。

 

 

生き地獄。

 

終わりのない飢餓と、罪悪感の檻。

「……おのれ、鬼め……!!」

小泉が刀を抜く。その怒りは、目の前の鬼に対してではなく、彼らをこのような姿に変えた元凶へと向けられていた。

 

 

「炭十郎殿。……彼らを、救いましょう。

救うということは、この地獄から解放することです」

 

「……はい」

炭十郎もまた、二振りの刀を抜いた。

 

打刀と小太刀。

 

2つの切っ先が震える。

 

これは息子の犯した罪だ…これほど大きな罪が他にあるだろうか…想像もできないほど重い罰を受けねばならない…知っていたはずだ

 

それなのに、私は鬼に成った子ども達を前にすると刃が鈍る…親の責任を果たさないと抜かす。

 

「私は…なんという愚か者なのだろう…」

 

改めて自らの立場を認識する。

 

親として、子が散らかした業を、拾い集めなければならない。

 

『矛盾』を力に変え刀に宿しながら…

 

 

…詭弁である。

 

 

『矛盾』とて『力』になる。

 

そう信じたいだけだった。

 

 

 

 

「グァアアアア!!!」

 

限界を迎えた鬼の一体が、理性を失い、獣のような咆哮と共に飛びかかってきた。

 

「深呼吸 参ノ型 左横薙ぎ!!」

 

 

小泉の刀が、真横一文字に走る。

単純にして豪快。鬼の胴体が両断されるが、即座に断面が蠢き、再生を始める。

「再生が速い! 通常の鬼とは違う!」

 

「小泉殿、繋ぎます!」

 

炭十郎が踏み込む。

(……円舞の回転を、防御ではなく攻撃の起点に!)

 

「奉納神楽 《ヒノカミ》一ノ手・《ミズカミ》伍ノ手…円舞・水華突」

 

右のヒノカミ円舞で鬼の爪を受け流し、その回転力を利用して懐に潜り込むと同時に左手のミズカミ水華突で鋭い波のような軌跡を描く突きを放つ。

 

 

「ぎぃ!?」

 

心臓を突かれ一時的に動きが鈍ったところでヒノカミ小太刀とミズカミ刀が交差した。

「……まず1人!!!」

 

ザンッ!!

炭十郎の2刀が鬼の頸を正確に捉え、頭が宙を舞う。

 

それは、まだ名の無い2刀で舞う神楽の…一手だった。

 

「あ……ありがとう……」

 

鬼の瞳から涙が溢れ、その体は灰となって崩れ落ちていく。

 

炭十郎は、消えゆく魂に向かって心で深く頭を下げた。

 

「申し訳ない……。安らかに」

 

だが、感傷に浸る間もなく、残りの四体が襲いかかる。

 

「ウオオオオオ!!」

 

「くッ……だが、引かぬ!

引かないということは、前へ出るということだ!!」

 

小泉が咆哮し、真正面から二体の鬼を受け止める。

 

炭十郎もまた、残る二体に対峙し、呼吸を整えた。

 

夜の闇の中、新たな「神楽」と「深呼吸」の音が、悲しき鬼たちの慟哭と交差する。

 

これは、ただの鬼退治ではない。

 

竈門炭十郎にとっての、本当の意味での「贖罪の旅」の始まりだった。

 

闇夜を切り裂き、四体の鬼が同時に動いた。

「ウガアアアアッ!!」

 

理性と飢餓の狭間で崩壊した精神が、ただ『人間を喰う』ことを求めて肉体を突き動かしている。

 

その爪は岩を砕き、その咆哮は夜気を震わせる。

 

「来るぞ! 竈門殿!」

小泉寸津浪が、腹の底から轟くような大声で叫ぶ。

 

「深呼吸(しんこきゅう)……吸ッ!!!!」

小泉が大きく息を吸い込むと、その胸板が樽のように膨れ上がった。周囲の空気が薄くなったと錯覚するほどの、常軌を逸した肺活量。

 

取り込まれた酸素が血液を沸騰させ、筋肉を鋼鉄のバネへと変える。

 

「弐ノ型! 右横薙ぎぃ!!」

 

ブンッ!!!

