酒クズの手紙に触れる事無く1週間が経過した。
どうしてか……心の整理がつかなくて手紙を読む気にはなれなかった。少しだけ寝かせておいて、覚悟が出来たら読むか、と思っている間にもう合同葬儀の日がやって来た。この時になると体の調子もだいぶ良くなってきて……一部の問題を除いて、病院の外を歩けるぐらいには回復してくる。
合同葬儀は決戦があった海域から一番近かったアメリカの西海岸で行う事になった。
決戦の地に新しい島を作ってそこでやるべきでは? みたいな意見もあったがSランクにもなるとぽんと島を作れたりするのでまあまあ感覚がバグる。遺族だって来るんだからもうちょっと常識守ろうな! という意見が無事に通ったので普通の合同葬儀が行われる事になった。
喪服に、参列者のほとんどはあの日、戦いに参加したマスター達。
各国のお偉いさん。
モンスター協会の偉い人が喪主を務める事になる。
そこにはミラーボールが10個ぐらい浮かんでいた。
「見て見て総理。ミラーボールですよ」
「そうだな、葬式で普通見るもんじゃねぇな」
ああ!
なんかね、ディスコで見るミラーボールが葬式会場に浮かんでた。もうこの時点で嫌な予感してたよね。モンスター協会の偉い人が怒鳴りながら葬式会場を手配した人に詰め寄ってる。まあ、当然の対応だよね。なに話してるかメッチャ気にならない? 総理も気になる? そうだよね。なるよね。
聞き耳ダイスを振ってください。
からん……ころころ……Critical! 当然、怒鳴ってるから駄々聞こえなだけである。
「君! これはどういう事なのかね!? なんでミラーボールが浮かんでるのかなぁ!? もしかして幻覚かな? 最近書類仕事が山ほどあって眠れてないしなぁ……と思ってガン見したら目が滅茶苦茶痛かったよ!! ねぇ、あんなもん本当は浮かべてないって言ってくれない?」
「それがですね、副会長。実は遺書に書かれてあるんですよ。私、俺の葬式はなるべく明るくパーティーな感じにしてミラーボール浮かべたりして欲しいって」
「どこの馬鹿だい、それは?」
「じゅ、10人ぐらい……」
「ねーねー、総理。副会長崩れ落ちちゃいましたね」
「そうだな。時には崩れ落ちる事もあるさ。また立ち上がる事を祈ろう」
浮かび上がるミラーボール。入場する100人のキャバ嬢。どこぞの葬式でも目撃した久しぶりのDJ……手を振って挨拶しよ。あ、覚えてたみたい。
合同葬儀は一瞬でこの世の終わりとなってしまった。皆ジジイみたいなことを葬儀に望むんだなぁ、という他人事を眺めるモードに入ってしまった。仕方がないよね、葬儀だと思ったらパーティーになったんだから。
そういう訳でSランカーってのはこういう生き物だよ! という原液を流し込まれていた。厳かな雰囲気で進行する筈だった合同葬儀は一瞬で本人の遺書に従った結果凄い事になり。追加で更なる変化が加えられて行く。これ本当に本人が望んだのか? と思うが何でもこの世界にはプロの遺言代理人が存在し、死んだ後の事を遺書や遺言に従い速やかに遂行する事を職にしてる連中がいるらしい。
金があるのに死亡率が高いからこそ成立するビジネスだった。
……まあ、遺言にトンチキな内容を残す連中が多いせいで今、地獄を見てる連中でもある。
「総理、総理」
「おう、なんだ坊主」
「大丈夫? これちゃんとお葬式出来ます?」
「どうだろうなあ……」
総理と並んで葬式全体を俯瞰する。たぶん死んだ人たちも合同葬儀になるなんて思いもしなかったのだろう、お蔭で遺書に書かれてある条件が重なり合って完全なるカオスを生みだしている。たぶん合同になるって知ってたらもうちょい大人しめになってたと思う。なると言ってくれ。
「坊主」
「うす」
そろそろオールドテイルズの事怒られるのかな? とちょっとだけびくっとしていると、総理は数秒言葉を選ぶように待った。
「坊主は死者が見えるんだよな?」
「うん。見えますよ」
