『応答:質問を自由にどうぞ。知っている範囲でお答えします』
そう言いながらチクタクマンは動く気配を見せない。ブリッジの入り口から此方の動きを観察している。その姿に余裕は見えるが、油断や慢心はない。此方が相手を殺せるという情報を握った今、チクタクマンは確実に殺せる手段を取っている。
臆病とも、慎重とも言えるだろう。
だが強敵を相手にする時は、正しい戦い方だ。
……なぜ生きてる? コイツが死んだのは観測したし、死は感じ取れた。錆び鉄の呪いはチクタクマンに対する時のペナルティだ。機械仕掛けの肉体が機能しなくなるというチクタクマンを戒める為の時の呪いの筈だ。それが解けるのはチクタクマンの死のみだ。
奴が死んだから呪いが解けた筈だ。なのにこうやって今、生きている。偏在か?
『おや、その目は何故私が……という疑問ですね? 勿論お答えしますよ』
けろりと、あっさりと不死の種を割る。
『言った所で対処法は無いでしょうから』
無論、そこにはチクタクマンなりの安全マージンが確保されている。この邪神は他の連中と違って、明確な目標を抱えている。そして目標が存在する以上、その為に行動を起こす。他の目標がうやむやな連中と違ってその為の計画性や思考能力を備えて厄介な邪神が、己の不死性を語る。
『解答:私は時間の連続性を守っていません。過去と現在と未来の私は同一の存在ですが、別々の個人でもあります』
「んだ……そりゃ……」
僅かな言葉を口にするだけでも疲れる。マズイ、死にかけている。心臓の鼓動を落として、流れる血液を、生命力をコントロールする。肉体を仮死に近い状態まで落とす。これでなんとか少しでも長く生きられるように自分の肉体を調整する。
キッツい……!
血の流れが止められない。生命力が流れ出る。床に倒れ伏したウェルギリウスが倒れ込んだまま此方の生命力を調節してくれるおかげで死ぬまでの時間が延長出来ているが、それも限度がある。治療しない限りこれは確実に死ぬだろう。
『私は時の神を取り込んだ事で時間という概念に存在する神となりました。時間は過去、現在、未来という3つの軸に存在しているのは解りますよね? 私はそれぞれの時間軸に存在として紐づいています』
ですから、と言葉が続く。
『貴方は私を過去で殺しました。えぇ、見事な手腕です。驚かされました。あの大戦を利用して殺しに来る等とても真っ当な発想ではありませんから。ですがそうやって過去の私を殺せた所で……それは過去という概念に紐づいた私を殺しただけです。現在と未来という概念を担当する私はまだ残っています』
水が流れるように、時もまた流れるもの。未来から現在、過去へと向かって。
『えぇ、理解に至ったようですね。現在と未来の私は同一ですが別個の存在です。ですが時が流れれば再び今ある現在は過去になります―――その時、現在の私は過去になり、再び蘇るのです。言い換えてしまえば未来の私を排除しない限り、私は永遠です』
「クソゲー過ぎるじゃろ」
「ナーフしろ」
「やり過ぎ性能でしょ」
『照れ:お褒め頂き光栄です。これぐらいの性能がないと最上位帯ではやってられないので』
頭の中にやり過ぎ全能者がウィンクしながら投げキッスを送って来る。まあ、確かにこれぐらいの性能がないと生きるだけでも大変か。だが原作だとコイツ、次元城で戦えば普通に死んで……あぁ、いや、そうか、次元城だと普通に死ぬのかこいつ。
「次元、城……」
俺の呟きを拾ったチクタクマンが拍手する。
『称賛:えぇ、本当に恐ろしい。即座に正解を出しますね。次元城は過去、未来、現在全ての時が混在した混沌領域です。確かにあそこで私を殺せば1度に三刻に偏在する私を殺しきる事が出来るでしょう。もし、あの地に攻め込む様な事があれば私もネガコスモス様の守護の為に姿を見せざるをえませんでしょう。その時が私を殺す千載一遇の好機でしょう』
無論、とチクタクマンは続ける。
『そう簡単に物事を運ばせるつもりは私にもありませんが』
