裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
「――まずは同胞を無力化する!囲め!」
「王に槍先を向ける兵には、最も重い罰を…死を!紛い物の女王も同じだ!」
ある冒険者の男女は、腕から夥しい量の血を流しながら、目の前の惨劇に呆然としていた。「シウ・ゼヴァクの魔兵」は守護者の任を棄てて、同胞狩りに興じ。身なりの怪しい同業が、逃げる市民を背後から襲い、下卑た笑みを浮かべているからだ。
片方、彼女の傷は、同業の奇襲を受けたことが原因だ。男性は刃に毒が塗られていないことを不幸中の幸いだと思いながら、水の魔法を自身と女性の傷口に当て、きつく布で縛った。
「うっ…くうう…。すまん…。」
「いいよ。…報酬に飛びつかなけりゃあな…。」
そう呟きながら冒険者の男性は空を見上げ、顔を青くした。頭部に人面を貼り付けたような異形が、徐々に近づいているからだ。
それらを観測した、「上位種」というものを知らない人々は、芯から震え上がった。
物語に現れるような怪物が、現実となっている。異相付き狩りで荒事に慣れた戦士であろうと、真の怪物を目の当たりにすれば、鍛えた体も役に立たない。ルヴネトは大陸の中心にあると言えど、そこで起きた戦いの詳細までは伝わり切っていなかった。
美しき白銀の王都が、蟲と醜悪な人の性で汚されていようとしている。冒険者の男女は死の恐怖から、口から内臓が出るほどに心臓を鳴らし、家屋の陰で怯えるしかなかった。
しかしそれは長く続かなかった。半笑いの底冷えする声が聞こえ、先ほど片方の女性を刺した昏い瞳の下手人が立っていたのだ。
下手人の右腕には「束ねられた腕」たる刻印が押され、血走った瞳からは、ぎゅるぎゅると細いものが飛び出ている。それは脳から零れた蛆だった。
「おいおい、探したぜ…。そんなところに隠れちまって…どうせ死ぬんだから、楽しもうじゃねえか!なあ!」
「くそっ…てめえみたいなのに、構っていられるか…。おいあんた、立てよ!」
「男が先だ…!女は――」
冒険者の男性がぐいと手を引いている間に、「束ねられた腕」の一人たる男が、権力をも誇示するように、右手に持った斧をぶんと振り被る。しかし、それが下ろされることは無かった。切り離された腕が宙を舞っていたからだ。
「お、俺の腕え…てめ――」
「――咎人の群れが、我が物顔で歩きやがる。お前の頭にもいるぞ……汚らわしい化物の素が。」
黒いヴェールを兜につけた騎士が、鮮血を路上に撒き散らす男の背中を踏みつけ、髪をぐいと引っ張り上げ悪態をつく。そして汚いものを触ったように、左掌から「灰燼魔法」を放った。
「束ねられた腕」たる一人の絶叫は、すぐに灰に埋もれ、内臓から原型を失くしていく。黒いヴェールの騎士は鼻で笑った後、手の中で蠢く一匹の蛆をも残さず燃やし尽くした。
あまりの光景に冒険者の男女は目を逸らし、それでも命が救われたことから、軽く頭を下げた後走り去る。シウゼヴァクの外へ、蟲でない上位種に包囲されていることも知らず。
魔力で場を浄化している騎士へ、同じく黒いヴェールを被ったクロスボウの男が近づく。振り返ったその男は、「黒血絶ち」の隊員であることを理解し、隣に立つ戦士へ口元を締めた。
クロスボウの男は、組織外の者に活動を見られたことへ皮肉を滲ませ、軽口を叩く。
「やるじゃあないか。リシディア騎士に潜っていただけはある…。『名誉』をくださるよう、代わりに嘆願しようか。」
「くく…相変わらず口がよく回る。…そいつは、新人か?」
「大母の命で、ただ一時的に組んでいるだけに過ぎない。…鎮圧に協力してもらいたい、問題ないか。」
「…いいだろう。それは、気休めで終わるとしか思えんがな…。」
リシディア騎士として潜伏していた男の同意により、彼らは一度散開する。混乱は既に、王都中に広まっているからだ。
戦士オズは、王都に散らばる下手人の始末を優先し、越境の協力者たる「黒血絶ち」の面々はそれぞれ奇襲を仕掛ける。殺し合いを知らない民は、巻き込まれるべきではない。人の醜悪を何よりも知る「黒血絶ち」は、日向の明るさもよく知っている。
