既に旅立った友達と比べると、数ヶ月も遅れに遅れている。
今年のポケモンリーグには間に合わないだろう。
けども、これでようやく旅に出ることができる。
出発は今週の日曜日だ
この洞窟に紫色のポケモンが来てからというもの、全てが変わったように思う。
気性が荒いものは元より、穏やかだったものも荒んでいき、この間までは気にも留めなかった相手にまで争いを仕掛ける。
それが目に見えた格上であろうとなかろうと。
視界に入るだけで、生きているものは全員が敵といった有様だ。
おかげで、私が主食としていた獲物もいつのまにか駆り尽くされており、ここしばらく碌に落ち着いて食えた試しも無い。
空腹によるものか頭が鈍る感じがする。
周りが凶暴になっている以上、私の状態は良くないだろう。恐らく、弱っている獲物にしか見えない筈だ。
今も殺気を隠しもせずに私を狙っている者のように.....。
そいつは頭上から降るようにして襲いかかって来た、そして毒を吐き掛けながら私を噛み砕こうと口を大きく開けて迫ってくる。
来ると分かっているものを、むざむざ待ってやるという理由も無い。
念力を放ち、近くの水辺に吐き出していた毒ごと体を叩きつける。
水面に叩きつけたからか、洞窟に弾けるような音が響く。
襲って来たポケモンは、反撃される事など想定していなかったのだろう。今は水中で息を吸おうとして大混乱のようだ。
水棲でもないポケモンが水中でこうなった以上、後は私の独壇場だ。
念力で水流をあやつり、岸にたどり着けないようにしながら、息を吸おうと水面に顔を出してきた所を水撃で狙い打ちするだけでいい。
襲ってきたポケモンも、岸にたどり着こうと精一杯の頑張りを見せているが、そのうちに力尽きて溺れ死ぬだろう。
そうでなくとも、水中であれだけ暴れているのだ、水中に住むポケモン達は何よりも振動で敵を察知する。
彼らも、紫のポケモンの影響を受けている以上は、なによりも優先して襲いかかるはずだ。
襲って来た名も知らぬポケモンも、洞窟がこうなる以前は身の丈を理していたのであろう事を思えば、可哀想ではあるが致し方ない。
そして、私自身も洞窟がこの様になってしまっている以上、此処に居続けても危ないだけなのだろう。
長年住み慣れた住居で愛着はあったのだが、命には変えられない。
私も自我が薄れる前に、この洞窟を脱出しなくてはなるまい。
出口はどこにあったか。
洞窟を出れたら、襲われずに楽に食料が獲れる住居を探がそう。
強いポケモンが居なかったら尚良い。怪我をするのは御免だ。
両親の説得には、随分と時間がかかった。
今から旅に出ても、今年のポケモンリーグの予選には間に合わないだろう。
春頃に旅に出て行った友達と比べると、数ヶ月も遅れているしね。
それでも、旅に出たい。それが少年の心持ちってもんだと思う。
そんなことで、念願叶っての出発は今週の末であり。
それまでに旅に出るという事で、近所のお兄さんから貰ったマダツボミと僕は4番道路近くの川辺で、旅に出るまでのここ数日を特訓がてら、僕らでも捕まえられそうなポケモンがいたらゲットしようと奮闘していた。
「マダ〜」
「まだだね〜」
とは言っても、もっぱら父さんから貰ったボロの釣り竿と餌で釣ったコイキングを、マダツボミが“つるのムチ”でしばきあげるという、本当に特訓になっているのか怪しい作業をマダツボミと繰り返していた。
「そろそろ此処も釣れなくなって来たなぁ、マダツボミ、そろそろポイントを移動しようか」
「マダ〜」
「まだ居たいって?」
「マダッ!」
「いてて、冗談だって、そんな怒んなよ」
マダツボミに葉っぱで叩かれた。
どうにもマダツボミは同じ事の繰り返しで、いい加減に飽きがきているらしい。
「この際、ニョロモでも釣れたら万々歳なんだけどなぁ」
そして、飽きがきているのは僕も同じだ。進行が微々たるものなのは如何しても、もどかしいように感じてならない。
正直言って、コイキングじゃ大した経験にはならないし。マダツボミは、初めた最初の頃はともかくとして、連日の同じ行為の繰り返しで今となっては段々と能率を上げていきアンコウの吊るし切りのような、戦闘とは言えない方法でコイキングを処理していた。
