禍福はあざなえる縄のごとし   作:ディエ

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感情

翌朝、本当は体の痛みでサボりたいところだけど、先輩と話をするために学校に行く。

昨日のことは口留めしておいたけど、もう一度早めに、しっかりと言っておいた方がいいだろう。

今後どうするかは、その時にでも決めればいい。

現在時刻は10時少し前。

念のために病院で左膝の処置を受けてから学校に来たのだ。目立つところでもあるし、跡になったら嫌だから行ったのだけど、処置内容は、昨日自分でしたのとほぼ一緒で、がっかりした。

そして教室には行かずに、先に体育教官室に向かう。

そのドアをノックすると、中から「お~ぅ」と返事がある。

「失礼します」

中に入ると、やはり田沢先生一人だった。

「おう、奥只見か。ん? その膝、どうした?」

田沢先生はとっくに授業が始まっている時間なのに、それについては何も言わない。学校に来ているだけマシだとか思っているのだろうか。

「ちょっと自転車で転んでしまって」

「そうか。それで遅刻したのか?」

「そんなとこです」

「そういう時はあらかじめ連絡入れとけよ~」

そう言いながら田沢先生は日誌に遅刻内容を記入する。

「それで、聞きたいことがありまして。三年の図書委員の諏訪さんって、何組か分かりますか?」

そう、私は先輩の顔と、諏訪という苗字しか知らない。行きたくはないけど、昼休みに先輩のクラスにまで突撃する覚悟で来たのだ。

「諏訪は確か四組だな」

そう言いながら、田沢先生は体育の時の名簿で確認してくれる。

「丁度いい。その諏訪からお前に伝言があってな」

なるほど。朝、探してもいなかったから担任に伝言、という感じだろうか。さすがに先輩は要領がいい。

みんなから怖がられ、嫌厭されている田沢先生に伝言を頼めるくらいの仲、というのは意外な感じもしたけど。

「お前、図書委員に顔出すようになったんだってな。つまらんと思っていたのかもしれんが、いろいろやってみるのはいいことだぞ」

田沢先生はなぜか嬉しそうに話し出す。

「人生は長い。今の経験がどんな風に生きてくるかは誰にも分からん。熱中できるものを見つけられればいいが、そうでなくても、とにかくやってみることだ。失敗しても、いくらでもやり直しは効く」

「あの・・・」

「もう無理だと思ったら、やり直せばいい。いくらでも道はある。どんな道だっていいんだ」

「あの、伝言っていうのは」

「おう。今日の放課後、必ず図書室に来てくれだとよ。お前の働きが期待されてるんじゃないのか?」

「そうですか、ありがとうございます」

さらに話が続きそうだったので、私はさっさと体育教官室を後にした。

とにかく、図書室で待っているというなら、話は早い。

知らない人の沢山いる教室に突撃しなくて済むと分かり、急に気が楽になる。

他にやることも無いので、授業中の教室にのんびりと入っていく。

教師は無言で入ってきた生徒に何か言おうとしたけど、それが私だと分かると、何も言わずに授業に戻った。

クラスの人間だけでなく、教師たちからもこんなふうな扱いを受けていると、とても気楽でありがたい。

 

