よろしくお願いします!
誤字報告ありがとうございます
鎹鴉「ヤマト」が飛び立ってから、どれほどの時間が経ったのか。
珠世の屋敷の夜は静かだった。
戦場とはまるで違う。
廊下の奥では薬を煎じる音が時折聞こえる。
愈史郎が何かを調合しているのだろう。
机に向かって座る炭十郎は、ただ静かに待っていた。
産屋敷耀哉。
鬼殺隊を束ねる当主。
(……返事は来るだろうか)
自分の願いはあまりにも異質だ。
鬼の協力を仰ぐ。
それも、鬼殺隊の中心である当主に対して。
常識で考えれば危険極まりない提案だ。
だが――
(珠世殿の研究は……人を救う)
それは間違いない。
炭十郎はこの屋敷に来て理解した。
珠世は鬼でありながら、人を守るために生きている。
鬼舞辻無惨とは、まるで違う。
だからこそ――
(どうか……届いてほしい)
その時だった。
バサッ
夜の静寂を破る羽音。
炭十郎の目が開く。
窓が小さく震え、黒い影が飛び込んできた。
「タンジューロー!!」
ヤマトだった。
息を荒げている。
長距離を飛んできたのだろう。
炭十郎は立ち上がった。
「ヤマト……!」
鴉は机の上に降りる。
足には小さな筒。
見慣れた鬼殺隊の封。
産屋敷の家紋が刻まれている。
炭十郎の胸が一度、大きく鳴った。
「返事だ……」
ヤマトが言った。
「当主様からの直筆だ」
炭十郎は慎重に封を解いた。
静かな部屋。
紙を広げる音だけが響く。
そこには、整った文字が並んでいた。
炭十郎は静かに読み始める。
――
「神楽柱 竈門炭十郎殿
まず初めに、
音柱・宇髄天元の殉職という悲報の中、
あなたが無事であったことを喜ばしく思います。
そして、
今回の報告と申し出について、
深く感謝申し上げます。
珠世という鬼の存在は、
実は以前から私も知っておりました。
鬼舞辻無惨に背いた鬼がいる――
その噂は幾度か耳にしていました。
しかしながら、
その所在は長く不明のままであり、
接触する手段がありませんでした。
今回、
あなたが信頼関係を築き、
さらに協力の道を開いてくれたこと。
これは鬼殺隊にとって、
計り知れない大きな価値があります。
炭十郎殿。
あなたの勇気と判断に、
私は驚きと共に深い敬意を抱いています。
心より感謝いたします。
また、
鬼を人へ戻す研究について。
もしそれが事実であるならば、
それは鬼殺隊の歴史を変える可能性を秘めています。
どうか珠世殿へ、
私からも協力をお願いしたいとお伝えください。
鬼殺隊は、
可能な限り研究の支援を行います。
ただし――
私の体調について、
あなたもご存じかと思います。
近頃は特に悪く、
夜間の面会は難しい状態です。
そのため、
すぐにお会いすることは叶いません。
誠に心苦しいのですが、
どうかご理解ください。
しかし、
珠世殿との協力関係は、
鬼殺隊として正式に受け入れます。
あなたが見つけた希望は、
我々全員の希望でもあります。
どうかこれからも、柱として
共に戦ってください。
鬼に奪われた人々の未来のために。
鬼殺隊当主
産屋敷耀哉」
――
炭十郎は手紙を読み終えた。
しばらく動かなかった。
胸の奥に溜まっていたものが、
ゆっくりとほどけていく。
(……認めてくださった)
珠世の存在を。
研究を。
そして――
自分の願いを。
炭十郎は目を閉じた。
長く、静かな息を吐く。
その時、後ろから声がした。
「……返事が来たのですね」
振り向くと、
珠世が廊下に立っていた。
愈史郎もその隣にいる。
腕を組んで、不機嫌そうな顔だ。
炭十郎は静かに頷いた。
「はい」
手紙を差し出す。
珠世は受け取り、丁寧に読む。
その表情が、少しずつ変わっていく。
驚き。
そして――
安堵。
読み終えた珠世は、
ゆっくり顔を上げた。
「……鬼殺隊当主が、ここまで」
愈史郎が鼻を鳴らす。
「フン。意外だな」
だがその声には、
どこか安堵が混じっていた。
珠世は炭十郎を見つめる。
「炭十郎さん」
その声は静かだった。
「これで、研究はより進められます」
炭十郎は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
珠世は首を振る。
「いいえ」
小さく微笑む。
「礼を言うのは、私の方です」
彼女の視線は、
机の上に置かれた小瓶へ向いた。
そこには――
白い骨片。
炭治郎の骨。
太陽を克服した鬼の証。
珠世は静かに言った。
「この骨は……鬼殺隊と鬼の関係性…歴史を変えるかもしれません」