それはそれで経験なのかも知れないが、それにしたって偏りが過ぎるだろう。
そんな中で、ボロの釣竿でコイキングが釣れているだけでもマシな方なのかもしれないが、それでもと望みを口にするくらいには出会いというものがなかった。
竿が悪けりゃ推して知るべしと言ったところなのだろう。
そんなことをぼやきながらと別のポイントに向かう。
「とりあえず、次のポイントで釣れなくなったら一旦帰ろうか」
「マダ」
そして先程と同じように釣り糸を垂らし、マダツボミと欠伸をこぼす。
その実、特訓がてらと言いながらも、強くなっている感覚はさほどもありはしない。
ただただ、時間が流れて行くだけだ。
「マダツボミ、そろそろなんか新しい技とか覚えてたりする?」
「マダ」
「そっか、まだかぁ」
なんてことはない、平和な時間が流れている。
そんな中、川上から所々むさぼり喰われたトサキントと、それを気を失いながらも抱き抱えている瀕死のゴルダックが流れて来た。
食事中にでも襲われたのだろうか?
だとしても、普通は手にした獲物は諦め手放すなりして、逃走か戦闘をする気もする。
もしかして相当食い意地が張っているのだろうか?
取り留めのない疑問が脳裏を駆け巡る。
少し呆然としながら下流に流れて行くゴルダックを眺めていたが、僕は心のどこかでチャンスと思ったのだろう、今日はもう使わないだろうと内心思っていたモンスターボールを投げていた。
ゴルダックといえば、下手なエスパータイプよりも神通力を使いこなすと言われているポケモンだ。
正直言って、捕まえることができたら大収穫に違いない。
僕の言うことを聞いてくれるかは別として。
幸いにも特に抵抗もなくボールに収まり、水上に浮きながらであった為に分かりずらかったが、数回揺れた後にカチッという捕獲の完了音がした。
その音と共に僕はちょっとした興奮を覚えていたが、マダツボミにズボンの裾を何度か引っ張られ現実に意識を戻す。
そして、いつの間にやら瀕死のゴルダックが入ったボールは、食い欠けのトサキントの死骸と共に下流へと流れて行っていた。
「マダツボミ!! “ツルのムチ”でゴルダックのボールを回収してくれっ!!」
結局マダツボミの奮闘虚しくツタは届かず、僕が泳いで回収しに行った。
幸いと言っていいかわからないが、ゴルダックの入ったボールは無事回収することはできた。
水の街のハナダ民の面目躍如である。
「ああ寒い、クシャミが出そうだ」
そしてボクは、さほど暖かい時期でもないというのに川で泳いだものだから寒く、冷たく、水を吸って服が重いという三重苦を纏いながら、とぼとぼと岸に沿って身体を震わせながら歩いていく。
「それにしてもどうしようかな、コイツ」
勢いで捕まえた様なものだから、何も考えていない。
「なんにしても、ポケモンセンターには連れて行ってあげないと」
ボールに入っているから休睡状態に入っているだろうし、これ以上は悪化することはそうないと思うけど、瀕死に近い状態でいさせるのは可哀想だと思うし治療するべきだ。
そんなことを考えながらマダツボミと荷物を回収して、ポケモンセンターの方へと足を向けた。
ポケモンセンターに着き、瀕死のゴルダックとついでにマダツボミを回復の為、ジョーイさんに預ける。
平日だったから空いていて並ばずに済んだが、土曜の明日はこうもいかないだろう。
ポケモンの回復を待っている間、センターのロビーでつらつらと考える。
ゴルダックが瀕死で流れて来たときは思いも浮かばなかったが、ゴルダックについては保護という名目で捕まえたことにして野生に帰すことになるんじゃないだろうかと。
大人達から見れば、バッチも持っていない新米のトレーナーの手には余るというのはもちろんのことだが、バトルを介さずにゲットしたという点もネックだ。
一度でもバトルをしていれば闘いを通して、程度はあるにせよ相手への理解を得られるらしいのだが、それがないとなると関係が築きにくくなる様だ。
トレーナーとしての実力や、才能があればそうでもないのだろうけど、僕では望むべくもない。
