【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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投稿してから一年経った記念として、こちらにしばらく番外編を更新していきます!

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第五章
新たなる力


 活気の戻ってきたシウゼヴァクの城下町にて、裏路地に入る一人の魔兵がいた。束の間の休憩時間を使い、彼が行うことは何か。

 家屋の壁に背を預け、彼を待つ者がいた。フードを目深に被り、顔は兜で覆われて見えない。

 それは組織内で「蜜毒」と呼ばれる男、ギルヴェールだった。

 国を守護する魔兵と、怪しげな男は本来接点がないはずだ。しかし魔兵はギルヴェールと同じように壁に背中をつけて、言を交わした。

 

 

「私を呼び出すとは、余程差し迫った理由なのだろうな?」

「その通りだ。……長からの命を受けた。王城内へ入る手引きをしろ」

「長から……内容を聞かせろ。ここまで信用を勝ち取るのは、時間がかかったのだからな」

「ククッ、立場に固執するか。まあいい、貴様の潜伏先は有用だった」

「……早くしろ」

 

 

 ギルヴェールは嘲るように笑ってから、魔兵に対し任務の内容とエドワルドとの取引のことを共有する。

 王城に入るのは必須事項ではない。しかし隠密に長けた隊員ほど、達成率は上がるものだ。

 魔兵の男はそれを理解していた。話を聞き終わった後、おもむろに街路へと出て、練兵場の脇の小屋がある方向を示す。

 

 王城守護の任を受けるほどの上級階級である魔兵、サミュエルは別人に成り代わっていた。

 蟲の上位種の甘い声によって正気を失い、介錯されるという不名誉な死だった。

 それは死亡した男に成りすまし、以前使っていた名を棄て今はサミュエルの仮面を被っているのである。

 

 小屋へ向かった二人は、誰もいない頃合いを見計らって入り、装備を貸し出す。兜の緒まで結び終えたギルヴェールに、口を結ぶよう己の口端を拭う仕草を以て伝えた。

 

 

「笑いは控えるのだな、同胞。元の男は随分特徴が無かった故に、調子を真似るのは容易かった」

「承知。ではこの鎧はしばらく借りる。……おそらく、二度と帰る場所にはなれんだろうがな」

「それも状況次第だ。私は長からの命を待つとしよう」

 

 

 そしてサミュエルの身のこなしを真似、ギルヴェールは王城へ潜伏する。

 持ち場に戻ってからハルランの場所を探り、兵士の動きから地下にいることを突き止めたのだった。

 

 ギルヴェールは兵士が廊下の角に消えたのを確認してから、地下を目指す。一方通行であり見つかれば誤魔化しは利かなくなるが、どうせ使い捨ての身分だ。目的が達せられれば、シウゼヴァクへ潜む隊員の数を減らしても問題ないという意見で合致していた。

 

 地下室に繋がる螺旋階段前は、ギルヴェールが不自然だと思うほどに警備が薄かった。

 機密の多さ故に兵にも立ち入ることは許されていないことも理由であったが、第一に人払いが済んでいたからだ。

 コツコツと暗闇の中を下っていき、黴臭い部屋の前までやってくる。ぼうっと松明が燃え上がり、三つの人影が露になった。

 人類では久しく見ない巨体と、鎧の形状から細身に見える長身、そして明らかな子ども。

 

 

「……なるほど、やはりか。だが奴は廃業だな」

「時間通り、よく来てくれた。見事な手腕だ」

 

 

 有り合わせの鉄鎧を着た男エドワルドは、ギルヴェールの装備を褒めたたえる。

 幾ら周辺から人を減らしていたからと言って、怪しまれないのは難しい。エドワルドは、自分にはそのような技量はないと思っていた。それが今己が陥っている膠着状態だと。

 ハルランもまた感心したように兜の淵に拳を当てる。

 

 

「ふむ。よくその殺気を隠せていたものだ。自浄作用を担う者なら、これくらいは当然の技術なのか――」

「……まず、大母の血を戴こうか」

「……妾の血を悪用するでないぞ。鎌鼬にも強く言っておくのじゃ、良いな」

 

 