愈史郎が腕を組み直す。
「だが簡単じゃないぞ」
「分かっています」
珠世の目は、
研究者のそれだった。
「それでも、やります」
炭十郎は拳を握った。
(炭治郎……)
遠くの夜空を思う。
今この瞬間も、
あの子はどこかを彷徨っている。
鬼として。
だが――
(必ず……)
心の中で誓う。
(必ずお前を……人へ戻す)
そのためなら。
命でも、時間でも。
何でも差し出す。
珠世の屋敷の夜は、静かに更けていった。
夜が深く落ちた頃、珠世の屋敷では静かな準備が進んでいた。
灯りは最小限。
隠たちが足音を殺して荷をまとめていく。
薬草、医療器具、書物、そして研究に必要な瓶や道具。
珠世と愈史郎が積み重ねてきた研究の成果は、思っていた以上に多かった。
炭十郎は廊下に立ち、夜空を一度見上げた。
今夜から移動が始まる。
目的地は蝶屋敷。
産屋敷耀哉から届いた文には、珠世と愈史郎の安全な移送を正式に依頼する旨が書かれていた。
鬼を人に戻す研究。
その可能性を守るため、鬼殺隊として最大限の協力をする――そう記されていた。
ただし絶対的な条件が一つ。
移動は夜のみ。
珠世と愈史郎が鬼であること、と研究材料のほとんどが鬼を材料にしている以上、当然だった。
炭十郎は振り返る。
「皆、準備は良いか?」
声を掛けると、仲間たちがそれぞれ頷いた。
灰崎壱華
朽土由羅
陽村心太
獅子森誠
雪之環
それぞれ荷を背負い、静かに立っている。
珠世が言った。
「蝶屋敷までは……夜行のみで一週間ほどでしょう」
愈史郎が腕を組む。
「遠いな」
「安全のためです」
炭十郎が頷く。
「では、参りましょう」
こうして一行は、夜の山道へと歩き出した。
――
旅は静かなものだった。
昼は山中や廃屋で休み、夜に進む。
月明かりの下を黙々と歩く。
一週間という距離は、決して短くない。
だが皆、戦場に慣れた者ばかりだった。
疲労はあっても、不満は出ない。
特に日中はそれぞれが稽古を行い高めあった。
鬼殺隊としてあり得ないほど充実した日々といっても差し支えなかった。
その日も同じだった。
夕方が近づき、山を越えた時だった。
風に乗って聞こえた。
悲鳴。
炭十郎の足が止まる。
「……!」
遠くの村から煙が上がっていた。
陽村が低く言う。
「鬼でござるな」
獅子森が歯を見せる。
「数が多そうだ」
雪之が目を細めた。
「……二十…ほどカ?」
炭十郎はすぐに決断した。
「村へ向かう」
珠世が頷く。
「もちろんです」
一行は走り出した。
――
村は混乱の渦だった。
家々は壊され、村人が逃げ惑っている。
鬼の影が夜の中で暴れていた。
数は――二十。
炭十郎が刀を抜いた。
「村人を守ることを優先する!」
「はい!」
「了解!」
それぞれが散った。
――
炭十郎は村の中央へ飛び込んだ。
鬼が三体、村人を追っている。
「させぬ!」
炭十郎が叫び、鬼を引き付ける。
刹那。
刃が閃く。
右手に打刀ミズカミ
左手に小太刀ヒノカミ
神楽二刀流
「伊邪那岐神楽・弐ノ手 天浮橋(あめのうきはし)・転嫁・壱ノ手 禊」
水の歩法で間合いを渡り、起点の技から舞い始める
ほぼ同時に二体の鬼の首が飛ぶ。
炭十郎は止まらない。
村人はまだ逃げ惑っている。
炭十郎は広く駆けた。鬼を斬りながら。人を逃がしながら。
その役割は柱に与えられた物そのもの。彼は戦場の中心を駆け続ける。
――
珠世は村外れに立っていた。
鬼が数体、こちらへ向かってくる。
珠世は静かに手を掲げた。
「血鬼術・惑血」
空気が揺らぐ。
鬼の視界が歪む。
仲間の姿が敵に見える。
次の瞬間。
鬼同士が斬り合った。
牙がぶつかる。
腕が引き裂かれる。
珠世は静かに見つめていた。
鬼同士の戦闘に意味はないこれはただの時間稼ぎ。
それが彼女の戦いだった。
――
愈史郎は札を額に貼った。
「血鬼術・紙眼…消えるぞ」
身体が夜に溶ける。
鬼の目には映らない。
彼は屋根を駆けた。
逃げ遅れた村人を見つける。
子供。
老人。
「動くな」
抱え上げ、屋根を飛ぶ。
村外へ運ぶ。
再び戻る。
愈史郎は黙々と救出を続けた。
――
陽村、獅子森、雪之。
三人の前には鬼が十体以上
獅子森が笑う。
「まとめて来たな」
陽村が刀を構える。
「速攻で片付けるでござる」
「仕切んな!!」
「勝手にヤレ」
全ての鬼が襲いかかってくる
「辰の呼吸 陸ノ型 龍華円舞」
「焔の呼吸 参ノ型 焦熱断層」
「虎の呼吸 壱ノ型 猛虎牙斬」