そこまで語ったと所でチクタクマンは未だに俺から視線を外さない。ずっとこっちを見て警戒している。その視線は俺がまだ、何かを隠している事を確信しているような視線だ。鴉羽尊は過去であんな事をしたのだ。詰みに近い状況だが、何か隠し玉があるだろうという考えだろう。
―――ある。
実は隠し札を用意している。ここまで誰にも告げず、本当に本当のピンチまで温存している切り札が。今こそ使う状況なのは確かなのだが、状況が悪い。もしチクタクマンが部屋の中に踏み込んでくるのであればもう少しやりようがあった。
だがあの邪神は入口に近い場所で距離を開けて立っている。クラマオウ、サクヤヒメ、黄龍は既に塵になって崩壊している。唯一、スクナだけが形を保っていた。だが動かせるのは腕が1本だけ、それ以外は既に錆びた鉄になっている。心臓と脳がやられ時間が経過している。見た目は形を保っているだけでこれも既に死んでいる。
そしてこの状態ではもう、蘇生は通じない。
ウェルギリウスを除いたモンスターは全部死亡、皆殺しの現場を目の前で見せられたジュニアはさっきからずっと鳴いている。技術屋トリオは動く隙を探っているのが見える。博士はこの状況でまだ何か出来る手がある様な気もする……いや、ある。
人格はカスだが技術は最強だ。何らかの隠し札を用意しているに違いない。シンクロして確かめられれば良いのだが、シンクロするには脳を活性化させる必要がある。それは恐らく、俺の最後の意識を使うだろう。だが限界まで温存しなくてはならない。
『良いですね……まだ諦めていないという目です。貴方がそうやって諦めず足掻けば足掻くほど、私の手元に情報が集まります。解りますね? 私をこの場でどのような手段を用いても殺しきる事は不可能です。たとえ私をこの場で殺す事が出来ても将来的には対策を施した私と相対する事になります。果たして、その時に私を倒すだけの手段は残されているのでしょうか?』
それから俺の前で両断されている酒クズに視線を向けた。
『もう、貴方を庇ってくれる人もいませんよ』
両断された酒クズ……椿を見る。彼女は俺の前に立って、次元の刃を受け止めて死んだ。次元の刃はあらゆる物理法則を無視し貫通する刃だ。無敵、カット、耐性を無視した究極の攻撃手段。絶対切断とも呼ばれる斬撃の究極形だ。それを椿は受け止めて、減衰させた。
「どう、して」
『憶測:本人ではないので状況証拠から憶測する以外に手段はありません。ですが事実として《次元斬》や《次元圧縮》、《次元断》等の時空系攻撃は本来減衰する手段を持ちません。そして彼女はそれを貴方を即死させないレベルまで落とす事に成功しました』
ふむ、とチクタクマンは悩む様な仕草を見せる。
『原理解明:この手の攻撃は同じ系統の能力でしか減衰させられません。ですが歪沢椿の能力は未来視であって時空干渉ではありません。外向きではなく内向きの能力です。干渉出来るのは己のみ……だから《次元斬》に干渉する為に1度、斬撃そのものを肉体に留める必要があったのでしょう。無論、こんな無茶を擦れば死ぬ事前提になるでしょうし、咄嗟の判断で成功させられるような事でもありません』
チクタクマンはそこで1度言葉を区切った。
『驚嘆:恐らく……彼女はずっと前からこの一瞬の為に練習を重ねてきたに違いありません。そうでなければ説明が付きません。何十、何百回ではありません。もしこの光景がずっと前に見えていたとして……彼女は何年も前からこの日に向けて何千と繰り返して練習してきたに違いありません』
チクタクマンが淡々と語る内容はあまりにも恐ろしい内容だった。喋る為の体力を温存したいのに、言葉が口から出て来る。
「じゃあ……なんだ……自分が死ぬと解ってて……俺を守る為に……ずっと……ずっと……俺に接して……来た……のか……?」
『肯定:はい、そうなります。彼女は誠心誠意、この瞬間に貴方を守る為にずっとこれまでの人生を過ごした事になります』
「―――」
なんだよ、それ。
『そう言えば……貴方と彼女の仲はあまり良くないものだったのではありませんか? 死と離別が前提にある関係はなるべく遺恨を残さないように物事を処理しようとします。恐らく彼女は貴方には到底耐えられない人格や性格をしていたのではないでしょうか? その方が死後、傷にはなりませんからね』