 言葉を遮られたハルランは肩を落として、エドワルドに身を寄せる。

 モユヌエは掌をナイフで裂き、ギルヴェールに見せてから瓶に流し込む。血の色は、鮮やかな赤であった。

 

 モユヌエに促され、ハルランは己の顔を指さしてから、その引き締まった巨体を揺らし近づく。彼女も同じように血を流し、証拠とした。あまりに呆気なく目的は達成されたのだ。

 二瓶を、ギルヴェールは炎に透かして見る。黒く腐っていない、紛れもなく人類の血が容れられていた。

 

 

「何も偽装はしていないよ。他ならぬエドワルドくんからの頼みだ。それで疑いが晴れるだろう」

「これが心臓の王の血か。確かに、上位種とは違うようだ。かびた地下で何百年も眠っていたにしては、鮮やかだ」

「……! エドワルドくん……」

「…………」

 

 

 目を潤ませ、エドワルドへまるで生娘かのような反応をするハルランに、ギルヴェールは鋭い殺気を向ける。

 ハルランの正体が何であろうと、彼にとっては怪物でしかない。既に目的を達成したため、早々に立ち去る予定だった。

 だが階段へ向かうべき足が止まる。エドワルドとの取引では、ハルランとの仕合で流れた血を判別しようとしていた。

 エドワルドは寄ってくるハルランを慰めながらも、単刀直入に言う。

 

 

「これからハルラン殿と仕合うつもりだ。貴方も、人類の要となる術師の技を見てほしい。化物どもと本格的に事を構えるためにもな」

「そんな、興味を優先するなどこやつらにはありえんじゃろ――」

「……見るべきはそちらだ。『蒼月』とやらを行使せずに、どれだけ圧倒するものなのか」

「ああ、客観的な意見も知りたかったところだ。決まりだな」

「ええっ」

 

 

 男二人は頷き、地下室の扉を開く。ぱちぱちと目を瞬き「黒血絶ち」の様子のおかしさから、改めてエドワルドの特異さを再認識したのだった。

 

 

 そして微睡の棺が並ぶ部屋に、新しく設置された鏡面台から「魂のコテージ」へ入り込む。

 

 穴の先は綺麗に舗装されており、かつてのシウゼヴァクを思わせる様式の建築物が並ぶ。しかし少し前、エドワルドがハルランを起こしに行ったときと同じ「再現」ではなかった。そこは演習をするためだけの空間、円舞台であった。

 

 そこで構えを取った二人は、早速魔法をぶつけ合う。

 ハルランは圧倒的な質量で距離を保ち、エドワルドは磨きをかけた体術で得意な間合いに入ろうとする。氷の白や、竜血の紅色が巨体から放たれるのに対し、エドワルドは青一色。空に「月」は無くとも、彼自身が輝く。

 どちらも必要以上に傷つけないことを条件に、余力を残している。だが優れた魔力持ちは、互いの限界は透かせる。複数の体系の頂点に立った術師とただ一つを究めた戦士は、試合において互角だった。

 

 ギルヴェールはそこに、巨大な個に立ち向かう英雄の姿を見る。

 魔力が枯渇しようと立ち上がり、夜の森へ走りゆく恐るべき執念の形を。

 

 

「ククッ……選んだ中ではしっくりくるじゃないか」

 

 

 守護者でありながら、獣のように飢えた男。意味だけなら、新しい名前はエドワルドの在り方によく似合っている。かつてランドルという名だったろくでなしと比較し、ギルヴェールは面白そうに笑った。

 

 

◆

 

 

 黒血絶ちの隊員ギルヴェールとの取引を終え、六日。いよいよ出立するときがやってきた。

 体の回復を対外に示す事ができたからだ。とても晴れやかな気持ちである。ハルランと手合わせした後デヴィーレに戻ってから友人たちに激しく非難され、数日間は地獄のようだったが。

 

 アイナに渡す皚炎についてだが、一旦保留とした。リシディア教の情勢が落ち着いてからなら、彼女が利用されることもない。それにアイナは納得してくれた。

 

 友人たちとの計画立ての最中で、一つ意外なことが起こった。トスカが挙手をして、旅への同行を志願したのだ。

 

 

