ユメ先輩(銃の魔人) 作:虎3
「あ〜あ、外しちゃったかぁ」
地面に突き刺さった右手を引き抜いて、銃の魔人は朗らかに笑う。
全力の『高速移動』は標的を外し、そのまま大通りに拳を叩き込んだ。
辺りの石畳を吹き飛ばして、着弾地点に丸い破壊痕を刻んでいる。
「あっちちっ……ふふっ、やりすぎちゃった」
『高速移動』は、その速度と引き換えに自傷を伴う。
空崎ヒナへの逸る気持ちが抑えられず、思い切り地面を蹴ってしまった。
空気との摩擦で皮膚が焼けて、身体から白煙が燻っている。
銃の魔人は回復のために懐をまさぐろうとして、右腕の肘から先が綺麗さっぱり消えていることに気が付いた。
おそらく焼けて脆くなっているのを地面に叩きつけて、衝撃で消し飛んだのだろう。
慌てて左腕に視線を落とすと、こちらも損傷が激しい。
前腕部は黒く炭化して、所々から白い骨が覗いている。
熱せられた血が内側でジュウジュウと音を立てて、甘い鉄の香りが銃の魔人の鼻腔をくすぐった。
移動時に顔を庇って交差した両腕は、飛行機の機首のように、身体の先頭で空気抵抗を受けていた。
このままでは、使い物にならないだろう。
──調子に乗っちゃったなぁ。
銃の魔人はボロボロの左手で器用に水筒を取り出して、口で齧り付くようにキャップを外した。
それから飲み口を咥えたまま、グッと仰ぐ。
二、三度喉を鳴らせば、欠損部や焼け爛れた皮膚が、むず痒くうずいた。
それからメキメキと軋むような音を鳴らして、損傷部の骨肉が膨らんで形を成していく。
秤アツコのロイヤルブラッドは、残り僅か。
これほどの回復はあと数回、できるかどうかだろう。
使い所は考えなければならないが、ともあれ戦いの準備は整った。
「ヒ〜ナ〜ちゃんっ!あ〜そ〜ぼ〜!!」
銃の魔人は生え揃った右手を口の横に当てて、道路脇に急停止した救急車に向かって呼びかける。
確かめるまでもなく、ゲヘナ最強はあの車内にいる。
銃の魔人の鋭敏な感覚は、宝箱の中身を正確に捉えていた。
自身の強襲をすんでのところで回避したのも、素晴らしい。
あれがヒナの手によるものなら、実力は噂通りだろう。
ふいにハッチが音を立てて開き、中から人影が躍り出る。
同時に救急車がタイヤを擦らせながら、大通りの先へと急発進した。
「ぱんっ!」
咄嗟に放った銃撃が、その射線上で弾かれた。
「ここは通さない」
道を遮るように翼を広げて、ゲヘナ最強が戦場に降り立った。
その姿は、想像よりもずっと小柄だ。
ふわふわとボリュームのある銀髪に、捻れた四本角が髪飾りのように並んでいる。
肩にかけた機関銃は身の丈ほどもあり、銃の魔人の興味を掻き立てた。
冷たい紫の瞳と視線が交差して、銃の魔人は背筋をゾクリと震わせた。
「ふふっ、すごいねぇ!」
初めて肉眼で見るキヴォトス最強格は、気配で捉えるよりも、ずっと鮮烈だ。
小さい体躯に、溢れんばかりの『神秘』が迸っている。
多少の負傷は見受けられるが、その威容は衰えていない。
イオリやハスミ、アリウススクワッドの面々とは比較にならない程だ。
銃の魔人にはヒナが、極限まで圧縮されて輝くダイヤモンドのように見えた。
「ず〜っと会いたかったんだよ、ヒナちゃんっ!」
念願の対面に、心臓がドキドキと跳ねる。
「オレは銃の魔人!さぁ、戦おう!!」
ご馳走を前にした犬のように、言葉の端々に荒い吐息が混じった。
身体は物理的に燃えた時なんかよりも、よっぽど熱を帯びている。
「そう、どうでもいい」
対するヒナの反応は、湖面のように凪いでいた。
声は平坦で表情に乏しく、こちらを見据える眼光だけがどこまでも冷たい。
銃の魔人にはそれが、努めて機械的に振る舞っているように感じられた。
よく見れば、鋭く細められた目の下に泣き腫らした跡がある。
「ふふっ、つれないなぁ……悲しいことでもあった?」
「──っ!」
肩をすくめた銃の魔人に、初めてヒナの表情が歪む。
