「みんなさーん! 私、人類の超味方! マガツキュウビからお知らせがありまぁ―――す!」
「なあ―――にい―――!」
海上、甲板の上に立つマガツキュウビに一斉に声を揃ってマスター達が返答する。綺麗な笑顔を浮かべた巨大な黒い九尾の狐は綺麗な笑みを浮かべたまま体の端から光の粒子を放ち消え始めた。
「いや、もう限界です……あの世に帰りますね……」
尻尾ふりふり。ばいばいの合図をし始めた。
「待て待て待て待て!!!!」
「うっそだろお前!! 消えるな!!」
「逝くな!! 逝くなあああ! マジで逝くな!!」
「狐お■さんダメ! 消え■いで!! おばさん……おば■ん!!!」
オールドテイルズが必死にマガツキュウビに呼びかける。マガツキュウビもオールドテイルズも戦闘には参加せず、もはやギミックによる海王の抑制にのみ集中していた。それが解かれた瞬間この戦場が崩壊する事は良く理解していたからだ。だから2体の尊製ボスモンスターは護衛される形で戦場に残されていたが、オールドテイルズの言葉にマガツキュウビはキラキラ光ながら消えて行く。
「あぶらあげパフェ……食べたい……」
「うっ■! マ■だ! マジで消■る! ダメ■メダメダ■!! 消えちゃダメ! 負荷全■こっちに来る! 私も逝■! 逝っちゃうっ■ば! うわっ、負荷すごっ! あ、これ私も逝きそう」
ばしゅん、と音を立ててドロップアイテムを残しマガツキュウビが死亡した。ダメージは一切なかった。ただ単純に海王の抵抗力が凄まじすぎてマガツキュウビの許容量を超えてしまっただけだ。内側から力の波動に耐えきれなくなったマガツキュウビは摩耗によって擦り切れて死亡した。観測される中で初の死因となった。
そして次はオールドテイルズの番となった。マガツキュウビが死んで今まで分割していた負荷が一気に押し寄せて来る。その一瞬でオールドテイルズはあ、これが初の死因になるんだなぁ、という事を悟ってしまった。
「そろそろ限界か」
「アメリカが今議会で核兵器の使用申請を通してるぞ」
「今の時代核兵器程度じゃなあ……」
東吾とマスター仮面がそろそろ限界か、という会話を最前線で行っていた。蘇生不能が響いてからはダメージを与える事よりも防衛をメインにし、カット率100%と無敵、そして反射によるサイクルを組む事で耐性の穴を潰す戦術がメインになった。
その中心に立つのは当然、レイド廃人組だった。
尊から教えられたハメ戦術をベースに、無敵や反射を使った相手の攻撃を無力化する多数の戦術を1個ではなく複数サイクルして使う事で対策し辛く改良した彼らの戦術はタイミングなどが非常に計算されたものであり、途中介入が難しいものとなっていた。
バフにバフを重ねれば良いという訳ではない。同種のバフは上書きする特性があり、場合によっては下位互換のバフを優先する必要があった。ロバの騎士の決闘なんかがその筆頭であり、上位のバフを持って来れば良いという訳ではなかった。
だがこの戦術の根幹にある思想は対チクタクマンで既に海王が目撃している。記憶は擦り切れ人格が摩耗し理性が虫食いであろうとも、戦友と共に戦った経験は血肉となって海王を支えている。故に戦況に適応した最強生物の一角は無敵や反射、それに対応するようにディスペルを攻撃に乗せたり、貫通系の攻撃を多用するようになった。
戦況は苦しかった。レイド組はレベルが低く、直ぐに補充できる低ランクレベル1のモンスターを大量運用して戦況を繋ぐが、火力を出す事は出来ず、防衛だけで手いっぱいになっていた。そしてSランク組も攻撃する事で海王をここにとどめる事で限界だった。