幽霊型モンスターと、人の霊は違う。人は死んだら幽霊型モンスターになったりはしない。ゴースト系のモンスターは本質的には異世界で死亡した人の情報だ。だからこの世界で死んだ人々は、実在するようになった冥府へと去って行く。そしてそこで次の生へと向けた準備に入るのだ。
それを普通の人が認知する事はない。いや、モンスターでさえまともに認知する事は出来ない。黄泉比良坂みたいなエリアであれば声を聴く事も出来るだろうが、普通そういう事は霊感の様な物を備えていなければ出来ないだろう。
チクタクマンが酒クズを感知できなかったのもそういう理由だ。死者として話し合うのは強さとはもっと別の領域の話だ。強かったり特別だったりすれば見える訳じゃない。寧ろ強くなればなるほど見落とすものもある。それでも神々は死者を見る力を持っていた筈だ。でもチクタクマンは歪み過ぎて、そういうものも見る目を失っている。それが奴の死角だった。
「……今も、いるのか?」
「居ませんよ、誰1人として。ここには」
会場を見渡して、そこに残念を残すような者は1人として居ないのが解る。
「皆、振り返る事なくこの世を去って行きました。満足した……んだと思います。そうじゃなきゃここに居るでしょうから」
「そうか……あんがとな」
「いえ」
皆、俺とは違うのに。道半ばで死んだら後悔が残る筈だろうに。それなのに誰1人として縛られる事もなく、心を自由にして、冥府へと去って行った。まるで後に残した人たちを信じるように。解るよ、葬儀を見ていれば。
たぶん皆、湿っぽい空気が嫌だったんだろう。自分の死を引きずって欲しくなかったんだろう。さっさとケリをつけて次に進んで欲しかったんだろう。何時までもこんな事してないで果たすべき事を果たして前に進んで欲しいという気持ちがこのカオスの中には隠れている。隠れてるかこれ? ちょっと良い感じに仕立てたかったけどちょっと無理かもしれねぇ。完全に悪ノリの産物みたいなもんだろこれ。
俺の葬式は身内だけで静かにやるようにするよう頼んでおこうかなあ……。
まあ、もう死ぬ気はないんだけど。死ねない。簡単には。
「おっと、悪い坊主。俺はちょっと仕事の時間だから外すぜ。あんまりほいほい他の奴について行くんじゃねぇぞ」
「もしかして総理、子守り感覚で一緒に居ました……?」
わっはっはと笑いながら総理は手を振って去って行く。壇上に上がった副会長が何かスピーチし始めたが遺言に従い有名ロックバンドが演奏を始めたので完全に副会長の声がかき消されていた。可哀そうだなぁ、とは思うけど特に助ける気はなかった。
それを端の方から眺めつつ、懐の酒クズから送られてきた手紙を取り出す。
これを開ける勇気があんまりなかった。お蔭で1週間も寝かせる事になってしまった。あの女、勝つために死にやがった。チクタクマンは絶対に見れない事を確信して庇って死ぬ事まで計算に入れてやがった。
自分の中にある感情に説明がつかなかった。
初めて感じる感情だった。
その消化の仕方が解らなくて……手紙を開ける所まで指が動かない。
取り出した手紙を封筒の中に残したまま、それをずっと眺めていた。どれぐらいそれを眺めていたのかは解らないが、ふと気付いた時には足元にはぷよぷよと跳ねて揺れる色とりどりのゼリィ達が集まっていた。
「憂鬱そうな顔をしているね、尊くん」
「国木田」
「国木田……? 一体誰の事かな? あぁ、もしかしてマスター仮面の事か! そう、私はマスター仮面……て、あまり茶番をしたいような気分じゃなさそうだね」
「うん……振っておいてごめん」
「良いさ」
横に並んだマスター仮面は元気そうだった。モンスターがどっちかというとPvP向きの構成をしているマスター仮面のゼリィパは上限解除を駆使して最前線で海王と殴り合っていたらしい。よーやるもんだ。まあ、上限解除は強モンスの条件みたいなもんだからやり合えて当然か。