そしてしばらく、状況が好転しないまま時間が流れていき。ついに、蟲の群れがシウゼヴァクへ魔の手を伸ばそうとした時。一筋の閃光と共に、巨躯が地上に現れる。
顔から足まで、すっぽりと赤褐色の鱗で覆った戦士。
何者か、化物の仲間かと怯える民の前に立ち、彼女は左腕を天に突き出す。すると、紅の光*1が夜闇を一瞬だけ輝かせ、蟲の一部を消し飛ばした。
民はすぐに気づく。シウゼヴァクへずっと漂っていた、氷のごとき気配を戦士は纏っている。王は外部から訪れた者には貫くような視線を、国民には春の日差しのごとき微かな温かさを与える。
姿なくとも王は、シウゼヴァクを常に見守っているのだと、民は信じていたために。
戦士、ハルランは遅かろうと宣言する。「ゼシニスの知恵」たる傑物は、ついに力まで得たこと。心臓の王の戴冠を。
「――我が血潮を、民のため捧げよう! 魔兵たちも遊んでやる。さあ……来い!」
ミグゥニに狂わされた魔兵たちが、魔力で動く馬を駆り、堂々たるハルランへ突撃する。彼女が指を弾けば、氷で出来た小さな竜が舞った。
◆
人は何かに縋らずには生きていけない。支えが少なく、そして大半を占めるものであると、瓦解した時激情か虚無へと陥る。越境を昇りつめた冒険者の内一部にとって、大母とは越境組織の柱であった。
喋る人形のような位置づけだと矮小に落とし込まれ、かつての烈火を伝承でしか知らずとも、「越境」の二つ名を冠せる者は、モユヌエしかいないと。
現時代では強者に分類される冒険者も有象無象であり、英雄らしい凶器を持たないただの人間だ。また、どれだけモユヌエへの忠を捧げていようと、崇拝だけでは人の本質を覆い隠せない。ならず者や平民の出が清廉潔白でなど、ありえない。
故に疑心に駆られ、己の猜疑と力不足を憎んだ大母は去り、図体の大きな子どもだけが残った。しかしそれは上層の冒険者たちにとって、見放されたのと同義だった。
反対に、権力を振りかざしていた者たちは、邪魔者がいなくなったことへ歓喜した。後釜に据えられた男を排除しさえすれば、越境組織は我らのものだ。頂きの座へ、ようやく手が届くと。
迷子と無法者は別の感情を抱きながら、甘い蜜を差し出される。一方には大母の似姿、もう一方は分不相応な力を。
与える者、この世界の不条理を作り上げた要因の一つは、いつでも人類の自滅を望んでいる。煮え滾る復讐心は薄れ、かつての高潔は砂のように崩れ、底に残った空しさと悪意だけを撒き散らす。
それは深く、血に湿って薄暗いゼシニス大陸の闇の核と言える。
ソレオの信奉者などの邪教徒、上位種に心酔する悪人、巨大組織の裏側で我欲をむき出しにする術師。それらの奥を探り、正体を暴こうとすれば必ず一つにたどり着く。「黒血絶ち」の天敵とも呼べるそれらは、名を冠さず、ついに滅びを目前とした旧都を漁らんと画策した。
山越えのため越境からの招集のために集った戦士たちや、シウゼヴァクの守護者たちは、三方を囲まれている状況だ。上位種に操られた戦士に裏切り者たち、蟲や翼の生えた上位種と、何もかもが彼らの足を引っ張る。
しかし、時代の変遷はすぐそこまで迫っている。偽りの平穏を引き剥がされ、暗がりに転がり込むように見えるゼシニス大陸にも、確かに光明があるのだ。
夕日の向こうから飛来し、「王」を迎えんとする醜悪たちが、時代の終わりを告げ。空を突き抜ける刃こそが、新たな時代の兆しとなる。
赤褐色の竜騎士が戴冠したとき。同時に、ラーマイマの山陵から、巨大な剣の矢の雨が飛び、化物を撃ち落とした。
人類の叡智として広められた「全域探知魔法」が、対象を捉えたのである。
その頃エドワルドたちは、「微睡みの棺」があった地下室よりも、更に地下へ潜っていた。シウゼヴァクで勃発した戦を目で見て知り、エドワルドとモユヌエ二名は自己嫌悪に陥りながらも、被害を最小限に止めるためケルと共に進む。そこは、地底に自然に出来上がった空洞だった。
術式と遺骸で舗装された戦跡が、物語っている。まやかしによって首を自らの手で絞めながら、古き戦士は己の命と引き換えに、蟲を餌も配下もいない場所に閉じ込めたのだと。
