北宇治高校吹奏楽部のチューバパート後輩・佐藤は、コンクール前の厳しい練習の合間、息抜きにふざけてアニメ曲を吹いてしまう。それをフルートパートの先輩・傘木希美に見られ、冷たく鋭い視線で尋問される。必死に言い訳する佐藤だが、希美の言葉は逃げ道を塞ぎ、執拗に迫る。

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第1話

佐藤はチューバの重い響きをホールに響かせながら、内心でため息をついていた。

北宇治高校吹奏楽部の練習は、コンクールが近づくにつれ、日に日に厳しさを増していた。

顧問の滝先生の指導は容赦なく、パートの先輩たちもピリピリしていた。そんな中、佐藤はチューバパートの後輩として、ただひたすらに音を重ねることしかできなかった。

「佐藤君、もっと低音の支えを意識して下さい」

「はい、すみませんでした!」

何度目かの注意を受け、佐藤は唇を噛んだ。緊張感に押しつぶされそうだった。

練習の合間、ようやく訪れた短い休憩時間。

佐藤はチューバを構えたまま、ふと軽い気持ちで息抜きを思いついた。

「まぁ、ちょっとくらいなら…」誰も見ていないのを確認し、佐藤はコンクール曲とはまるで関係ない、軽快なアニメの主題歌を小さく吹き始めた。

チューバの低音で奏でるには不釣り合いなメロディが、ホールの隅にこっそり響く。少しだけ心が軽くなった気がした。

「佐藤くん。何してるの?」

背筋が凍った。振り返ると、そこには傘木希美が立っていた。

フルートパートの先輩で、部のムードメーカーとして知られる彼女。普段は笑顔が絶えないが、今、その目は異様に冷たく、佐藤を射抜いていた。

「や、傘木先輩! これは、えっと…」佐藤は慌ててチューバを下ろし、言葉を探した。

だが、希美の視線はまるで逃がさないとでも言うように、じっと佐藤を捉えていた。

「コンクール曲じゃないよね? 何、ふざけてるの?」希美の声は穏やかだが、どこか鋭い刃物のような響きがあった。

彼女は一歩近づき、佐藤の周りをゆっくり歩き始めた。まるで獲物を追い詰める獣のようだ。

「いや、ふざけてるわけじゃなくて! ちょっと息抜きで…練習の合間に、ほんの少しだけ…」佐藤は必死に言い訳を並べたが、言葉は空回りするばかりだった。希美は立ち止まり、首を少し傾けて佐藤を見下ろした。

「息抜き?」彼女の唇がわずかに歪む。

「佐藤くん、知ってるよね? 私たちの目標。全国金賞。あの舞台で、最高の演奏をするために、みんな必死で練習してる。なのに、君は…こんなところで、ふざけた曲を吹いてるんだ?」

「ち、違います! ただ、ちょっと緊張してて、リラックスしたくて…」佐藤は汗が滲むのを感じた。希美の目は、まるで心の奥まで見透かすようだった。

「リラックス?」希美は一歩踏み出し、佐藤との距離をさらに縮めた。彼女の声は低く、抑揚が消えていた。

「佐藤くん、君のチューバの音は、部の土台なんだよ。低音がブレたら、全体が崩れる。それくらい大事な役割、わかってるよね?」

「は、はい、わかってます!」佐藤は必死に頷いた。だが、希美はさらに詰め寄る。

「じゃあ、なんで? なんでこんな大事な時期に、ふざけた曲を吹くの? 君、部の足引っ張るつもり?」

希美の言葉は鋭く、佐藤の胸に突き刺さった。彼女の目は、まるで佐藤の言い訳をすべて見抜いているかのようだった。

「そんなつもりは…本当に、ただの気まぐれで…」

佐藤は声を絞り出したが、希美は首を振った。

「気まぐれ? 佐藤くん、気まぐれで全国に行けると思う?」彼女はさらに一歩近づき、佐藤の顔が間近に感じる距離まで迫った。フルートのケースを握る手が、わずかに震えているように見えた。

「君の音が、みんなの努力を無駄にするかもしれないって、考えたことある?」

佐藤は言葉を失った。希美の声は静かだったが、その奥に潜む感情は、まるで嵐のように激しかった。彼女の目は、怒りとも悲しみともつかない複雑な光をたたえていた。

「ご、ごめんなさい…もう、絶対にしません…」

佐藤は頭を下げ、声が震えた。希美はしばらく無言で佐藤を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

「…いいよ。信じるよ、佐藤くん。」彼女の声は少し柔らかくなったが、目はまだ佐藤を離さなかった。「でも、もしまたこんなことしたら…私、許さないから。わかった?」

「佐藤君、チューバの追加された演奏部分について少し確認したいことがあります。お時間頂けますか?」

滝先生の声だった。

佐藤は思わず安堵の息を漏らし、顔が緩んだ。助かった――そう思った瞬間、希美の目が一瞬鋭く光った。彼女は佐藤の安堵した表情をしっかりと捉えていた。

「滝先生、ちょっと待ってください!」

希美は振り返り、驚くほど冷静な声で先生を静止した。そして、ゆっくりと佐藤に顔を近づけ、耳元で囁いた。彼女の声は低く、氷のように冷たく、どこか執拗な響きを帯びていた。

「佐藤くん…逃げられると思ってる?」

「先生に呼ばれたって、私から逃げられると思わないでね。」

その言葉は、まるで鎖が心に絡みつくような恐怖を佐藤に植え付けた。希美の息が耳に触れ、佐藤は身動き一つ取れなかった。彼女は一瞬だけ微笑むと、すっと身を引いた。

「…佐藤くん、行ってきなよ。」

希美は小さく微笑んだが、その目はまだ佐藤を離さなかった。

佐藤は先生の後ろについていきながら、胸を撫で下ろした。だが、希美の囁きが耳の奥で冷たく響き続け、まるで彼女の視線が背中に絡みついているようだった。


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