彼女の羽の後ろに、遠ざかって小さくなった救急車が見えた。
あの車両にはヒナと数人の生徒、そして死にかけの先生が乗っていたはずだ。
「あぁ、そっか……ヒナちゃんも仲良しだったんだ」
ゲヘナ最強をたらし込むとは、シャーレの先生はどんな人間なのだろう。
銃弾を通す柔い肉体を持つという点では、銃の魔人も彼には好意的だ。
「うん、確かに先生は可哀想だよね」
銃の魔人は頷きながら、寄り添うように語りかける。
「ほんと即死だったら、楽だったのにねぇ」
「……は?」
ヒナの瞳孔が大きく見開かれ、吐息のような声が零れた。
苦しませずに殺すか、存分に嬲って殺すか。
その選択肢を握れることも銃の素晴らしさであり、前者はある種の慈悲であると、銃の魔人は考えている。
もちろん、自分の好みとは違う。
しかしヒナには、目の前の戦いに集中して欲しい。
だから銃の魔人は、煩わしい荷物を取り払ってあげるような、心からの善意で言葉を続けた。
「なんなら、殺してあげよっか?オレならここからでも一発で──」
「──黙ってっ!!」
銃の魔人の甘言を遮って、ヒナの怒声がこだまする。
それに呼応するように、彼女の愛銃が唸りを上げた。
「あはっ、いいねぇ!力比べだ!!」
ようやく灯った戦いの熱に、銃の魔人は喜色を浮かべる。
再生したばかりの綺麗な両手で、前方にピースサインを構えた。
お互い、広範囲に弾丸をばら撒く速射攻撃を放つ。
弾幕が両者の間で衝突し、花火のように炸裂した。
派手な爆発音を轟かせながら、衝撃が露店の窓ガラスを吹き飛ばす。
しかし、拮抗は一瞬だった。
ヒナの弾丸は、その強大な『神秘』を纏って紫紺に輝く。
宿す『属性』は、『爆破』。
あちらの一発が、こちらの数発を巻き込んで掻き消していく。
みるみる衝突点が銃の魔人に傾いて、眼前に光が迫った。
「あっははっ、凄まじいね!」
銃の魔人の全身で、凄まじい衝撃が弾けた。
爆風に押されて、そのまま仰向けに通り沿いを吹き飛んだ。
銃の魔人はくるりとバク宙で着地し、そのまま靴裏で路面を削りながら後退した。
初撃の鍔迫り合いは、全く歯が立たなかった。
『属性』を宿らせなければ、対抗すらできないのを理解する。
銃の魔人は指先で『神秘』を練り上げ、両手で『貫通』と『爆破』の二丁拳銃を用意する。
そのまま追撃に走り来るヒナに向かって、それぞれで牽制を放った。
ヒナはどちらも意に介さず、その強靭な身体で受け止める。
勢いを削ぐには至らないが、比較的『爆破』の効きがいいようだった。
『属性』を込めた銃撃は、その元となる『神秘』を消費する。
しかし銃の魔人は、このメインディッシュに全てを出し切ると決めていた。
「さぁ、もう一回!」
両のピースサインに今度は『爆破』を漲らせて、銃の魔人は獰猛に口角を上げた。
そんな彼女の笑顔に、フッと影がかかる。
「──っ!?」
銃の魔人は反射的に首を横に逸らせて、顔面に飛んで来た瓦礫を躱す。
耳元を掠めた鋭い風切り音が、その威力を物語っていた。
その隙にヒナは眼前に迫り、愛銃を構える。
──この至近距離で、ぶっ放すつもり?
お互い、ただでは済まないだろう。
その思い切りの良さに、銃の魔人は笑みを深めた。
「ぱん──」
「──邪魔」
対抗して向けた銃の魔人の指先が、銃身の横薙ぎで弾かれる。
明後日の方向を向いた銃撃が、通り沿いのテラス席を粉々にした。
体勢を崩した銃の魔人の襟首を、ヒナの小さな手が掴む。
身体がぐんと引き寄せられ、そのまま横に振り回された。
一回、二回、三回。
ヒナを軸にした独楽は回転するたびに速度を増し、遠心力で銃の魔人の身体が浮き上がる。
「……はぁっ!」
最後の一回転で力強く踏み込んだヒナは、そのままハンマー投げの要領で、銃の魔人を宙に放り投げた。
鋭角に打ち上げられた銃の魔人は、ヒナのいじらしさをせせら笑う。
──先生から、引き離そうとしてるのかな?
