鬼滅の刃 〜炭塗りの刀〜   作:サモア リナン

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鬼滅も書くの楽しー!!

やっぱり楽しみながらながら書くのが1番ですよね。
駄文で申し訳ないけれど…書きたい物語を熱があるうちに書くのが継続の秘訣な気がする!!


第2噺「父の行く道」

雪解けの水が凍りつくほどの寒気が、山を覆っていた。

竈門炭十郎は小さな墓を背に、足を引きずるように山道を下っていた。

肩からは煤で汚れた布が垂れ、血の滲んだ手は固く握られたまま。

 

「……俺は、もう帰れない」

 

それは家だけの意味ではなかった。

人としての温もり、父としての安らぎ、夫としての居場所。

すべては鬼によって踏み潰され、喰い破られた。

 

夜明けを待っていた冨岡義勇が、静かに炭十郎の前に立った。

「埋葬は……済んだのか」

「……あぁ。妻と、俺の髪を一緒に……」

 

義勇は目を伏せた。

「その心中…ご心痛…察するに余りある」

 

「…あなたも?」

 

「…姉を…」

 

「ッ……申し訳ない」

義勇は俯きながらも顔を振る

 

「いえ、…鬼殺隊は、そのほとんどが鬼に大切なものを奪われた者達です。私達だけが被害者ではない」

 

「なんと……」

 

彼もまた、家族を鬼に奪われた一人。だが今、隊士として鬼を斬る刃を握っている。

「鬼は、人には戻らない。だが……探し続ける者もいる」

 

炭十郎は、縋るように顔を上げた。

「戻せる道が……あるのか……?」

 

「あるかもしれない。だが、誰も見つけられてはいない」

 

「……」

 

「鬼の始まりである“鬼舞辻無惨”が何かを知っている…かも知れない。だが……あの鬼が教えるはずもない、被害が増えるばかりなのだ…」

 

突き放すような言葉。だが、それは義勇自身が長く抱え続けてきた絶望の答えでもあった。

 

沈黙が落ちる。やがて、義勇が腰の刀を少し抜いて見せた。

「……あなたは刀を握ったことがあるか」

 

「……ない。人に刃を向けたことなど、一度も」

 

「鬼殺隊に入るのならば、鬼に向けることになる。鬼を斬るには、特別な鉄が必要だ」

 

差し出された刃を、炭十郎は見続ける事が出来なかった。

 

握れば――自分の子を斬る日が来る。

 

その未来を拒絶したくて、拳が震えた。

 

「……俺は……父だ。子供を斬るなんて……」

声は掠れ、涙が頬を濡らす。

義勇は鋭い眼差しで、しかし揺らぎを秘めて告げた。

「お前が鬼を斬らないなら、誰が斬る。……人を守るのは誰だ」

 

その問いは鋼のように重かった。

 

刀を子供に向ける自分を想像する。自分はなんと冷たく無力なのだろう――いつか躊躇なく鬼に刃を向ける自分が未来にいると考えると恐ろしかった。

 

「……俺に、できるのか……?」

 

青年の瞳に映る己の顔を見る。

鬼の子らに喰われる母の姿を思い起こさせる。

生かしておくと言うこと…放っておくと言うことは…その経験を、見ず知らずの多くの他者に強要することになる。

炭十郎は目を閉じ、血のにじむ掌をもうひとつの掌で包み込んだ。

 

胸の奥で、父としての優しさと、戦う者としての決意がねじれ、彼をさらに苦しめた。

 

「……やるしかない…のか」

 

声は震えていたが、確かにそこに宿るものがあった。

 

それは――父としての最期の矜持。

 

「……行く先は?」

 

 

 義勇は前を見据えたまま答える。

「鱗滝左近次。俺の師だ。……手紙を書く。あなたはそこで戦う術を身につけろ」

 

 名を聞いたところで炭十郎には覚えはない。だが、口に出された響きには確かな重みがあった。

 

「分かった…道を示してくれたこと…感謝します」

 

 山を下りる道すがら、炭十郎は幾度となく足を止めそうになった。背後に、まだ家の跡があるような気がして。掘り返した土の冷たさ、葵枝が眠る小さな墓標。あの場所を離れることは、妻を本当に失ったと認めることになる気がした。

 

 それでも歩かねばならない。あの子供たちを――鬼と化した我が子らを、追うために。

 

やがて炭十郎は、街へ向かった。

 

炭を売り慣れた顔が、そこにはもうなかった。

 