しかし危なげなく回避し、反撃する。
彼らの刃が走る。
3体の首が落ちる。
「「「まずは一匹」」」
さらに
獅子森の斬撃が鬼の胴を裂き陽村の刀が閃き雪之の刺突で追撃をする。
三人は図らずとも息を合わせて戦った。
鬼が、危なげなく徐々に数を減らしていく。
――
灰崎と朽土は村の西側。
残りの鬼を迎え撃った。
新しい仮面を被っている灰崎の剣が舞う。
「鎖の呼吸 唯一ノ型 断鎖・月牙衝!!」
その技は以前より高く・速く・範囲が広く・隙が少なくなっている。
一瞬で鬼達の命を断つ。
朽土由羅は静かに間合いを詰める。
「雪の深呼吸 壱ノ型 重キ雪ノ刃・白露(オモキユキノヤイバ・はくろ)」
一閃。
鬼の首が落ちる。
朽土は炭十郎から深呼吸を学び支援用の呼吸「氷の呼吸」から討伐用の「雪の呼吸」へと昇華した。
その成長は誰もが目を見張る物があり、小柄な体でも鬼の首を斬れる隊士となった。
そんな二人は背中を預けて戦っている。
――
戦闘は長く続かなかった。
約二十分。
最後の鬼の首が落ちる。
夜が静けさを取り戻す。
「……終わったか」
炭十郎と仲間たちは刀を納めて集まる。
皆、息は上がっている。
だが誰も致命傷はない。
灰崎が笑った。
「皆、腕上げてますね」
朽土も頷く。
「うむ」
獅子森が炭十郎を見る。
「気に食わねぇが…さすが柱だ」
炭十郎は苦笑した。
その時――
パキン…バキン…
炭十郎の鞘から刀が折れる音がした。
炭十郎は驚き、恐る恐る抜刀するが…2本とも刃が根元から折れていた。
激しい戦いが続いたせいだ。
炭十郎は小さく息を吐く。
「…なんと言うことだ…刀鍛冶殿に怒られるな」
一方で。
「ん?いたたー…」
「む?どうし…〜ッたー…」
灰崎と朽土の傷が開いていた。
包帯が赤く染まる。
珠世がすぐに近づいた。
「動きすぎです…稽古もダメって言っても聞かないからですよ…はぁ…一応、応急処置をします」
「「う…ごめんなさい…」」
治療を受けた後、皆で村人を落ち着かせる。
戦いは呆気なく終わった。
一行は再び歩き出した。
――
数日後の夕闇が深くなったころ
一行は蝶屋敷へ到着した。
藤の花が揺れている。
門が開く。
中から胡蝶しのぶが現れた。
「ようこそ」
その笑顔は穏やかだった。
珠世に向かっても同じだった。
「お会いできて嬉しいです、珠世さん」
愈史郎が戸惑う。
鬼を、人として迎える。
それは想像していなかった光景だった。
すぐに治療が始まる。
重症の栗花落カナオ、神崎アオイ。
無視できない傷が開いた灰崎と朽土。
しのぶと珠世が並んで治療に当たる。
鬼と人が、同じ目的で働いていた。
――
治療が終わった頃、炭十郎は胡蝶に呼ばれていた。
「炭十郎さん」
「これは胡蝶殿、此度の協力、誠にありがとうございます」
「はい、こちらこそです。それはそれとして…アナタは刀鍛冶の里へ行ってください」
折れた刀を見て、しのぶがちょっと恐ろしい笑顔で微笑む。
「その刀では戦えません」
炭十郎はやや後ろに移動しつつ頷いた。
「そう…ですね。承知しました」
その微笑みは
「柱なのだから刀の管理ぐらいちゃんとしろ」と言われているようだった。
実は炭十郎、刀の管理が大の苦手である。
――
早速、隠たちが現れる。
目隠し。耳栓。鼻栓。
そして背負われる。
人が何度も交代する。
長い移動の末――
炭十郎は里に着いた。
目隠しが外される。
彼は空を見上げた。
そしてぽつりと言った。
「……この歳で若者の背を借りるとは」
少し肩を落とす。
「衝撃だな……」
その時。
後ろから声がした。
「炭十郎さん!?」
振り向く。
懐かしい顔だった。
田中姫乃。
肉蝮かな子。
そして――
石野川門と五十嵐甚兵衛。
4人が驚いて立っている。
「久しいな」
炭十郎が穏やかに言う。
すると奥からさらに声が飛んできた。
「また柱が来るなんて聞いてないよぉ!」
村田むら太だった。
一気に場が賑やかになる。
懐かしい顔ぶれだった。
戦場で共に戦った仲間たち。
炭十郎は少し笑った。
その時。
里の出口の方で、二人の少年が歩いていった。
無言で。
背中を向けて。
時透兄弟だった。
すれ違うように去っていく。
炭十郎はその背を見送りながら、静かに息を吐いた。
新しい刀が手に入るまでは一時の安息を享受する。
自分に言い聞かせる。
「そんな時間も必要か」と
里が壊滅的な打撃を受ける危機が迫っているのも知らずに…。
早いか?いや、こんなもんでしょう、刀鍛冶編!!