「――ふぁあ。やっぱり、ミルクティーはホットですねえ。」
舞台変わらず、俺の隠れ家。
テーブルを介してソファに来客であるヴェルーネが座っている。
俺が用意したホットミルクティーを一口身体に染み渡せて、ほっこりとしている所だ。
「……仕事前にそんなもの飲んだら俺だったら眠気に負けてしまいそうなもんだがね。」
「え。ソーサーさんって眠気感じる事あるんですか?」
「それでも七日は余裕だよ」
「ええ〜いいなぁ……」
「……そんな事よりだ。談笑しに来た訳でも無いだろう」
「あ、そうでした。」
彼女が頬を叩いて顔付きを変えてこちらを真剣な眼差しで見つめる。
「……と言っても私のお願いってより、王様直々のご依頼をお伝えしに来たんですけどね。はは……」
そう言って彼女は、真剣な表情をすぐに和らげた。
「……ガウスが?」
「あ、また王様の事呼び捨てにして……」
「奴が乳飲み子だった時から奴を知ってるんだから別に良いだろう」
「私も知ってますよ。でも敬意くらいは払って下さい。仮にとはいえ貴方もカルエントクエスターの一員なんですから」
話が進まんから従ってやるんだが……本当に礼節に厳しい奴だな。
カルエント国王ガウス。
……国風に劣らず全てに対して優しい人物。
親の時代からそうだったが、カルエント王族は王族にしては自由な生き方を国民にさせてくれるような懐の深い人物だ。
その自由さから逆に城下町にあるスラムの存在を許したり、
ある程度俺のような"裏"を黙認してしまうような人物でもあるのだが……
人が不幸になるような事を決して許さない人物ではある。
そんな人物が俺の"裏"を使ってまで為したいこととは、
正直想像が全くつかないものだ。
「想い出だけで語ってはならんのかね。……で、そのガウス様が一体何を持ってきてくれたのかな。」
「それが、そのですね……。ソーサーさんは今、世界がどうなってるか御存知ですか?」
「……随分不思議な聞き方をするな。」
「ええと、あやふやですいません。でも世界に起きてしまっている大事件"らしい"んです。……ソーサーさんの情報収集能力なら御存知かと思ったのですが……」
「らしい?幾らなんでもあやふや過ぎるな。世界に起きている大事件なぞ、規模に絞らず言えば色んな事がありすぎる。ワールドクラスの脅威存在のような話ではなくてか?」
「それも大事件になり兼ねない話ですが……今も起きている"みたいなんです。これを見て下さい。」
ヴェルーネが懐から書類のようなものをテーブルに出した。
手に取って見てみると、それはカルエントにある飛行船発着場の発着履歴のようだった。
「……発着場の履歴か。……一ヶ月分あるな。これがどうした?」
「西側のライオンサニー国の履歴とかは特に大丈夫なんですけど……東の国の履歴を見てみて下さい。」
「フラド号275、7:30タートス国行き……7:32離陸…………到着履歴が返ってきていないな。」
「その他のルユザ行きとか、別の船も、到着履歴が向こうの方から来ていないんです。」
「だが……飛行船自体は帰って来ているみたいだな。同じ船の到着履歴もしっかりと記載がある。」
「そこなんですよ。あまりに向こうの国から連絡だけが帰って来ないので不審がって発着場の係員が一人の乗客に向こうで何か起きてないか聞いたんですって。そしたら……」
『記憶がない』
「って、言ったらしいんです。その他の乗客も全員記憶が全部抜け落ちてしまったかのように行った先の事を忘れてしまっていて……」
「……それは確かに謎だな。」
「でしょう?東へ行く行商ルートを使っている人達も向こうに行った記憶を全く持っていないらしくて……実質的に東の事情を全く知る事が出来ない状態が続いてるんです。」
「……ふむ。」
俺は立ち上がり、再度モニターの電源を入れた。
明かりのようにまた青い光が部屋の色を付ける。
「……どうしたんですか?」
「いや何。先程お前は"ソーサーさんの情報収集能力なら御存知かと思った"と言っただろう?」
