ただ…原作大崩壊です
それでも良ければ読んでやって下さい
鬼舞辻無惨は、玉座のような闇の中でひとり笑っていた。
その笑いは決して温かなものではない。血が滴るように冷たく、そして何より醜悪だった。
「ついに……ついに、現れたのだ」
胸の奥が震える。千年を超える時を渇望し、夢に見た“奇跡”。
――太陽を克服した鬼。
その存在が具現したのだ。
無惨の頬は紅潮し、口元には笑みが広がる。歯ぎしりのような笑いが漏れ、やがて腹の底から震える嗤いへと変わる。
「ははは……! 見たか! 愚かなる人間ども! そして出来損ないの鬼ども! 我が悲願は、我が夢は、ついに叶う! 太陽など……太陽など恐れるに足らぬのだ!」
歓喜に震える両の手が宙を掴む。今なら世界そのものすら握り潰せると錯覚するほどの力が、胸を焼く。
だが――。
無惨は次の瞬間、顔を引きつらせた。歓喜の笑いは凍りつき、瞳の奥に深い怒りが宿る。
「……なぜだ」
喉から迸った声は怒号に近い。
「なぜだッッ!!」
確かに炭治郎は太陽を克服した。だが、それは自分の掌中にない。己の支配から外れたのだ。鎖が届かず、声が届かない。自分の意志で動かせぬ存在。
「ふざけるな……! この私が……私が! 千年を費やし、心血を注ぎ、築き上げた果実を、なぜ我が物にできぬ!? この私が最も望んだ力だぞ!!」
壁を打ち砕く。地を踏み割る。周囲にいた配下の鬼は身をすくめ、頭を垂れる。だが無惨は彼らを慈しむどころか、逆に憎しみをぶつける。
「お前たちが無能だからだ! 私に奉仕することすら満足にできぬ役立たず共が! 見ろ、この醜態を! 太陽を克服した鬼を、私ではなくどこの馬の骨ともしらぬ小僧が手にしている!」
無惨の声は嗤いと怒りで震え、次の瞬間、近くに控えていた鬼が弾け飛んだ。血飛沫が舞い、残りの鬼たちが慄く。
「なんと無能な奴らばかりか役に立たぬではないか、増やしたくもない鬼を増やしたのは何のためだと思っている!」
激情のまま、無惨は続ける。
「ならばどうする? 奪うのだ! どんな手を使ってでも、あの小僧を取り込み、私の中に取り込むのだ! 奴の力は私が使って初めて意味を持つのだ。私以外のものではない! あの力は、私の手にあるべきなのだ!」
その声には確信と焦燥、そして自己中心的な狂信が入り混じっていた。無惨は“支配できぬ存在”そのものを許せなかった。
「あの女の鬼…禰豆子もだ……奴も枷を外れ、私の管理下から消えた。だがいい。どんな手を使おうとも、逃がしはせぬ。私が欲するものは、必ず私のものとなる! そうでなくてはならぬ!」
無惨の胸の内には歓喜と絶望が渦を巻く。
歓喜――夢見た力が、この世に実現したこと。
絶望――だがそれを掌握できないこと。
その矛盾は彼を苛立たせ、怒りを燃やし、周囲の鬼たちへと八つ当たりを繰り返す。無惨は己の非を一切省みない。ただ世界が、自分が望む形に従わないことが許せないのだ。
「全ての鬼に告ぐ!」無惨は咆哮した。
「竈門炭治郎を探せ! 今の貴様らでは全く相手にならん!役立たずだからだ!嫌で嫌で仕方がないが無能な貴様らに血を分けてやる。そして人を喰らえ! 血を啜れ! 力を蓄えろ! 我が命に背くことは許さぬ! さもなくば、貴様らは人として産まれ、鬼になったことを死ぬほど後悔させてやるぞ!!」
歓喜と絶望は、彼をより独善的に、より残虐に彩られていく
その姿はまさに原初の鬼に相応しい――だが同時に、誰よりも醜悪で、誰よりも惨めだった。