ゴルダックの方に協調性を求めるのは論外だろうし......。
僕は、ゴルダックが欲しいという感情に蓋をして、自分なりに折り合いをつけられる様理屈を捏ねていく。
そんな考えを頭の中で廻していたら、回復のアナウンスがあった。
「この際、なるようになれだ」
回復したポケモンを受け取りに受付に向かうと、少し険しめな雰囲気のジョーイさんからゴルダックについて聞かれた。
それで、正直に瀕死の状態で川上から流れて来た事など、回復したら野生に帰そうと考えている事を伝える。
そうするとジョーイさんは安堵の表情を浮かべ、それは“いいことだわ”と言った後、いくつかポケモンを逃がす際の注意点を言って、業務に戻っていった。
僕も長居する理由もなく、ポケモンセンターを出たら日が沈み暗くなり始めていた。
「うーん、日も暮れて来てるしゴルダックを帰すのは明日でもいいかな?」
ゴルダックも回復しているし、なんなら早速ジョーイさんから聞いた注意点に反することになるが、いまから走って行ってゴールデンボールブリッジ近くの水路で離しても知能の高いゴルダックなら帰れそうなものではある。
だがそうした場合には、僕が家に帰る頃には日は落ち切っている筈だ。川に入ってから時間も経ちある程度は乾燥したとはいえ、僕の服は湿っており、もし夜風にでも撫でられたら寒く風邪を引いてしまう。
そんな風に、ゴルダックを自分の元に少しでも留められるよう自分に向けた言い訳をする。
「川上から流れて来たわけだから、4番道路の北辺りに住んでいたのかな?」
僕はゴルダックが生息していたであろう場所を、頭の中に浮かべながら帰宅路に着いていた。
「ただいま〜」
玄関を開けると家の中は真っ暗だった、両親は帰ってきていないようだ。
それはいいとして、いい加減寒いので真っ先にシャワーを浴びに向かうそして着替えたらポケモンと食事をすることにした。
マダツボミは慣れたものだが、ゴルダックは出して大丈夫かどうか悩むが、
こちらに敵意もないのにいきなり襲ってくることもないだろうと楽観思考で出してみる。
「........ゴル」
やはりと言うべきか、警戒をしているようだ。
だがある程度状況を察しているのかおそいかかってくるような雰囲気でもない。
ひとまず安心できそうだ。
「マダツボッ」
マダツボミは勝手知ったると言うべきか、棚から自分でポケモンフーズの袋を取り出し開封して貪り食っている。
ここら辺の躾けに関しても、ポケモントレーナーとしての力量を問われるのだろうか?
だとしたら、僕はトレーナーとしての自己評価をまた一段下げないといけないかもしれない。
「まぁそんなことは置いといて、ゴルダックの飯だね」
一体何を食べるんだろうか、マダツボミと同じポケモンフーズでも大丈夫だとは思うのだが、最初に発見したときにはトサキントを食べていたこともあって肉類の方が食べ易いのかとも考えるが。
「残念ながら冷蔵庫には現在肉の類いは無かったわけでして、そこのマダツボミと同じようにポケモンフーズを食べてもらえると助かるな」
そう言って、深皿にポケモンフーズを注いでゴルダックの前に置く。
「ゴルダ」
「口に合うといいけど」
少なくとも、ポケモンフーズを貪り食っているマダツボミを見て毒はないと思ったのか、口元に持っていき軽く匂いをかいだ後にぼそぼそと食べ始めた。
「・・・・・・」
「あはは、あまり口に合わなかったみたいだね」
食べれないほどではないといったところなのだろうが、眉間にしわを寄せ、おいしそうに食べているとはお世辞でも言えないであろう食べ方だ。
まさに栄養補給の為の食事と言ったところだろうか。
どうにも申し訳ない気持ちになる。
「僕も夕飯にしようかな」
僕の夕飯は冷蔵庫のありもので作った簡単ピザトーストである。
チーズとケチャップがあればそれなりに食べれる味になるので料理を作る気力がない時は重宝している。
オーブントースターから焼けた香ばしい匂いが漂ってくると、ゴルダックが顔を向け興味を示していた。
「ものは試しと言うけど、どうなのかな?」