ヒナが使う銃は、広範囲の殲滅に向いたマシンガンだ。
標的が遠すぎると弾が散って、威力は半減してしまう。
それでもなお、先生のために距離を取ったのなら、何とも献身的なことだ。
「も〜っ、オレに集中してよ、ヒナちゃん!」
銃の魔人は唇を尖らせて、不満を露わにした。
頭上に迫る曇天の空に比例して、眼下のトリニティの街並みが小さくなっていく。
ヒナは攻撃の手を緩め、先生の護衛を優先したのだろう。
銃の魔人はそう判断し、不粋な行動に顔をしかめた。
しかしそれは、思い違いだった。
ヒナは、どちらも取ったのだ。
着地狩りに備えて両手を構える銃の魔人を、大きな衝撃が弾き飛ばす。
勢いのまま空中で激しく回転し、視界の上下が分からなくなった。
──なっ、んだ!?いまのは……!
明らかに、マシンガンの弾道ではない。
もっと大口径の、対物ライフルのような一撃だった。
ぐるぐると回る銃の魔人の視界の端で、紫の光が瞬いた。
「──ma non troppo!」
放たれた弾丸は眩い軌跡を描き、未だ混乱の渦中にいる銃の魔人を正確に撃ち抜いた。
お手玉のように宙で弄ばれながら、まるでクレー射撃の的になった気分だった。
銃の魔人は周囲に銃撃をばら撒いて、その反動で無理やりに体勢を制御する。
──いったい、どんなカラクリで……来るっ!
視線の先で、ヒナの銃口が再び煌めく。
マシンガンのように拡散するのではなく、その中心に燐光が収束し、そして──
「──elegante!」
銃の魔人の目の前が、パァッと明るくなった。
紫の輝きが、全身を照らす。
迫り来る光弾は速く、大きい。
三度目の衝撃を、銃の魔人はそのまま受け入れることにした。
知らない機構、知らない銃撃、それら新鮮な刺激を肌で感じたかった。
銃の魔人はさらに後方へ弾き飛ばされながら、ヒナの愛銃を拍手で褒め称える。
「あっはははっ、すごい、すごいっ!そんなのは、オレの世界にはなかった!あぁっ……なんて、キヴォトスの銃は……」
笑い声で尾を引くように、銃の魔人は錐揉みに落下していった。
※※※※※※
墜落する銃の魔人を目で追いながら、ヒナは愛銃のレバーを蹴って銃弾を装填した。
アンカー代わりに突き立てた翼の先を引き抜いて、何度か扇ぐように土を落とす。
「……厄介ね」
かつて情報部に所属していた関係で、キヴォトスの有力者については頭に入っている。
しかし顔の上半分がマスクに覆われていては、その素性は照合できない。
──でも、私はヤツをどこかで……
ヒナの膨大な記憶の海を、銃の魔人の面影が波立たせた。
「捕縛して、顔を検めれば済む話だわ」
ヒナは石畳を壊さぬよう、つま先で優しく地面を蹴った。
繊細に力加減をしながら、可能な限りの速度で銃の魔人の落下地点に向かう。
ここは、トリニティの自治区。
ゲヘナの風紀委員長である自分が、積極的に破壊するわけにはいかない。
特にエデン条約が破綻した今となっては、両校の関係はますます複雑になるはずだ。
今回の一件が終結した後で、難癖を付けられるのは避けたい。
──そこに、私はいないとしても……負の遺産は残せないわ。
ヒナはこの戦闘を、ゲヘナ風紀委員長としての最後の仕事と位置付けている。
先生が凶弾に倒れた時、ヒナの心は折れてしまった。
自分が唯一待っていたはずの『強さ』は、一番護りたかった人を護れなかった。
握りしめた手から血の気が引いていく冷たさが、今もヒナの指先に残っている。
ヒナが風紀委員長の責務を背負えていたのは、それが自分のできることだったからだ。
面倒くさがりの自分でも生来の『強さ』で、できる範囲は広かった。
それは、自分がすべきこと。
