裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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いつもありがとうございます。本日はもう一話投稿します


どうなろうと、人らしく

 遺骸と、巨大生物の骨で模られた道は長く、だがついに結界の前まで着く。結界が壊れかけているならもっと暴れている想定だったが、聴覚と嗅覚の遮断だけで済んだ。

 俺はそれに違和感を更に強くしながらも、慎重にドーム状の結界の中を覗く。

 

 術式が規則的に浮遊する結界は半透明であり、中にあるものはぼんやりと映る。

 硬質な白き平面に、一体蠢くものがいる。モユヌエより少し小さい、金糸のような髪がへばりついたピンク色の肉塊。表面に芋虫が這う化物である。

 俺がスクリーン上で見た「溶解せし巨人の臓物」と変わりない化物具合だ。

 モユヌエが結界に左腕を伸ばし、触れる寸前で止め、吐き捨てるように言う。この肉塊の正体を俺たちは知っている。いち早く気付いたハルランから聞かされたのだ。

 

 

『この苗床がまさか…かつての同胞とは……。減らぬ肉とは、何とおぞましいことか…。』

 

 

 モユヌエの同胞であった術師、ケチョウ。古い猛き戦士の中から出た裏切り者であり、モユヌエ自身は忘れているが彼女の師だったらしい。モユヌエはこの肉塊を、ミグゥニの屍か、それが結界内で産んだ子だと認識していたようだ。

 「閉じ込めていれば、何れ生命活動を維持できなくなる」という事前知識を得た上で、直に結界を見ればそう捉えても不思議ではない。結界の中はブラックボックスのようであり、魔力の流れも微かにしか感じられないほど、隔離されているからだ。

 そしてモユヌエからは、結界内の禍々しい魔力は年を追うごとに、減少していたと聞いている。ミグゥニが弱体化していると判断するのも当然だ。

 

 ケチョウのことで、ハルランは疑問を呈していた。リィートイはシウゼヴァクの現状を知っており、結界内にその古き民の肉体が放り込まれたならば、行き着く先をも理解していたはずだと。

 

 古い時代、先天的に白き炎を宿す者は、老いることを知らなかったという。生命活動が続く限り、肉体の再生は続く。つまり、肉塊が消えていないということは、完全に死していないことを示し、結界内のミグゥニにとって絶えず供給される栄養となる。

 どれだけ強力な結界でも、上位種の力は強大だ。わざわざ敵の利になることをするとは思えないと、ハルランは考えていたのである。

 

 ハルランのお陰か、ここ数年で一番体調の良い俺は、思いつく限り可能性を挙げ一つの推論に辿り着いた。

 これは、あからさまな罠だ。ケチョウ以外にも、人類を裏切った者がいると。

 

 

(気配も仕掛けもなさそうだ…。魔力の流れは…あそこが、結界が綻んでいる場所なのは分かるが…。)

 

 

 俺は、先ほどから周囲へ魔法「感知」を使用し続けている。封印されていようが、その結界が壊れそうならここは既に上位種のテリトリーだ。用心するに越したことはない。

 

 だが、罠らしきものが一つも感知できないというのは不自然だ。長い間を、人類の知恵によって閉じ込められた上位種が慢心していられると思えない。

 慢心を無くした上位種の上澄みは、手が付けられないほどの強敵だ。ただでさえ強いのに、侵略種族としての知能を全力で発揮されたら。

 

 強がってこそいたが、俺はミグゥニという怪物を心底恐れている。他の上位種、同族だけでなく蟲を取り込んだ種族も操る能力、本体が死んでも別個体に意識が移る不死性。俺が今まで相手取ったどの上位種よりも厄介で、人類を滅ぼしきる可能性が高い化物だ。

 

 やはり魔力とは別の、それこそ「魂」というエネルギー系統での仕掛けがあるのか。モユヌエとケルが頼りだ。

 糸越しに俺の考えを知覚しているモユヌエが、眉を怒らせ唸り始める。その後ケルへ考えを共有したのか、彼もまた目を閉じた。

 

 

『うっぷ…。エドさん、ごめんなさい…何も見つからなかったよ。結界の中が邪魔して…。』

『ここには、長らくうちしか入っておらぬ。人形でじゃがな。しかし場は、過去のままじゃ。…あくまでうちの記憶通りであれば。はああ…こんなにも己を信じられなくなるとは…。』

『ありがとうケル君。モユヌエ殿も。人形は霊魂を知覚できないというのが、また…。』

 

 

 俺の頭の中での呟きに反応し、モユヌエは身を縮ませて更に重苦しい息を吐いた。今士気を下げるようなことがあってはならない。俺は即座に訂正する。

 

 

