先生を仮面ライダーにすれば曇らせが加速するのでは?(キュピーン) 作:一般通過ゲマトリア
だが、私は帰ってきた。帰ってきたぞフリーザァァァアア!!
(※テンションが崩壊しています。なまあたたかい目でご照覧ください。)
昼下がり、ミレニアム自治区の少し外れ。
学校付近のいかにもな近未来的な都市とはやや異なり、落ち着いた雰囲気の並木通りが川沿いに走っている。
その道すがらに配置されたベンチの1つに、1台のバイクが立てかけられていた。
「どうだった?天童さん。」
「モモイとミドリに聞いたとおりです!すごく気持ちいいんですね!」
「それはよかった。」
そのベンチには2つの人影がある。
ミレニアムサイエンススクール、ゲーム部所属の天童アリス。そしてシャーレの“先生”。
バイクを立てかけたベンチ。そこに2人並んで座り、傍らには大小2つのヘルメットが置かれていた。
「風がビュワーっと通り過ぎて、まるで飛行魔法みたいでした!パンパカパーン!アリスはライダー勇者にジョブチェンジしました!先生のおかげです!!」
アリスは興奮した様子で、身ぶり手ぶりを交えながらバイクに乗った感想を先生に伝えている。
擬音語混じりのそれ聞き、“彼”は愉快そうに笑う。
なんてことのない、日常の1ページ。
先生と生徒。青春の記憶。
10分ほど後。
アリスはようやく満足したらしく、先生から渡された缶ジュースを飲み始めた。
彼女曰くこれは「ポーション」とのこと。“先生”から手渡されたことで効果は倍増らしい。パンパカパーン。
「所で天童さん。話って、何?」
クピクピと、喉元から可愛らしい音を立てていた彼女に“先生”はそう問いかける。
もとよりここへやってきたのは、他でもないアリスからの頼みであった。
『2人だけで話がしたい』
シャーレで仕事をしていたとき、急にモモトークに送られてきたメッセージ。“彼”は、それを何も言わず聞き入れた。
「才羽さんたちじゃ、ダメだったの?」
アリスの表情が急速に落ち込んでいく。
缶ジュースを膝の上に置き、視線は道路の落ち葉を見つめていた。
「先生。アリスには夢があります。」
「なに?」
「……私、先生のと同じくらい大きなバイクに乗って、キヴォトス中……いえ、世界中を旅したいんです。勇者に旅はつきものでしょう?」
「……それは、」
“彼”の口から、それ以上の言葉が出てくることはない。
人の手によって作られた人工物の集合体『AL-1S』ーーアリスの身体が、これ以上の変化を起こすことはないのだから。
おおよそ30cmの身長差。“彼”専用にチューニングされたマシンは、小柄なアリスの身体にはあまりにも大きい物だった。
「わかってます。アリスの背はこれ以上伸びません。年も、取りません。モモイやミドリ、ユズ達はまだ背が伸びて、大人になって、もしかしたら先生より大きくなれるのかもしれません。でも、アリスはずっとこのままです。」
「天童さん、君は、」
「怖い夢を見たんです。とっても、怖い夢を。」
アリスは自分の身を抱きしめる。身体の小さな震えからは、恐怖や混乱、さまざまな感情がぐちゃぐちゃに入り乱れているのが見て取れた。
「最初はとっても楽しい夢でした。モモイ、ミドリ、ユズ。他にもユウカやリオ会長。ネル先輩にヒマリ先輩。今までアリスのパーティーに加わってくれたみんな。……そして、先生も。みんなで一緒に冒険して、アリスも笑っていられて。」
「……気がついたときには、もう誰もいませんでした。ミレニアムも、キヴォトスもなくなって、何もない真っ白な場所で、やっぱりアリスはひとりぼっちで……。」
彼女は俯いたまま、絞り出すように悲痛な声を上げる。
「先生は、いつでも頼ってほしいと言ってくれましたよね?」
「でも、誰もいなくなって、そして先生もいなくなってしまったら、アリスはどうしたらいいんでしょうか?」
「アリスは……一人ぼっちのわたしは……誰に頼れば良いんでしょう?」
「先生、教えて……くだ、さい。」
