鬼滅の刃 〜炭塗りの刀〜   作:サモア リナン

5 / 20
第5話です
よろしくお願いします


第5噺「桃流し村」

 桃鬼郎の首を斬り落とすと他の大色鬼や獣鬼、小鬼達もボロボロ…と形が崩れ灰となっていく

 

だが、血の匂いは消えない。

 燃えた木々の焦げた匂いと、鉄のような生臭さが入り混じり、空気が痛いほどに重かった。

 

 炭十郎は刀を杖のように突き立て、息を吐いた。胸が焼ける。腕が上がらない。切り裂かれた身体中が痛い。

だが、生きている。

 周囲を見渡せば、そこには――命を賭して戦った仲間たちがいた。

 

 八人は立っていた。いや、立ち続けていた。

 切り裂かれた肉体、焦げた皮膚、砕けた骨。それでもなお、膝が折れても前を向き未来のために戦い抜いた。

 

 地に倒れた桃鬼郎の首は静かに転がり、血は黒く乾いていく。

 

「がはは…見事だ…」

 

最期はこちらを称賛し桃鬼郎は消えていく。

 

「……」

 

炭十郎は目を閉じ、大きく息を吐きながら…座り込んだ。

 

 それを見た隠たちが、息を呑んだ。

「すぐに搬送を!」

「止血を急げ! こっちは骨折だ、添木と包帯を!」

 叫びと共に、彼らは隊士を次々と担ぎ、背負い、運び出していく。

 

 隊士の半数――十名はもう、再び戦場には立てぬような身体になっていた。手足を失った者、目を潰された者、内臓を損なった者、背骨を折り下半身が動かぬ者。

だが、それでも彼らは生き残れた事に泣いて喜んだ。

命を燃やし尽くす戦場で全員が生きていること、そのものが奇跡だった。

 

 桃流れ村に残ったのは十名。

 呼吸の使い手七名と、常中を使えないながらも全集中の呼吸で鬼と渡り合った三名――田中姫乃、五十嵐、肉蝮かな子

 全員が血に濡れ、衣は裂け、立っているのがやっとだった。

 

「哈ッ……ミンナ生きてるようデスネ。タフなことダ……」

 雪之環が呟く。声はかすれて、血に濡れていた。

 

「うん、生きてる…生きてるよ」

 灰崎壱華はその肩を支えながら、静かに頷く。

 

仲間の名を呼ぶ声が上がった。

「獅子森が……!誰か」!!」

 振り返ると、獅子森誠が炎に焼かれた顔を覆い、崩れ落ちていた。

皮膚が裂け、焦げた臭いが立ち上る。

「ちぃっ…このぐらいで騒ぐんじゃねぇ…っ」

 

「獅子森、無理するな!」

 炭十郎が駆け寄り、獅子森の肩を支える。

 

「お前の“焔”があったから、俺たちは勝てた。もう…十分だ」

 その言葉に、獅子森は歯を食いしばりながらも、微かに笑った。

「…ケッ…先に行ってるぜ…精々早く治させてもらうとするか」

 隠が彼を担ぎ、闇の向こうへと消えていった。

 

 残る九人。

 炎と血と灰の中で、彼らは互いを確かめ合うように目を交わした。

 

「終わった……のでござるな…」と、陽村が呟いた。

 その言葉に誰もすぐには答えなかった。

 戦いは終わった。だが、心の中では終わっていなかった。

 

 あまりに大きな悲劇を知り、より悪化滅殺の志を強く持った。

 

 その時――。

 

「……カァァ!」

 夜空を裂くように、鎹鴉の声が響いた。

 炭十郎の肩に降り立った黒い鴉――ヤマト。

 その翼には煤がこびりつき、くちばしは震えている。

「ホウコク……ホウコクー、至急お館様に伝達すべき事案、良いな?タンジューロー」

 

 鋭い声に、皆が顔を上げた。

 

「…」

 

「タンジューローのムスコ、タンジロウ……」

 その名を聞いた瞬間、炭十郎の背筋が硬直した。

 