小泉の剛刀が唸りを上げる。

 

技名は単純。

 

動作も基本中の基本。

 

だが、極限まで練り上げられたその一撃は、襲いかかってきた二体の鬼の胴体を、まるで豆腐のようにまとめて吹き飛ばした。

 

「ガハッ!?」

「ナ、ニ……!?」

 

胴を両断され、地面に転がる鬼たち。

だが、炭治郎の血を受けた彼らの再生力は異常だった。切断面から肉の芽が沸き立ち、数秒と経たずに繋がり始める。

 

「再生する……! ならば!

再生が追いつかないほど、斬り続けるだけだ!

止まらなければ良いだけだ!!」

 

小泉は一歩も退かない。

 

復活しかけた鬼に対し、嵐のような連撃を叩き込む。

 

「参ノ型・左横薙ぎ! 肆ノ型・逆袈裟! 壱ノ型・袈裟斬りィ!!」

 

単純な技の連鎖が、鬼たちを圧倒的な「質量」で押し留める。

 

その間に、炭十郎は残る二体の鬼と対峙していた。

 

(小泉殿が二体を引き受けてくれている……。その隙に、私はこの二体を救う!)

 

「キシャアアア!」

 

一体の鬼が、鋭い爪で炭十郎の喉元を狙う。

速いが、今の炭十郎には「二つの刃」がある。

 

キンッ!

右手のミズカミ刀が、流れる水のように鬼の爪を受け流す。

円を描く防御。衝撃を殺さず、回転のエネルギーへと変換する。

(受け流し、その回転を……左手へ!)

炭十郎の体が独楽(こま)のように回転し、死角から左手のヒノカミ小太刀が走る。

「ヒノカミ陸ノ手・ミズカミ肆ノ手 日暈の龍 頭舞い・灼流断」

 

赫い刃が、闇夜に波のような灼熱の軌跡を描く。

 

「!!」

 

ザンッ!!

二連撃。

一度目の斬撃で鬼の防御をこじ開け、二度目の斬撃が正確無比に頸を捉えた。

 

「あ……」

 

頸を断つ

 

その鬼の瞳から、殺意が消え、正気が戻る。

「楽に……なれた……」

 

「……すまない。どうか安らかに眠ってくれ」

炭十郎の言葉と共に、鬼の体が灰へと変わる。

 

残るは一体。

その鬼は、仲間の死を見て恐怖したのか、あるいは悲しんだのか、異様な叫び声を上げて炭十郎に突進してきた。

 

「ウオオオオ! 返せ! 俺たちの山を! 俺たちの暮らしを返せェェ!!」

 

その叫びは、鬼のものではない。人間としての、魂の慟哭だった。

 

炭十郎の胸が締め付けられる。

 

自分たちが守ろうとしている「人」の営みが、彼らを追い詰め、そして自分の息子が彼らを修羅に変えた。

 

(私が斬らねばならない。この業も、悲しみも、全て背負って!)

 

炭十郎は刀を構え直す。

長刀に「水の静寂」を、小太刀に「日の烈火」を。

 

「ウガァッ!!」

 

鬼が泥と血にまみれた腕を振り下ろす。

炭十郎は、それを避けなかった。

「伍ノ型……!」

 

長刀で鬼の腕を優しく絡め取り、その勢いを殺さずに、自らの体ごと懐へと滑り込む。

 

「……干天の慈雨(かんてんのじう)」

ミズカミ刀が、音もなく走る。

 

痛みを与えず、ただ慈悲のみを与える斬撃。

鬼の頸が、カクリと落ちる。

 

「…雨だ……」

 

鬼は、最後に雨上がりの剣呑な表情を浮かべ、炭十郎を見つめた。

 

「あぁ…腹…減った」

 

サラサラと崩れゆく灰を見届け、炭十郎は振り返る。

 

「小泉殿!!」

 

そこでは、小泉が二体の鬼を相手に、泥臭い消耗戦を繰り広げていた。

 

鬼たちの再生速度が上がり、小泉の剛剣をもってしても決め手を欠いている。

 

「ぬんッ!