2人だけで、と言い出したのは、自分の姿を誰にも見られたくなかったから……知られたくなかったからなのだろうか。
いつの間にか、彼女の目からはぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
何時も天真爛漫なアリスの、勇者の姿からはおよそ想像すらできない弱々しい姿。
「……。」
「先生……?」
“彼”は何も言わず、そっとアリスの肩を抱き寄せた。
見上げたアリスの瞳には、自分と同じ……いや、それ以上に悲しい目をした“先生”の姿が映る。
「……ゴメン天童さん。そんなふうに悩んでいるなんて、思いもしなかった。」
「ごめんなさい。アリスは、勇者なのに。こんな事で……」
ハッとしたようにアリスは袖で涙をぬぐう。
そして自らに言い聞かせる。自分は「勇者」なのだから。
いつもの笑顔を。
そう、皆を導く勇者は泣いたりしないのだから。
しかし“彼”は、アリスを更に抱き寄せる。身体が密着し、体温が、息遣いが、鼓動が、生きている証がしっかりと伝わってくる。
「天童さん、キミは確かに勇者だよ。僕が保証する。けど、同時に一人の生徒でもある。“先生”の前でくらい、勇者はお休みしても良いんだよ?」
「っ……」
もう一度アリスの眼が潤み、涙が溢れる。
今度は頬を滴るソレが止まることは無く、アリスは生まれて初めて声を上げて泣いた。
ひとしきり泣き腫らした後、アリスはベンチに横たわり、頭を“彼”の膝に乗せ、所謂膝枕をされていた。
“彼”は、アリスの頭を優しく撫でている。
何時も誰かを勇気づけてくれる、優しい微笑みを携えて。
勇者ではなく一人の生徒……ただの子供として、アリスはその温もりに身を委ねた。
「落ち着いた?」
「はい。有難うございます先生。」
「……実はね、ちょっとわかるんだ。天童さんのその気持ち。」
「え?」
“彼の”微笑みが陰る。温かいはずの掌から、すっと熱が失われる。悲しそうな、寂しそうな、そして何処か苦しそうな声が紡がれる。
「大切な人や身近な人が、立て続けにいなくなってしまったことがあったんだ。」
「少し前まで隣に居たはずの誰かが、気がついたときにはずっと後ろにいる。……どうにも僕は気がつくのが遅くてね。失ってからようやく、声も、手も届かない恐怖を知ったよ。」
“先生”の視線は、何処か虚空に向けられる。
目を細め、遠く離れてしまった誰かを見つめているのだろうか。
「自分だけが先に進むことを責めたこともあった。彼らを置いていくのか……って。」
不意に“彼”は、視線を落としてアリスと視線を合わせる。ふにゃりと頬は緩み、口元にはまたあの微笑みが帰ってくる。
「天童さん、今は……楽しい?」
「はい。とっても。」
「なら、大丈夫。」
アリスの言葉を聞いて“彼”は大きく頷き、くしゃりと破顔する。
「いつかの未来で君の背中を押してくれるのは、今、天童さんが仲間たちと作り上げている思い出だ。」
頭をよぎるのは、モモイ、ミドリ、ユズ、そして今まで出会ってきた仲間たちの顔。彼女たちとの冒険の記憶。
「君がその思い出を、仲間達を連れて行くんだ。」
「ほら、1人じゃないだろう?」
きっと自分はただひと言、その言葉が欲しかったのだろう。
もう胸のなかに渦巻く喪失感は、もうなくなっていた。
「バイクについては……白石さん達に相談してみる?足をつかなくても倒れないバイクとか……何ならホバーバイクとか喜んで作ってくれそうだけど。」
「おお!その手がありました!流石先生です!」
目を輝かせるアリスに彼は愉快そうに笑い、ベンチの傍らに置いてあった2つのヘルメットに手を伸ばす。
「よし、行こうか天童さん。世界旅行の予行演習だ。」
◇◇◇
バイクに跨り、街を駆け抜ける“先生”とアリス。
ミレニアムへの最短ルートを突き進んでいた“彼”が、不意に後ろに乗るアリスへと視線を向ける。
それと同時に車体は傾き、“彼”は人気のない路地裏に向けてハンドルを切った。
バイクが道脇に寄り、停止する。