「太陽コクフクせしオニなり、鬼をフヤス鬼なり…!」

 鬼から聞いた事とは言え、信憑性の高い話だ。

 

なにせ、鬼の方から竈門炭治郎の名前を出してきたのだから…

 

一度聞いた話とは言え、あまりな事実に誰もが息を呑む。

 

「…どうしても、お館様に伝えるのでござるか?」

陽村の声はいつも通り、少し頼りなく、それでも仲間を慮っていた。

 

「ホウコク…する!キサツ隊ノ死活モンダイ…なる」

 

 ヤマトの声は震えていた。だが確かに、事実を伝えた。

 

 血の気が引く音がした。

 

 炭十郎は強く目を閉じる

 

 まるで心臓の音が耳の奥で炸裂するようだ。

 

――息子が。

 

――己が子が、太陽を克服した鬼に……しかも鬼を増やし続けている。

 

桃鬼郎の言う通りならば…

 

 その場にいた全員が、胸を締め付けられるような痛みを覚えた。

 

 炭十郎の拳が震える。唇を噛み、血が滲む。

 

「……そう、か。すまぬが、報告を……頼むぞ、ヤマト。事実は、事実だ……どんなに辛くとも」

 

更に、ヤマトはなぜか言葉を濁した。

 

「……マダ……もう一つ……アル…」

 炭十郎が顔を上げる。

 

「何だ?言ってくれ」

 ヤマトは羽を畳み、まるで居心地悪そうに左右に揺れた。

 その様子を見て

 

「かぁ〜、かぁ〜」

「カァー、早か言いなさいよ」

「ガァ…言いにくカロー」

「アホー、待ってやれー」

 

他の鴉たちもそわそわと鳴き始める。

 

「……お、おい……なんだよ、鎹鴉が、言いにくそうにしてるって、どう言うことだ?…」

 五十嵐が怪訝に眉を寄せる。

 

 ヤマトは意を決したように、叫んだ。

「先ほどの鬼は、血鬼術を使える“五鬼”のうちの――一匹なり!」

 

「……ん?……」

 

「残り十四匹は桃流“し”村に在り!! ここは……桃流“れ”村、別区域である!!!」

 

 一瞬、誰も反応できなかった。

 全員の脳が理解を拒否していた。

 

「……おろろろろ!?」

「…ナンダト?」

「なん…ですって!?」

「いやいやいや」

「まだ血鬼術使える鬼がまだ4匹いる…使えない普通の鬼が10匹…?ごめん、もう一回言ってもらえない?」

「普通の鬼って何!?」

「嘘だと言って……」

「無理無理無理!」

 雪之環が小さなメガネを片手で押し上げてヤマトを睨む

灰崎が顔を押さえ、田中姫乃がその場にぺたりと座り込む。

 肉蝮かな子は笑いながら頭を抱えた。

「ははっ……冗談でしょ?あと十四匹…馬鹿な事を言わないでよ…」

 

 絶望にも似た沈黙のあと、誰もが顔を伏せた。

 

 傷だらけの身体が痛む。気力は尽きている。それでも、逃げることはできない。

 この場にいる全員が、それを知っていた。

 

 だから――炭十郎は立ち上がった。

 

 刀を支えに、震える足で、一歩ずつ。

 胸の傷が開き、血が滲む。それでも、その瞳は燃えていた。

 

「皆、よく戦った……あとは休んでくれ。ここからは、私が行ってくる」

 田中が息を呑む。

「なに言ってるんですか! そんな身体で――」

 

「大丈夫だ」

 炭十郎は穏やかに笑った。

「全員の首が切れるなど思っておらん。ただ、太陽が昇るまで……神楽を舞うのみ」

 

強がりだった。

 

誰もが分かっていた。

 

それでも、その背に宿る覚悟は本物だった。

 

「……ヤメておけ、炭十郎」

「無理でござる!…行かせられぬ」

 陽村が叫ぶ。だが、炭十郎は山へ向かい歩き出す。

 

振り向かない。

 