ゴルダックはオーブントースターをじーっと見ている。
オーブントースターからピザトーストを取り出すと視線はピザトーストに移った。
確定だろう。
「僕の夕飯なんだけどね、まあ口直しになるなら食べてみる?」
「ゴルダ」
ゴルダックは水掻きのついた手で器用にピザトーストと掴むと、またも軽く匂いを嗅いだあと食べ始めた。
二口目からは笑顔でおいしそうに食べていたことから、幸いにも口にあったようである。
「さっきは口に合わないものを食べさせてしまった様で悪かったね、それは口にあったようでよかったよ」
「ゴル」
気にするなといった様子でゴルダックは返事を返す、少なくともこちらに対しての警戒は解いてくれたようだった。
しばらくして、ゴルダックが食べ終えたところを見計らい、僕はゴルダックが食べている間に別室から持って来ていた、少し古いハナダ一帯の写真が載ったタウンマップを手に話しかけた。
「ねぇゴルダック、僕は明日君を元の住居に帰そうと思うんだ。それでなんだけど、もしこの写真の中に君の住居に近いところがあったら指を指して教えて欲しいんだ」
僕がそう言ってタウンマップのページをめくっていると、急にゴルダックの雰囲気が剣呑交じりのものに変わった。
僕はめくったページに何かがあると思い、ページの詳細を読み込んでいく。
「名無しの洞窟、洞窟内は大変入り組んでおり、水没している箇所も多数ある為に無闇に立ち入るべからず、か」
「......」
ゴルダックを見ると食事中の笑顔はどこへやら、険しい顔で名無しの洞窟が載った写真を食い入るように見ていた。
「少なくとも、率直に帰りたいと思えるような場所では無いようだね」
「ゴルッ」
ゴルダックは肯定のニュアンスを含んだ声を上げた。
事情はさっぱりわからないが、確実な事として、ただただ元の住居に戻すというわけにもいかないようだった。
朝起きて、食卓に向かうと両親が帰ってきていた。
少なくとも昨夜中には帰ってきていなかったので、帰ってきた時間帯は深夜か早朝の二択だろうか。
どちらにしたって、夫婦揃っての夜遊びか朝帰りにしかならないのだから頭を巡らせるだけ不毛と言うものだろう。
旅に出ようという身からは言えることはない、むしろ夫婦仲が深まること請け負いで良いことではないか。 なんなら家族も増えるかもしれない。
なんとなく、僕の旅立ちに父さんがやけに賛成に回ってくれた理由が分かった気がする。
それはそうと、朝食の際にゴルダックを紹介しておいた。
明日にはいないだろうが、一応というやつだ。
反応はビビりながらだったけれども、普通に挨拶をしてから少し距離を取っていた。
大人の対応というやつだろう。
「フォークはこうやってさ、刺して食べるんだ。簡単だろ?」
「ゴル?」
「そうそう、初めてなのにうまいじゃん」
「へぇ〜、器用なんだねぇ」
初期対応はそんなものだったが、ゴルダックが自分達と同じ朝食を見様見真似ではあるが器用に食べている様子を見てからは、すごく呆気にとられた顔をした後、母さんが恐る恐るデザートまで追加に出していたのだからお笑いである。
早朝にそんなことがありながらもその後、親が仕事に行くのに合わせて僕も準備を進める。
僕はバックを開き、ななしの洞窟に持っていく道具の選別を進めていった。
昨日のゴルダックの様子から言って、名無しの洞窟はそこまで良い所と言うわけでは無いようだし、用心も兼ねて旅に出る為に用意した物も幾つかもっていくことにする。
使う機会があるかないかわからないが、バックが重くなること以外は問題はないとは思う。
「さてそろそろいい時間だし行くとしようかな」
「マダッ」
暇潰しにと、ゴルダックとテレビで映画を観ていたマダツボミが、ようやくかと言った様子で声を返す。
一方で、ゴルダックは名残り惜しげにテレビを見続けていたが、ミラクル・サイクルのCMに切り替わったのを機に自分でボールの中に入っていった。
観ていたのは冬の間、泊まり込みでホテルの管理人の職を得た男が、段々と良くない狂気に飲まれ壊れていくホラー映画だった。
なにか感じ入るシーンでもあったのだろうか?