そろそろ精神的にも、そして人員的にも限界が見えて来たその時、海王は再び動きを停止した。召喚されたモンスター達も攻撃を止め、海王が何かを見つめる様に視線を海中へと向けた。そのしぐさに、東吾がにやりと笑みを浮かべた。
「……来たか!」
直後、通信が繋がった。
『通信繋がった? 繋がったな! これよりノアの緊急浮上を行う! 全員高度を確保してくれ! 海上から離れてくれ!』
「全員聞こえたな! ブライアン! お前も何時までも張り付いて戦ってないで早く離れろブライアン!!」
「あ、後少し……もう少し……!」
前線に張り付いて戦闘続行しようとするブライアンを羽交い絞めにして引き剥がし、海王との戦闘領域から離れる様に戦闘集団が離れる。未だに沈黙し続ける海王の視線が海中へと向けられる中、巨大な影が暗き海の底からせり上がって来る。
それは都市だった。
ニューヨーク、東京、或いはロンドン。そういう大規模の都市が海の底からせり上がる光景はもはや異様の一言に尽きる。数百万、数千万という人類を収容可能な規模の大都市が海の底から登場し、大量の水を掻き分けながら海上に出現した。
「アレが……箱舟都市ノアか」
「デッケェ……話には聞いてたけどなんだあの大きさは」
「そりゃあ準備にも時間がかかるか」
「アレでどうにかなるのか……?」
限界を迎えつつあったマスター達の間にざわめきが広がる。実際の所、マスター達も、各国で被害を相殺し続けていた者達も限界が近かった。攻撃しても倒れない海王は終わりの見えない地獄だった。ゴールの存在しないマラソン程苦痛と呼べるものはない……特に、それが強制的に走らされるものであれば。
ノアの浮上と共に海王の視線は真っすぐノアへと向けられていた。それまで見せていた激情は消え去っていた。世界を覆っていた嵐がこの瞬間には停止した。まるで溢れ出す感情を堪える様に空が大人しくなった。
「海王がノアに近づくぞ!」
「止めるか?」
「いや……反応を見よう」
尊からの通信が来ない。本当に助けが必要なら通信が来る筈だ。ノアに近づく海王を見ながらそれまで戦い続けていたマスター達の体に、これまで蓄積した疲労が一気に襲い掛かる。座り込む姿の横で、甲板に戻って来たブライアンは静かに俯いた。
「もう少し戦いたかった……」
「お前ははしゃぎすぎ」
「だけど、あのレ組とかいうのは本当に面白いぞ!? どうしてここまで無名だったんだ……!?」
無名というか報道したくなかったんじゃないかなあ、イメージが悪いから。
その言葉をマスター仮面はそっと飲み込んだ。
「―――ぴぃー?」
ブリッジの横から外に抜ける扉があった。ノア再起動後、隠し部屋そのものがブリッジのあるフロアまで移動したのでジュニアを隠し部屋の水槽から持ち運べそうな金魚鉢へと移すと、それをもってブリッジの外に出た。
嵐に包まれていた世界は今、暗雲が消え去り蒼天を見せてくれていた。だがこれも長くは続かないであろう予感があった。ジュニアを連れて外に出た所、戦っていた海王がゆっくりと波風を立たせないように近づいて来る。状況を考えれば危険だろうが、今はその心配をする必要はなかった。
近づいて来る姿に金魚鉢の中のジュニアを持ち上げる様に見せる。
その姿を海王の片目が捉えた。
『あ……あぁ……』
「ぴゃ?」
『愛しい私の子……』
触れ合うにはサイズ差が少々違いすぎるから持ち上げて近づけて来た海王の目に寄せるぐらいしか出来ないのだが、それも金魚鉢の中から頭を出して首を傾げてから、匂いを嗅ぎ、自分に凄く良く似た匂いを持つ巨大な存在を見て、それが自分の親だと理解したのだろうか? ジュニアが甘えた声で鳴き始めた。
「ぴぃ! ぴぃ! ぴぃー!」
『あぁ、そんなにはしゃいで……危ないわよ……』