「竈門さん……どうしたんだい、その手は」

「大丈夫か、炭売りの旦那」

 

人々は心配げに声をかける。だが炭十郎は首を振り、答えを飲み込む。

 

「申し訳ない…もう、炭を売ることが出来なくなってしまった…せめて…残りの炭、全て持ってきました。お代はいりません…どうか…使ってやって下さい」

 

――昨晩の残虐な事実など、どうして他者に説明できるものか。

 

そう思い、悲壮な表情で頭を下げる。見知った街の住民は何事かと騒つくが、その様子から事情を聞くことは憚れた。

 

「詳しくは聞かないよ。ただ…せめて…この金と握り飯ぐらいは持って行きなさい」

 

今までお世話になった人々からお金が集まり、握り飯を待たされた。

その心暖かさに涙が止まらない。こんなに優しい人々が鬼の被害になどなってはならない

 

そして自分の行いを反省する。

 

(なんと言うことだ…私は自分の事ばかり考えていた、こんなにも暖かく送ってくれる人達がいるのに…私は…)

 

こうして、炭十郎はより決意を固めた。

 

「鬼を討つ者」になるために…。

 

 

 

………

 

 

 

 夕暮れ。

 

鬱蒼とした森を抜け、苔むした石段を上った。そこにあったのは古びた山小屋。

 入り口には、小柄だが岩のように動じぬ雰囲気を持つ老人が立っていた。狐面を脇に抱え、鋭い眼光でこちらを見据えている。鱗滝左近次。

 

「……お前は誰だ?」

 低く抑えた声が空気を震わせた。

 

「竈門炭十郎。

冨岡義勇殿に紹介していただいた。あなたが鱗滝左近次殿でよろしいか?」

 

 

 鱗滝の目が細められ、炭十郎を射抜くように見た。

 炭十郎はその視線から逃げない。

 

「義勇から手紙を受けた……四十を越えた者が、鬼狩りを志すなど聞いたことがない、むしろ引退を考え始める時期だ」

 

「だが、俺には、それしか残されていない」

 

 声は掠れていたが、その奥には決意があった。

 

「――家族を殺され、鬼にされた者の言葉…軽んじるつもりはない」

 鱗滝は腕を組み、しばらく黙考した。

 

「だが道は険しいぞ。命を捨てる覚悟はあるか」

 

 炭十郎は小さく首を振った。

「命を捨てる覚悟など……俺は、妻と共に髪を埋めた…もう死んだのだ。今の俺は、取り戻すために…もし、できなければ責任を取るだけの者だ」

 

 その言葉に、鱗滝の瞳は揺れ、深く息を吐き、短く頷いた。

 

「……ならば試してやろう。ここに残り、己を鍛えろ。だが生半可な覚悟なら、この山はすぐにお前を殺す」

 

 炭十郎は迷わず頭を下げた。

 

 こうして、父・竈門炭十郎の新たな地獄が始まった。

 

 

炭十郎が鱗滝のもとに身を寄せて数日が経った。

 山小屋の周囲は、切り立った崖と深い森に囲まれている。朝は鳥の声よりも先に、鱗滝の低い号令で始まり、夜は月明かりの下で木刀を振るうまで終わらない。

 

 鱗滝はふと炭十郎をまじまじと見つめ、問いかけた。

 

「……その首元の痣。生まれつきのものか?」

 

 炭十郎は手をやり、静かに答えた。

「いえ……父から“ヒノカミ神楽”を受け継いだ時に現れたのです」

 

鱗滝が息を呑んだ。

 

「痣が……継承で?」

 

「えぇ。最初は一晩中舞を繰り返すことなんて出来なかった。だが続けるうちに、身体が思う以上に動くようになった。呼吸を深く繰り返すたびに、全身の血が巡り、熱くなる。……痣が出たばかりの若い頃は、それで体が軽くなっていた」

 

 炭十郎は一瞬だけ目を閉じた。脳裏に、懐かしい光景が蘇る。

 冬至の夜、篝火の周りで舞い続けた父の姿。背筋を伸ばし、火の粉の中を舞う姿は、人ではなく炎そのもののようだった。幼い炭十郎は、その舞にただ見惚れていた。

そして自分も子供達に神楽を見せた。

子供たちは皆、キラキラとした目で妻と一緒に見てくれていた。炭治郎が教えてほしいと興奮して共に指導していた過去を思い出し目頭が熱くなる。

 

「……そう言えば、二十五を過ぎた頃に、急に体が弱ったのです。熱を出しやすく、少し動けば息切れする。神楽を舞う時だけは何とかなっていたが……このまま死ぬのだと思ったものです」