まあ、何にしたってもう10時の半ばだ、家を出るには少しゆっくりし過ぎたくらいだった。
そんなこんなで、出発した僕達はゴールデンボールブリッジを渡り、24番道路からのルートで名無しの洞窟を目指していく。
あとどうでもいいのだが、なぜこの橋はまだ塗装が終わってないのにゴールデンと名付けてしまったのだろうか?
まあそれを言い出したら、ゴールドの後にボールをつけるのもどうだという話しなのだが。
そんなことをぼんやりと思いながらも、マダツボミで野生のポケモン達と戦闘しながら進んで行く。
普段はならば避けながら進むのだが、今日はゴルダックがいる。
帰りにはいないかも知れないし、あまりアテにしてはいけないのだが、やはりいるというだけで心の安定感が違う。
「ピピッィ」
「キャァ」
「コンパッ」
普段なら得ないであろう経験だからだろうか、マダツボミも新しい技を覚えて絶好調だ。
これだけでも来た意味があったと言えるだろう。
絶好調なマダツボミとともに草むらを踏破していく。
途中から道がなくなり、持って来たタウンマップを睨みながら獣道とも呼べないだろう崖の岩肌をつたって行き、ななしの洞窟に向かって進む。
もしも足を滑らせたら、死にはしないだろうがバックの中も含め水浸しになること請負なので慎重に進んでいく。
そして岩肌が途切れ、道が雑草が生い茂る平地となってしばらく歩いて行き、洞窟の付近にきた頃にはゴルダックがボールから出てきていた。
その時、周囲の様子が上手くは言えないが、変わってきていることに気づいてくる。
どことない不気味さに物怖じしながらも進んでいくと異臭と共に大量のポケモンが倒れていることにも気づく。
肩にかけていたバックがずり落ちる。
「なんなんだよこれ、異常事態もいいところじゃあないか」
「・・・」
吐き気を催さずにはいられない光景だった。
倒れているポケモンの中には既に死亡しているものもおり、凄惨を極めていた。
昨日、タウンマップで名無しの洞窟を見たときに、ゴルダックが険しい顔をしていた事に納得いった。
僕は呆然とした頭で、少なくとも、ここにゴルダックを返すことはできないなと、考えながら立ち尽くしていた。
すると唐突に振動が身体に伝わってきて、轟音が耳に入ってきた。
ゴルダックが、おそらくだがハイドロポンプと思われる技を洞窟の入り口の上壁に当てていた。
突然のことだった。
そして額の紅い玉を眩いばかりに輝かせたと思えば、大きな音と共に振動が走る。
慌ててゴルダックから視線を外し、名無しの洞窟を見ると入り口が崩落して潰れていた。
何体か潰れてしまったポケモンもいたようで、岩の隙間から血が染み出してきている様は、いいようも無い怖気さを感じさせる。
先ほどまでボールの中にいたマダツボミも、いつの間にか出てきておりツタを僕の手に絡ませていた。
「マー」
マダツボミが鳴いていた
「なあ、ゴルダック」
次の言葉が思い付かない。
なぜこんなことをしたのか、そうしなければならなかったのか、僕のような人間には想像もできない、理解もできない、ポケモンの理屈があったのだろうか?