鬼舞辻無惨の怒りは、黒い嵐のように燃え上がり続ける。
(くっ……計略どおりに行かぬ…)無惨の笑みはきしむ。だが思い直すと、彼は策を講じた。脅し、縛り、命令――。その作戦とは竈門炭治郎と禰 豆子の妹と弟の竹雄たち四人。彼らは支配下に留めているのだ。無惨はそれを利用して炭治郎を誘き寄せようとする。血の繋がりがあるものを利用すれば、必ずどこかで隙が生まれる。恐ろしい計画を無惨は立案する。
「くくく…竈門禰 豆子…貴様も炭治郎のついでに取り込んでやろう…私の支配から抜ける者などあってはならんのだからな」
無惨の計算は残酷だが、合理的だった。彼は炭治郎を取り込むために全力を尽くす。だが、そのやり方はますます多くの血と犠牲を生む。
⸻
赤い血潮が滴る大地を踏みしめ、炭治郎はゆっくりと、しかし確実に獲物を追った。
長男として、竈門家を継ぐものとしての誇りなど、もう無くしてしまった。
鬼としての渇きだけが体を駆け巡る。
心の奥底で、彼の魂は泣き叫んでいた。
(「やめろ……やめてくれ……あぁ、お願いします、誰か……」)
その声は口を通さず、ただ胸の中で震え続ける。
自分の手が人々の首が刎ね、口が血を啜り、肉を喰み、骨を噛み砕く。
彼の手から離れた殺戮の影響を見つめる目は、恐怖ではなく、ただ深い悲しみで濡れていた。
(「――こんなこと……したくない……」)
だが、体は鬼の本能のままに動く。
炭治郎は必死に心の中で叫ぶ。
(「もう、やめて……お願いだ……誰も傷つけないで……」)
悲しみと罪悪感が体を締め付ける。
叫び出したい、泣き出したい、しかし声は出せない。身体が動かせない。
ただ胸の奥で、涙が止まることなく溢れ続けた。
日中も、炭治郎は腹が減れば逃げる人間を狩り続けた。
太陽を恐れぬ鬼としての体はとても強かった。黒服で刀を持った者達にも何人か出会ったが“全て”喰った。
ある夜、偶然にも殺しきれなかった人間が鬼に変わることを知った。だが、どうやら昼では出来ないらしい。
それからは夜にワザと殺さない人間を作り徐々に鬼は増えていった。
その鬼達は、最初から離れていく者もいれば、しばらくは着いてきて、強くなったら集団を作り勝手に離れていった。
炭治郎は知らない事だが、それらの鬼は群れとして行動した。
人を襲うか、死を求めて彷徨う、どちらかだった。
そしてまた、今日も鬼は増えていく――。
本来ならばとっくに壊れる心、しかし炭治郎の心は、抵抗を続けていた。
(「やめろ……やめてくれ…お願いだ……、止まってくれ…俺は…腹を切ると決めた。…そんな事では許されないけど…もうそれしか出来ない。だから…止まってくれ」)
彼は、作った鬼を見た時、胸が張り裂けそうになった。
生きたまま人間を食らわねばならない苦悩を抱えこませ、家族を喰わざるを得なくした、残虐性とは無縁なのに鬼として生きざるを得ない者――すべてを見て、炭治郎は胸を痛めた。
(「俺……俺が……この地獄を……作ってしまった……」)
目の前で人間が鬼になる。血を吸い、渇きを満たす。
炭治郎の体は無自覚に力を増し、群れを導く。残った心はすり減っていく。この現実を拒絶したくて…。
しかし、どれだけ経っても離れない鬼がいた。
禰豆子だった。
彼女も嬉々として人を喰う。
しかも同じような鬼が来たら掌から火を出して燃やして灰にしていた。
炭治郎の心はその光景を受け止めるたびに、凍りつくほどの絶望に満ちる。