「――師匠、わたしもルヴネトまで同行したいです。『翼』の使い方に詳しい騎士が、ついているべきでしょう」

「……確かにそうだ。だが君は、ラーマイマでの任が……」

「そう言ってくれると信じておりました。もう大司祭様からの許可取りは終わっています。完璧です」

「相変わらず、用意周到だな」

「でしょう。もっと褒めてください」

 

 

 胸を張ってから、俺に頭を差し出すトスカは何時にも増して好調のようだった。

 年頃の少女を撫でるというのは、褒められたことではない。手を止めていると、トスカは俺の鎧に頭を擦りつけてくる。

 いつからこんな風になったのだろう。だが不機嫌よりは良いと俺は思い直した。

 

 

「くぐぐ……離れてよ! 全く、ちょっと油断すると引っ付こうとして……!」

「やめてください、正当な権利です。やめ、やめて……」

「あははっ! トスカお姉さんと旅できるなんて、楽しみだな! 後、竜さんも……!」

 

 

 ケルが、ミウとトスカが為す惨状を前にしながら手を叩き、目を輝かせる。ミウは誰とでも最適なコミュニケーションが取れる少女だ。トスカとも特に険悪というわけでもないため、車内の生活で打ち解けるだろう。

 俺は部屋の隅で座り込むラディアに目を向ける。彼女とその弟子たちは、トスカの代わりというわけではないが、ラーマイマへ向かう。弟子二人については既に「山越え」の最中だ。

 

 

「ラディア。皚炎を使いこなしつつある君なら、アデス団長に並べるだろう。また、いつになるかは分からないが……手合わせする時を楽しみにしている」

「……ああ。それまで、絶対に死ぬんじゃねえぞ」

「当たり前だ。君も、大きな怪我はしないようにな」

「どの口が言ってやがる。……またな」

 

 

 ラディアはひらりと手を翳すと立ち上がり、部屋を出ていく。思えば、俺が回復するまで随分と時間を使わせてしまった。

 

 剣のドラクシエルの正体を知った彼女は、もう「バックスタブレイブ」作中とは違う。アデス曰く総司令官は新たに増やさないらしいからだ。またあの分身に襲われたとしても、双子神教全員の団結によって退けられる。

 ようやく、俺の心に残っていたしこりが消えたのである。

 

 ラーマイマに行けば、遊撃部隊として各地で再会することは少なくなるだろう。しばらくのお別れだ。

 またシウゼヴァク周辺に来る場合、上位種関連の可能性が高いのは嫌なところだが。

 

 これまでも彼女と別れる時はあっさりだった。今日も同じ。しかし俺はデヴィーレを出ていく彼女の後ろ姿を窓から見送った。彼女が竜車に乗り込み、小さくなって見えなくなるまで。

 

 

 

 出立の時間は陽が頂に昇ったときだ。カーディやケルたちとは、荷馬車改め「荷竜車」で待ち合わせることにしている。

 俺は一旦、デヴィーレの前でケルたちと別れ、フルールーの鍛冶工房へと足を運ぶ。鎧は修繕してもらったが、俺個人の依頼があるために。

 

 教えてもらった通りの合図をすれば、戸が開き薄着の女性が姿を現した。外を細めた眼で窺った後、俺を中へと招いてくれた。今日は工房を閉めている日で、魔兵の鎧を鍛えるための魔導機械は停止している。

 

 

「――依頼の鎧、完成したよ。本当は予定より早く終わってたけど、ちょっと気に入らないところがあって。鍛え直してた」

「流石だ。早速見せてくれ」

「うん、奥から取って来るね」

 

 

 フルールーはずしりとした金槌を置いてから、機械の間をくぐって部屋に入る。しばらくして、じゃらじゃらと音を立てながら金属塊を抱えて戻ってきた。見ればそれは、鎧の裏に着こむ鎖帷子であった。

 あの意匠の凝った手甲が、ここまで形を変えるとは。フルールーの技術力は、正しく理外にある魔法だ。

 

 

「よいしょ。別の鎧にするのは気づかれやすいし、貰った手甲の性質を活かしたよ。兜と同じ魔力を通したら、思った通りに似せられるから」

「やってみる。しかし、観察眼が試されるな……効果時間はどのくらいだ?」

「込める魔力量によるよ。効果を確かめるなら、ほんのちょっぴりでいいと思う」

「分かった、塩梅には気を付けよう」

 

