エンディングの内容に触れていますのでご注意ください。
登場人物 太公望・ツタンカーメン・斎藤・永倉・マスター(表記:あなた)
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森を抜けたところにぽつんと一軒家があり、そこがそば屋を営んでいることをなぜだか斎藤は知っていた。あなたたちは暖簾をくぐって中に入ると、四人掛けのテーブル席が店の半分以上を占めており、奥の壁際は座敷の席になっていた。
「大将、五人なんだが座敷の席は空いてるか?」
そう永倉が声をかけると店の大将は厨房からひょこりと顔を出し、こくりと頷いた。それを合図に斎藤がお手本を見せるように靴を脱いで座敷の席に着いた。ツタンはこてんと小首を傾げながら、その様子を見ていた。
「ここで靴を脱ぎまするか?」
「そう。ここは靴を脱いで上がる席なんですわ」
「こういう席はほら、こうやって足を伸ばせるんだ」
斎藤の隣の永倉が試しに後ろに手をついて足を思いきり伸ばしてみせると、ツタンはおお、と感嘆の声を出した。
「まあ食べるときは胡坐とか正座なんですけどね」
ツタンが靴を脱いで永倉の隣に着席すると、太公望が斎藤の真向かいの席に詰めて座った。
「マスター」
あなたが太公望の隣に座ると、接客の娘がお冷を五人分出してくれて、あなたはそれを律儀に振り分けるようにお冷を順に渡していく。四人はそれぞれ「ありがとう」と伝えながら、お冷を受け取っていく。
壁に立てかけられているおしながきを斎藤が隣にいる永倉と真正面の太公望に渡して、それぞれ横並びにおしながきを眺める。
「呑んでもいいか?」
ちらりと永倉があなたの方を見つめる。あなたはいいよと小さく頷くと、永倉はニカッとはじけるような笑みを浮かべた。
「斎藤はいつものやつだろ? ファラオの坊主はどれにするよ?」
そう言ってツタンにおしながきを近づける永倉に、ツタンは感謝の言葉を告げる。
「感謝申し上げまする。恥ずかしながら、そばなるものを口にする機会がこれまでなく……」
そう言いながら、ツタンはおしながきを読み進めていく。そばの種類とその隣にあるイラストにツタンは瞳をきらきらと輝かせ、さらには「温冷」という字に視線を奪われたかのようだった。
「ここまで種類豊富となると少々判断に苦しみまするね。しかしながら、食でここまで嬉しく迷える日が来るとは……有難き幸せにて」
そう噛みしめるように言うツタンを見て、永倉は思わず彼の頭を撫でて、それから髪をくしゃくしゃと揉みくちゃにする。
「おう悩め悩め!」
「わ、わ」
ツタンには頭を撫でられる機会などほとんどなかったから驚きを隠せなかったが、これは永倉の喜びを分かち合うような所作であることはわかりきったことだったから、喜んで受け止めた。
そんな様子を見守っていた斎藤はため息を吐きながらも、どこか微笑ましい表情で二人を見守っていた。
「新八お前、不敬な物言いと態度には気をつけろよ」
「あん?」
「その子、王様だぞ」
「王様!? 坊主が!?」
「はい不敬ポイントー」
「斎藤殿、うぬは構いませぬよ」
あなたは真正面に座る三人のやりとりを見て、思わず笑みがこぼれる。どこにいても、かれらは変わらないやり取りをする。各々の世界や常識、日常を否定せず、言葉や表情からこぼれ落ちていく眼差しをかれらは互いに掬い上げる。
「マスター。マスターはどれにしますか?」
横から太公望がおしながきを見せてくれる。太公望は決めたの、とあなたは尋ねると、彼は「ええ」と短く答える。
「僕はこのにしんそばにします」
あなたは天ぷらそばとざるそばで迷っている。今回のフェス用に用意したお小遣いのことも考えると、他でも使うからとあなたはざるそばを指差した。
各々注文をしていると、ふと隣にいる太公望がトッピングの天ぷらを指差した。
「これも追加で」
先程あなたが迷っていたことを太公望はあなたの視線の動きでわかっていた。あなたは太公望の方に顔を向けると、彼は何も言わずににこりと微笑んだ。