だが、自分のことを心配そうにみて首を傾げている。
その無垢な瞳が縦に割れ、その口に人の腕が噛まれていなければどんなに良かっただろう。
(「禰豆子まで…こんな、なんで…俺は長男なのに…」)
夜、血まみれの村を後にし、炭治郎は静かに泣いた。
人々の悲鳴は耳に届くが、声を出して泣くことはできない。
胸の奥で、「やめろ、お願い、やめてくれ……」と叫ぶだけだ。
禰豆子は、太陽の下では動けない。夜のみ獲物を討つ。
それが分かっているのか炭治郎の身体は昼は禰豆子の休む場所からあまり離れないようにして人を襲っていた。
それが、僅かではあるが被害を抑えていた。
炭治郎1人だったならば、何の制限もなく活動していただろう。
自分が鬼として行う殺戮と、周囲の鬼たちの行動――そのすべてを目に焼き付けながら、炭治郎は泣き続ける。
(「こんなこと……誰も望んでいない…のに……」)
自分が鬼になった理由は分からず、全て自分のせいだと思う炭治郎。
彼は鬼舞辻無惨の存在を知らない。
⸻
夕闇の中、荒れ果てた街道を、鬼殺隊の一隊が進んでいた。
視界に入るのは、ただの敵ではなかった。炭治郎が生み出した鬼たち――かつての人間たちが、鬼として苦悩しながら群れていた。
彼らは襲いかかるどころか、懇願するように膝をつき、首を差し出した。
そして各々が話しだす。
「…あんた達…侍か?こんな時代に刀…婆さんから聞いた事がある。鬼を討伐するための秘密の集まり…確か…鬼殺隊…」
「どうか……切ってください……俺は……俺達はもう耐えられない…」
「情けない…昼間は太陽が怖すぎて自殺も出来ないんだ…怖いんだ…」
「喰いたくないのに、腹が減りすぎて親兄弟を食っちまった…死なせてくれ…」
「普通の食事は汚物の味と臭いがするんだ。喰ったら吐いちまうほどに…そしたら、更に腹が減って…気が付いたら人を喰っちまってるんだ」
「臭すぎて水すら全く飲めない…救いが無い…人を喰う以外に道がない…空腹でも死なない、ただ苦しさが増えるだけだ、そんなのは…嫌なんだ……うぅぅ…」
「耐えれなくなったやつは心が壊れるんだ。そしたら姿形が変わって変な力を使うようになって……」
「その後は、泣いて喜んで人を苦しめて食べるようになっちまうんだ……俺たちは…いずれ、そんな化け物になっちまう。それまで苦しみ続けるなんて…嫌なんだ!」
「人を喰ったけど…それでも俺たちは、まだ『人』でありたいと思ってる…今の内に殺して…下さい…少しでも人の部分が残っている内に死なせて下さい…お願いします…」
胸を抉られるような光景と言葉に、鬼殺隊員たちは言葉を失った。
斬るべき相手は目の前にいるが、その表情は苦悩に満ち、恐怖よりも悲しみに支配されている。
⸻
隊員のひとりが手を震わせながら刀を構える。
しかし耳に入るのは、鬼の震える声――生前の記憶も残したまま、罪悪感に押し潰されている者たち。
「…ふぅ…ふぅ…ふぅ…怖い、怖い、怖い…ごめんなさい……どうか……首を切って下さい」
ザシュ…
「ぎ!?」
首が半分残ってしまい苦しみを与えてしまう未熟な隊員が何人もいた
「あ、あぁぁ!!すまない、すまない!!」
つい慌てて鬼に謝ってしまう
だが鬼は目からは涙を
首からは血を垂れ流しながらも言った
「いえ、これで良いのです。こんな痛み、俺に喰われて死んだ妻と子に比べたら………怖かっただろうなぁ……痛かっただろうなぁ……守ると決めた俺に喰われちまってよ。…残酷な私が楽に死ななくて良かった。少しでも妻と子の痛みを知ることが出来て良かった……感謝致します」