 

そして…ここで五十嵐が口を開いた。

「……あー…もう――しゃーない!行くかぁ」

パンと自分の足を叩き軽い音を出す。

短く、だが芯の通った声。

 

「何もしないで時間が過ぎれば、その間に誰かが死ぬ。悲しみが増える。……だったら、拙僧たちが行く意味はあろうぞ」

石野川門が白鞘を腰に刺し、頭には笠を被り準備を進める

 

 その言動が、全員の胸に火をつけた。

 疲労も、痛みも、恐怖も…全ては今考える事ではなかった。

 

 次々と仲間が立ち上がり、刀を、拳を、心を握りしめる。

 

 

 ――が。

 

「自分の状況分かってないにも程がある。気持ちは買うけどな」

 

 涼やかな声が響いた。

 振り返れば、いつからいたのか…二つの影が佇んでいた。

 

「命を捨てに行くのは…どうかと思うよ」

 霞柱・時透無一郎。

 

 白髪が月光に揺れ、無表情ながらも鋭い瞳が炭十郎を射抜く。

 

「そんな傷で何ができるつもりだ」

 もう一人――澄柱・時透有一郎。

 

 双子の兄が冷たい声で言い放つ。

「鎹鴉がいるんだ。まず近くの鬼殺隊を呼べ。突っ走る前に、頭使えよ」

 

「兄さん、そんな言い方……」

 無一郎が困ったように眉を下げる。

 

「頭足りてないんだから特攻しようとする。無駄に命を浪費するだけだ。そんなのは“戦い”とは言わない、死ぬならせめて意味ある死を求めろ」

自分は何も間違っていないと有一郎は腕を組み眉間に皺を寄せている。

 

「さっきまであんなに急いでた人の言う事とは思えないね」

 

「…グッ」

 有一郎が顔を逸らし、呆れたようにため息をついた。

 

 無一郎が笑みを浮かべる。

「兄さん……」

 

「うるせぇ!」

 有一郎が顔を赤らめ、そっぽを向く。

 

 この場のほとんどはポカーンとして、そのやり取りを見ている。

皆は突然現れた2人が誰なのか分かっていないようだったが五十嵐と田中の声が重なった。

「「双子の霞柱様と澄(すみ)柱様だ…」

 

「「「「え゛!?!?」」」」

 

知らぬ者は、2人の幼さが抜けない顔を見て驚きを隠せない

 

「…柱のお二人が来てくださったなら勝てる!!!」

と田中姫乃。

 

「だな!刀を初めて握った2ヶ月で柱になったお二人だ!これなら…」

と五十嵐甚兵衛

 

有一郎が刀を肩に担ぎ隊士達に伝える。

 

「…足に怪我してるヤツは置いて行く。撹乱も出来ないだろうから邪魔だ、連れて行くのは戦力のみだ。いいな?よく見たら、雑魚鬼の相手ぐらいなら任せられるようだし……おい無一郎。笑ってる暇があるなら行くぞ――時間の無駄だ!」

「はいはい、了解」

 

そんなやり取りの後

 

一瞬で

 

 二人の柱が、夜の闇を駆け抜けた。

 風が巻き、霞が流れ、音が遠ざかる。

 

 その背を見送りながら、炭十郎たちは静かに立ち上がる。

 夜明けまではまだ、遠い。

 だが―希望は消えていなかった。

 

 誰もが言葉を失って、その背を見送った。

 霞のように消えゆく二人の柱――その後ろ姿には、確かな覚悟と静かな炎が宿っていた。

 

 赤黒く染まった地面を、血の匂いが吹き抜ける。

 炭十郎は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……本当に、若いのに頼もしいな」

 

 そう呟いた声は、疲労と誇りが混じっていた。

 炭十郎の胸の奥には、息子・炭治郎の姿が一瞬、重なる。

 “太陽を克服した鬼”――あの言葉の真意を、まだ受け止め切れない。

 だが、今は考える暇などない。

 

 誰もが満身創痍だった。

 