 

鱗滝は眉をひそめる。

「では、どうして今は……」

 

 炭十郎は言葉を探すように、そして迷うように続けた。

「……妻の葵枝が……見つけてきてくれた。山奥に咲いていた“青い彼岸花”を煎じたものを数日飲んだだけで、体が嘘のように楽になった。病の影が……消えました」

 

 その名を聞いた瞬間、鱗滝の目が鋭く光り見開いた。

「……青い彼岸花だと?まさか……伝承にある……?」

 

 炭十郎は首を振った。

「詳しいことは分かりません。ただ、あれを飲んで以来、再び体が動くようになった。だが……妻はもういない」

 

 声が震え、喉が詰まる。

 

「“痣”に“青い彼岸花”わしも師匠から僅かに聞いた事がある程度…今聞かねば忘れたままだった。これはお館様に連絡が必要かもれんな。

炭十郎よ。今は“水の呼吸”を会得に専念せよ。型を通じて呼吸を掴み、肉体を作り直し、戦い方を学べ」

 

 そうして炭十郎の日々は続いていく

 

 

 修行はとても辛かった。

 

 崖を登り、谷を渡り、滝壺に身を打たせ、肺が裂けるまで水中に潜らされた。四十を越えた身体は悲鳴を上げたが、それでも倒れなかった。

 

 意識が飛びそうになれば思い出すのだ。あの夜、我が子の紅い瞳を見たときの恐怖と妻の血を啜る音を。あれを二度と繰り返してはならない。そのために死ぬまで動き続けるのだと。

 

 夜、眠る前には必ずヒノカミ神楽を舞った。舞いながら、自らの体の芯に眠る熱を感じ取ろうとした。

 

 鱗滝は、その舞を見て、深く息を吐いた。

 

「お主の……ヒノカミ神楽。それはただの祭祀の舞ではない。ワシらが使う呼吸や型と似ている。いや、流れが同じだ。誰か鬼狩りが先祖にいるのかも知れんな……痣と関係があるやもしれぬ」

 

 声は低いが、確信を帯びていた。

 

 炭十郎は舞を止めず、汗を滴らせながら答えた。

「父は“ヒノカミ様への感謝の舞”と言っていた。だが今なら分かる……これは戦うための舞だ」

 

 燃えるような決意が、その瞳に宿る。

 

しかし、四十歳の体は若い剣士とは異なった。回復力の遅さ、筋肉痛の長引き、持久力の限界……何度も折れそうになった。

 

 「俺は……遅すぎるのか」

 独り言を呟くたび、土の匂いと汗の匂いが混ざり、荒い呼吸が森の静寂を乱す。

 

 鱗滝は言葉少なに助言する。

「体が遅いなら、動きの無駄なくせ。力ではなく、技で補え」

 

 炭十郎は刀を握り直す。

「……力ではなく、技で」

 

 若き頃の自信ではなく、長年の経験と観察眼が支える技術。それが四十歳の炭十郎にしかない武器となることを、次第に理解していった。

 

半年の修行は、単なる舞の繰り返しではなかった。鱗滝は水の呼吸の基本から応用まで、徹底的に教え込んだ。

 

 初めは動きのぎこちなさに炭十郎自身が苛立った。刀を振ると筋肉は硬直し、技はぎこちなく、呼吸は乱れる。だが毎日の反復で、ヒノカミ神楽の舞のリズムと、水の呼吸の流れるような斬撃が融合していった。

 

 「水は流れ、形を変える。しかし、一度止まれば攻撃は途切れる。止まるな、常に流れろ」

 

 鱗滝の言葉を胸に刻み、炭十郎は自分の動きに矛盾を見つけるたびに修正を繰り返した。

 

 ある日の訓練中、彼はふと気付く。

 「……体が、刀の軌道を自然に追っている……」

 手首の微細な角度、足の踏み込み、腰の回転――すべてが連動し、舞の動きがそのまま水の呼吸の攻撃になる。

 

 「これが……融合……か」

 静かな感動とともに、疲労で滴る汗が額から頬へ伝う。

 

半年後、炭十郎が斬った大岩の前で鱗滝はついに告げた。

「……よく耐えた。ワシから教えることはもうない。このあと、どう昇華させてゆくかはお主自身で考えねばならぬ」

 

 炭十郎は刀を握りしめ、膝に落ちた。

「……ありがとうございました」

 