それを真正面から見ていた斎藤は実に面白くないと思ったのか、「僕も追加でぇ」と言いながら、おすすめの季節の天ぷら盛り合わせを頼んだ。
「斎藤くんよく食べるんですね」
「ハハ、あんたもね」
こんな大人数で食事をするのは久しぶりであることに気がついたあなたはどんどんお腹が空いてくる。
「申し遅れましたがマスター殿」
そう改まってツタンがあなたに声をかける。あなたはツタンの方を向くと、ツタンはやわらかい頬をゆっくりと上げて年相応の笑みを浮かべる。
「今日は一段と華やかで、歓びを纏っているご様子。とても素敵でござりまするよ」
ありがとう、とあなたは言う。ツタンもその白いジャケット、なのかな、とってもよく似合ってる。胸元の花と、ハルの花冠もおそろいで素敵だね。
そうあなたが率直な気持ちを伝えると、彼は花が咲くように笑って、ハッと我に返って一度下を向く。けれど、すぐに顔を上げて、あなたからもらった言葉を慈しみながら改めて見つめ返す。
「うぬはとても幸せにござりまする」
幸せを噛みしめるツタンに、周りも笑みをこぼす。
「ツタンくん、抜け駆けはずるいですよー」
太公望がそう言うものだから、あなたは彼の長い美しい黒髪に触れながら、太公望も楚々とした雰囲気でよく似合ってる、と微笑む。すると太公望は、照れ隠しなのか少し固まって、右手で顔を隠した。その様子を見ていた斎藤と永倉も思わず視線を泳がせる。あなたは今言っておかないと、と思い二人にもあなたの思いを伝える。
一ちゃんのことだからきっと動きやすさ重視で選んだのかもしれないけど、さりげないおしゃれさがいいよね、袖のフリルとか。
永倉さんは橙色もよく似合うね。すごくかっこいいよ。統一感のある色味で素敵だよ。
各々恥ずかしそうに顔を下げるものだからあなたは嫌だった?と苦笑いしながら念のため訊いてみると、四人はすぐさま顔を上げて、各々否定する。
「そりゃあ気合い入れてめかし込んださ」
「ええ。マスターをエスコートできる機会ですから頑張りましたよ」
「でも改めてマスターちゃんに真正面からそう言われると、さ……」
「これはとても照れまするね……」
顔を真っ赤にしながらも、受け止めてくれる四人にあなたはよかった安心した、と小さく笑った。
「お待たせしました。季節の天ぷらです」
斎藤は頼んだ天ぷらが盛られた皿をあなたの前に移動させる。
「どうぞ、マスターちゃん」
あなたはいいの?と訊くと、彼は「もちろん」とやわらかく微笑む。それを横で見ていた太公望はようやく察したようで、してやられた、と雷が落ちたような顔つきになった。
次いで太公望が頼んだ天ぷら盛り合わせと、各々が頼んだそばがやってくる。
「みんなそば来た?」
「ワリィ俺のがまだだわ」
「先食っていい?」
あなたは待ってあげようよ、遠いながらお腹の虫がぐるぐると鳴る。恥ずかしくて思わずお腹を押さえるが、それでもあなたのお腹はきゅるきゅると鳴る。
「先食っといていいぞ、腹ペコマスター」
ニカっと意地悪気に笑う永倉に、斎藤は「んじゃお先」と言って手を合わせた。
「いただきます」
そうやってみんなが手を合わせる。
あなたはざるからそばをゆっくりと箸で持ち上げてそばつゆにつけて口に運ぶ。先程斎藤からもらった天ぷらも塩をちょんとつけて食べる。あなたが味わって食べていると、斎藤は頬を緩ませながらあなたを見つめる。
「美味しい?」
うん、ありがとう。飲み込んだあなたがそうお礼を言うと、斎藤は「それはなにより」と言って自身のそばを食べはじめた。
太公望は行き場のない天ぷら盛り合わせを動かして「じゃあこれはみなさんで分けましょうか」と天ぷらの皿を真ん中に置いた。
「それはなんでござりまするか?」
ツタンは物珍しそうに天ぷらを凝視する。隣の永倉は「こりゃあ天ぷらだ」と説明をする。
「ファラオの坊主だったらサツマイモの天ぷらなんかがいいんじゃないか? この平べったいのだ。ほれ」