「ぐぅ!!」
そのあんまりな言葉に、涙を禁じえない隊員たち。
泣きながら鬼を討つ。悲しみが胸を締め付け、張り裂けそうになる。
刀の重さは、単なる戦闘ではなく罪の重さのように感じられた。
⸻
柱・胡蝶しのぶが姿を現す。
彼女の手には、鬼を苦しまさずに討つための毒が仕込まれた刀。
「大丈夫、これで苦しまない」と静かに言いながら、鬼に触れるように突く。
すると――
「あ……ありがとう……助けてくれて……」
鬼は涙を流しながら、静かに倒れた。
死の直前まで、鬼でありながら人間の感覚を残したまま、懇願し、感謝を口にした。
その場面を目撃した隊員たちは、言葉を失った。
ただ切るだけの戦闘ではない――目の前で、人間としての心を持ったまま消えていく鬼たち。
その哀しみは、刀を握る手にずっしりと重くのしかかる。
「……こんな……こんなこと、あっていいのか……」
涙を流し、刀を握る隊員たち。
炭治郎の作り出した鬼は日を追うごとに増え続け、切る先々で同じ悲しみが繰り返された。
胡蝶しのぶは静かに呼吸を整える。
「彼らは、記憶が残ってた…死にたくても……死ねなかったのですね」
鬼になっても、人間としての感覚を失わなかった者たち。
家族を喰ってしまった鬼、食べることに耐えられず死を望む鬼。
だが死なない身体、太陽を前にしては体が動かず死ねない。
すべての姿が、彼女の胸を締め付ける。
「涙を流して感謝されながら死んでいく…あまりにも…悲しすぎる……」
広がる炭治郎の影響――鬼殺隊は戦いながらも、増える鬼の悲劇に胸を痛める。
倒すべき相手なのに、目の前にあるのは大きすぎる悲しみだった
⸻
鬼殺隊本部――産屋敷耀哉は、集められた柱たちや隊員たちの報告を一つずつ聞いていた。
会議室の空気は重く、窓の外の陽光さえ、祝福ではなく冷たく見える。
「……鬼が、街道沿いで暴れました。多くの者が自ら首を差し出し、懇願して死にました……」
胡蝶しのぶの声が震える。彼女は、毒によって鬼を苦しめずに討ったが、その度に鬼たちの涙と感謝を受けた。
「涙を流して……感謝されながら死んだ鬼もいたのです……」
産屋敷は手を胸に当て、静かに目を閉じた。
「……なんて悲しい……原因は……鬼舞辻無惨…ではないね。ヤツはこんな事はしない。となれば別の…鬼を生み出す鬼が産まれた、と言う事だと思う」
煉獄、不死川、時透、悲鳴嶼、宇髄、冨岡、胡蝶、伊黒、甘露寺――柱たちも報告を重ねる。
それぞれの隊員が目にした光景は、どれも心を抉るものばかりだった。
空腹に耐えられず、他者を食べてしまった鬼
親しい者を喰うことを避けられず苦悩する鬼
自ら死を望むも太陽を恐れ、生き続けるしかない鬼
「……無惨とは別の…鬼を作る鬼……許せない」
炎柱・煉獄は拳を握り、悲しみに震えた。
「耐えられずに死を懇願してくる鬼が多い……逆に人を喰ってしまう鬼がどれだけいるのか、検討がつかない」
水柱・冨岡が俯いて強く手のひらを握る。
「見つけたらすぐに首を斬ってやる…それが唯一の救いだろーが…やるしかねーんだよ」
風柱・不死川はいつも以上に機嫌が悪そうだった。
「鬼の数が、今までの非にはならぬぐらいに膨れ上がっている…同じ悲劇が重なっていると言うこと…あぁ…なんて可哀想に」
悲鳴嶼は低く唸る。
「だが…どの鬼が原因か、分からねぇ、どこにいるのかも見当がつかん」