アタッカーは上限解除あるかどうかで、連撃追撃あるかどうかでだいぶ評価変わるんだよね……。
「調子は……あまり良くなさそうだな」
取り繕おうと思ったが、隠した所で無駄だし素直に吐く。
「まあ、ノア以来あんま調子良くないかな」
視界がぐちゃぐちゃだ。
少し前はドラバレと黄泉で魂と体を整えられたおかげで調子が良かったのだが、調整される前よりも今は酷くなっている。しかもエリクサーを飲んだ後でこうなっているのだから、もう根本的な部分は治療が効かないのかもしれない。
見える範囲、全部顔が塗りつぶされている。
それどころか人影が塗りつぶされている様にさえ見える。
……頭が痛い。
この痛みのせいかシンクロさえできなくなっている。
チクタクマン相手に様々な手を打った。小口とシンクロして殺到させたり、限界を超えて海王のスペックを引き出して覚醒させたり、メタ観測を使ったり……あの短時間で脳も心も魂も全部酷使してきた。直前にドラバレと黄泉で調整してこなければ到底持たなかっただろう。
だけど全部終わった今、反動が一気に襲い掛かっている。お蔭で起きているだけでも大分辛い。見える筈のものが見えなくて辛い。
「でも……1番頭を悩ませているのはこれかな」
手元にある手紙をマスター仮面に見せる。それを確認したマスター仮面が溜息を吐いた。
「歪沢くんからの手紙か……1番死にそうにない奴が逝ってしまったな」
「うん……」
不思議な気持ちなんだ。
「俺にとって死は最も身近な隣人だったんだ」
何時もそこにあって、当然のように触れ合う距離にある。
「生と死は表裏一体。常にそこにあって自分の一生を看取ってくれる隣人なんだ。俺にとって生きるのも死ぬのもそう変わりのあるものじゃないんだ。状態が違うだけで、別にどっちだって良いんだ。だって死んでるのも生きるのも別にそう違いはない……筈だったんだ」
あらゆる命は死を通し生を得る。そしてまた死へと帰って行く。死は新たな旅立ちであり、死んだ所で失うものは別に何もない。次の生でまた、再会するだけの話なのだから。記憶がなくても。それがそうであるという事実には何も変わりはない。
……変わりはない筈なのに。
「良く解からないんだ。今、胸にあるこの気持ちが何なのか。初めてで……言葉に出来ないんだ」
死した誰かへとこんな気持ちを向けるのは初めてで、それをどう解釈すれば良いのか解らなかった。足元のゼリィ達はぽよぽよ跳ねて元気出して! と応援してくれている。ありがとう、優しい子達。所で君達良く見たら上限解除されて+99されてない? ファッション最強状態? そうか……そういうのもあるのか……。
「尊くんは……身内が死んだ事あるかい?」
「ジジイの葬式が1度だけ。それ以外は駆間で誰かが死んだりしているのは良く見ているけど……身内はそうか、ジジイの葬儀以来見た事がなかったな……」
「なら、その感情は説明がつくと思うよ」
視線をゼリィ達から外し、マスター仮面へと向ける。特徴的な仮面を被っているおかげで彼がマスター仮面だと判別できる。
「たぶん、君は寂しいんだ」
「―――寂しい」
視線を手紙に戻してもう1度呟く。
「寂しい……」
死して別れた誰かに対して俺が寂しいと思う? 本気で? あの酒クズだぞ? 自分勝手で、酒ばかり飲んで、悪い大人の見本で……そんな好きでもない奴が死んだ事に寂しいと思ってるのか? 俺が? 本気で?
「……寂しい」
「……」
そう呟く俺をマスター仮面は無言で見つめる。俺はただその言葉をもう1度口の中で転がし、呟いた。
「寂しいのか、俺は……もう会えない事に……」
繰り返し呟くとその言葉がしっくりと来た。手の中にある手紙をもう1度眺める。今なら、この内容を確認するだけの勇気がありそうだ。
1週間経って、漸く手紙を開く勇気を得た俺は。
こんなカオスで開封するのは流石に嫌だなぁ……と思って、とりあえず家に帰ってから開封する事にした。