だが、少なくとも、今なお倒れているポケモンたちを見ると、ゴルダックの顔を見ると、そのどれであってもなくても仕方のないことのように思えた。
「なあ、ゴルダック......。」
「・・・・・」
やっぱり言葉にならない、語りかけようにも自分でも聴こえない、こまごまとした音になる。
そんな状態が、体感で2分ほど続いただろうか。
ゴルダックが僕のバックを漁りだす。
それを僕がよく分からずに、まだ茫然としながら眺めているとゴルダックは目当て物を見つけたのか少し動きを止めた後、また手を動かす。
そして僕の手をとって、バックから取り出したものを渡してくる。
キズぐすりとモンスターボールだ。
そして倒れているポケモン達を指差した。察するしかないだろう。
「すごいよ、おまえ」
「ゴルダ」
早くやれと言った様子で、ゴルダックは気だるげな声を上げる。
そこでゴルダックも疲れているのだということにようやく気づく。
体力ではないものが疲れているのだろう、肩を落としながら、もう立った姿のまま動きそうもない。
僕はゴルダックをボールに入れ、倒れているポケモン達の元に向かった。
「ふぅ.....、ほんとうに酷いな、吐きそうになってくる」
死んだポケモンはどうしようもないのでそのままにして置き、重傷を負っているポケモンを優先的にボールに入れていく。
ボールが足りなくなったら手持ちのキズぐすりを片っ端から吹きかけて回り、これ以上血が出ないように、バックにあったガムテープで無理矢理塞いでいく。
手が赤黒く染まっている。指先のものはしばらくの間取れる事はないだろう。
そうやって、全力で頑張って、ありもしない知恵も使って奮闘しても、あと数時間したら素人目にも衰弱死するであろうポケモンはどうしようもなかった。
バックに入れていた治療に役立つであろうアイテムは、軒並み使い切ってしまったのだから。
「マダ〜」
「戻ろうかマダツボミ」
「マッ」
マダツボミの返事を聞いた後、来た道を戻る。
傷ついたポケモンの為にも急がないといけないと、逸る気持ちに反して、どうにも足が重い。
24番道路に出ると行きとは異なり、草むらを可能な限り避けて通ってゴールデンボールブリッジを渡り、急いでポケモンセンターへ向かう。
ボールの中にいる傷ついたポケモンたちを一刻も早く助けるためだった。
僕はポケモンセンターに着いてすぐエントランスを駆けジョーイさんのいる受付に走る。
何人か並んでいるところを割り込んだために、前からも後ろからもキツイ視線を受ける。
背後から平時なら正論でしかない言葉を吐きかけられながらも、息も絶え絶えになりながら、こっちは緊急なんだと傷ついたポケモン達のボールをバックから取り出して行く。
周囲もだんだん僕の様子がおかしいことに気づき始める、体から漂う異臭、赤黒い手、手持ちとして持ち歩くには余りにも多いボールの数。
周囲からの声は勢いを無くし、ジョーイさんはポケモンを一体確認の為に出した後は、事情は後だと、無言でボールを専用のトレーに手早く移し替えていっている。
いつの間にか、奥から普段は裏にいるスタッフまで出てきて、トレーに載ったボールを急いでキャリーに移し、ジョーイさんと共に奥の治療室に持っていってしまった。
周囲の僕を見る目が、先程とは別の意味で痛いものに変わり始めた。
だがどうにも、僕はここまで全力疾走で来たものだから酸欠と疲労で周囲の状況がまるでわかっていない。
それでも少しすれば周囲の様子も目耳に入ってくる。
どこからかアラームが鳴っている、なるほどこれでスタッフが来たのかと酸素の足りない頭で納得する。
周囲の声がする、なにあれ、なにがあったの、殺しちゃったとか?、事故じゃあないのと、昼頃の人気の多いポケモンセンターは土曜と言うことも相まって中々の騒動になっている。
そして今、だんだんと酸素が足りてきた脳味噌が急に周囲の状況を把握し始めていた。
なるほど、端から見た僕、やばいなと。
僕は全力疾走で回復待ちの列の先頭に割り込んできて、手を血で染めて体から異臭を漂わせているやばい奴で、普通じゃない数のボールをバックから出して、ジョーイさんが確認の為に出してみたら重症を負ったポケモンが“ばたり”と。
明日からは町は歩けないな、と冷静に結論付けた辺りで僕は完全に正気を取り戻していた。