 それでも、この場に残った隊士たちは、刀を、拳を、そして心を握り直した。

 

 陽村心太が、納刀した刀を杖に立ち上がり息を吐く。

「……ふぅ、まったく。もう体が限界でござるよ」

 だが、その口元には笑みがあった。

 

 灰崎壱華は柄から垂れている長い鎖を巻き直しながら、うっすらと微笑んだ。

「何言ってんのよ。限界超えなきゃ鬼とは戦えないでしょ」

 

 雪之環が肩を組み、冗談めかして言う。

「フン!真骨頂はココカラだ」

 

 田中姫乃は唇を噛み、涙を拭った。

「ごめん……みんな、あたしは立てない…役に立てない、死なないで」

 

朽土由羅も動かない右足と右腕を庇いながら俯く

「皆のモノ…ホントにすまぬ…」

 

 肉蝮かな子は血まみれの腕を叩いて笑った。

「由羅ちゃんも姫乃ちゃんも凄かった!いっぱい助かった!謝ることなんてないよ!大丈夫だ!死ぬ気なんて最初から無いから!」

 

「柱が来たから大丈夫だとは思うけど、同じ鬼殺隊だってのは変わらないからな!出来る事をやりに行こうぜ」

五十嵐甚兵衛は頭に包帯を巻く。血が滲むが気にはしていられなかった。

 

「おぉ〜…皆やる気満々だな。負けてらんねーや」

赤嶺左内は少し長い日輪刀を背に掛ける。

 

 

 桃流“し”村――そこに、十四匹の鬼が待つ。

 地獄が、もう一つ口を開けている。

 

 それでも――

 

「皆…かたじけない…うむ、誰かが動かねば、誰かが死ぬ。悲しみが増える。だから……行くぞ!」

静かで、しかし力強い声で炭十郎が告げる。

 

陽村達が決意した顔で頷く。

 

 地を蹴る。

 風が舞い、血の匂いが流れる。

 疲れた身体を引きずりながら、それでも7つの影が、夜の向こうへ駆けていく。

 

 ――桃流“し”村。

そこにどんな鬼が待つのか、誰も分からない。

 

 太陽が昇る、その瞬間まで。

 “神楽”は、まだ終わらない――。

 

途中

 

山を裂くような爆音と、焦げた鉄の匂いが鼻を刺した。

 

桃流し村に辿り着いた炭十郎たちは、言葉を失った。

 

「……もう、五匹しかいない……?」

 

わずかに遅れて到着しただけのはずだった。

なのに、村を覆っていた瘴気のような鬼の気配が、半分以上消えている。

残る鬼は五。

しかし、辺りには焼け焦げた屋根瓦と崩れた家々、そして……

血の匂いが濃密に漂っていた。

 

「い、今のうちに人命の確認を――」

肉蝮

「無理だ、ここに生きてる人間はいない。正しく“鬼の村”だ」

 

冷たい声が風を裂いた。

 

現れたのは、薄墨色の霞を纏う少年――時透無一郎。

そして、その隣に現実を言葉にした彼と瓜二つの青年、兄・時透有一郎。

 

「よ、よくもまぁあれだけの数を……」

思わず呟いた灰崎壱華の声は、驚きと畏怖が入り混じっていた。

 

有一郎は刀を払うと、僅かに肩を回しながら言った。

 

「良いところに来たな。少しはマシなようだ」

 

その声音には皮肉と信頼が同居していた。

 

「……良いところ?」と、五十嵐甚兵衛が怪訝そうに眉を上げる。

 

「一番厄介そうなのは、もう俺たちで片付けた。強めの鬼2匹は俺と無一郎で相手する。残りの三匹は普通の鬼だ。逃すなよ」

 

「普通」と言いながらも、有一郎の口元には微かな緊張が見えた。

彼らほどの腕でも、“普通”と言い切れない何かがある――それが、この桃流し村の鬼たちだ。

 

炭十郎は静かに息を整える。

右腕には未だ包帯が残り、剣を握る感覚も鈍い。

だが、今は退く訳にはいかない

 