 その瞬間、胸の奥に深い安堵が広がると同時に、四十歳で剣の道を極めることの難しさを痛感した。若ければ体力や反応速度でカバーできた部分も、今の年齢ではすべて経験と知恵に頼るしかない。

 

 炭十郎は悟った。

「学ぶことに遅すぎるなんてことはない……」

 

その後は鱗滝から「半年でこれほどの力を身につけたお主は才能がある、若い頃に学んでおればより強くなっていただろう…それが惜しくもある」

と激励の言葉をもらい試験場を教えてもらった。

 

 炭十郎は試験会場である「藤襲山(ふじかさねやま)」 に向かう。

 

 修行の成果は確かで、無事に合格。首元の痣はさらに鮮やかに浮かび、頬まで伸びていた。彼の身体が覚醒していることを示していた。

 

 試験の後、鎹鴉が飛来する。小さな羽音が耳を撫で、炭十郎の肩に止まった。

「タンジューロー!ヨロ!」

 

「…鱗滝殿や冨岡殿のカラスも話していたな……慣れるものだな…」

 

鬼狩りとして、正式に任務に就く知らせである。

 

まずは玉鋼を選び刀を待つ。

 

それも大切な任務だった。

 

 「……これで、俺も……鬼を討つ者として動ける」

 血と汗と炭で汚れた手を握り、炭十郎は深呼吸する。その胸には、鬼と化した子供たちを救う決意が燃えていた。

 

 父としての責務、剣士としての誇り、そして人としての最後の覚悟。すべてを背負い、四十歳の炭十郎は新たな旅立ちを迎えた。

 

…その前に

 

「カァーー、タンジューロー」

 

「何だい?」

 

「オヤカタサマ、ヨンドルー」

 

「む?」

 

 

突然黒子の様な者達が現れ、一礼され耳と目を布で覆われて、おんぶされて大きな屋敷に連れてこられた。

 

「解せぬ…だが、ここに鬼狩りのお館様が?」

 

「ソーダー!」

 

 

 

「……竈門炭十郎殿」

 

柔らかく、それでいて抗いがたい響きを持つ声が、炭十郎の胸に沁み渡った。

お館様――産屋敷耀哉。鬼殺隊を束ねる当主。年齢は自分よりはるかに若いはずなのに、その声に宿る威厳は、山の樹齢百年の巨木にも似ていた。

 

「はい」

自然と正座をし、背筋を伸ばす。目の前に座す男は、ただそこに在るだけで場の空気を支配していた。

 

「痣について……それと、君が口にしたと言う“青い彼岸花”について、詳しく聞かせてもらえないだろうか」

 

炭十郎は、胸の奥に封じ込めていた記憶をひとつずつ解き放った。

言葉にするだけで喉が渇く。だが、この問いに応えることこそが、鬼を討つ道に繋がる――その想いが、彼を奮い立たせた。

 

「……痣は、生まれつきのものではありません。父から“ヒノカミ神楽”を受け継ぐ中で……ある時、肩から首にかけて刻まれたのです」

 

頬に触れると、熱がそこだけ残っているような気がした。

お館様は静かに頷き、さらに促す。

 

「それが現れてから、何か変化は?」

 

「……二十五を過ぎた頃から、急に体が弱り始めました。咳が止まらず、動けば倒れるほどに。……しかし……」

 

言葉を区切る。瞼を閉じれば、懐かしい妻・葵枝の姿が浮かんだ。彼女が自分に差し出してくれた、澄んだ碗の中身を。

 

「……葵枝が“青い彼岸花”を煎じたものを数日飲ませてくれたのです。それから、嘘のように体が動くようになった。父も同じでした。……どうやら、代々、我が家ではそうして命を繋いできたようです」

 

その告白に、お館様の瞳が静かに揺れた。

 

「青い彼岸花……やはり存在するのだね」

 

低い声に、重さが宿る。

 

炭十郎はさらに、母から聞かされた言葉を思い出した。

 

「……住んでいた山の頂に、人が踏み込めぬ窪みがあります。雨水が溜まり……日が差し続ける場所がある。その水中から花は咲く。母が言うには……九月の終わりから十月の初め、わずか七日間。雲も掛からぬ晴天の昼の間だけ花開くと」

 

言いながら、自分でも信じ難い話だと改めて思う。だが、それは確かに母が残した言葉。妻は母からその知恵を受け継いでいたのだ。

 

しばしの沈黙。お館様の口元に微かな笑みが浮かんだ。

 

