実の所、チクタクマンは尊に対して一定の敬意を抱いていた。
とてもじゃないが尊のなんでもアリっぷり―――無論、良い意味では真似できるものではない。敵対したモンスターの利用、海王と女神の戦いの利用、女神まで活用した規格外スキル。この少年は戦うという事において、才能という言葉では説明できない程に愛されている。
異形の戦才を保有していた。使えるものは何でも使い、手段を択ばない。その事において突出した才能を持っている。適応力が高い。理解力が高い。応用力が高い。ここで減点するなら尊の精神性が最終的に足を引っ張ってるという難点が存在するが、ことチクタクマンは自分を排除するという一点において尊は取れる手段で最も悪辣で確実な手段を取ったと言える。
手段を潰して、相手の手札を晒すつもりが倒された。その事実に少なくない驚きがあったし、同時に称賛に足る発想と努力であったとチクタクマンは評価している。
だからチクタクマンは奇襲を仕掛ける前に敬意を見せた。
普通に考えれば奇襲前に声をかけるのは悪手だ。事前に行動を察知されたら行動を阻害、妨害、邪魔されるだろう。そのせいで失敗するようであれば間抜けに尽きる。だが鴉羽尊はチクタクマンをあの乱戦に引き込む事で1回殺す事に成功している。
その事実にチクタクマンは本当に尊を評価し、敬意を抱いていた。
だからこそリーサル宣言を行った。それを己の殺害への褒美とする事で。
超加速の世界に入った。チクタクマン以外の全てが時の流れに置いて行かれ、ほぼ停止する世界の中でチクタクマンは指を持ち上げた。
それは迷いのない最速最適の殺傷手段。《次元斬》。物理法則を無視した絶対切断の空間の傷痕。それを殺す為に放った。庇えない。守れない。その斬撃が尊へと向けて放たれた。間に何を挟もうと無駄だ。
物質の強度を無視する斬撃は人のみでは絶対に受けきれない。
故にチクタクマンは真っ先に他の全てを無視して、尊へと向けて斬撃を放つ事にしていた。他はどうとでもなる。だがこの少年だけは明確な脅威になる。それを理解していたから致命撃を放とうとし、既に尊の前に立っていた存在を確認した。
『歪沢椿……己の身を挺して守る事を選びましたか』
チクタクマンの視線の先、尊と己の射線を遮るように椿の姿を見ていた。チクタクマンが出現した直後、チクタクマンが言葉を放つ前に既に椿は動いていた。加速の世界に入ると同時に椿の行動は完了し、尊の前に守るように立っていた。
『憐憫:残念です。同じ時を見る者は希少なのですが……これで別れですね』
空間を指先でなぞる。
人差し指で空間をなぞるように斜め上から斜め下へと指が動いた。それだけで空間に裂け目が生まれ、物理法則を超越した次元としての法則が干渉の出来ない傷痕として生みだされた。それを指先でチクタクマンは弾いた。
瞬間、放たれた弾丸のように次元の傷痕は、《次元斬》が走る。空間を直進し、椿の体に食い込み、体半ばまで切り進んだ所で消える事無くその場で停止した。もうこの時点で肩、心臓、肺、腸、人体の重要な器官を切断していた。
致命傷だ。
加速の法が漸く追いついたかのように次元の傷痕は椿の命を奪いつつ食い込んで停止すると、チクタクマンは周りへと視線を向けた。制限がある以上、これ以上連続で攻撃する事は出来ない。だが観察する時間はあった。だから誰が動いているのか、誰が反応出来ているのか、その全てを目視した上で結論が出る。
『結論:私の勝ちです』
―――そして時が動き出す。
真っ先に発動するのはエストの《アローン・イン・ヘヴン》。何十何百何千回と繰り返されて来た牧場での鍛錬がエストに反射的にマスターを守るという選択肢を与えた。残念ながらチクタクマンにはターンスキップがある。
《アローン・イン・ヘヴン》は効果を終了し、《次元斬》はその過程を無視して結果に飛んだ。即ち椿の体を貫通し、背後にいる尊を切り裂くという結末に。
同時に、半身である尊が崩れ落ちる事でウェルギリウスも崩れ落ちた。半身である事は多くの場合有利に働くが、こういう状況では明確に足を引っ張る。本来であれば活躍する筈の《輪廻転生》も《パーフェクトキャンセラー》を切る事さえ出来ずに落ちた。
真っ先に動いたのはクラマオウ、サクヤヒメ、スクナ、そして黄龍だった。流石Sランクのモンスター達。反応が早い。迷わず殺しに来ている。
だがその対策は既に終わらせている。
チクタクマンの片手には己の心臓が握られていた。
『これで致命傷です』
握り潰し、巻き戻す。