「承知」

 

 

 

戦闘開始

 

 

 

鬼が三匹。

彼らの足音が響くと同時に、7人が陣を取った。

 

前線に立つのは肉蝮かな子。

筋肉が軋む音を立て、地を踏み砕く。

 

「うおおお!いっくぞおおぉぉ!!」

呼吸こそ使わぬが、その肉体はまるで獣。

拳を振るえば風を裂き、蹴りの一撃で鬼が数メートル吹き飛ぶ。

 

「かなちゃん 背中見ててね!」

灰崎壱華が刀の柄に繋がっている長い鎖を展開し、かな子の後ろで弧を描く。

「鎖の呼吸・唯一ノ型 断鎖・月牙衝!」

黒い鎖が月を斬るような弧を描き、斬撃が飛んだかのように見える

 

「ナイス!」と五十嵐が大きく息を吐く

彼は“全集中の呼吸”しか使えない。

 

しかし実は炭十郎の神楽を真似したら“痣”が出た天才肌

 

「風の呼吸…えっと… 削ぎ!!」

 

正しくは「壱ノ型 塵旋風・削ぎ」

 

彼は技名を全部覚える頭はしていない

 

が…

 

ズガアァァ!!!!

 

威力は不死川をして「やるじゃねぇか…」と言わしめるものだった。

 

 

空気を裂く音とともに、鬼の首が宙を舞う。

五十嵐甚兵衛の刀が血飛沫を浴びながらも、まだ戦意を失わずに構え続けていた。

 

「どうだ……削ぎ、決まっただろ……!」

額から流れる血を拭い、にやりと笑う五十嵐。

 

「名前くらい覚えときなさいよ!」

灰崎壱華が叫ぶ。だがその声にもどこか安堵が混じっていた。

 

 

――残る鬼、二匹。

 

 

一体は背中に黒い棘を生やした異形。

もう一体は口元から長い舌を垂らし、地面を這うように低く構えていた。

どちらも「普通の鬼」とは程遠い。

空気を震わせるような“圧”を感じる。

 

 

「…来るでござる!!」

陽村心太が叫び、刀を構え直す。

 

辰の呼吸・弐ノ型《流星突》。

空を貫くような一閃が、棘鬼の胸を裂く――が、再生が早い。

「ちっ…!」

 

 棘鬼の咆哮が夜を裂いた。

 背から無数の黒棘が生え、まるで生き物のように四方へ伸びる。一本一本が鋼の矢のように空を突き刺す。

 

「避けるんだッ!!」

陽村心太が叫び、雪之環の肩を掴んで後方へ跳んだ。

直後、地面を無数の棘が貫く。土煙が舞い、岩が粉砕される。

 

「コイツ……攻防一体カ!」

雪之環が歯噛みする。虎の呼吸でさえ、棘の壁を突破できない。

 

「ならば、更に穿つ!!――環!!」

「ワカッテいる!」

心太の目が鋭く光る。

 

参ノ型 水天一碧

 

静かな水面から突然現れた水龍は相手の隙を突く。

 

「――はあぁぁ!

辰の呼吸・壱ノ型 昇龍斬」

空を駆け、棘鬼の頭上へ跳躍。

 

渦を巻くような剣筋が、夜空に龍を描いた。

 

「まだだ!まだ落ちるな心太ッ!!」

雪之環が吼える。

虎の呼吸・肆ノ型《荒牙衝》。

虎が咆哮するかのごとく、斬撃が交錯する。

二人の刃が交差し、龍と虎がぶつかり合うように、棘鬼の身体を縦横に裂いた。

 

「――決めるぞ、雪之環!」

「応よッ!!」

 

 二人の呼吸が重なる。

 辰と虎、東西の守護が合わさる瞬間――。

 

「辰虎連閃――!!」

刃と爪が交わり、轟音とともに棘鬼の身体が四散した。

黒い棘が弾け、血霧が夜空に舞う。

息を切らしながらも、心太と雪之環はお互いを見て笑った。

 