そして六時間目の終わり。図書室に行く準備をしながらふと廊下を見ると、そこには先輩が待っていた。

図書室で待ち合わせのような感じだったけど、待ちきれずに迎えに来たというところだろう。

私はいつものように、先輩の後について図書室に向かう。

先輩は昨日の迷路のことをどれだけ分かっているのだろうか。現実のこととして受け止めているのだろうか。

見た感じ、落ち着いているようなので大丈夫だとは思うけど、出来事全てをなかったことにしている可能性も捨てきれない。

先輩は図書室の鍵を開けると、いつものように道具箱を取りに行かずに、テーブルに着く。

今日は委員会の仕事よりも、昨日の説明ということだろう。

私もカバンを置いて、先輩の向かいに腰掛ける。

「まずこれ、昨日のタクシー代ね。ありがとう」

そう言ってきっちり半分の額を差し出してくる。そんなのはいいのに、と思いながら、受け取っておく。

「で。奥只見さん、昨日のことだけど、説明してもらえる?」

早速、先輩の質問、というか詰問が始まる。

私はどこまで言っていいものかと思うけど、考えてみれば、今の状況は私にとっても分からないことだらけだ。何かしっかりと理解しているわけでもない。

それに、隠し事を不審に思われて、昨日の『心を読む力』を使われれば、どうせ全部ばれてしまうだろう。

私は思い切って全てを話すことにする。

「あのへんな空間、私は迷路って言ってますけど、あれは『禍』っていう災いみたいなものが集まってできたものらしいです。先輩がその中に入っちゃったのは、多分、偶然です。助けようとして私もすぐに入ったんですけど、あの迷路の中と外じゃ時間の流れが違うので、先輩はかなりの時間、一人でいることになったと思います。そして私はその中で、途中でエネルギー切れになりました。それでどうにもならないところで、先輩が心を読む力を使ったら、先輩のエネルギーをもらえて、迷路を壊して脱出することができました。脱出して行き付く先はランダムなので、昨日は他の高校に出てしまいました」

自分でもよく分からない展開だけど、自分の知っていることはこの程度だ。

先輩も少し考えながら、状況を理解しようとするけど、途中で諦めたようだ。とりあえず、『よく分からないことが起きた』程度でいいから、現実だと分かってもらえればそれでいい。

「私の力には驚かないの?」

先輩は気を取り直して尋ねてくる。

「もちろん驚きました。でも、私にも人の心を読む力があるんです。私のはその人の声に集中すると、本心が聞こえてくるってものですけど。だから、そういう力もあるだろうな、とは・・・ 迷路の中では、そのせいで、先輩からエネルギーがもらえたらしいです」

「そのエネルギーって何?」

難しいことを聞いてくる。私にもピンときていなんだけど・・・

「あの迷路は『禍』からできていて、それを壊すためには反対の力である『福』が必要になるんです」

「禍福の禍と福ね」

「多分、そうです。私にはその『福』の力が少ないんだけど、先輩には『福』の力が大量にあるらしいんです。昨日は先輩の力をもらったおかげで、何とかなりました」

「私も福の力で何かできるの?」

「いえ、先輩にはいくら福の力があっても、自分では使えないらしいです」

そう答えると、先輩は少しがっかりしたようだった。

「宝の持ち腐れってわけね。それは誰が言ってるの?」

また難しいことを・・・

「その、私そっくりの、なんだろう、変なのがいて・・・」

「その人と会える?」

「多分、会えません。ソイツは自分のことを、私の幻覚、妄想の類だって言ってるので・・・ 私も見たり話したりはできるんですけど、触ることはできません」

「・・・奥只見さんは自分の幻覚と話しているの?」

先輩の視線が疑わしいものになる。

それはそうだ。突然そんなことを言われたら、私だって同じ目をするだろう。

「・・・はい、そうです」

でも、そう答えるよりなかった。

「・・・ふぅ」

納得したのかしなかったのか、先輩は大きく溜息を吐く。

「それで、私は誰にも言わずに、秘密にしておけばいいの?」

来た。本題だ。

「それなんですけど・・・ 今度からあの迷路の攻略に協力してもらえると、とても助かるんですが・・・」

私は危険なことと承知の上で、そう頼んだ。

「あの迷路、他にもあるの?」

「あります。と言うか、多分、また出てきます」

「協力って何をするの?」

「あ、別に何かしてもらうわけじゃありません。ただ一緒に来てもらって、時々手をつなぐ程度です。先輩のことは私が守りますから」

そのお願いに、先輩は少し肩を落とした。

「ふーん・・・ 学校の友達みたいに?」

その言葉に皮肉を感じ、私は思わず拳を握り締めた。

「そんな軽いつもりで言ってるんじゃありません! 先輩は私のことをただの後輩だと思ってるでしょうけど、私は違いますから!」

「じゃあどうして応えてくれないの!?」

意外にも、先輩も大きな声を出して立ち上がった。

「私は奥只見さんのこと、誘ったよね! 奥只見さんともっと仲良くなりたいって思って、誘ったよね!」

先輩が、私と仲良く?

そう聞いてドキッとしてしまうけど、私は思わず目を逸らしてしまう。

「・・・そ、そんなこと誰にでも言ってるんでしょう? そんなの誘ったうちに入らな・・・」

私のか細い言葉の途中で、先輩は強引に私を引き寄せる。

そして、二人の唇が触れた。

私は頭が真っ白になり、動けなくなった。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

心臓だけがまだ跳ねている。

唇を離した先輩の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「これなら誘ったうちに入る? 私の初めてだよ」