「――貴重な話をありがとう。これは……今後の鬼への対処、そして隊士の力を高め寿命を伸ばすためにも、非常に重要なことだ」

 

炭十郎は、若き当主の声音にただ圧倒されるばかりだった。

威厳と優しさが同居する声。その響きは、年長者であるはずの自分を容易く包み込み、支配していた。

 

「年内に、その場所を確かめに行きたい。もとは君の山だ。許可をいただけるだろうか?」

 

「……もちろんです。お役立ていただけるなら……どれだけでも」

 

そう答えると、お館様は一層深い笑みを浮かべた。

まるで長年の友に礼を告げるように。

 

「ありがとう、炭十郎殿。……君がここにいること自体が、鬼殺隊にとって大きな救いだよ」

 

胸が熱くなった。

この若き当主に応えるためにも、己は刀を振るわねばならぬ。

炭十郎は、血に濡れた掌を静かに握りしめた。

 

お館様はしばらく目を伏せ、思案するように言葉を紡いだ。

 

「……しかし炭十郎殿。その花が咲く場所は、人が足を踏み入れることすら難しいのであろう? どうして、君の妻はそこへ辿り着けたのだろうか」

 

柔らかな声色でありながら、その問いは鋭く胸を突いた。

 

炭十郎はしばし口を噤み、やがてゆっくり首を横に振った。

「……分かりません。あの場所は、子供の頃から“近づくな”と母に言われておりました。道もなく、獣すら寄りつかぬ窪みです。葵枝は……どうやって……」

 

言葉が途切れる。脳裏に、静かに笑う妻の面影が浮かんだ。

あの優しい人が、どうしてそんな危険な場所に辿りつけたのか。

 

お館様はその沈黙を咎めず、ただ穏やかに頷いた。

 

「そうか……。分からぬこともまた、答えのひとつ。だが確かに“青い彼岸花”は存在した。……それだけで十分に価値がある」

 

「……はい」

 

炭十郎は俯き、拳を握りしめた。

妻は自分に何も言わず、どれほどの苦労をして、あの花を手に入れてきたのか。

もう確かめる術はない。だが、命を救われた事実だけが胸を締めつけた。

 

お館様との対話を終え、炭十郎は深く頭を下げた。

屋敷を辞した帰り道、夜風が頬を撫でる。胸の奥にはまだ、葵枝のことを思い出す痛みが残っていた。

――それでも。

彼女が残した青い彼岸花の記憶は、確かに自分の命を繋ぎ、今、鬼を討つ道へと導いている。

 

 

 

山に戻り、鱗滝の小屋の戸を叩くと、低い声が返ってきた。

 

「……入れ」

 

戸を開けて一礼すると、鱗滝は炉端に腰をかけたまま、炭十郎を見上げた。

「試験は……」

 

「合格しました」

 

その言葉に、ひょっとこの面の奥で瞳がわずかに和らいだのを、炭十郎は確かに感じた。

「……よくやった。四十を過ぎてなお剣を握り、最後まで立ち続けるとは……たいしたものだ」

 

その声音には師としての誇りと、弟子を想う温もりがあった。炭十郎は胸が熱くなる。

 

「これからは本物の鬼殺隊士として、命を懸けることになる。……覚悟はあるか」

 

「もちろんです。……この命、鬼を討つために」

 

炭十郎の決意に、鱗滝は頷いた。

 

その時、戸口に「コン、コン」と小さな音が響いた。開けると、ひょっとこのお面をつけた若い男が立っていた。背には布包みを抱えている。

 

「炭十郎殿ですね。刀鍛冶の里より参りました。アナタの刀を、お持ちしました――」

 

炭十郎は手に取り、布をほどく。鞘から抜いた刹那、刀身がきらりと光り、その刃は黒――いや、炭色、と呼ぶべき色合いを帯びていく。光の加減で赤みを帯びる黒。深く吸い込まれるような色合い。所々ヒビがあるかのように歪な赫い線も刻まれている。まさに、炭を焼き上げる家業で鍛えた父の手を思わせるような、重みのある色だった。

 

「……炭の色……」

 

「はい。初めて見ました。聞いたこともありませんね。きっと炭十郎殿の想いに応えてくれるでしょう」

 

若い刀匠は、面越しに力強く頷き、声を張った。

「どうか……頑張ってください!」

 

炭十郎は刀を握り、胸の奥で熱いものが込み上げてくるのを感じた。

自分はもう、戻れない。

だが、この刀と共に進めば――。

 

その時、鎹鴉が翼を広げ、鋭く鳴いた。

 