音柱・宇髄が腰に手を当て頭を振りながら頭を悩ませる
「じゃあ今は…報告を受けた場所に早く行って討伐…それを繰り返して情報を集めていくしか無いんじゃないかな?」
「馬鹿が、それじゃ効率が悪すぎて被害が増えるだろうが…何のための隠と鎹鴉だ、馬鹿なんだから、もっと頭を使えよ」
「ご、ごめん…」
「あ、いや…言いすぎた、すまん」
双子の霞柱と澄柱・時透無一郎と有一郎は仲が良い。
「あぁ!時透くん達の兄弟愛が素敵ね!」
パッと明るくなった甘露寺に
「甘露寺…もう少し、声を小さく…な?」
それを諌める伊黒
「あう!…ごめんなさい」
「いや…こう言う場では救いだ、ありがとう」
このやり取りは悲しみに満ちた柱合会議に僅かな暖かさを与えた。
⸻
産屋敷は背筋を伸ばし『お願い』をする。
「私達は……鬼舞辻無惨の捜索と討伐とは別に、この原因を究明しなければならない。柱の君たちの忙しさはよく分かっているつもりだけど…さらにやらなければならない事が増えている」
「「「「「はい」」」」」
「分かってくれてありがとう…実は有一郎が提案してくれたように隠と鎹鴉を使って情報収集はしてもらっているんだ」
「流石お館様」
有一郎は感嘆する。
「向かっている方向ぐらいは分かると思うから、もう少し待っていてほしい。そして、もう一つ皆にお願いしたい事があるんだ」
「?」
今回の話は終わったと思い腰をあげようとした時産屋敷から声がかかった。
「実は多くの隊員達から“柱との稽古をお願いしたい”って文が届いてね。どうやら、今回の件で思う所があった隊員が多かったみたいなんだ」
「…」
「むぅ」
「へぇ…」
「ほう…」
「うむ!素晴らしい心意気だ!みんな纏めて面倒を見てやろう!!」
「きゃー!煉獄さん!凄いわ!」
「待て、甘露寺、全員は物理的に無理だから」
「ねぇ…兄さん」
「あぁ?俺たちに誰かを鍛える余裕は…ない……ちっ…分かったよ!!やればいいんだろ!!」
「お館様、申し訳ありませんが、私は毒をもって鬼を倒します。そして治療も担っておりますので、素早さと医学と毒の調合について知りたい隊員であれば受け入れたいと思います」
「うん、そうだね。貴重な意見をありがとう。では胡蝶はそのように…。皆は何かないかい?…うん、では希望者が多いからね。実は呼吸が合いそうな子達をそれぞれの屋敷への案内文は既に送ってあるんだ」
「流石お館様」
無一郎が急にパチンと両手を合わせて喜んでいる。
「…お館様って未来見えるのかな?」
コソコソ話す甘露寺
「先見の明がある、と言うんだ」
優しく修正する伊黒
「では、よろしく頼んだよ」
柱たちは頷く。
双子の時透は静かに手を握りしめ、悲鳴嶼は深く息を吸った。
胡蝶しのぶは鋭い目つきで、しかし冷静に毒の補充と戦術を考えた。
⸻
そして――柱稽古が始まる。
竈門炭十郎のもとにも、一通の文が届いた。
墨跡もまだ新しいその文には、こう記されていた。
「稽古相手、風柱・不死川実弥」
炭十郎は深く息を整え、門前に立つ。
「ここか……。失礼いたす。鬼殺隊・庚の竈門炭十郎と申す。風柱・不死川実弥殿はおられるか。柱稽古のため、馳せ参じた所存」
声を張り上げると、屋敷の奥から怒号が轟いた。
「オラアアァァァ! そんなんで鬼を倒せると思ってんのかぁ!」
「思ってねぇから来てんだよ! さっさと強くしやがれぇ!」
「上等だ雑魚がぁ!!」
「雑魚舐めんなぁ!!」
バッギィィ……ッ!!