「……あの世まで、派手に逝け」

「龍と虎の共演――悪くなかろう」

 

 その笑みの裏で、二人の身体はすでに限界に近かった。

 

 

 一方その頃、もう一方の戦場――。

 

 炭十郎と赤嶺左内の前で、舌鬼が地を這っていた。

 異様に長い舌が地面を舐め、湿った音を立てる。

 舌が伸びた瞬間、鉄のように硬化し、刃のように閃く。

 

「下を取る鬼か……やりづらいな」

赤嶺左内が低く呟き、刀を逆手に構える。

「だが、拝む相手を間違えたな。祷の揖拝――参ノ式、《懺涙(ざんるい)》」

 

 祈るように両手を合わせ、一息で抜刀。

 閃光が走ると同時に、舌の一部が斬り落とされ、鬼の悲鳴が響く。

 だが再生が早い。次の瞬間には、さらに太くなった舌が地中から飛び出し、左内の足を掴んだ。

 

「左内ッ!」

炭十郎が叫ぶ。

踏み込みの一撃で舌を断ち切るが、鬼は笑っていた。

「ククク……お前の妻は、どんな味だった? 我はよく知っておるぞ……」

 

 ――その言葉に、炭十郎の瞳が燃えた。

 静かに、しかし確実に怒りが膨れ上がる。

 胸の奥で、炎が、神楽が、うねり始めた。

 

「黙れ……」

声は震え、だが刀は震えなかった。

「人の悲しみを弄ぶな。それがお前の“鬼”たる所以か――!」

 

 神楽が舞う。

 日輪が昇るように、炎が刃を包み込む。

「ヒノカミ神楽――碧羅の天ッ!!!」

 

 赤い閃光が地を走り、炎の渦が舌鬼を包む。

 舌が焼け、再生が追いつかない。

 舌鬼は暴れ、赤嶺を狙うが、そこへ――。

 

「祷の揖拝・終式《天泣(てんきゅう)》」

左内の祈りが届く。

刃が光の柱のように天へ昇り、鬼の首を断ち切った。

 

 炎と光の交錯。

 二人の呼吸が交わり、鬼は灰と化す。

 

 沈黙。

 ただ、風が通り抜ける。

 燃え残った木々が軋む音が、戦いの余韻を告げていた。

 

「……よくやったな、左内」

炭十郎が息を吐きながら言った。

左内は額の汗を拭い、微笑んだ。

爆ぜる音が夜を切り裂いた。

 焦げた風と霧が入り混じり、視界は霞のように揺らいでいる。

 その中心――。

 

 時透無一郎と有一郎が、二体の鬼を相手取っていた。

 

 一体は黒紫の皮膚に、無数の眼を宿す“視鬼”。

 もう一体は、両腕が翼のように変形し、炎のような霧を撒き散らす“焔翼鬼”。

 その血鬼術は、まるで地獄の具現。

 目を合わせれば幻覚、炎を浴びれば皮膚が焼ける。

 

 「……やれやれ、面倒な術だな」

 有一郎が息を吐く。

 額の血を拭いもせず、淡々と前へ出た。

 

 「兄さん、左にもう一体来るよ」

 無一郎の声が風のように響く。

 次の瞬間、彼は霞の中へと溶けた。

 

 「霞の呼吸・陸ノ型――月の霞消(つきのかしょう)」

 その姿が掻き消える。

 幻影を斬る斬撃が宙を舞い、視鬼の眼を正確に切り裂いた。

 血が噴き出す。が、視鬼は笑う。

 

 「……目を閉じても、視えるんだよォ!」

 その全身から、さらに眼が芽吹いた。

 腐った蕾のように開いた無数の眼球が、辺り一面を包む。

 光が歪み、景色がねじれる。

 

 「兄さん、これ、目を閉じても幻覚入ってくるやつだね」

 無一郎が淡々と言う。

 

 「……知ってる。集中しろ」

 有一郎が前に出た瞬間、焔翼鬼の炎が地を焼いた。

 赤黒い火柱が立ち上がり、空気が悲鳴を上げる。

 