それは、自分がやった方がいいこと。
なぜなら自分は強く、それらは当然にできることだから。
できることは、やらなくてはいけない。
そう思って、投げ出したくなる日だって頑張ってきた。
しかし根底の『強さ』は、その価値を失った。
『強さ』に支えられたできることは、もう何もない。
ヒナはもう、自分は頑張れないと悟ってしまった。
──先生……どうか、無事でいて……
それでもこの戦いだけは、先生の命を繋ぐために果たさなければならない。
軽々しく彼を殺すと宣った敵を、野放しにはできない。
身体は喪失感に打ちのめされて、今にも膝を折ってしまいそうだった。
それを、先生への想いを添え木にして、無理やりに動かしている。
ヒナは街路を飛ぶように駆けながら、端末を操作した。
モモトークのアイコンをタップして、風紀委員会の全体チャットを開く。
そこにピン留めされる形で、アコが銃の魔人に関する情報を連携していた。
──さすがね。
あれほどの敵が暴れていたなら、アコが必ず情報をまとめている。
暴走しがちなのが玉に瑕だが、うちの行政官は優秀だ。
内容にザッと目を通して、ヒナは考えをまとめる。
警戒すべきは、『高速移動』。
最初に救急車を狙って飛んできたのがそれなら、先生は未だ射程圏内だ。
いつでも撃ち落とせるように準備をしながら、ヒナは銃の魔人の落下地点にたどり着いた。
比較的大きな十字路の一角に、石造りの教会が建っている。
上部にはステンドグラスが飾られていて、ちょうど光が差せば綺麗に見えるだろう。
その三角屋根に大穴が開いて、内からもうもうと土埃が上がっていた。
教会に踏み込む間もなく、ふいに乾いた発砲音が響く。
外壁が爆ぜて、そこから一直線に人影が向かってきた。
──『高速移動』……狙いは、私。
およそ人体には出せない、銃弾のような速度。
しかし、戦場に身を置くヒナにとっては見慣れたものだ。
それに最初の強襲に比べたら、随分と遅い。
ヒナの優れた動体視力は、銃の魔人の動き、進行方向、そのにやけた表情までを正確に捉えていた。
抱きつくように飛んできた銃の魔人を、半身で躱す。
すれ違いざまに後ろ手で襟首を掴み、勢いのまま一回転。
そのまま、地面に叩きつけた。
「ガッッ……ふふっ、せっかくハグしてあげようと思ったのに」
「私の血は吸わせないわ」
「え〜っ、ケチだなぁ」
ヒナは、うつ伏せになった銃の魔人に馬乗りになる。
そのまま左手首を押さえ、右腕を背中側へ捻り上げて関節を極めた。
「……これで終わり。もう、どこにも行かせない」
「グッ……ぎっ……あはっ、ひっどい……オレは、ヒナちゃんに夢中なのにさぁ……」
先生の無事が確認できて、風紀委員の誰かが拘束具を持ってくるまで、このまま押さえ続ける。
ヒナは、何時間でも付き合う覚悟だった。
研鑽により積み重ねた技術を、ゲヘナ最強の膂力で用いれば、当たり前に逃れる術はない。
ヒナの関節技に、銃の魔人が呻き声を上げる。
──私の銃より、こっちの方を痛がってる。
見下ろす銃の魔人の肌には、細かな切り傷が走っていた。
落下した際に、砕けた石片や木材で切ったのだろう。
しかし銃撃による負傷は、一つもない。
思い返せば、銃弾は受けていたのに、投擲した瓦礫は避けていた。
純粋な威力でいえば、前者の方が圧倒的に高いはずだ。
ヒナは銃の魔人の特性に、当たりをつけた。
「……そう、あなた、銃が効かないのね」
「へぇ……さすが、気づくのが早い」
目の前の敵は、ただの生徒ではない。
キヴォトスで時折発生する異常存在のようなものだと、ヒナは意識を切り替えた。
おそらくシャーレからの依頼で、他校の生徒と共闘して対峙する敵に近い。