木刀がぶつかり合い、軋み折れる音が響く。
「もう伸びたのかぁ!? あぁん?」
「クソがああぁぁ!」
「次はオレだああぁ!」
「おっしゃ来いやああぁ!」
「うおらああああ!」
どうやら既に、稽古場は熱気渦巻く修羅場と化しているらしい。
そこへ、涼やかな声がかかった。
「ようこそお越しくださいました。お話は伺っております。どうぞお入りくださいませ」
女中が丁寧に頭を下げ、炭十郎を案内する。
「これは丁寧に。かたじけない、失礼いたす」
一歩足を踏み入れると――稽古場の中央で、不死川実弥が血走った眼を光らせ、隊士たちを次々と叩き伏せていた。
しかし、床に倒れる隊士たちの眼光も鋭く、皆の士気がいかに高いかが伺えた。
「次はまとめて来い! 連携を意識して全力だ! テメェら雑魚なんだから、邪魔し合ってたら死ぬぞ? 鬼になるぐらいなら殺してやろーかぁ!? あぁん?」
「「「な・め・ん・なあぁぁ!」」」
「威勢だけは認めてやらぁ!」
ドガァ!
バキャァ!
「「「クッソがあぁぁ!」」」
木刀で打ち据えられ、隊士が宙を舞う――。
その光景と怒声に、炭十郎の胸は高鳴っていた。
「なんと士気が高いことか」
そう呟きながら稽古場へ足を踏み入れると、熱気が肌を焼くように押し寄せてきた。立ち並ぶ隊士たちは皆、肩で息をし、額から汗を滴らせている。その中心で、不死川実弥は鬼の如き形相で木刀を振るっていた。
「あぁ? 新しいやつが来たか。次はテメェだ、名は!?」
「庚の竈門炭十郎と申す」
「よし! 死ぬ気で来い!」
「承知……よろしくお願い致す」
呼ばれるや否や、炭十郎は静かに木刀を握り構えた。
(今の私と柱との差……そして神楽がどこまで通じるか……胸を借りる。全力で行く)
鬼討伐の折に生まれた、自分だけの神楽。
それを型として昇華した技。
成果を試すには、これ以上ない相手だった。
足を踏み込み――
「いざ……ミズカミ神楽・壱ノ型――水焔舞ッ!」
しゃん……
水流の剣筋に炎が絡みつく、静かに流れる始まりの一薙ぎ。
“起こり”が見えにくく、速さよりも“いつ動いたか”を惑わせる技。
対する実弥は、烈風の如き咆哮で踏み込んだ。
「お?思ったよりやるな。風の呼吸・肆ノ型――昇上砂塵嵐ッ!」
烈風が砂埃を巻き上げ、水と炎を吹き飛ばす。木刀がぶつかり合った瞬間、爆ぜる衝撃音が稽古場を震わせた。
「ぐっ……! 押し負ける……!」
「当たりが弱ぇ! どうしたァ! 尻込みすんじゃねぇッ!」
歯を食いしばり、炭十郎は呼吸を切り替える。
「水の呼吸・参ノ型――流流舞いッ!」
「そんなんじゃ風は裂けねぇぞ!」
水の舞が風を受け流し、続けざまに炎が舞う。
「ヒノカミ神楽――烈日紅鏡ッ!」
炎と水が交互に奔り、風と真っ向から衝突する。
「ミズカミ神楽・伍ノ型――陽炎の水鏡!」
陽炎と水面の反射を重ね、高速の一閃を繰り出す。
だが――
「甘ぇよッ! 風の呼吸・漆ノ型――勁風・天狗風!」
烈風が炎を吹き散らし、炭十郎の木刀を弾き飛ばした。
そのまま実弥の木刀が炭十郎を打ち据え――
どしゃあっ!