「カァァ!ハジメテニンムー、タンジューロー、イケーイケー!ヤッツケロー」

 

炭十郎は深く息を吸い込み、刀を背に差した。

――ここからが始まりだ。

葵枝、見ていてくれ。俺はもう迷わない

 

「……行くぞ」

 初任務は、小さな村での鬼討伐。正式に鬼狩りとして活動する最初の一歩だった。

 

 

 地を踏みしめ、父として、剣士としての責務を胸に、四十歳の炭十郎は歩を進める。

 

「行ってこい」

 

鱗滝から受け継いだ水の呼吸、そしてヒノカミ神楽で人を救う。鬼を討つ、鬼となった我が子を……救うために。

 

「行って参ります」

 

 炭十郎は駆ける。

鎹鴉の導く先には、まだ見ぬ鬼が待ち受けている。

 刀は、ただの武器ではない――自らの誓いそのもの。

 深い炭色の刃が、これからの戦いを切り開くために、光を帯び始めていた。

 

 

 

 薄暗い山道。霧が立ち込め、川の流れる音がかすかに耳を打つ。

 鎹鴉の鳴き声が、炭十郎の背を押す。初任務の現場は、まだ眠る村の奥。だが、そこにはすでに鬼の影が忍び寄っていた。

 

炭十郎は深く息を吸い抜刀する

 

シャン…

 

まるで鈴の音のような抜刀音

 

 刀の感触が掌に伝わる。鍛え抜かれた刃の微かな反発が、自分の血肉と同調するように感じられた。

 

 「これが……俺の初めての鬼討伐……」

 

 四十歳、決して若くはない体。修行で鍛え上げたとはいえ、ここに急いで来たため疲労がある、すぐには消えない。だが、それでも体は想像以上に動いた。鱗滝の指導のもとで磨かれた水の呼吸の動きと、ヒノカミ神楽の血筋がもたらした柔軟な身のこなし――それらが一つになって、遅すぎると思っていた自分の体が、想像以上の俊敏さを示していた。

 

村の小屋の陰から血の匂いがする。

 

先んじて居場所を知れるの鼻の良さのおかげ、父もそうだった…炭治郎も…

 

いや、今は鬼を斬る事に集中せねば

 

 

鬼を見付けた。

 

こちらには気付いていない。

心臓の音が鬼に聞こえるのでは…と感じるほど早く、うるさい。

 

 黒く濁った瞳、長い爪、歪んだ歯――人を喰らう化け物の匂いが、夜気に混じる。

 炭十郎はゆっくりと距離を詰めた。

 

 「……行くぞ」

 

 一歩踏み出す

 

バッ!!

 

 ヒノカミ神楽で鍛えた足の運びが、呼吸のリズムに合わせて体を軽くし、刀を振るタイミングを正確にする。

 

 鬼が振り向き、炭十郎に驚く、何か言おうと口を開けるが話をする気はない。

 

口の中に小さな指が入っていたから…

 

 四十歳の肉体ではあったが、これまでの半年の修行で培った動きが、瞬時の判断と連動する。

 

 

ヒューー

 

 

 ――水の呼吸、壱ノ型「水面斬り」。

 

 咄嗟に出したであろう鋭い爪による攻撃を余裕を持って避け、刀を流れるように振るい、鬼の首を正確に斬る。

 

サン!!!

 

 刃が肉を裂いた音が鋭く響いた。

 

 

……

 

 

 「これが……修行の成果か」

 

一足一転一振りで鬼の首を斬った。

 

場所が分かっていた事と気付かれずに近づけた要因が大きい。

 

確かな自信になった。

 

「俺にもできた…か」

 

 

 

 鬼の体は倒れ、落ちた頭からは深い呻き声が聞こえたが動かなくなる。

 

 炭十郎は息を整え、刀についた鬼の血を拭おうとすると…ジュウ…

と蒸発していく。

 

「驚いたな…日輪刀には、このような力もあるのか」

 

「ナーイ!タンジューロー…ダケー!!」

 

「そうなのか」

 

“ヤマト”と名付けた鎹鴉が答えてくれる。

 

そして

 

 鱗滝の言葉、鱗滝の教え、ヒノカミ神楽の流れ、水の呼吸のすべてが、この瞬間に活きたのだと実感する。

 

 鎹鴉が再び鳴き、炭十郎の肩に止まった。初任務の報告を求める声だ。

 炭十郎は軽く頷き、刀を鞘に納める。

 四十歳の肉体でも、父としての覚悟と剣士としての修行が、確かな力を与えてくれた。

 