「……」
『興味:実に不思議な関係……行動です。彼女は何故そこまで貴方を庇おうとしたのでしょうか? 疑問が付きません。こうなってくると既に死んでしまった事が悔やまれます。もう死者とは語り合えませんからね……』
本当に死んだ椿との別れを惜しむ様にチクタクマンは言葉を落とした。お前が殺したんだろが、という言葉は出て来ない。それだけの力や体力もない。死ぬまであまり時間が残されていない。何とかしてこの状況をクリアしないと帰れない。
久遠……灯……父さん、母さん……コイツを送り込んだらしい糞ジジイの顔面も殴れていない。
『あぁ、命の火が消えて行くのが見えます……もうそろそろ死ぬのですね。これまでの旅路、お疲れさまでした。なに、心配する事はありません。誰かが救世主になれるのであれば、誰かがその役を引き継ぐ事も出来るでしょう。貴方の役目はまた誰かが引き継ぐでしょう』
後数分、後数分は持たせる。息を浅くし、命の流出を留める。ひらひらと告死蝶が舞うのが見えて来る。最近はとんと現れる事のなかったこの蝶も、俺の死の匂いに釣られてついに姿を現すようになってしまった。死ぬのか、俺が? こんな所で? ふざけろ。そんなの認められない。
何か―――何か―――ないのか? 手は、この邪神の想定外になる1手は存在しないのか。
コイツの意識外からの攻撃じゃなければこいつを倒す事は出来ない。意識外からの奇襲じゃなければ不意を付く事は出来ない。何か、無いのか―――。
そうおもった時。
『しかし、これで死ぬとなると見込み違いだったかもしれませんね』
歩いていた。
『柊剛三が私を派遣した意味……てっきり乗り越えられる試練を与えるつもりだと思っていたのですが』
チクタクマンの前を通り過ぎた。
『ですが言動と感情が一致しません。或いはそれすらブラフでしょうか?』
チクタクマンの背後に回り込むと、手をふりふりと振った。
『残念です。過去の私を殺した所で貴方は時の破壊者になるだけの素質があったと思えたのですが……この状況を乗り越えられないようであれば、そもそも未来等なかったと言う事でしょう』
彼女は半透明な指でつんつん、とスクナを突いた。
『おやすみなさい、鴉羽尊……次があるのであれば―――』
そして親指を上げてサムズアップを向けて来た。他の誰にも感知できず、見られず、干渉されない、最も自由な姿で。もう二度と元には戻れないという事を承知で、何年も前から、何十年も前からこの瞬間の為だけに生きて来た。
完全な意識外。チクタクマン唯一の死角。未来は見えても元から見えないものは見えないという唯一無二の弱点。それを突いた奇襲。
―――じゃ、やろっか。やり方、忘れてないよね?
もう2度と音にならない声を口パクで伝えてきて、あの日の汚点を思い出させる。それが懐かしくて、そして嫌な思い出で、苦い表情を浮かべながら目を瞑った。
「無駄な……事なんて……何一つ……な、かった」
『―――』
息が僅かに零れるような呟きを拾い、チクタクマンは喋る事を止めた。警戒された? 当然だ。最初から警戒されている。今更何もしないという選択肢がないのは相手も理解している。だから良い、これで良いんだ。
チクタクマンは静かに手を持ち上げて、指先を持ち上げた。
『賛辞:素晴らしい……そう来なくては意味がありません。さあ、貴方が持つ底を見せてください。貴方には価値がある。それを証明してください。気づいている筈です。女神を殺した所でこの世界は何も救われないという事実を』
閉じていた目を持ち上げ、残り僅かな生命力を使えるリソースに変えて練り上げる。
『断言します。貴方は必ず選択を突きつけられます。世界を破壊するか。それとも妥協するか。そして妥協する事が既に失敗だと将来的に証明されている以上、貴方は絶対に世界を破壊しなくてはならない』
チクタクマンを見た。
「リーサルだ」
『では最終戦を開始しましょう』
指を振るった。
《次元斬》が放たれる。その直前、視線を重ね合わせ、呟く。
「確定予測開始」