「……まあ、言ったと思います。ってうわ、ホントに色々映してますね……てかお、温泉の更衣室まで見てるんですか!?エッチ!!やっぱ捕まえていいですか!?」
「色欲目当てで俺が見ていると思うか?案外こういう所に物を隠したりする奴が居るんだよ。というか今はどうでもいいだろう、目を隠すな目を……」
突然立ち上がったヴェルーネに一瞬妨害されたが再度彼女を座らせた。
一通り、何百もの小さいモニターに目を通す。
チャンネルを切り替えるようなリモコンも操作して、適宜画面を切り替えてみた。
「うわ〜、目が可笑しくなりそう。せめて部屋の電気付けませんか?ソーサーさん」
「……検知」
「え?」
そう言って、俺はひとつのモニターを指差した。
そのモニターには、霧のようにぼやけた"何か"が映っているのみで、その先の景色は全く"見えないようなもの"になっていた。
「……なんでしょう、これ。何か映ってるような、映っていないような……」
「俺が見ている情報はカルエントだけじゃないと言ったらわかるか?」
「まさか、別国に設置したカメラですか?」
「そうだ。……ここに配置しているのは本来タートス国の一部を遠巻きの画角で映したカメラだった筈だ。」
「……そう、言われたら他の映像も何個か見れない物があるような。これって全部……地方東用のモニターなんですか?」
「どれだ?……ああ、そうか。ここか。うん、そうだな」
「なんでそんなあやふやな見つけ方なんですか……?」
「……クク、面白い。」
「何がですか。」
「これが笑わずに居られるか?」
リモコンを操作し、指差したモニターの画面を全てのモニターに映した。
全て、何かは映っている。然し何も解らない。
気持ちの悪い感覚に陥るような不可思議の深淵がそこにある。
「"この俺が気付かなかった"んだよ。モニターの不調に気付かなかった。この問題を持ち込まれるまで……俺はこの事象を把握する事すら出来なかった。」
「……単に見逃したっていう話では無くですか?」
「断言する、それはない。」
「ううん……。てかこの画面、なんかちょっとやな感じなんで消しません……?」
「モニターの番号をメモっておくか……」
モニターの電源を消した。棚からメモ帳とペンを取り出す。
「……この事象、俺にはひとつの仮説があってね。」
「仮説……ですか?」
メモにペンを走らせながら、言葉を続ける。
「この事件には誰も知覚出来ないようなジャミングが施されているかもしれない。」
「ジャミング……?」
「要は妨害だ。どういうメカニズムかは解らんが、かなり大規模な遮断魔法か結界か……今頃東ではとんでもない事が起きているのかもしれんぞ。」
「とんでもない事って……飛行船自体は無事に帰ってきてますけどねえ。」
「それも確かに謎のひとつだが……。そうか、ガウス様はこの異変と解明しろと、危険が無いかを調べろと、頼んでいるんだな?」
「そういう事です。……やれますか?」
「随分と面白いネタを持ち込んでくれたな。」
ペンを置いた。
メモには今からやるべき事が事細かに綴られている。
「全霊を以てこの現象を暴いてやる。……暫くは暇にならずに済みそうだ」
「……じゃあ、そういう事で。報酬はなんかガウス様からいっぱい出ると思います。私は今からお仕事なので、失礼しますけど……」
「……では、また国王の下に行った時に伝言でもしておいてくれ。」
「なんですか?」
「ひとつだけだ。今から調べるこの異変を"知れずの異変"、"ヴェイル"と名付ける。……とな。」
「へ、ノリノリじゃないですか、ソーサーさん」
「近頃同じ話題で退屈していたんでね。それこそ良い刺激になりそうだよ。」
「……何が関与してきて、何で発生しているか分からない事ですからね。くれぐれもお気を付け下さいね」
そういって深々と礼儀正しくお辞儀をして、ヴェルーネは部屋を後にした。
……すぐさま俺も行動に移るとしよう。
まずは情報収集、そこから……様々な仮説を立てる。
鬼が出るか、蛇が出るか、なんだっていい。
「……益のある戦いを望もう。」