駆逐艦吹雪が訓練生だった頃、彼女を厳しくも優しく指導していたのが軽巡川内という艦娘だった。いつしか吹雪はそんな川内に対して恋愛感情を抱くようになるが、当の川内にそんな感情はない。それでも告白をしてお付き合いをしたいと密かに想い続ける吹雪は健気なのだが…運命は残酷である。

※轟沈描写あり。

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川内さんさようなら

 

あの頃は右も左も分からない、一寸先さえ見通せない、そんな不明瞭で不安定な世情でしたね。

 

思い返せば艦娘という存在に成り果て、自分自身を納得させる間もなくあれよあれよと戦場へと配備された私は言いようもない不安に襲われていました。とにかく怖くて仕方なかったんです、ずっと先のことだと思っていた死ぬという現実が急に目の前に迫ったように思えたから。

 

それで行き場のない感情に苛立ちも募りに募って、私は当時の僚艦に当たり散らしたり、脱走を試みては捕まったりする大変な問題児でした。

 

そんな時です、貴方に出会えたのは。

 

あれは何度目の脱走だったでしょうか。懲りずに脱走をしようとして捕まり、懲罰房へと入れられていた私の前に貴方は現れたんです。

 

「こいつの面倒をみてやってほしい」

 

私の問題行動に相当悩ませられていたのでしょう、貴方の上司である司令官は随分と疲れた表情をしていたと思います。

 

でも貴方の顔は対照的だった。檻の中で不貞腐れる私に優しく微笑んで、そっと手を差し伸べてくれましね。

 

貴方の太陽のように明るい笑顔が私の曇りに曇った心を晴らしてくれるような気がして、私はすがるように貴方の手を握ったのです。

 

きっと貴方は見抜いておられたのでしょう。私の中に巣くう不安、戸惑い、そして死への恐怖、それらがある限り私は永遠にこのままだと。だから房を出た後、貴方は司令官には悟られぬよう、私にだけ聞こえるように。

 

「私も一緒。怖いよね」

 

そっと教えてくれたのですね。

 

「でも私たちは艦娘だから…みんなの為に戦わなきゃ」

 

艦娘となった宿命。逃げることの出来ない運命。艦娘は深海棲艦と戦い、そして最期は…。厳しい現実を告げるには充分な、氷のように冷たい言葉。でも私の手を握る貴方の手はとても暖かかった。

 

「大丈夫」

 

貴方の顔を見る。懲罰房で見た時と変わらずの笑顔がそこにはあった。そして貴方は私を抱き寄せて言う。

 

私があなたを一人前に鍛え上げる、どれだけ深海棲艦と戦っても沈まずに生きて帰ってこれるように鍛えると。そうなるまでには沢山の努力と時間を要するだろうけど、それまでは私が隣であなたを守る、と。

 

気が付くと私は泣いていました。溢れてくるものを抑えきれなくて、大声をあげて泣いていました。

 

「よしよし」

 

貴方の暖かい手が私の頭や背を撫でる。そこから伝播するように、暖かさは熱いものとなって私の体を巡りました。

 

もう怖くはない。何故かそう思えた気がしました。

 

それからはもう目まぐるしい日々でした。とにかくがむしゃらだった。体中に傷が出来て、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして。それでも私は追い縋った。貴方がいたから。私を導いてくれた貴方に失望してほしくなかったから。貴方に応えたかったから。

 

いつしか鎮守府の問題児は貴方と肩を並べるとはいかぬとも、貴方の足を引っ張らずに戦えるくらいにはなっていきました。

 

「強くなったね、吹雪」

 

貴方にそう言われた時、私はやっと貴方に報いることが出来たと思いました。そしてもうその頃には胸に隠しておくことが出来なくなるほどに想いが強くなっていたんです。

 

私は川内さんが好き。

 

何がきっかけでそうなったか。懲罰房で貴方に手を差し伸べられた時?それとも私に優しく微笑んでくれた時?貴方と一緒に過ごした時間があまりに長かったから?それとも貴方に認められたから?