稽古場の中央へと叩き落とされる。
膝をつき荒い息を吐きながらも、炭十郎の眼光は消えていない。
実弥は鼻で笑い、吐き捨てるように言った。
「……雑魚じゃねぇだけマシか。おっさんの割には動けるじゃねぇか」
「……お、おっさん……!?」
ガーンッ!!
炭十郎は顔を真っ青にし、頭の中で効果音が響いた。
思わぬ「おっさん」呼ばわりに、内心で深く傷を負う。
「……まだ四十になったばかり……いや、世間的にはおっさんなのか……」
ぶつぶつ自分に言い聞かせながらも、ショックを隠せぬままだった。
だが――不死川の表情には、わずかに笑みが浮かんでいた。
稽古は苛烈を極めた。
その中で、不死川が何度も叩き込んでいたのは――
「全集中の呼吸を絶やすな! おっさんは出来てるぞ、なんでテメェらは出来ねぇんだ! 常に維持しろ! それが“全集中・常中”だ!!」
「「「ぐあああー……出来ねえぇーーー!」」」
全集中の呼吸を切らさぬこと。眠っている時も、食事の時も、絶えず肺に炎を宿し続ける――。鬼殺隊の基礎を超える、更なる高み。
炭十郎は父からヒノカミ神楽を舞うことで自然とそれを身につけていたため、さほど重要視していなかった。しかし、不死川ほどの柱が繰り返し強調するのを見て、気を引き締めざるを得なかった。
「オラァ!! おっさんは出来てるからって調子乗ってんじゃねぇ! そもそも技の威力が弱ぇ、踏み込みが甘ぇんだよ! 常中使ってその程度かぁ!!」
炭十郎は必死に食らいつく。全盛期はとうに過ぎ、年齢と体力の壁は厚い。だが意志が、それを越えていく。
実のところ“痣”のおかげで踏みとどまっていたのだが、不死川も炭十郎自身も知る由はなかった。
⸻
夜
習慣となっているヒノカミ神楽を舞う。その姿を見つめていたのは隊士だけではなく、不死川もだった。
「そんだけ動けるのに、刀を向けると鈍るんだな」
「あいにく、人に刃を向けたことのない人生だったのでな」
「そうか……ひとつ分かったぜ。おっさんは技をひとつずつ出す時より、繋げて舞ってる時の方がキレがある」
「……おっさ……いや、自分では気付かぬものだな。ご指導、感謝致す」
それは二十年以上舞い続けてきたヒノカミ神楽の、基礎であり集大成であり、奥義と言っても過言ではないものだった。
炭十郎は気付く。型をひとつずつ出すよりも、舞のように繋げてこそ自分に合っているのだと。
初めての鬼討伐で、無我夢中で編み出したミズカミ神楽もそうだった。必死に「舞って」戦ったからこそ勝てたのだと、今なら分かる。
「なるほど……」
⸻
翌日、不死川との模擬戦。
「ヒノカミ神楽!!」
壱ノ型から拾弐ノ型を繋ぎ、拾参ノ型の舞へ。
「はっ! 速さも威力も段違いじゃねぇか! ……だが、ただ出してるだけじゃ意味がねぇ。相手に合わせるか、巻き込め! 風の呼吸・玖ノ型――韋駄天台風!」
弱点を一瞬で看破される。
「ならば――ミズカミ神楽!」
「たしかに合わせてはいるが……練度が足りねぇ! 見せてやるよ。動きから技への繋ぎってのは、こうやるんだ! 風の呼吸・壱ノ型――塵旋風・削ぎ……漆ノ型――勁風・天狗風ッ!」
烈風を纏った連撃が縫うように続き、攻防一体の予備動作から、違和感なく別の型へ繋がっていく。まるで一連の舞踏のように洗練され、技が確実に的を捉える――奥義の極み。
その一撃は、ミズカミ神楽の繋ぎを断ち切った。
バキャァッ!!