そのままでもいいけど、つゆや塩をつけても美味しいよ、とあなたが言うとツタンはふむと一口そのままで食べてみる。
「……これは、食感が面白くござりまするね。斎藤殿のそばに入っているものもこれと同じものでござりまするか?」
「これはじゃがいものコロッケだね。ちょっと調理方法と衣が違うんだなあ」
「ふむ。いろいろな料理を一度に味わえるのは面白うござりまする」
「まあ、美味けりゃあいいからな」
そう言うと永倉のそばがやってきて、ついでにと永倉はもう一杯酒を注文する。
「お前、呑みすぎんなよ」
「わぁーってるって。そもそもこんなのじゃあ酔わねえよ」
あなたは斎藤からもらった季節の天ぷらを完食する。すると太公望が「マスター」とあなたを呼ぶ。
「よければ僕の分もどうぞ」
季節の天ぷらにはなかったエビの天ぷらを大公望は菜箸でマスターの皿に盛る。あなたが一番食べたかった天ぷらだったから、あなたはいいの?と彼に問う。
「がんばった貴方のために頼んだのですから当然ですよ」
あなたは嬉しく、じゃあ遠慮なく、とかぶりつく。頑張りを認めてもらえるのは、嬉しいことだけど、いつもどう返事していいのか貴方はわからなかった。その頑張りは当然で必要不可欠で、当たり前の働きだから。前提にある頑張りを、当たり前のように認めてもらえるのは歯がゆいけれど、少し昔に戻れたように思えて、ほんの少しだけ安心できた。
「ごちそうさまでした」
「いやあマスターよく食べたなあ」
「いい食べっぷりでしたね」
そう言われてあなたはそれほどでも、と照れていると、太公望が先程の戦闘を振り返る。
「それにしても、先程の斎藤くんと永倉くんの、良いコンビネーションでしたね。互いの背中を任せながら敵を薙ぎ払うのは、見ていて気持ちよかったです」
「そのお気持ち、とてもわかりまするよ。互いの能力の信用ゆえの行動でござりまするね。なかなか至難の技巧にて」
「えー……なんで今?」
少し照れくさそうに斎藤がそう言うと、隣にいた永倉が斎藤の肩に腕を回して「おうよ!」と勢いよく返事をした。
「太公望の兄さんわかってんなあ! そうなのよこいつ、普段はこんなだが、やるときはやるんだぜ!」
「お前は呑みすぎ!! 酔っぱらってるだろ!?」
「なんたって無敵の剣だからなあ~?」
「お前マジ黙ってろ!?」
顔を真っ赤にした斎藤は永倉の頬を引っ張る。それでも永倉の喋りは止められない。
「でもあんたら二人の術式も大層なもんだったぜ! 俺たちは刀ぁ振ることしかできねえからな」
「そうそう。お二方いてこその達成感ですよ」
そうあーだこーだと言い合いながらも健闘を称える二人に、太公望とツタンは顔を見合わせて、ふふと笑った。
「皆、同じことを考えていたようですね」
ちらりと四人があなたに視線を向ける。あなたはその視線の意味がわからず、首を傾げる。
「マスターちゃんの指示が聞こえたとき、さっさと終わらっしてやんねえとなって思ったのよ」
「さっさとあいつら倒してよ、お前を労いたいと思ったんだ俺たちは。せっかくこんな洒落込んでんだからな」
あなたは嬉しくて、みんなありがとうと言葉が先に口から出ていく。
すると太公望は「いやだなァ」と軽く笑った。
「これからもよろしく、でしょう?」
そう言うとツタンも姿勢を改めて胸に手を当てながら眼を閉じる。
「うぬらはマスターとともにありまする」
そうだね、とあなたは改めて強く思いながら返事をする。みんな、これからもよろしく、そうあなたが真っ直ぐな瞳で伝えると、皆嬉しそうに返事をする。頼もしい人だとあなたも、四人のサーヴァントも互いに思う。
どうかあなたに少しでも安らぎあれと、四人のサーヴァントは思う。それは祈りと少し似ている感情だった。誰かに願うものではなく、ただそう思うことしかできない弱さのなかに慈悲があった。
まだこんなことを想える人に出会えるなんて、と驚きつつも、このマスターだからこそだ、と納得もできた。
あなたは靴を履く。果てを、この先も歩き続けるために。
(完)