それは遊園地の怪猫だったり、ピアノを弾く異形だったり、多種多様だ。
攻撃を通すのに特殊な条件やタイミングがあり、先生の指揮に従って効率的に動く必要がある。
自分が下に敷く銃の魔人も、そういう面倒な存在らしい。
──関係ない、このまま拘束する。
勝負は、既に決している。
ヒナは押さえつける両手に、一層力を込めた。
するとふいに、足元からゴキンッと鈍い音が鳴った。
※※※※※※
──このままだと、勝てない。
石畳の冷たさをうつ伏せに感じながら、銃の魔人は思考を巡らせる。
両手は押さえられ、関節を極められ、この体勢から逃れる手段はない。
しかしそんな状況に反して、銃の魔人の心は踊っていた。
ゲヘナ最強──空崎ヒナは、想像よりもずっと強かった。
なにせ戦闘を始めてから、未だに有効打を与えられていない。
上に跨る彼女は、息切れ一つしていなかった。
イオリやハスミから感じた、やりたいことがある人間の強さだとか、そういう類のものではない。
意思の強さで言えば、二人の方が気迫を感じたくらいだ。
今のヒナは、萎びて枯れる寸前の花のような憂いを帯びていた。
しかしそんなもの、ゲヘナ最強には関係ない。
ただ硬く、速く、強い存在。
いくら強い意思で水鉄砲を握っても、鼻歌混じりの機関銃には決して勝てない。
ヒナは今まで会敵した生徒たちとは、根本から違う生き物のようだった。
──だから、オレはもっと自由にならなきゃ。
それは、このキヴォトスにおける人間という枠組みから。
もっと魔人らしく戦わなくては、ヒナには到底敵わない。
そして、今まで見知った銃の常識から。
既存の自分では、ヒナを撃ち抜くことはできない。
その点で、ヒナの愛銃は素晴らしかった。
拡散するマシンガンの乱射と、大口径の集中弾を自在に使い分ける機構。
放たれた銃弾は、強大な『神秘』を帯びてまばゆく光る。
空中でその真髄を浴びた時、キヴォトスの銃の自由さ、その可能性に感嘆した。
あれらは全て、銃の魔人が元いた世界にはなかったものだ。
鉄と火薬に『神秘』という要素が加わって、キヴォトスの銃は思いもよらない進歩を遂げている。
──じゃあ、オレは?
きっと、同じようにできるはずだ。
この世界の銃が、より自由に進化しているのだから。
それを司る銃の魔人も、もっと自由に進化できる。
ここからは、どれだけヒナを驚かせられるかの勝負だ。
キヴォトスの戦闘を知り尽くした彼女を、その思考の外側から撃ち抜かなければならない。
それはとても狙い甲斐があって、決して不可能ではないことだ。
銃の魔人は今までの交戦で、いくつかヒナの弱点を見つけていた。
例えばそれは、彼女があくまで治安維持組織の人間だということ。
行動に、『相手を殺す』という選択肢がない。
だから今も、こうして拘束されるに留まっている。
加えてヒナは、あくまで対生徒のエキスパートだということ。
銃の魔人の特性には勘付いたようだが、関節技なんてまだまだ甘い。
人間は痛みで止まっても、銃の魔人にその生物的なブレーキはない。
──だからこんな動きは、初めてなんじゃない?
銃の魔人は背中側に捻られていた右腕に、自ら力を込めた。
肩関節がミシリと音を立てるが、構わない。
身体を時計回りに勢いよく、寝返りを打つように回す。
ゴキンッと重たい振動で、右肩が砕けたのが分かる。
肘はあらぬ方向に曲がり、硬い幹が割れるような小気味いい音が響いた。
「何をしてっ……!?」
力任せに仰向けになった先で、ヒナと目が合った。
その瞳は、驚愕で丸く見開かれている。
──やっと一回、驚いてくれた……そしてこれで、二回!
