『空虚埋める夢と雑音』   作:鋏鋏レナ

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第0章1節 黒賢者

薄暗い部屋の中で、数千と青い光が俺の顔を照らす。

それぞれ別々のものを映し、別物を追っているそのモニターを俺はただゆったりと眺めていた。

 

竜人の運び屋が笑顔を客に向けている。

樹人と人間の商売が滞りなく上手くいっている。

祭りのように賑やかなギルドやレストラン。

 

「……あまりにも平和すぎるな」

 

ぼやいて、俺はコーヒーを一口飲み、モニターの電源を落とした。

雑に手元に置いていた数枚の書類に目を向けて、考え事に浸っている。

数多の国。数多の種族。

それが幾つもの人の人生を回すこの世界で……

俺はただ一人、知識を探究していた。

 

 

 

今、このカルエント……いや。

この地方には幾つもの問題が渦巻いているのだ。

"大冷戦時代"とでも言うべきだろうか。

この平和な世界を揺るがしかねない様々な災厄が

確かに巣食っている。

 

ざっと分けて三つ。

金魔女の政治。

三魔王の冷戦。

最大脅威……ワールドクラスの魔物の自然な登場。

 

一つはとある貴族令嬢が悪どい政治を行っている事柄。

二つ目は魔界の魔王達……

厳密には二人の魔王が現世であるこのシルフィードの大地で

腹の探り合いを行っている事柄。

そして三つ目は討伐隊を組まねば倒せないほどの、

驚異的な魔物の存在。

それをギルドは"ワールドクラス"と名付けて、危険視している。

 

俺はとある友人に情報収集を、特に魔王周りの事で頼まれていてね。

そういった様々な裏の情報を集めていたのだが……

幸か不幸か。

その情報収集力が城やギルドに目を付けられてしまってね。

俺は今では"公式情報屋"としても、"公式裏情報屋"としても、様々な奴等に頼られる立場になってしまったんだ。

ま、面倒だとは思ってないんだが。

情報の方から歩いてきてくれるような役割になれたんだ。

利用しない手はあるまい?

 

……おや。

 

様々な話で混乱させてしまったか?

それもそうだろう。一旦忘れてくれて構わん。

俺もこの話を全て知るのに何年かかったかわからんからな。

 

申し遅れた。

俺の名はソーサルヌス=アグニア。短縮名はソーサー。

当世界の世間では"黒賢者"と呼ばれる情報屋をやっている者だ。

 

順を追って説明すると言いながら

突然途中の情景から語ることについては申し訳ないとは思っているよ。

だが、こう話さざるを得ない理由がひとつあるんだ。

 

……なんだと思う?

ククッ、勿体ぶらずに言えだと?これは失敬。

 

そうだな。

俺にはカルエントに来る前の記憶が全く無かった。

 

滑稽な話だろう。賢者と呼ばれる者が自分に全く無知だとは。

俺が昔どんな事をしていたか、というのを

知っている人物は霜魔王しか居ないんだ。

それもまた、可笑しな話だが……

何時から記憶を無くしていたかも分からない。

気付いた時には、過去が分からなくなっていたんだよ。

 

俺はどうやらこの国、カルエントに降り立つ前……

魔界に居た時も"黒賢者"と呼ばれていたらしい。

必死に努力して、情報を集めて、人に知識を与えていたのだと。

……聞くだけだと、今の俺と何ら変わらんが……

全く失くなった記憶なんてさ。興味が湧かないか?

忘れた事は思い出したくなるのが当然というものだろう?

だから友人殿には申し訳ないが、

俺は頼まれていた情報探しよりも、

ここ暫く自分探しに熱中していたんだ。

自分と同じような境遇の人間を探したり

忘れた事を思い出す薬を探したり、

それはもう色んな探し物をしたもんだ。

 

そんな熱量が"異常"を呼んだのかもしれんな。

丁度この日、この日だ。

とある事件が"始まる"事になったんだ。

 

 

 

「――仕方ない」

 

……ああ、そうだな。

椅子を回転させ、暗くなったモニターに背を向けて立ち上がる。

こんな辺鄙な隠れ家に引き篭っているだけでは駄目だ。

ただ眺めているだけでは手に入らないものもある。

偶には自分から出向く必要がある。

少しの散歩と行こうか。

 

そうして、自室の出口に向かおうとした時……

 

こん、こん。

 

不意にドアの叩く音が耳に届く。

 

「……誰だ?」

 

「私です〜……ヴェルーネです〜……。」

 

……ヴェルーネか。

声質的にも本人で間違いないだろう。

 

彼女はカルエント城の兵士、それも"憲兵長"だ。

とても広い大城下町の警護の仕事の管理を城から任されているとても上の立場の人物。

……まあ、小さい城の一兵士だ。

そもそも憲兵だけでは手が足りないというのに、

彼女はあろう事か、ギルドの受付嬢まで兼業している。

……俺も偶に受付側で仕事に呼ばれる事があるから顔も知っている。

 

「まあ入るといい。」

 

「良いんですか?……失礼します」

 

声色通り、恐る恐る入ってくる灰色の肌の女性。

カルエントにあるギルド、カルエントクエスターの制服を着て彼女は現れた。

 

「……非番か仕事中か知らんが、制服くらい脱げば良いだろう」

 

「違います〜。"今から"受付嬢の仕事があるんですって。」

 

「大変なもんだな。そうまでして金が欲しいのか?」

 

「む……色々知ってる癖に……」

 

「クク。」

 

彼女はこの世界にギルドが創られる前から、

カルエントのギルド創設に貢献している不老の種族だ。

故に人間であるカルエント王族すらも前世代から支えており、

多大な功績を働いている者である。

……と同時に、元々"英雄"である事を好む人物でもある。

だから活躍したいんだろうな。カルエントで。

 

「じゃ、じゃなくてですね。ちょっと此方に来たのにはワケがありまして……」

 

「そうだな。……態々俺の"裏情報収集用の隠れ家"を探して来る辺り、相当の話だとお見受けするよ。」

 

「話が早いですね。さすがです」

 

「何せお前には教えていない家だ。英雄や"正義"を好むお前には裏情報屋としての顔は刺激が強いと思ってね。」

 

「……王様に頼んだら普通に教えてくれましたよ」

 

「……奴が?……全く、教える相手は選んで欲しいものだな。」

 

一足先に来客用のテーブルへと足を進めて、近くの机からお茶のパックを取り出した。

 

「……で、なんだ?犯罪者の情報開示でも頼むつもりか?それとも俺を捕らえるおつもりで?」

 

「いや……残念ですが、そういうお話では無いんですよね」

 

「クク、残念がるなよ。どっちも国の為にやってる事なんだぞ?」

 

「だって"昔は結構色々やってた"んでしょう?貴方。……いやてかお茶用意して偉く余裕ですね!」

 

「襲撃するつもりなら仕事前とはいえ鎧くらいは着るだろう?……それにお前如きでは俺の確保は出来んよ。」

 

「ぐぬ……まあ、そうですね。ふん。ミルクティーでお願いします」

 

「順応の早い事だ」

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