 「澄の呼吸・弐ノ型――斬破陽輪(ざんぱようりん)!!」

 青い残光が炎を切り裂く。

 その一閃で焔翼鬼の翼が片方、吹き飛んだ。

 

 「お前ら、仲良すぎて気持ち悪いぞ」

 焔翼鬼が笑う。炎が再生し、爆ぜる。

 

 爆音。轟風。

 それでも兄弟は動じない。

 彼らの間には言葉すら要らなかった。

 

 ――だが、戦場の隅で新たな足音が響いた。

 

 「遅れてすまぬ!」

 炭十郎の声が、霞の中で鳴り渡る。

 その背に、陽村・雪之環・灰崎・五十嵐・赤嶺・かな子の六名。

 

 「来るな、お前らじゃ足手纏いだ」

 

有一郎が見ずに突き放す

 

夜が深まっている。

 

 桃流し村の奥――

 焦げた風、焼けた血の匂い、地面に染みついた瘴気が呼吸を奪う。

 

 時透兄弟が立つその先に、二体の鬼が蠢いていた。

 一体は無数の眼で世界を見透かす“視鬼”。

 もう一体は、炎と霧を纏う“焔翼鬼”。

 その二体が同時に血鬼術を発動する。

 

 幻視、幻聴、熱波、斬撃。

 夜そのものが狂気の檻に変わる。

 

 「……離れていて」

 無一郎の声が響いた瞬間、地面が爆ぜた。

 

 風圧だけで人が飛ぶ。

 陽村がとっさに雪之環の肩を引いた。

 「ぐッ……ッ!?」

 ただの衝撃で肋骨が軋む。

 

 「馬鹿な……柱の戦場ってのは、こうも違うのか……!」

 灰崎が呻く。

 

 その光景は“戦闘”ではなかった。

 まるで自然災害。

 人の身では踏み入ることすら許されぬ領域だった。

 

 

 時透兄弟は霞と澄の呼吸を交互に刻む。

 光と幻の中を、影が二つ舞っていた。

 刃と刃が交錯する音は、鐘の音のように響く。

 

 「……兄さん、右の翼、もう再生が始まってる」

 「わかってる。潰し切る」

 

 冷たい声が返る。

 その眼差しには一片の迷いもない。

 

 

 炭十郎は一歩、前に出た。

 刀を抜く音は、静寂を切り裂く鈴の音のよう。

 

 「私も行こう」

 

 「――危険でござるよ!?」

 

 陽村が叫ぶ。

 だが炭十郎は微笑んだ。

 

 「そうかもしれぬ……だが、何も出来ぬわけでは無い」

 

 言葉と同時に、空気が変わった。

 

しゃん…

 

 “神楽”が舞う。

 

 

 ヒノカミ神楽・拾弐ノ型――焔舞。

 刀が走る。

 刃が炎を喰らい、焔翼鬼の右腕ごと燃やし尽くした。

 

 無一郎が驚く。

 「……早い、さっきとは段違いだ」

 

 有一郎の視線が一瞬、炭十郎へ向く。

 その刃筋、無駄のない呼吸――柱に迫る実力だ。

 

 「……この男、実力を……抑えていた?いや、コントロール出来ないのか」

 

 陽村たちは遠くで息を呑む。

 「あれが……炭十郎殿の、本当の……」

 雪之環が言葉を失う。

 

 今まで見てきた優しさ、その穏やかな笑みの裏に、

 ここまでの“力”を秘めていたなど、誰も知らなかった。

 

 

 実のところ炭十郎自身も気づいていなかった。

 傷だらけの身体、限界を超えてなお刀を握る。

 その一太刀は、ただ“誰かを守るため”に必死なだけだった。

 

 「ヒノカミ神楽・拾参ノ型――無限!」

 

あまりの疲労に舞い慣れたヒノカミ神楽しか使えていないだけ、では無い。

 

彼の“痣”は顔から首筋、胸、さらには両の腕まで広がりを見せていた。

 