自由になった左手で、ヒナの脇腹を殴りつける。
ダメージはないようだが、想定通りだ。
押し当てた拳は、大口径の銃だ。
指五本をひとまとめにし、収束させ、放つ。
銃の魔人は先ほどのヒナの三連発を、頭の中で鮮明になぞる。
「こんな感じ?──ズドンッ!」
拳の先で、重たい発砲音が轟く。
爆ぜるような銃撃は、ヒナを横殴りに突き飛ばした。
街路を転がるヒナを、跳ね起きた銃の魔人が追撃する。
「ズドン!ズドンッ!!ズドンッッ!!!……あはははっ、いいなぁ、これ!」
意趣返しの三発が、膝をついたヒナを弾き飛ばした。
小さな身体は、先ほど銃の魔人が落下した教会の上部、そのステンドグラスを突き破って見えなくなる。
色鮮やかなガラス片が、空気中にキラキラと舞う。
銃の魔人はその隙に、水筒からロイヤルブラッドを一口含んだ。
残量から回復は、あと一度が関の山だろう。
バキバキと音を立てて再生した右肩を回して、銃の魔人は惚けたように天を仰いだ。
──あぁ……まるで生まれ変わった気分……
今まで銃口を増やそうと考えても、そのサイズを変えようなんて思いつかなかった。
元の世界の常識に囚われていた、自分の頭の固さに呆れてしまう。
手に入れたのは、新たな攻撃手段だけではない。
もっと根本的な、自我の自由を獲得したのだ。
それはつまり、銃とは何かということ。
定義するのは口径か機構か、それとも扱う弾丸だろうか。
しかし『神秘』に満ちたキヴォトスでは、どれも明確な線引きには成り得ない。
きっとまだ、思いもよらない銃もあるはずだ。
では、銃とは何かを決めるのは誰か。
もちろん、それを司る銃の魔人自身だ。
つまり──
──どんな規格外なものでも、オレが銃だと思えば、それは銃なんだ。
撃つ弾のサイズが自在でも、それがエネルギー弾だろうがなんでもいい。
銃の魔人が受け入れれば、それは銃であり、自分の力になる。
これからの可能性に、銃の魔人は打ち震えた。
──きっとオレは、戦うたびに強くなれる。
これからキヴォトスで出会う、多種多様な銃を学び、成長できる。
今こうして、ヒナの集中射撃を取り入れたように。
ヒナの常識はずれの愛銃が、『こうあるべき』という固定観念を撃ち砕いてくれたのだ。
銃の魔人の自我は拡大し、この手には圧倒的な自由が握られている。
そしてだからこそ、目の前で不自由に縛られる少女が不憫で仕方なかった。
「ね〜っ、ヒナちゃん!手抜いてるでしょ!」
ガラガラと外壁が崩れる教会に向かって、銃の魔人は声を投げかける。
今の三発も、ヒナなら避けられたはずだ。
そうしなかったのは、ヒナの周囲に建物があったからだろう。
思えば最初の乱射も範囲は道幅に限られて、通り沿いには届いていなかった。
その後の、集中射撃もそう。
わざわざ相手を宙に放ったのは、きっと周囲の破壊を避けるためだ。
ゲヘナ風紀委員長という肩書が、ヒナにそうさせるのだろうか。
銃の魔人は、心底同情してしまう。
誰よりも自由に振る舞える力を持ちながら、立場や責務やらで雁字搦めになっている。
「ほ〜らっ、もっと自由にやろうよ!もったいないって!」
外壁に開いた大穴の向こうから、ヒナの返事はない。
銃の魔人は長く重たい溜め息と共に、もどかしさを吐き出した。
──それなら、今度はオレが壊してあげる。
ヒナがこちらの常識を壊したように、鬱陶しく絡みつく鎖を取り払ってやろう。
もっともっと追い詰めれば、面倒なことを考える余裕はなくなるはずだ。
銃の魔人には、今日のために用意した『とっておき』が二つある。
一つは、『神秘』を用いた『属性』の付与。
これはイオリやハスミとの戦いから、存分に振るわれている。
もう一つは、既に戦場に仕込まれている。
運用は難しいが、より銃に対する自由を手にした今なら、扱える気がしていた。
しかし、それには時間が必要だ。
『とっておき』が辿り着くまで、ゲヘナ最強相手に時間稼ぎをしなくてはいけない。
──でもヒナちゃんも、同じ腹づもりでしょ?
きっと先生が逃げ切るまで、と考えているはずだ。
互いの目的が一致しているなら、その達成は容易く思えた。
これは、どれだけヒナを驚かせられるかの戦いだ。
ゲヘナ最強の意識の外から、ふいを撃つ。
『とっておき』のびっくり箱は、その役目を果たせるだろうか。
その時、ヒナはどんな顔をしてくれるだろう。
ワクワクに胸を弾ませながら、銃の魔人は再び拳を突き出した。