しつこいし、諦めが悪い!」

 

小泉の肩や太腿にも、爪による裂傷が刻まれている。

だが、彼は痛みに顔を歪めるどころか、真っ直ぐ鬼達を見つめていた。

「だが! 私も諦めない!

なぜなら、ここで引けば、後ろの作業員たちが死ぬからだ!!」

 

「加勢します!」

炭十郎が駆け出す。

 

「おお! 竈門殿! 待ちくたびれましたよ」

 

「右を!」

 

「承知! ならば私は左を!!」

 

阿吽の呼吸。

出会って数日の二人だが、道中の訓練のおかげで言葉以上の連携を生む。

炭十郎が右側の鬼に肉薄する。

 

鬼が反応するより速く、長刀で視界を塞ぎ、小太刀で足の腱を断つ。

体勢が崩れた鬼の頸へ、流れるような一閃。

 

「ヒノカミ玖ノ手・ミズカミ玖ノ手 重手(かさねて)・水面ニ映ル輝輝恩光!」

数えきれないほど多くの剣線と斬撃が鬼の身体を削り頸を断ち切るまでに至る。

 

同時に、小泉も動いた。

残る最後の一体、最も巨躯の鬼に対し、彼は刀を大上段に構える。

「これで終わり…そう、最後だ!」

小泉が、限界まで息を吸い込む。

周囲の砂利が震え、大気が彼を中心にして渦を巻く。

「全力深呼吸・限界!!」

全身の血管が浮き上がり、彼の筋肉が悲鳴を上げるほどの力が、一振りの刀に収束する。

「玖ノ型・奥義・唐竹割りぃぃぃぃぃ!!!!」

 

ズッドンッ!!!!!!

 

それは、斬撃というよりは、爆撃に近かった。

 

脳天から股間まで。

 

巨大な鬼の体が、正中線から防御しようとした腕事、真っ二つに両断された。

あまりの威力に、地面ごと深く裂け、土煙が舞い上がる。

「ガ……ァ……」

真っ二つにされた鬼は、再生しようと肉を蠢かせたが、その隙に小泉のただの横方向の斬撃で頸が飛んだ。

 

炭十郎はその光景を見て思う。

 

(今の斬撃……呼吸の型で出した右横薙ぎと何が違うのだろう?)

 

と、つい首を傾げて見てしまう。

 

そして最後の鬼の崩壊が始まる。

 

「……山を……」

 

最後の一体が、消え入りそうな声で呟く。

 

「……守りた、かっただけなんだ…」

 

小泉は、構えを解き、真っ二つになり灰となりゆく鬼の前に膝をついた。

その目には、涙が溜まっていた。

 

「ああ。守りたかったな。

貴殿らの想いは、痛いほど伝わった。

だが、人を襲うことは許されない。許されないから、斬った」

 

小泉は、不器用な言葉で、しかし誰よりも真摯に語りかける。

 

「次は、静かな場所で生まれてこい」

 

炭十郎もまた、静かに刀を納め、手を合わせた。

 

四つの灰の山が、夜風にさらわれて消えていく。

 

静寂が戻った資材置き場。

 

物陰から、現場監督と作業員たちが恐る恐る出てくる。

 

「お、終わったのか?」

「はい」

 

小泉寸津浪は答える。

「彼らは……もう、苦しむことはありません」

 

「そうか…」

 

現場監督はその場に崩れ落ちた。

 

安堵の涙を流しつつも自らの罪に対する懺悔の涙も同時に流していた。

 

東の空が白み始める。

朝日が、傷ついた炭十郎と小泉、そして涙を流す大人たちを照らし出す。

 

「……行きましょうか、小泉殿」

 

「うむ。行きましょう。

朝が来た。朝が来たということは、夜が明けたということだ」

 

小泉は涙を拭い、いつもの真顔に戻って頷いた。

 

 

二人の背中には、確かな信頼と、分け合った「業」の重みがあった。

新たな任務へ向かう彼らの影が、朝日に長く伸びていた。




一旦は普通の鬼狩りを入れました!!

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