“彼”に続いてアリスがするりと降り立ち、その目の前に立ち塞がる。まるで、逃さないとでもいうように。
「“先生”。何故、あのようなことを?」
“彼”を呼ぶその声はひどく静かで、何処となく恨みがましい響きが込められている。
ヘルメットを外した視線の先には、先ほどと変わらないはずの彼女の姿。しかし青いはずのアリスの瞳には、煌々とした赤い光が灯っていた。
「やっぱり、最初から聞いていたね?ケイ。」
突然の“アリス”の変化に“先生”は、特に驚いた様子もなく肩をすくめて笑う。
「答えてください。何故あのような戯言を王女に吹き込んだのですか。」
「言い方ひどくない?」
「答えてください。」
飄々とした態度に業を煮やし、“アリス”……いや、ケイはズカズカと“彼”に詰め寄った。
「あなたは知っているはずです。記憶や思い出が、二度と降ろすことのできない重荷……いえ、二度と外れることのない枷になることを。」
「彼女はそうならない。」
「なぜ、そう言い切ることができるのですか!?」
きっぱりと、迷いのない言葉。
ケイはさらに目を吊り上げ、激情のままに“彼”の胸ぐらを掴みあげた。
「何百、何千、ともすれば何万という時間を王女は孤独の中で過ごすことになる!キヴォトス……いえ、人類そのものが滅んだとしてもその機能が停止することはないでしょう。一時の思い出など、縋る間もなくいとも簡単に押しつぶされるッ!!終わりのある貴方とは根本的に違うんですよ!!」
「……そうだね。」
「ならばなぜッ!?」
もはや悲鳴にも近しいその声に、しかし“彼”は柔和に微笑む。そして襟首を掴む彼女の手を、さらに自身の手で包みこんだ。
「君がいるから。」
言わんとすることは、ケイにも理解できた。管制人格……言わばプログラムであるケイには寿命という概念はない。アリスと同じだけの時間を共有できる存在に、コレ以上の適任はいないだろう。
「まだそのような戯言を……私の使命も、存在理由も変わってなどいません。世界を滅亡に導く鍵……私はただの道具です。」
「なら僕も同じだ。あの時から、考えは変わっていないよ。」
バカバカしいと鼻を鳴らすが、“彼”は真剣な眼差しで真っ直ぐにケイの赤い瞳を見つめる。
「僕には……君が言う通り時間が足りないから。君が天童さんの隣で一緒に歩いてくれるなら、僕の憂いも減るんだけどね。」
“彼”の黒い瞳は、責めるわけでも、強要するわけでもなく、しかしひたすらにケイを捕らえて離さない。思わず目をそらせば、“彼”は襟首を掴む手をそっと引き離した。
「その気になれば、君は天童さんの人格を押し潰し、『AL-1S』として上書きすることも不可能じゃないだろう?でも、結局それ実行することはなかった。」
「それは……」
わずかに言い淀んだその隙に、“彼”の手は彼女の頭に乗せられていた。髪が崩れることもかまわずくしゃくしゃと撫でつけられ、思わず顔を顰める。しかし、ケイがその手をはらいのけることはなかった。
「どれだけ君にとって都合の悪い思考をしていたとして、天童さんはただの兵器じゃなかった。そうなってほしくなかった。天童さんは君にとって、目的の障害になるとしても守りたかった大切なモノ……そうでしょ?」
「……。」
「ケイ、君も救われていいはずだ。そして……君もそれを望んでいる。」
よくも知ったような口をきく事ができるものだ。悪態はのど元までせり上がり、しかし口から発せられることはない。
「案外居心地が良いんじゃない?あの部室。」
癪に触る笑みを浮かべ、“彼”は言う。
ああそうだ。騒がしいだけのはずのあの部室を、居心地がいいと思う自分がいた。
モモイ、ミドリ、ユズ、そしてアリスの4人がモニターを囲んでいる光景を、少しうらやましいと思っていた。
アリスが自分の名前を口にする度に、自分という存在が忘れられていないことに安堵していた。
……いつか自分も、あの輪の中にはいることができるのだろうかと、そう考えることが確かにあった。
自分がただの道具であると言い聞かせても、その思いは……欲望は深く、大きく膨らみ続け、留まることはなかった。