目を瞑った海王の瞳から涙が零れる。触りたくても触れない現実が海王を襲っていた。だが1度は諦めた己の子に会うという悲願、それが達成された。その喜びだけで満たされていた。心を繋げなくても1人の母として無上の喜びを噛みしめているのが伝わって来た。
博士が蒲焼とか言ってた事は黙っておこ……人類マジで滅ぼされるかも……。
「ぴゃ! ぴゃ!」
『ふふ……えぇ、優しい人たちで良かったわね……』
ゆっくりと、海王とジュニアは語り合った。ほとんど楽しそうにはしゃぐジュニアの言葉を海王が優しく受け入れる一方的な会話だった。だがそれでも良かったのだろう。海王は楽しそうに鳴く我が子の姿に目を細め、その声を臓腑の奥にまで刻み込んだ。
これが最後になるから。
『ありがとうございます、友よ。貴方がノアにしてくれた事。我が子の誕生。その全てを見守ってくださって心の底から感謝します』
「いや……此方こそ遅れて申し訳ない。そして助けられなくてごめんなさい」
『良いのです。最後に我が子に逢えた。それだけで私は満足出来ました。本当であればもっと安全な世に目覚めて欲しかったのですが……それを今、願うのは無理があるのでしょう……ありがとう、友よ。我が祝福はたとえ我が身が朽ちようとも貴方と共にあります』
そう言うと海王はノアから身を離した。去って行く母の姿にジュニアが首を傾げた。
「ぴぃ?」
『このまま時間が永遠に続けば良かった……そう願っても、もはや我が身も限界です。これまで、全力を尽くせぬ様力を抑えていましたが……それももはや限界。今度こそ理性も全て喪失し、ただの破壊者として君臨するでしょう』
「ぴぃ!! ぴぃ! ぴぃ!!!」
去って行く母の姿にジュニアが声を上げて鳴く。それを惜しみながら海王は離れて行く。その姿は徐々に狂気によって支配されつつあった。子の誕生により僅かに残った理性、その全てを海王は使い果たしつつあった。
もはや気高き海の王が元に戻る事はない。
後は壊れるのみだ。
『総力を以て私を打ち倒すのです。ノアの力を使い、乗り越えるのです。私という試練を。貪食の怪物も、女神も、もはや私を超える統制者となっています。私を超えられないのであればこの星には希望なんてものは存在しません。我が屍を踏み越えて未来を手にするのです』
海王がノアから去った。呼び出された同胞たちは全て解散し、逃げる様に海域からも出て行く。これから行われる決戦に他の生命が入り込む隙間なんてないという事実を理解しているのだろう。余計なものが戦場に混じっても足を引っ張り無残に命を落とすだけだ。
―――空を水の幕が覆う。
それは幕だと思われていた。
だがやがて、それは幕ではなく地球という星を海が覆い、地と宙を分つ境界線となっている事に気づく。地球という星が天空に浮かび上がる海によって覆われ、牢獄の星となる。海を満たす海王の巨体が海から伸び、天と地を往復するように二つの海を繋げた。
《天空海》の展開である。
『未来へと向かうというのであれば我が屍を踏み越えてなお立ってからです―――!』
星の全てに響くほどの咆哮。それが海王から放たれる。全人類が、生命がそれを本能的に宣戦布告の声だと理解する。これまではまだ全力ではなかった海王が、ついに全力を以て戦う。その意味が細胞に刻み込まれる。
《天空海》はその為の戦場でもある。海王が最後の理性で生み出した、地表を滅ぼさない為の戦場。天と地を結ぶ楔となった海王が天空海より見下ろしながら言う。
『それはそれとしてもう二度と我が子をその白衣に近づけないでください』
「あ、はい」
戦う前にちょっと待っててくださいね。今からこの博士処刑するんで。