 

 夜が明ける前に鎹鴉とともに村を後にする。

 これが、父として、そして鬼狩りとしての新しい生活の始まりだった。

 

 四十歳。遅すぎることなどない――これから、自らの全てをかけて、鬼を討ち、子らを救うのだ。

 

 

「ぎゃははははははははは!!!」

 

だが

 

静寂と安寧を切り裂く声がした。

 

「何だ!!?」

 

 

 ヤマトが不穏に鳴き、炭十郎は腰の炭色の刀に手をかける。

 異様な気配――この感覚は、先程の鬼とは違う。

 

 暗がりの木々の間、法螺貝を抱えた鬼が現れた。

 身体は異様に細長く、瞳は深く黒く光る。口元には薄笑い。手には、年代物の法螺貝。

 

 「……ふふ、ここに来たのは間違いじゃなかった。強そうな鬼狩りだ。お前を殺せば“あのお方”に褒めていただけるだろう」

 

 鬼が法螺貝を吹くと、空気が振動し、耳が痛いほどの音波が届いた。

 

瞬きはしていない、鬼を前に油断するなと鱗滝殿から何度も叩き込まれた。

 

なのに

 

目の前には先程首を斬った鬼が突然10体以上、現れた。

 

「な、なんだ!?これは」

 

「ぎゃはははは!『血鬼術・幻貝鳴吹(げんかいめいすい)』」

 

 

「く!!!…水の呼吸、拾ノ型 生生流転!」

 

多対一に有利な技を咄嗟に使用し何体も鬼を斬りつける。

 

だが、手応えがある鬼とない鬼がいる。

 

理解が追いつかない。

 

ボォォォォ……

 

また法螺貝が鳴り鬼が増え、木々が生えて土がぬかるむ。

 

 

先ほどの法螺貝を持った鬼の匂いは覚えた。

 

追いかけているが、あまりの環境の悪さと鬼の多さに中々近付く事ができない。

 

「コレが血鬼術というものか…なんと厄介な!!」

 

斬っても斬っても数が減らない。

 

首以外を斬っても煙のように消えてくれる事だけが救いだと感じるぐらい切迫している。

 

 

「ぐぅ!!!」

 

生生流転は斬撃の威力を高め続ける技だが、身体に負担が増えてしまう、その為、次の型に移行する。

 

技を止めても残る勢いを利用して放ったのは弐ノ型「水車」。回転しながら刀を振るうことで、鬼の攻撃を避けつつ、連続して斬撃を加える。

 

「まだ、だ!!」

 

 回転のたびに、体全体の重心移動が自然に行われる。これは鱗滝から徹底的に叩き込まれた動きであり、四十歳の体でも違和感なく体現できるようになっていた。

 

刀を振るたびに、半年前の修行の光景が蘇る。

 雪深い山道、重い斧を振る父としての手、刀の扱い方を一から叩き込まれた鱗滝の厳しい指導。

 何度も倒れ、痛みに耐え、呼吸法と身のこなしを体に刻み込んだ日々。

 

呼吸を整え、連続の斬撃を加える。

 

水の呼吸は単なる技ではなく、相手に合わせてどのような場面でも対応できる柔軟性に優れた型、この場で遺憾なく発揮されていた。

 

 炭十郎は、自分の体の動きが以前よりも滑らかになっていることを実感した。血の巡り、関節の柔軟さ、呼吸のリズム……すべてが刀の軌道と合致する。

 

鬼は再び襲いかかる。爪を振り、体を跳ね上げ、炭十郎の攻撃を避けながら反撃してくる。

 だが、炭十郎は一歩も怯まず、臍中心より、やや下の丹田を意識して構える。

肆ノ型「打ち潮」。刀を振ると、水面が広がるような勢いで刃が走り、多くの鬼の肩口を確実に裂く。

 

 

この光景に鬼は酷く焦っていた

 

「嘘だろ!!何だあいつ!!

幻で作った鬼も首を切られなければ死なないはずなのに!

