確定予測は既に使った事がある。
交流戦以来だが、感覚は完全に覚えている。再び酒クズと……椿とシンクロを繋げるのは難しくはない。だがそうやって繋いだ所で保てる時間はそう長くはない。もう既に心も体も、限界を超えている。この状態で確定予測をしてもフルにスペックを発揮する事は出来ない。
だから絞る。
必要なのはリーサルまでの道筋。相手の行動。それさえ読み切れば勝てる。勝つ。絶対に勝ってみせる。だから必要なのはレシピだ。攻略する為のレシピ。相手が何をして、それにどう返す事が出来るのか。それを判断する為の材料。
だから対象を絞った。重くなってきた瞼で視界に入る全てを見た。世界が何もかもブレて見える。未来が、行動が、可能性が、その全てが見えたものを瞼の裏に仕舞い込んで、素早く情報を整理し……リーサルプランを構築する。
それで、確定予測は終わった。
『どうやら準備が整ったようですね』
「……」
『喋る力さえほぼ喪失しましたか。ですが……貴方が最後に見せた瞳は燃え上がる程の力を宿していました。見せてください―――貴方が何時か、世界を滅ぼす者だという証明を』
―――1手目、《次元斬》。
防御、無敵、耐性、カット不可貫通斬撃攻撃。庇う事で対処する事が出来ない攻撃をどう対処するかは既に知っている。ウェルギリウスが《デコイ》を発動させ、その対象をすり替えた。チクタクマンが放った時空の傷痕は此方……ではなく、横へと飛んでいく。
「うっす」
ララを真っ二つにした。ララの死体が再び床に落ちた。
『成程、そういえばそのラッキーラビットは自己蘇生を得意としていましたね。死んだ直後に蘇生アイテムを使ってこっそり蘇りましたか』
なにせ、あまりにも弱すぎて竜王と女神にバレず潜伏し続けたという実績のある兎だからな。《デコイ》を受けて死ぬのはこいつが一番コスパが良い。その為に罠デコイみたいな性能をしているのだ。この場において1撃目を受けるのはララの仕事だ。これでまずは1手目を潰せた。
残り3手。
『では次です』
両手を合わせるように空間を折り畳み始めた。小口を殺到させた時にその防御を一切許すことなく空間諸共相手を破壊した絶技、《空間圧壊》。ララに放った《次元斬》と違って明確に広範囲を巻き込んで破壊する攻撃手段はデコイによる回避が通じない。これを受ける事は許されない。だから止める。
《パーフェクトキャンセラー》。色褪せない最強の打ち消しスキル。
ウェルギリウスが瀕死のままそれを放った。空間が折りたたまれ、圧縮され、砕けるという結果そのものを否定する事によって発生を阻止する。広範囲を破壊する攻撃手段を受ける事が出来ない以上、パフェキャンは絶対にこれに切らないとならない。
残り2手。
ゲームにおける行動回数はシステム的な制限だ。だがリアルにおける行動回数というのは息継ぎや技後硬直の様な物になる。言ってしまえば1ターン辺りに溜めを作らずに行動できる回数だ。《無限覚醒》とはその限界を超えて連続行動するスキルになる。だから4手は凡そあらゆる生命、生物が抱える物理的な限界だと言って良い。だから4手、耐える事が出来ればこっちに攻撃のターンが回って来る。
チクタクマンは常に先制行動、速度カンストという狂った性能をしたボスモンスターだ。《次元城》を使った所で常に先制行動を取るので、此方が先制で行動出来ない限りは絶対に先手を取って殴って来る。だからチクタクマンの行動を枯らせてからが此方のターンになる。