その後、ジョーイさんが奥の治療室に篭りっぱなしのため、代理のスタッフが受付に立ち、滞っていた回復待ちのトレーナーの列を相手し始めた。
待っていたトレーナーたちも僕もひと安心だ。
周囲も事情がわかったためか、あまり言ってはこなかったが痛い視線は遠慮なく突きつけてきた為、事態の元凶である僕はかなり居た堪れなかったのだ。
その後お手洗いで文字通り手を洗った後、しばらく壁際の空間と同化していた僕であったが、スタッフから呼び出しを受けセンターの別室に案内された。
そこで軽くこの一件の事情聴取を受けた後、そこそこ長い時間を空間との同化作業に勤しんでいた僕であったが、コンコンとノックの音がした後、スーツ姿の男性が入ってきたのを機に作業を中断する。
「どうもポケモンリーグのキノシタと申します。あなたが名無しの洞窟での異常事態の通報者と言うことであっていますか?」
「はい、そうです」
「お名前をお聞かせいただいても?」
「ええ、アラキって云います」
「ではアラキさん、名無しの洞窟での事について詳しくお話し願ます」
僕は正直に、釣りをしていたらゴルダックが瀕死の状態で川上から流れてきたこと。
そして保護したゴルダックを元の住居に戻すために名無しの洞窟へ赴いたこと。
そこでポケモンたちが洞窟の付近で語るも無惨な状態で大量に倒れていたこと。
理由は分からないが、ゴルダックがハイドロポンプ等の技を使い洞窟の入り口を塞いだことなど。
最後にゴルダックに指示され倒れているポケモンの保護と可能な限りの治療を行った後、全力でポケモンセンターまで来たこと。
僕は、今わかっていて僕が話せることを、話せる限りうまく伝わるかはわからないけども精一杯に話した。
「なるほどアラキさんのお話はよくわかりました、想定以上に大変な状況だったようですね。きっと言葉では言い表すことができないくらいのショックもあったと思います。」
「ええ」
「今日のところはもう充分ですので、あとは書類に連絡先等を記載して頂きましたら、もう家に帰ってもらって大丈夫ですよ。お疲れ様でした。」
その後、僕は家の住所と連絡先、あとトレーナーカードのIDをサインして早足で帰宅路に着いた。
さすがに空は暗くなっていたが、それは今日のことが事だったため仕方のないことだと割り切るしかないだろう。
何にしたって今日は疲れた、早く家に帰ってシャワーを浴びて寝たい。
そんなふうに熱いシャワーのことを考えながら歩いていると、いつの間にか家の前にたどり着いていた。
玄関を開けると、今日は明かりが点いていた。
その後の顛末は、大まかではあるがこんな感じだ。
倒れていたポケモン達は、自傷行動に奔るほどに攻撃性が高まるウィルスに感染しており、ウイルスが抜けるか、有効な抗体医薬品が開発されるまでは隔離されて置かれるそうだ。
まったくもって、可哀想な話である。
それでも、悪いことばかりじゃあない。
良いことだって(僕にとってだけど)ちゃんとあった。
なんと、ゴルダックが正式に僕の手持ちに加わることになった。
元から僕の手持ちと言えばそうと言えなくもないのだけど、それでもやはり不安な点が多かったのが、今回の件で少なくとも無闇に人に危害を加える事はないと判断をもらっての形だ。
まあ、僕の言うことは聞いてくれないんだけどね。
そしてーー
「ヒトデマン、戦闘不能! 勝者、チャレンジャー”アラキ“!」
レフェリーがこちら側の審判旗を挙げる。
マダツボミから進化したウツドンの後ろ姿を目に焼き付けながら、達成感で心身を満たしていく。
ハナダジムを突破してブルーバッチゲット。僕はトレーナーとしての一歩を踏み出したのだ。
まあ、大変なこともあれば嬉しいこともあって
旅立ちは予定より少し伸びてしまったけど、ようやく出発だ。
初代赤緑だと、ハナダの洞窟ではなく”ななしのどうくつ“と表記されるのですよね。
いつの間にかハナダの洞窟に名称が統一されてましたが.....、だからこそXYでミュウツーの出現場所の名称として名無しの洞窟が復活した時は驚きました。
ゲームフリークは無くなったと思っていた設定を、なんだかんだで活かし続けてくれるので好きです。
流石にインドゾウはお亡くなりになったようですが...。
あと、もし良かったら評価の程宜しくお願いたします。