『ううっ…すまん。何でこんなに、うちは頭が回らぬのじゃろう…。』

『申し訳ない、今のは気にしないでください。貴女の記憶は、ケチョウのせいでぼろぼろだ。ケチョウが上位種と組んだなら、貴女に嘘を吹き込む方が自然です。内乱の最後――モユヌエ殿は傷を負ったのでしょう。』

『それも、もはや分からぬ…。…今は、得た確かな情報を頼りにすべきじゃな。』

 

 

 リィートイがケチョウを説明するうえで、詳細に語った大陸防衛戦の時起こった出来事。ケチョウの顛末はモユヌエの一撃で締めくくられ、彼女はその時から元の姿を失った。望まぬ「継承」とは、天才たるハルランの手によって蓋を開けてみれば、捕食、乗っ取りの類であった。

 

 戦の記憶を改竄され、都合の良い出来事に塗り替えていく。遠い昔の出来事は、ふと思い出すことはあっても、ただのトラウマとして処理される。

 そうしてモユヌエは名乗る名を変えた理由すら忘れ去り、ケチョウの記憶を我が事のように思うまでに変えられてしまった。

 

 

 モユヌエの中には、現在進行形で焦燥と自己嫌悪が回っている。

 魔力の糸を通せば、感じるのだ。目的のためなら非情になれる統治者の様は完全に消え、精神が壊れるギリギリを踏みとどまっている。

 だが俺は、こんな状況で思うことではないが、今の彼女に親近感を覚えた。こんなに偉大な人物でも、俺のような凡人と同じように思い悩むのだと。

 

 そしてもう一つ、モユヌエと比べ生きてきた時間はごく僅かでも、俺は同種の苦しみを感じたことがあったからだ。

 上位種や裏切りへの絶望感だけでなく、日々記憶が擦り切れていく感覚も、俺は味わったことがある。俺は一体何者なのかという喪失感だ。

 

 

 エドムンドが原因ではないが、肉体と精神が違っていると、記憶の混濁が発生するらしい。「バックスタブレイブ」の世界に来てから数年、記憶の整理をしている間に、あちらの世界の記憶は殆どが消え去った。

 思い出そうとしても、自分自身の顔や名前は抜け落ちている。両親、兄弟、親族、友人たちも。いたことは覚えているが、どんな会話をしていたか。存在していたというだけで、何もかもが分からない。

 

 何故俺が、あちらの世界に戻るのを諦めたのか。それは、きっと天文学的確率で戻れたとして、大切だった彼らと再会することが不可能だと思ってしまったからだ。

 ぼやけた記憶で懐かしがっても、大切だった人間の名前も呼べないなら、空虚なままだ。

 

 だから俺は取り戻そうと足掻くより、残ったものだけに意識を向けることにした。「バックスタブレイブ」の知識だけは、生き残るため手放してはならないと、脳が処理したのだろう。

 鮮明に残ったそれらと、好きだった登場人物たち。そして数えられる程度だが、忘れようとも忘れられない、あちらの世界の思い出だけを寄る辺に。

 

 

 俺はモユヌエに感情だけを伝えると、ケルの肩を指で叩いた。

 

 

『よしケル君、剣を貸してくれ。罠はないとしても、結界の中がどうなっているか…。準備は徹底しておかないとな。』

『うん、どうぞ! 何かするの?』

『ああ、単純な細工をするだけだ。…戦うとして、君には後から入ってもらおうと思っている。温存はしておくべきだからな。…それと、これも。』

『あっ…。すごく、エドさんのが…。』

 

 

 ケルから受け取った直剣へ、魔力を染み込ませていく。魔法「月融け」の応用だ。

 そして俺は、隠していた武器の中から一つを取り出して彼に手渡しておく。見た目は獣皮を剥ぎ取るためのナイフだが、シウゼヴァクに来るまで、密かに魔力を注ぎ続けていた得物だ。

 幼子に直剣は重すぎる。いざとなったら、取り回しの良いナイフの方が有効だろう。

 

 元々ラーマイマで使おうと思っていたのだが、まだ物はある。俺はケルに剣を戻した後、予備の一振り、これも魔力を注ぎ込んだ直剣を抜いた。

 全身へ「月融け」を付与し、「霊月の後脚」も前もって行使しておく。そして「魔力の薄膜」による防護を何層にもかけ、上位種のみならず蟲全てを対策するための魔法を、皚炎と同時に行使した。

 「薫煙の薄膜*1」。森に潜む者たちが作った防護魔法の一つ、香料と共に日常的にも使える技だ。

 

 

『――では、俺が先陣を切る。』

『…結界を直せば、すぐに助けに行くからの。持ちこたえるんじゃ。』

『ぼくもエドさんが合図したら、すぐに行くから!』

『ああ、必ず。』

 