『では切って貰いましょうか、《輪廻転生》を』
《サクリファイス》からの《輪廻転生》、《パーフェクトキャンセラー》を再取得。
2度目の《次元圧壊》を使用回数を復活させた《パーフェクトキャンセラー》で阻止する。これによってウェルギリウスの行動阻止が完全に枯れた。個人で3度行動を止めるだけでも大健闘と言えるだろう。
これで3手、潰せた。残るは1手。ウェルギリウス単体で足止めするのはここで限界だ。もはや打ち消しは1枚も残ってはいない。そしてチクタクマンにはまだ行動権を残していた。1回分、チクタクマンはまだ動く余裕を残している。
当然、詰めに持って来るのは《次元圧壊》。怒涛の3連打。最もシンプルで単純に防ぎようのない攻撃方法。格下相手には特に捻った事をする必要がない。広範囲の攻撃手段を連打してそれで圧殺するのが最も効率的で合理的。態々絞って殴る必要はどこにもない。
『これをどう処理しますか? 堕天使を起こしますか? それとも魔狼ですか? 或いは残した《輪廻転生》1回分ですか? いえ……それをやるにはもはや半身の体力が足らなそうですね。まあ、どちらでも構いませんよ、時を飛ばしますからね』
ターンスキップによるバフの即時終了という手がチクタクマンには存在する。エストの《アローン・イン・ヘヴン》は極悪極まりないスキルだが、チクタクマンにはこれがあるせいでエストによる1人受けが許されない。
またチビによる《カオスタイム》避けはバフを積む為の手番を要求する。その為絶対先制で行動するチクタクマン相手にはバフを積んでから出す事が出来ない。
この1戦はパズルだ。持っている手札のみでリーサルを見出すパズルゲームだ。冷静に何が出来るのかを分析し、確実に勝てる手段を取って勝つのだ。ここにアドリブなんてものはない。ここに奇跡なんてものはない。存在するのは確かな積み重ねだけ。
これまでどれだけ努力し、積み重ね、準備して来たか。それだけが答えになる。
俺の手札だけなら間違いなく手詰まりだった。この後の1手を超える手段が俺にはない。エストもチビも駄目だ。そもそも蘇生タイミングがない。ウェルギリウスの妨害はインタラを抜いて枯れている。主動作を妨害する手段がない。
負けだ。
俺1人なら。
だから、その最期を眺める為に閉じた目を開いた。霞む視界でそれを見た。
彼女は半透明なまま、任せてと言わんばかりに微笑んでた。スクナの横に立つ彼女はとんとん、とスクナの肩を叩いた。
―――行くよ、スクナ。
―――死体使い荒ぇなぁ、おい。
スクナには脳がない。既に錆びた鉄となっているから思考能力は失われている。スクナには心臓がない。脳死状態に心肺停止状態になり、完全に死亡している。これは覆らない事実だ。
錆鉄の呪いはあらゆる食いしばりや無敵、蘇生効果を無視する。それが脳に達せば最後、永久死を受け入れるしかなくなる。それでも彼女は命じた。
歪沢椿はスクナ専用マスタースキルを発動した!
スクナの《確定予測》!
未来は、運命は常に無数に分岐している。
だけどね、それを選べるのが私達の特権なんだよ。
私達は誰もが終わり方を選ぶ権利を持つんだ。
確定した未来にスクナは到達した!
スクナは即時行動介入を得た!
チクタクマンの行動の前にスクナの行動が介入される!
スクナの《点穴》!
チクタクマンに極小ダメージ!
チクタクマンは点穴を穿たれた!
チクタクマンの《空間圧潰》!
チクタクマンは点穴を穿たれている!
チクタクマンの行動が失敗した!