 

でも私と川内さんは。性別、その時の戦況、あらゆることがごちゃごちゃとなって私の中で渦巻く。悩んだ挙げ句に出たのは決して打ち明けてはならない、そんな決断でした。

 

でも。

 

ある時、任務を終え、鎮守府へと帰投する最中のことです。僚艦たちのお喋りに耳を傾けると聞こえてしまったのです。

 

川内さんが司令官とお付き合いをしているって。

 

それから私は貴方をどんな目で見ていたんでしょうね。

 

皆の前で優秀な戦績を表彰されて喜ぶ、そんな貴方を愛おしそうに見ながら頭を撫でる司令官。貴方は嬉しさと恥ずかしさからか頬を赤くして…私が見たこともない表情で笑うんですよね。

 

いつからか貴方と司令官のいる時間は貴方と私が過ごした時間より長くなっていって…。たまに顔を合わせても貴方は司令官の話ばかり。私に向けられていた熱い眼差しは陰り、司令官へと向けられている。

 

そしてついこの前、珍しく貴方から呼ばれて嬉しさの余り駆けつけてみれば…。貴方の左手の薬指には光るものが。

 

吹雪には最初に報告したかったんだ!だって吹雪は私の大切な存在だから…!

 

貴方は貴方の言葉が私にどれだけの絶望を与えたか知るよしもないのでしょう。うまく笑えないのに必死で取り繕う私をよそに、大切そうに指輪を眺める貴方は残酷にもそう私に告げました。きっと吹雪なら祝福してくれる、そんな勝手な憶測が貴方の中にはあったのでしょうか。

 

貴方の中では私はそれだけの存在…それだけの存在にしかなり得なかったのでしょうか。ええ、きっとそうなのでしょうね。

 

貴方にとって私は教え子であり、ただの僚艦。それだけでしかないのです。

 

「この戦争が落ち着いたら結婚式を挙げようって提督が…そん時は吹雪にーーーーーーー」

 

そして理解したのです。これから先、貴方の側に私はいない。私の知らない貴方を司令官が独り占めするんだって。

 

だから私は今日、貴方と一緒に出撃し共に海を往ったのです。厳しくて激しい戦いになるからと貴方と司令官が止めるのを私が何度も頭を下げて貴方の隣で戦いたいと懇願したのです。

 

そして貴方と司令官の予想通り、戦いは私が今までに経験したことのないほどに激しいものとなって、味方と敵が入り乱れるその混乱の中。

 

私は敵の砲撃を受けて海面に崩れ落ちたのです。

 

貴方を砲撃しようと構えた敵との間に躍り出て、その攻撃から貴方を守ったのです。

 

急いで敵を倒した貴方は海面に浮かぶ私を抱き抱えて大声で私に呼びかけます。なんで、どうして、と嗚咽をもらす貴方の頬を私は辛うじて動かせる右手で触れ、撫でました。そんは私の手を貴方は震える手で握り、涙を流して私の名前を頻りに叫ぶのです。

 

ああ、嬉しい。今この瞬間だけは、貴方は私のことだけを見てくれている。

 

次第に視界が霞み、大好きな貴方の顔が見えなくなっていく。嫌、嫌とまるで駄々をこねる幼子のような貴方を司令官はきっと見たことがないでしょう。そして知ることもないのでしょう。

 

ついには何も見えなくなって。それでも耳には微かに貴方の声が。

 

吹雪、逝かないで…!

 

そんな貴方の言葉を耳に私は逝くのです。

 

これから先、戦争が終わって貴方と司令官が晴れて結婚式を挙げ、子どもが産まれて暖かな家庭を築いて…そうして幸せになっていく貴方の心のどこかに私という存在がいたことを…。

 

どうか忘れないで。

 


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