 

 太陽のような閃光が闇を裂く。

 視鬼の無数の眼が焼け、溶け落ちる。

 

「そんな!!俺は…下弦になる予定だったのに!!!」

 

 叫び声が夜を裂き――沈黙が落ちた。

 

幻を見せる血鬼術、しかしそれは炭十郎の“透けて見える世界”の前では無意味だった。

 

振り向けば、もう一匹は幻が切れた瞬間

 

2人に一瞬で首を切られていた。

 

 

 

 戦いは終わった。

 焔翼鬼も、灰の中に沈む。

 

 有一郎が息を吐く。

 「……まったく、やってくれたな」

 

 無一郎が笑う。

 「兄さん、珍しく感心してるね」

 

 「うるせぇ」

 

 炭十郎は安定しない自らの力を自覚した、だがコントロールの術が分からない

 

 「柱の背は、まだ遠いな」

 

 だが、彼の刀身には確かに――陽の輝きが宿っていた。

 

 

✴︎

 

 戦闘のあと、鎹鴉・ヤマトが炭十郎の肩に降り立つ。

 血に濡れた翼を震わせながら、かすれた声を上げた。

 

 「ホウコク……至急、お館様へ伝達……」

 

 炭十郎は頷いた。

 「頼む、ヤマト。桃流し村、および桃流れ村の件、そして――」

 

 目を閉じ、苦渋を呑み込むように言葉を絞り出す。

 

 「……我が息子、竈門炭治郎が“太陽を克服した鬼”であること。

 さらに、“鬼を増やせる鬼”となったことも……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、無一郎の表情が揺れた。

 有一郎は静かに目を閉じ、刀の柄を握り締める。

 

 「……お前は、それを報告できるのか」

 「しなくては…ならぬ。父として、鬼殺隊の一人として」

 

 「……そうかよ」

 有一郎の低い声には、わずかな敬意が滲んでいた。

 

 

 無一郎が空を見上げる。

 「僕たちの両親も、鬼になったんだ」

 

 炭十郎が目を大きく見開いた

 

 「……ある夜、兄さんと二人で逃げた。でも、結局……刀を握ったこともない子供が鬼を相手に生き残ることなんてできやしなかった」

 

「偶然、あまね様が来られ藤の花を使ったお香を炊いて下さらなければ…鬼殺隊の人があまね様を心配して着いてきていなければ…俺たちは死んでいた。だから――わかるよ、炭十郎さん。鬼になっても、大切な人を信じたい気持ちを」

 

「俺たちは、両親を討伐するために鬼殺隊に入ったんだ」

 

 炭十郎の肩がわずかに震えた。

 

 「……ありがとう。だが見過ごすことは違う。

 私は“事実”をお館様に伝える。それが、父としての責務だ」

 

 有一郎が頷く。

 「…お前は……正しいよ。

はぁ…世の中って残酷だよな」

 

 

 

 夜明けが近い。

 灰に包まれた村の向こうから、かすかな光が差し込む。

 

 陽村が息を吐いた。

 「……まさか、炭十郎殿があそこまでとは……」

 

 雪之環が小さく、しかし悔しそうに頷く。

 「ダカラ俺たちが生き残れた……」

 

 赤嶺左内は静かに刀を胸の前で立て、祈りの印を結ぶ。

 「強くなる必要があるってのも…嫌なもんだな」

 

 炭十郎はその祈りに小さく頭を下げ、

 そのまま夜明けの方角へ歩き出した。

 

 「お館様のもとへ行く

 ……――真実を私の口から伝えるために」

 

 

 

 

 夜明け。

 桃流し村の灰の中を、風が吹き抜けた。

 陽は昇り、血の跡を照らす。

 それはまるで、“人の祈り”そのもののようだった。

 

 強く、優しく、暖かくも眩い炎のように、穏やかさと激しさを兼ね備える水のように………

 

 ――炭十郎は迷いながらも…正しさを貫きたいと思う。それがどれだけ自分を傷つけようと…

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。