遺言を残す暇さえなくクラマオウ、サクヤヒメの全身が鉄くずに変わった。巨大化する前に黄龍は錆び付いて崩れ落ち、スクナは首から上が屑鉄に変わり、続いて半身が屑鉄に変わった。脳も心臓も鉄になり、腕を1本だけ残して停止した。攻撃の動作が起こる前にSランカーはそのモンスターを含めて二度と元に戻らない死を迎えた。
次に動いたのはチビとミレーナ。攻撃手段を持つ2体が最大火力を放とうとして、チクタクマンが腕を振るえば一瞬で細切れになって血が舞う。ノトスがその陰に隠れて銛を振るう。急所目掛けた一撃は決して届く事もなく、金魚鉢から少しでも気を逸らす為に行った突撃は結果としてチクタクマンに歯牙をかけられる事もなく肉片に変えられて終わった。
その虐殺現場を越えてモンスター博士が接近していた。腕を振るえば一瞬でチクタクマンの腕に違和感が走り、気付けば腕が分解されて行く。内側が歯車の塊であるのが露出し、その正体が割れる。ジャック、ラムシン、人類のトップエンジニアたちもその瞬間には食らいつく様にその腕を振るおうとし、全員纏めて薙ぎ払われた。
腕と足が千切れ飛び、ブリッジの壁に叩きつけられる。
その時間、総じて5秒。
戦う力のないエデ、そしてララを最後に殺し、邪魔なものを全て処理した後に、攻撃手段を持たないエストを悠々と処理し終えてから……それでもまだ警戒し、尊に近づく事無く、返り血を一滴すら浴びない邪神は椅子に崩れ落ちた尊の姿を見た。
『通告:詰みです』
それはチクタクマンによる勝利宣言でもあった。ブリッジに居た者全てが殺され、無力化され、敗北した。
―――その全てを俺はただ、痛みに堪え、知覚だけが追いつき、指示や肉体は一切動く余裕なんてなく、ただただ受け入れる事しかできなかった。
「ごぼっ」
椅子に倒れ込み、視線を下に向ける。体には深い斬撃が走り、内臓が見えている。未だここまでデカいダメージを喰らった事はない。普段モンスター達にこんな思いをさせてるのならもうちょっと優しくした方が良いかもしれない……そんな事を考えてしまう。
片手で内臓が零れないように腹を抑える。もう片手は動かない。視線を向ければ手首から先が切り落とされている。マズイ、血が流れ過ぎてる。このままだと失血死する。
『心配無用です。その前に殺しますから……いえ、いえ。このまま失血死を見守りましょう。またあのサメのように何か隠している札があるかもしれません。近づいて何かを誘発させるのは恐ろしいですからね。このまま貴方が死ぬのをここから見守らせて頂きます』
糞。油断も慢心もしねぇ。
『尊? おい、尊! 聞こえるか尊!? 何があった、みこ―――』
ばりん、とスマホが砕け散る音がする。チクタクマンが指先を向けて床に落ちていたスマホを破壊していた。
『絶望:援軍は期待しないでください。現在ノアは成層圏をギリギリ超える位置にあります。この高度まで既存の人類が自力で上がってくるのは相当な時間がかかるでしょう。恐らく10分や20分では上がって来れないでしょうから貴方が死ぬまでには間に合いません。そして』
ノアが鳴らしていたアラートが、起動させた防衛装置が沈黙する。チクタクマンが振るう手が再びノアから知性を奪った。
『これでノアの蓄積データは再び初期化されました。武装や防衛システムが稼働する事は期待しなくても結構です。無駄でしょう』
「おぉぅ、ワシらの夢とスパロボが……」
『茶番も結構です。貴方達の様な人類は危機にある時や緊張にある時程ふざけ、茶化し、平静を保とうとします。自分のフィールドではない領域で馴染みのある空気や環境を構築する事でパフォーマンスを維持しようとします。ですがその気遣いは不要です。状況は覆せませんので』
「……」
ブリッジの入り口からチクタクマンは一切動かない。
『鴉羽尊、私は貴方を高く評価しています』
『見事な指揮でした。限られた環境で良くこれほどまで上手く戦えるものです』
『見事な知恵です。良くもまあこれほどの事を理解するものです』
『実に見事な勇気でした。貴方程責任感を持ち、誰よりも真っ先に女神と戦う事を決意した人はいないでしょう』
ですが、とチクタクマンの言葉は続く。
『全て無駄です』
『貴方が死ぬのを見守りましょう』
『その後で万が一がないように技術屋の3人に止めを刺しましょう』
『それが終わったらその海の王子を頂き、洗脳し改造しましょう。造物エンジンは有用ですから』
『ノアの事は心配なく。後は有効活用しますので』
えぇ、それでは。
『提案:死ぬまでの間、雑談でもどうですか? ネタバレや批評で場を繋ぐのはどうでしょう? 安心してください。最期まで居ますよ』
一切嗤う事もなく。一切見下す事もなく。ただただ死ぬのを眺めながらチクタクマンはそう言い切った。