 

 ケルの言う「合図」とは、規則的に魔力を放出するというものだ。大規模な戦場では使われていたという、モールス信号のような手法である。だが俺は、事が終わりかけ安全だと判断できるまで、ケルを呼ぶつもりはなかった。

 頭が鮮明になった俺は思い直したのだ。ケルが命を使う場所はここではなく、この世界に平穏が齎された後である。詳細も分からず、上位種の上澄みを相手取るには早い。彼に渡した剣は、次の戦場で使ってもらうつもりだ。

 エドムンドの期待には応えるが、戦に絶対はない。無理な時は呆気なく散るものだ。

 

 上では激戦が繰り広げられている。だが、心強い戦士たちが集っているのだ。結界を修復できさえすれば、ミグゥニの影響も消えるだろう。

 

 

 俺は二人に見守ってもらいながらも、ハルランに教わった通りの手順で結界の中へ入り込むことにした。

 俺たち三人はそれぞれ、ハルランから物を預かっている。彼女自身の血が含まれた布切れだ。

 結界を作ったハルランの一部によって戸は開かれ、閉じる。

 

 そして俺は鍵になるそれを、結界へ入った瞬間に魔力で消滅させた。被害を最小限に、絶対にミグゥニを外に出さないよう。

 魔力の糸は解け、二人の声も亡霊からの語り掛けもない。代わりに不快な羽音が、「魔力の薄膜」で塞いでいるはずの耳に響く。

 どういうことだ。俺は改めて結界内を見て、目の前の光景に愕然とするしかなかった。

 結界内にはセンサーのごとく糸が縦横に伸びており。空間のあちこちに、大小様々な裂け目がある。モユヌエの背丈ほどだと認識していた肉塊は、山のように聳えていたのだから。

 

 直感的に分かってしまった。この結界の中は「一つの世界」である。つまり、ミグゥニは外から見える様子を欺いていたのだ。実際の空間とそこにある肉塊が、小さく見えるように。

 

 その肉塊から、ずぼりと音を立てて何かが顔を出す。美しい人面を頭部に張り付けた、まだら模様の巨大な蠅。それは無表情で、しかし蕩けたような調子で言葉を放つ。

 やはり罠だったのだと、気分を重くする一言だった。

 

 

『――ようこそ。ずうっと待ってたよ。ボクのヴァルミラが見せた夢は、最悪だったでしょう?』

 

 

 羽音が大きくなる。肉塊から次々に現れる怪物は、同じ顔で笑っていた。モユヌエによく似た、しかし血の通わぬ死人の面で。

 ミグゥニの人面の下半分がぱきと割れ、極太の牙が飛び出る。俺はそれを見てぼんやりと、蜘蛛の口のようだと思った。

 

 

 糸が張り巡らされているだけで、防護は解けていない。俺はすぐさま、頭の中で決めていた魔法を行使した。魔法「感知の阻害」により、フェロモンや声を外に出さないようにすれば。

 どれが本体か分からないが、ミグゥニは俺の行動を止めず、せせら笑う。

 

 

『ハハハ!そうすると思ってたよ!良かったねぇ、これで被害はおさまる。』

「…………。」

『だんまり?それじゃあ、早速遊ぼうよ。オトモダチとも、話し合うと良い。騎士には騎士を…勝った方には、ボクから名誉をあげよう。――行け。』

 

 

 まず魔力の糸を消すか、それとも奴の魂胆を見抜くか。策を練っていれば、俺の前に飛来するものがある。

 大量の節を人間の足のごとく束ねた蟲。その頭部には巨大な一本角が生えており、人が被る兜のように外殻で覆われていた。

 そいつは、人間の腕を模した前脚をぶんと振るう。その鋭さに、油断の類は一切なかった。

 

 

「くそっ…!」

(エドワルド! 左に避けろ!)

 

 

 頭に響いた男性の声通り、左に回り込むように避ける。俺の肩には、半透明の手甲が乗せられていた。一つだけではなく、数多の形状の鎧が横に見える。

 

 

(まずは、目の前の敵を倒すぞ。)

(君を諦めるつもりはない!)

 

 

 ぐっと感触がし、全身鎧の戦士が低く言う。ロイスの亡霊が、エドムンドが、俺に着いてきた先人たちが、奮い立たせてくれる。

 俺は甘ったるい化物の声を無視し、彼らの声に集中した。ミグゥニの産んだ戦士は全力でも、奴はまだ慢心している。

 少しだけ心が落ち着く。ならば、殺しきれる。

 

*1
森に潜む者たちの上級魔法。香りは行使する人間によって違い、個人の記憶に大きく依存するという。皮膚に入り込もうとする、生体からなる傷を防ぎやすくなる。

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