 

 俺は鎧を一旦外して、フルールーから受け取った鎖帷子を着こむ。リシディア騎士の鎖帷子が代わりに残ってしまうが、これはどうすべきか。俺はしばし考えた後、鞄に詰めることにした。

 

 この間、エドムンドと対話して決めたのだ。もう死ぬ間際ではなく、ウィスプマリナへ向かったときに彼の鎧を返すと。エドムンドの亡霊は、どちらでも構わないと言ってくれた。だからこれは俺の望みだ。

 全て揃えて、彼の慰霊も行う。上位種の襲撃に時間が取られて、優先すべきことを後回しにしないように。

 

 

「術式起動――『偽装』」

 

 

 俺は一つ、鎧を思い浮かべる。

 すると兜の裏と、鎖帷子の一つ一つに刻まれた術式が熱を帯びた。瞬間、兜の視界が少しだけ細くなる。ドラクシエルに付けられた傷が消え、代わりにフェイスガードが大きく。鎧の形状もまた、がっしりと重厚なものへと変わっていった。

 

 

「――うん、問題なさそう。姿見を確認してみて」

『ははっ……これはすごいな』

 

 

 俺はフルールーに持ってきてもらった鏡で今の状態を確認すると、自然に笑みがこぼれた。全身が鉛色の鎧に包まれている。背丈は変わっていないが、これで誰も俺だと分からないだろう。

 

 その後フルールーへ何度も礼を言い、元の姿に戻るまで工房で時間を潰した。交換条件であった果実は必ず送ることも。

 後は、亡霊たちへ事情を説明するだけだ。そしてシウゼヴァクで得た、多くの武器を最大限に活かすため振舞い方を考えることにした。

 

 俺の不手際で「英雄」などと扱われ、手の届かない場所も増えてしまった。呼び名通り清廉潔白でいては、怠けているだけに過ぎない。

 

 俺は決意する。主人公であるケルを頼ってはいけない。世界を救うのは彼でも、どれだけ危機を退けようと、大きな絶望が代わりにやってくる。育ち切るまで守るなど見当違いも甚だしい。

 

 小石ではなく、大きな石まで彼と共に壊していく。もう、脅威を防ぐだけの生き方はやめだ。

 

 

◆

 

 

 エドワルドたちの出立に、多くの人が集っていた。ケルが荷台に足を乗せると、歓声が上がる。ミナは大勢に見られることが恥ずかしく顔を両手で隠しながら、トスカはケル以上に目立ってから乗り込んでいった。

 

 集団の中にはモユヌエの姿もあった。それぞれケルやエドワルドとの別れの言葉は既に済ませ、カーディにもしっかりと任を命じた。後は見送るだけだった。

 そのとき、最後にエドワルドが人だかりを通り抜けてくる。彼は知人たちに顔を向けてから、軽く頭を下げた。

 

 

「あっ――」

 

 

 モユヌエは竜の手綱を握った彼の姿に、思わず声が漏れる。行ってほしくないという気持ちが暴走しかけ、伸びる手を何とか下ろした。

 

 炎の交わりの後、モユヌエはエドワルドと約束した。彼の代わりに、シウゼヴァクの亡霊の慰霊を行うことを。

 もっと人に頼ってほしいと願っただけではない。その霊体を通しての繋がりが、モユヌエの寂寥を埋められると思ったからだ。ルヴネトで初めて会ったときでは考えられないほど、心の中央に彼がいる。

 

 

(……そうじゃ。気持ちを落ち着ける時間がないとな。次に会ったときが怖くてたまらぬ……)

 

 

 瞼に力を入れて、溜まった息を吐きだす。そしてヨヌアたちと共に笑顔で手を振った。生身での温かさを、また感じられる日を望みながら。

 彼女の黒い宝石のような目は、陽光を反射して輝いていながらどこか淀んでおり。腰に残った器官は、情欲と比例するようにぐつぐつと糸を生成し続けている。

 

 地鎧竜が低く鳴き、雪原へとその巨体を震わせて走っていく。今日は記念すべき、シウゼヴァクの春であった。

 

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