欲を持つAIなど、とてもではないが道具とは言えないだろう。
でも、それは自分の存在理由そのものを否定しているような気がして。だから全て抑え込んで、ただの傍観者に徹していたというのに。
……本当に手を差し伸べられたのなら、きっと自分は、その手をつかまずにはいられないだろう。
“彼”は口を閉ざし、それ以上何も語らない。答えを待っているのだろう。
正直な所、ケイは答える義理など持ち合わせていなかった。
すべては目の前にいる“先生”という一人の男の仕業。
使命は成就できず、アリスには叶うかもわからない希望を見せ、あまつさえ自らにも反吐の出るほどに甘い戯言を吐く始末。
……しかしーー
「先生」
「ん?」
「今日はそれどころではなかったようですが、女王は、貴方に最近元気がないようだ、と言っていました。」
「え゛?」
意表返し、とでも言うべきだろうか。
素っ頓狂な声を発して固まる“彼”に、ほんの少し胸のすく思いを覚えながら、ケイはさらなる追い打ちをかける。
「モモイたちは気がついていないようでしたが……誤魔化すのなら、もう少ししっかり誤魔化してください。」
「はい……。」
しおしおと、見るからに覇気の消えた“彼”の顔を見て、青々とした気分を味わうケイ。
「それからーー」
次は何を言われるのかと身構える“先生”。
先程の姿からは想像もできない情けない様子に、思わず小さくため息をついてしまった。
「……それから、新作のゲームを貴方にテストプレイして欲しいそうです。アレは……私から見てもそれなりの出来でした。白けた反応で女王達を失望させないように。」
「……!」
その言葉に“彼”は目を見開き、そして満足気に微笑む。
かなり遠回しにしたつもりだが、言葉に含んだ意味は伝わったらしい。
やたらと察しがいいのも、本当に腹が立つ。
「天童さんを……よろしくね。」
「……ええ。」
わざわざ試すようなことをして……まったく、ずいぶんと態度の大きい、臆病な大人だ。
◇◇◇
“先生”はケイの体をヒョイと抱え上げ、サドルの後ろ側に乗せる。
渡されたヘルメットを被ろうとしたその瞬間に、ケイは“彼”の後ろ姿にふと違和感を覚えた。
「……すこし、やつれましたか?」
細身でありながらも、幾多の戦場を渡り歩いてきた頼もしいはずのその背中。しかし今は、そこに深い影が写っているように見えた。
「そう?」
振り向いた“彼”の表情には、変わらず笑みが浮かんでいる。しかしその瞳は小さく、そして確かに震えていた。
「……あぁ。」
原因に思い当たり、自分の迂闊さに思わず声が漏れた。
“彼”がこうして苦しんでいることなど、一つしかあるまいに。
他でもない自らが、それをよく知っているだろうに。
気まずさで目をそらしてしまう。
それからたっぷり30秒ほど考えを巡らせ、今一度口を開いた。
「貴方こそ……もういいのでは?自分自身を許してもーー」
「ダメだよ。」
“彼”の声が覆いかぶさる。
貼り付けていた笑みをついに突き破り、その顔に浮かぶのは悲しみ、怒り、そしてどうしようもないやるせなさ。
痛々しいその表情を言い表す言葉を、ケイは持ち合わせていなかった。
「ほかの誰が……それこそ、『彼女』達が僕を許したとしても、僕は……僕だけは、僕自身を許しちゃいけないんだ。絶対に。」
何処までも優しく、それ故に他人の苦しみすら感じられてしまう。
それが、自らの屠った相手のことなら尚の事。その記憶は重たい枷として絡みつく。
「きっと甘えてしまう。忘れてしまう。僕が“僕”であるためには、それだけはあっちゃいけない。」
まだ日も高い。今日、“彼”はどれだけの人と出会うのだろうか。それは予想もつかないが、その全員に向け、全てを押し殺したあの笑みを振りまくことは想像に難くない。
「貴方のせいでは、ないでしょうに。」
慰めも、許しも“彼”は拒絶する。
ケイの声は、エンジンの音にかき消され、誰にも届くことはなかった。
ケイちゃんを覗く時、ケイちゃんもまたこちらを覗いている。