なぜ腕や足が斬られただけで消えるのだ!?」

 

法螺貝を持つ鬼の能力の真骨頂は幻を作り一定時間経てば現実化するという物だった。

 

それは再現された者の特徴も現実化させる物だった。

群れる鬼に圧倒され、あの鬼狩りは何も出来ずに死ぬはずだった。

なのに、コレは一体どうした事だ。

 

作った鬼達が次々と倒され、鬼狩りが近づいてくるではないか。

コレだけ多くの鬼がいるのに、なぜ自分の居場所が分かるのか…混乱し法螺貝鬼は迫り来る炭十郎に恐怖を感じた。

 

 

 

 炭十郎の目の前で、倒したはずの鬼が蘇り、崩れた小屋が一瞬で復元され、山道が瓦礫と化す。

 斬ったはずの枝が手を伸ばして襲いかかり、足元の地面が凍りつき、滑落の危険が生まれる。鬼が息を吹きかけるたびに生まれる鬼や現象を避けるには、動き続けるしかなかった。

 

 ――水の呼吸、肆ノ型「打ち潮」捌ノ型 滝壺(たきつぼ)玖ノ型 水流飛沫(すいりゅうしぶき)からの

 

漆ノ型 雫波紋突き(しずくはもんづき)!!!

 

 腕を振り、足で地を蹴る。ぬかるむ泥も、崩れる地面も、刀の軌道と体幹で乗り切る。

 

炭十郎の眼は冷静だが、心は高鳴る。戦いながらも、己の体が思った以上に対応できることに驚きと喜びを覚えた。

 

 だが、余りにも多くの攻撃に対応し続ける事で体の中心に痛みが走り、呼吸は乱れ、筋肉が痙攣する。ヒノカミ神楽で培った柔軟性と俊敏さも、どれだけ効率よく技で抑えても疲労は蓄積することを物語っていた。

 

「……体が…!」

 痛みと疲労に顔を歪めながらも、炭十郎は足を止めない。

 

 

法螺貝鬼まであと少し

 

次々と襲ってくる鬼を切り伏せながら、やっと見える場所まで近付いた、しかし体力の限界が近い。このままでは逃げ切られる、そう思い炭十郎は決断する。

(水の呼吸とヒノカミ神楽の両方を使う)

 

 刀を振り、体を捻り、足を蹴る。

 水の呼吸の連撃が流れを作り、ヒノカミ神楽の舞が体の動きを補完する。しかし、併用は想像以上に体に負担をかけた。胸の奥が痛み、膝は悲鳴を上げ、呼吸は荒くなる。

だが、鬼を斬るためには、この苦痛を越えなければならない。

 

 

戦いながら、炭十郎は思考を巡らせた。

水の呼吸十ある型と、ヒノカミ神楽十三ある型――それぞれの動きを分解し、再構成することで、鬼の血鬼術に対抗できる技を編み出すことができるのではないか。

 

 呼吸を整え、体を沈め、刀を握り直す。

 「そうだ……技を“集合”させるんだ……一つの流れに…舞に!」

 

 数秒後、炭十郎の動きは異様に速く、滑らかになった。

 水の呼吸の斬撃が連鎖し、ヒノカミ神楽の舞が体を守り、攻撃の軌道を補完する。

 

 ――そして生まれる

 

『奉納・ミズカミ神楽・十手ノ舞』

 

シャン…

 

それは水の呼吸を壱〜拾ノ型までを最調整し繋げ舞いとした技だった。

 

まさに水の呼吸とヒノカミ神楽が融合し、水面に流れる光の帯のように鬼の動きを断ち切る。

 

 

鬼が再び法螺貝を吹く。

 

幻が現実になる。

 

炭十郎は体の限界を超えた動きで斬り込む。

 

「ミズカミ神楽!!」

 

 刀を回転させ、連続斬撃が鬼の体を包む。

 幻が生み出す障害物も、刀の軌道と体の旋回で打ち破る。

 

 そして、鬼の首元へ最後の一撃を放つ

 

 

「ば、馬鹿なあ!!!」

 

シャン………

 

 炭十郎の刀が、水面に反射する光とともに、冷たい空気を切り裂く。

 首を落とすその瞬間、法螺貝は砕け、幻と現実の境は消え去った。

 

 

 

 

首が落ちた鬼の体を前に、炭十郎は深く息をつく。

 

 体は限界を超え、膝はがくがくと震え、呼吸は荒い。

 しかし、刀を握った手には、確かな達成感が残った。

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…

これが……俺の技……俺の戦い方……」

 

 水の呼吸とヒノカミ神楽を融合させたことで、鬼に対抗できる新しい力を手に入れた。

 

 鎹鴉が鳴き、報告を求めに来た。

 

 炭十郎はいつの間にか戦いの場になっていた浅い川の中に腰を落とし刀を掲げた。

 

 「これからも……鬼を討つ……妻の仇と我が子のために」




2話……長くね?(笑

鬼強いし、お父様もっとヤベェ。
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