『―――なんと』
動いた。
二度と動かなくなった筈の鬼神は主の命令に応じた。頭は錆びた。心臓も錆びた。片足も錆び、腕は1本残して全て錆びついた。もはやここから動く生物など存在しない。これは邪神を戒めるための呪い。本来であればチクタクマンを殺すはずの猛毒だ。
それをここまで受けておいて動ける生物なんてものは存在しない。
その認知がチクタクマンの最後の1手を殺した。
《点穴》は言ってしまえば能動版の《パーフェクトキャンセラー》と言えるスキルだ。速度調整、行動順等の問題で実用性は薄いスキル。
ここからリカバーする方法はチクタクマンには存在する。時間停止、再行動、自己回復……手段はまだある。
だが己を蝕む筈の呪いを正面から打ち破り動いた鬼神の姿にチクタクマンは思考停止してしまった。それが致命傷になると解っていてもチクタクマンは理解出来ない光景を眺めてしまった。
―――あばよ。
チクタクマンを穿った拳で中指を突き立てると、今度こそ肉体の全てが錆鉄へと変化し、そのまま散った。この鬼神がもう二度と誰かに応えて現世に姿を見せること等ないだろう。唯一無二の主は彼に十分な夢を見せてくれた。その満足感に満たされ散ることを選び、鬼神は完全にこの世から消滅した。
そして、その主もまた同じ道を選ぶ。
己の相棒、それが果たした事を信じ見届けた後にサムズアップを浮かべた半透明なシルエットが段々薄れ掠れ消えて行く。
そこに躊躇はなかった。別れの挨拶もなかった。その仕草に伝えるべき言葉は全部詰め込んであった。だからそのまま、彼女は姿を消していった。
もう二度と会う事はないだろう。
冥府で再会する事さえない。
彼女は果たすべき事を全て果たし、その役割を終えた。その誇りを胸に彼女は永遠に舞台を降りた。
そしてその奮闘、最後の1手を乗り越え、チクタクマンは硬直を迎えた。
『驚嘆:不可思議:未知……! この様な事があり得るのですか! 素晴しい、実に素晴しい! あぁ……!』
「やって……良いぞ―――」
スクナが殴り飛ばしたチクタクマンは僅かながら硬直していた。だがその僅かな時間は、ここまでずっと、隠し通して来た隠し札にとっては十分すぎる時間だ。
懐からこれまでずっと息を潜み、気配を殺し、姿を消し続けていた漆黒が現れる。チクタクマンにすら匹敵する速度を見せて一瞬でチクタクマンに肉薄するのは黒いゼリィの姿だった。作戦開始前、マスター仮面に着けられた分裂済みのあんこ。
最初にフルバフをかけて以来誰にも知られないようにキープしてきた本当に本当の最後の奥の手。上限解除済みで《全能者の采配》で上限までバフされたSランクマスターの相棒。
漸く解禁されたあんこが追撃した。言葉もなく、ただその小さな全身に込められるだけの怒りと全てを注ぎ込んで全力でチクタクマンに体当たりを放った。スクナの拳によって吹き飛ばされた姿が、今度こそ明確な方向性を与えられて吹き飛ぶ。
ブリッジ横の扉から外へと向かって。
それを抵抗を放棄してチクタクマンは受け入れた。吹き飛ばされながらも視線は敗北を受け入れるしかないと物語っていた。
『では……未来が現代に変わった時にまた―――』
チクタクマンが範囲から消えるのと同時に、博士が1枚の記録媒体を取り出し、それを指で弾いた。ラムシンが受け取ったそれを更にジャックに投げ、受け取ったジャックがロボットアームでそれをノアのコンソールに突き刺した。
一歩も動かず、言葉もなく行われたリレーは3人も限界を迎えている事を示す。だが、その行動で勝敗は決まった。
『―――システム再起動。バックアップからのデータ取得完了。撃滅対象・チクタクマンを捕捉しました』
沈黙していたノアが再起動する。ブリッジへと繋がる扉が閉じる。外へと弾き出されたチクタクマンの姿を見る事無く、横に落ちていたパッドの攻撃ボタンを押し込んだ。
その結果にはもう興味がない。見るべきものはそこにはない。
だから最後に見たあの女の姿を記憶に残して、目を瞑った。
「はあ……はあ……勝てた、勝てた……」
「本当に……勝てたのか……?」
「あははは……これで駄目ならもうおしまいだよ僕ら……あぁ、ヤバイ……痛いのが解らなくなって来た……」
あぁ、そうだなぁ。後はもう祈るだけだ。目を開ける気力もない。死の感覚が直ぐそこにある。もう足に触れて、体を掴もうとしている。心臓に達するまであと少し。
何かするべきなのだろう。だが出来るだけの気力も体力も、誰にも残されていなかった。
『転移防止装置を解除。図書館より接続を確認。……ブリッジクルーの生存が間に合わない事を確認。時空凍結による延命措置に入ります』
ぴぃぴぃ鳴いてるジュニアの声が遠ざかってゆく。誰もそれに構うだけの力が残っていなかった。言葉は自然と途切れ、ノアによりブリッジ内の空間が、時空が凍結し始める。
「それでは……生きてたらまた」
「またの」
「生きてたら」
あぁ……生きてたらまた。
最後の言葉を残すために最後の力を振り絞る。
『空間凍結開始』
ノアのアナウンスを耳にしつつ囁いた。
「じゃあな、酒クズ。来世でまた会おう」
そして―――意識が途切れた。