ひび割れた、ドーム状の結界から劇毒の如き歌声が聞こえる。人の欲望を肥大化させる恐ろしき魔法が。
エドワルドは手慣れた様子で魔法を行使し、自身と彼が何より大切にしている幼子、胸を苦しそうに見上げる女性の耳を塞ぐ。
そして完全に正気へ戻るため、密かに購入していた丸薬を口に含み、がりと噛んだ。彼の口内は苦味で充満する。
◆
俺は同行者二人の様子を見て、未だぼうっとしているケルの頬を軽く叩く。熱に浮かされたように口を動かしていることから、モユヌエも正気に戻り切っていなさそうであるため、背中を叩いた。
すると二人とも目を瞬き、辺りをきょろきょろと見始める。モユヌエが両手から白糸を伸ばし、俺たちの腕に巻きつけた。
ミグゥニの幻惑は大したことは無さそうだ。結界で阻まれているため、威力が下がっているだけとも考えられるが。
『助かったぞ、エドワルド! ミグゥニめ…こんな婆に何を見せるか…。』
『うん、やっぱりエドさんは、一人だよね…?』
『二人とも戻ってきてよかった。…俺の兜の形状は特別ではないから、旅の途中で見かけることはある。今度一緒に鍛冶屋へ行こうか。』
『そうなのっ!? えへへ…なら、エドさんだらけにも…。』
『…気を引き締めるのじゃ! 奴の脅威は計り知れん…ミグゥニ一体の統率で、うちの故国を滅ぼしたのじゃぞ…!』
『ご、ごめんなさい…。』
ケルとモユヌエの声が直接頭に響き、俺も気を持ち直す。
上位種が扱う魔法の中で、幻惑は最も厄介な技だ。声や外面だけの美貌、肢体などを利用し、主人公の勇者たちの行動を妨げてきた。
それに対抗できるのが、魔法「魔力の薄膜」。耳や鼻などを塞ぐ、手軽で最もたる手法だ。
応用が効く魔法ほど、覚える価値がある。やはりケルにはまず、耐性系の魔法こそを習得してもらうべきだ。
モユヌエならば、耳を塞ぐ術は持ち合わせているだろう。俺はケルにのみ「魔力の薄膜」が長い間持続するよう重ね掛けを行うと、曲がりくねった道の先を見た。
俺はこのマップを知らない。つまり、主人公の勇者が立ち入ることができないエリアであったということだ。
人工的に舗装されたように見える細道の横には、白骨化した戦士の亡骸が狭い間隔で並んでいる。そのどれもからぼんやりと靄が出ており、俺たちが通るたびに消えていく。
何だと思っていると、ケルが虚空に向かってにこやかに、時に真剣な面持ちで話し始めた。話しぶりからして、亡骸から出ていたのは、どうやら亡霊らしい。
俺の視力も特別な領域に順応してきたかと、少し喜ばしく思っていると、モユヌエが小さく笑った。よくよく考えてみれば、巻きつけられた白糸は念話のような機能だけでなく、心の中も覗ける代物ではなかったか。
『お主はそんなことでも楽しくなれるんじゃな。ふふっ、大きくなっても童のようじゃの。…気を張っておったのに、また抜けてしもうたわい。』
『…お恥ずかしいところをお見せしました。』
俺は頭の中でそう言い、首を傾けてから段取りを整理し直す。ミグゥニの討伐は最優先事項であり、必ず達成しなければならないことだが、シウゼヴァクの防衛の成功が目的であることを忘れてはならない。
つまりは、ミグゥニは大将であろうと前座と言える。寄り集まった上位種の方が、俺にとっては恐ろしい。
しかし作戦を完遂するにあたって、俺には引っかかる点が一つあった。
詳細な作戦を話したときのハルランの言い分には、含みがあったのだ。俺たちを騙すわけではないだろうが、彼女は何か共有していないものがある。
『…モユヌエ殿。貴女に危害が及ぶ前に、倒しきってみせます。結界の修復を邪魔されないように。』
『うむ、頼んだぞ。じゃが、それほどに早く決着は付けられぬじゃろう。…お主やケルだけに負わせぬ。結界の修復が終われば、うちも力を添えるのじゃ。…うちの技は、人形だけにおさまらぬところを見せてやろう。』
モユヌエは胸をぱんと叩き、切れ長の瞳を結界へ向け、忌まわしそうに睨みつける。
長い道も終わり、結界の中も見える。辛うじて人型を保った肉塊が舞うように動き、震えていた。