「ぐおおぉぉ!」
炭十郎の身体が稽古場を凄まじい勢いで転がっていく。
「昨日よりはマシだが、まだまだだ!」
「ご教授……ありがとうございまし……た……」
バタン。
ついに体力の限界を超え、炭十郎は倒れ伏す。
だがその背中を見て、他の隊士たちが奮い立った。
「うおぉぉ! すげぇ! おっさんに負けてたまるか!」
「俺だって全集中を会得したのに、なんでこんな差が!」
「テメェらは俺に型を使わせてからモノ言えや!」
「「「「今まで使ってなかったの!?!」」」」
愕然とする隊士たち。
(……また、おっさん……)
突き刺さる言葉に、炭十郎はガクリと項垂れる。
(なぜだ……なぜ皆して……おっさん……)
だが、その「おっさん」の奮闘が、士気を燃え上がらせていた。
この日、二十名近い隊士のうち十名が“常中”に食らいつき、全員が全集中を会得した。
「……ふぅ……ここまで来るとはな。おっさんも、テメェらも……よくやった」
実弥の口調には、初めて素直な賞賛が滲んでいた。
⸻
一週間ほどの稽古で、不死川は確かな実力の向上を感じていた。自分自身も含めて――。
そして柱稽古、最終日の早朝。
「今日の稽古はなしだ。昼まで好きに飲み食いして休め。午後は移動だ」
「……ッ!?」
ざわつく稽古場。
「今晩は鬼討伐の実戦だ。さっき鎹鴉から伝令があった。確認されてるだけで十五匹、そのうち五匹は血鬼術持ちだ」
普段の荒声とは違い、緊張を帯びた実弥の声音。
「しかも襲われてるのは三十人ほどの村だ。生き残りは不明。応援を頼んではいるが、被害の村が多すぎて追いつかねぇ。俺も別の討伐依頼がある。お前らは午後に出発しろ。夕方までには着くはずだ、万全を期せ! 分かったか!!!」
「承知!!!」
「「「はい!!!」」」
「炭十郎!!」
「む? 如何された?」
「テメェがこいつら引っ張れ」
「な!? それはあまりにも……!」
「関係ねぇ。この中で一番強いヤツが前に立つ。それだけだ」
隊士たちは即座に頷いた。
「悔しいが、おっさんが一番強い」
「俺らまだ、不死川さんに“型”を出させられてねぇし」
「毎日あれだけ渡り合ってんだ。異論はねぇよ」
「しかも稽古の後に神楽舞ってんだろ」
「“舞”と言いなさいよ! 神楽なんだから!」
「真似したら強くなれたし!」
「私も変な痣が出てきたし!」
「おろ?拙者は知らぬぞ」
「むむ?拙僧もだ」
「くだらねぇ。食われりゃ死ぬ、勝てば生き残る。それだけだろ」
「全く……お主は攻撃的過ぎるわ」
「とにかく負ける気で戦う奴はいねぇ。だからおっさんが選ばれた。それだけだ」
仲間が認めてくれる。自然と目頭が熱くなった。
(誰も……犠牲になどせぬ)
強く心に誓う。
「分かった。皆の気持ち、確かに受け取った。全員で生きて帰ろう」
「「「おう!」」」
午前は各々自由に過ごし、正午前には自然と全員が集まっていた。
「皆、早いのだな……」
「早く助けに行きたいんだよ」
「ふふ……そうか」
まだ幼さの残る少年少女たち。炭治郎と同じ年頃の子もいる。その瞳には悲しみを抱きつつも、前を向く強さが宿っていた。
「誰も死なせぬ」
その決意を胸に、炭十郎を含む二十名の鬼殺隊は――
目的の村『桃流村』へと足を運んだ。
崩壊しすぎたー!