「自分だけ、そんな!」

私は勢いのままに、先輩に唇を重ね返していた。

「私だって初めてですから! キスも、こんな気持ちになったのも! 人のこと、好きって思ったのも・・・」

あぁ、ついに言ってしまった。

自分で認めてしまった。

緊張の糸が切れたせいか、今まで押し殺していた感情が湧きあがり、私の目からも涙が溢れてくる。

肩を震わせている私を、先輩はそっと抱きしめてくれた。

「私も奥只見さんのことが大好き」

「先輩・・・」

「私たち、両思いだったんだね」

「はい・・・」

私たちは涙を拭い、今度は少し長めのキスをする。

そうして先輩は、私の感情が落ち着くまで、そうして抱きしめていてくれた。

それは柔らかい感触と甘い匂いに包まれた、至福の時だった。

「ねぇ、あーちゃんって呼んでいい?」

私が落ち着いてきた頃、先輩は少し笑いながら尋ねてくる。

もしかしたら先輩は甘えたがりなのかもしれない。

奥只見あすかだから、あーちゃん。

安直すぎるけど、先輩にそう呼ばれるのは不思議と心地よかった。

それに大人びた先輩だと思っていたのが、こんな甘えた声を出してくるなんて・・・

逆に私の方がしっかりとリードしていかなければと思ってしまう。

「他の人の前では呼ばないでくださいね」

そう返すと、先輩はにっこりと笑う。

「私のことはなんて呼んでくれるの?」

「先輩は『先輩』ですよ」

「先輩なんて大勢いるでしょ? 私、京子って名前あるんだけど」

「『先輩』じゃだめですか? 私が声かけるのは、先輩だけなんですけど」

そう言うと先輩は相好を崩して、しなだれかかって来る。

「しょうがないなぁ。じゃあ、もう一回キスして」

先輩の求めに応じて、私はそっと唇を触れさせる。

「・・・先輩、ファーストキスって嘘ですよね?」

「嘘じゃないよ! 正真正銘のファーストキス。あーちゃんが初めての人だよ」

先輩は心外だと言わんばかりに反論する。

そんな顔もかわいいなぁ・・・

「あーちゃんこそ本当に初めてなの? すごく上手だけど」

「もちろん初めてですよ。今まで好きな人なんていませんでしたから。 ・・・先輩が初めて好きになった人です」

私は照れ臭く思いながらも、そう繰り返した。

「うん、私も好き。あーちゃんのこと大好き」

それは今まで味わったことのないほど、甘く、刺激的で、快感と興奮に満ちたものだった。

「ねぇ、連絡先、交換しよ?」

「はい」

先輩に促され、スマホを取り出す。誰かと連絡先を交換するなど初めてのことだった。

画面をタップする指先がぎこちなくなってしまう。

先輩のQRコードを読み取り、登録されたことを確認する。

ふとその時に、連絡先の一覧に、田沢先生の番号が入っているのに気付く。

あれ、こんなの登録したっけ? でも名前の付け方は私だし・・・

「登録された?」

「あ、はい」

先輩に言われ、なんとなくアプリを閉じる。

「一応、委員会の仕事もしよっか」

「はい」

そう答えたものの、なかなか仕事は捗らない。

気が付けば先輩の後ろ姿を見詰め、先輩の声に耳を澄ましていた。そのどれもが、秘密の宝物のように思える。

私の好きな人、諏訪京子先輩。さっきまで私を抱きしめてくれた人。ファーストキスの人。

「あーちゃん、手、止まってるよ」

「あ、はい・・・」

先輩はごく普通に言ってくるけど、『あーちゃん』と呼ばれるだけで、ドキドキしてしまう。

今まで、友達の一人だっていたことはなかったのに。

そんな私に恋人ができるなんて。

そんなの、夢のまた夢だと思っていたのに。

そんなふうにぼーっと考えていたので、その日の作業はほとんど進まなかった。

そして帰る時間になり、私たちは一緒に図書室を出る。

先輩が自然に指を絡めてきて、ドキッとしてしまう。

今までは渡り廊下で分かれていたけど、今日は先輩が職員室に鍵を返して戻って来るのを待つ。

そして再び手を繋いで少し歩けば、生徒玄関への分かれ道になる。先輩はここから出て、私は体育館横の出入り口に向かう。

二人とも自転車通学だけど、家の方向は違うので、ここで分かれることになる。

私たちはそこで、辺りを確かめてから、今日最後のキスをする。

「改めてよろしくね、あーちゃん」

「よろしくお願いします、先輩」

私たちは笑顔で別れ、それぞれの帰路についた。

その夜は、幸せな気分で眠りにつくことができた。

 

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