私生活が落ち着いたので投稿再開します
「月の呼吸、弍ノ型【珠華ノ弄月】」
うねうねと伸びてくる肉塊を斬り伏せ、狭苦しい列車の中を駆け巡る。油断は禁物であることは大前提であるとはいえ、この程度の難易度ならどうとでもなる。
向こうには寝ながら動ける善逸がいる、禰豆子もまた味方を起こしてくれる。魘夢は間違いなく斬ってくれることを信じるしかないが、不安要素は多い。
それを見越しての、炎柱水柱の二人体制なのだろうが……。
座席を蹴り複数の車両を飛び回りながら鬼の一部を斬って回りつつ、最後尾に飛び込んだ瞬間、“それ”はいた。
見覚えのある顔、聞き覚えのある声。
……なるほどね。
「ここで会うとは驚きだ」
流れるように刀を振り下ろし、当たり前のように刀で受け止められる。重力の力を借りたとはいえ、押し切るに至らず鍔迫り合いの状態になった。
この列車には耳が優れている善逸がいる。聞かれても問題ない言葉を選びながら問いかけた。
「偶然か必然か、どっちかな?私の
「その選択肢を提示するとは、随分な浪漫主義者だな、俺の
「男女が情を交わすなら、そこに浪漫を見るのは当然だと思うけど?」
……チッ、鬼は鬼で手を打っていたか。やはり、こちらばかり戦力が加算されるなどという甘い展開にはならないな。
宇髄弟殿、やはり厄介極まりない。
「ねえ、離してくれない?私、彼らを守らないといけないの」
言外に、戦果のために自由にさせろと言ってみる。現在後方車両における一般乗客の安全確保の役割を担っているのは私だ。一人の鬼殺隊士として、ここで彼らを見捨てるのはどうにも腹の座りが悪い。
その言葉に、宇髄弟殿は淡々と言い返した。
「せっかく会えたのに誰が離すと?」
自分という強敵と相対していたという“言い訳”が効くなら、一般乗客を守れなくても仕方ないだろう、と言外に反論される。加えて私は現段階で、この場にいる鬼殺隊士の中でもっとも階級が低い。一時的にしくじってもより大きな咎は上の階級の者、具体的には柱に行く。
権限を持つということは、責任を負うということ。任務による被害の最終的な責任は、水柱と炎柱が持つ。
「
あーくそ、この野郎、私の目の前で一般乗客が喰われるのを黙って見ていろと!?
しかし、この男を野放しにしてはいけないのも事実。こいつを自由にした瞬間、忍者の技術で何人屠られるか分からない。
「伍ノ型【月魄災渦】」
一度鍔迫り合いを振り払い、距離を置く。考えろ、考えろ。思考を回せ。鬼側の戦力が増えたが、こちらの戦力もまた増えている。私一人で片付けなくても良いんだ。
というか起きてない奴らさっさと起きろ!いつまで寝てるつもりだーーー!!!
「……!」
「え、?」
脳内で叫んだ瞬間、列車の連結部を突き破って何かがすっ飛んできた。体勢の関係上、先に宇髄弟殿が気付き、遅れて私がその存在を認識する。横目でその存在を捉えて、驚いた。
黄色の羽織。善逸じゃないか!?
「ちょ、危ない!」
このまま宇髄弟殿のところに突っ込んだら殺される。慌てて体の一部を掴んで背中に隠すように引き摺り込んだ。善逸はまだ寝てる。
さっきは別に善逸に怒った訳じゃないんだけどな!
「立てそう?」
「問題ない」
「よし……後部車両、お願い!私はあいつに専念する!」
何がどうして善逸がここまで飛ばされてきたのかは分からないが、とにかく援軍だ。怪我はあるが戦闘に支障がないのなら任せるしかない。
一気に宇髄弟殿に肉薄する。相手は分かったように敢えて後退すると、そのまま最後尾から外に出て……あっ。
「待て!」
天井から上に出られると困る不味い、このまま炭治郎が襲撃されかねない!
最後尾ではなく連結部に移動して、そこから一気に列車の上へと駆け上る。そのまま振動を頼りに刀を一振りすると、人影がそれ以上進むことはなかった。宇髄弟殿と前方の間に立ち塞がる位置に立ち、先頭車両に背中を向けて立つ。
背中越しなので詳細を把握することはできないが、前方で魘夢と対峙するのは恐らく炭治郎、伊之助……弟子二人は何をやってるんだ。
「この先に……私の背中に、一体何がいるのかな」
私が鍛えた柱が二人いる。新人の三人も私が鍛えた。全員の実力を把握しているからこそ背筋が冷えるような不安を感じずにはいられない。
これだけ実力者が揃っているというのに、私の元に何も接触がないのは可笑しな話だ。
どれだけ実力が伴っていたとしても、最も階級が低い隊士を、普通は単独のまま放っておかない。少なくとも水柱の頃の私なら即座に救援を入れるか指示を出す。
炭治郎と伊之助が動いている。すなわち、柱もまた目覚めていることは確定。
その二人が、何かに手を取られている。
手を取られるほど、厄介な事態が発生している。
「柱を殺して席を空ける。そのために、用意したまでのこと」
「柱を殺せる者を?お生憎様だけど、そう簡単に殺せるほど甘くはないでしょう」
話しながら、自然と武器を振るっていた。刀と刀がぶつかり合い、硬質な音が鳴り響く。二度目の鍔迫り合いをしながら、囁くように会話が繰り広げられた。
「身内を殺して平気でいられるのはそういない。俺が殺し損ねた男もそうだった、殺し合った相手が兄弟だと知って臆した。その男が心地よいと感じる集団ならば、心の揺れ動きもまた似通っているだろう?」
「……身内だって?私の知っている限り、あの二人の血縁者に鬼に堕ちた者は居ないはずだけど」
片や、代々鬼狩の家系。片や、唯一の肉親を亡くし親戚とは没交渉の男。杏寿郎に関しては、
もしや煉獄瑠火?いやいや、まさか。
ということはやはり、鬼の存在を信じていなかったという、冨岡義勇の親戚の誰かだろうか。
「主人から、何も聞いていないということはないだろう」
「……いや、聞いていないけれど。聞いてたらこんなに思考は回さない」
「主人が、お前に素直に情報を吐くと思ったか」
「思わないね……」
何度目かの剣戟。まどろっこしい言い方で時間を稼ごうとしているな、これは。
それにしても、この男の言い分を見るに、私はすでにあの女からこの事態に関するヒントを貰っている、らしい。あの女との会話……多分私が想定するよりだいぶ前なのか……?
思考を巻き戻して、記憶をさかのぼる。
あの女が特定の何か、鬼殺隊にまつわる発言をしていた、その内容───
『素敵でしょう?首から上は要らぬからと貰い受けまして、飾り立てるつもりだったのですわ』
首、から、上。
じゃあ、まさか。
首から下は────
「…………!?は、はぁ!?本気か、本気でやり遂げた大馬鹿者がいるというの!?正気か!?」
「同感だな。妙に武に拘っている癖に、他者の
「随分と雄弁だこと!ええ、そうだね、腹立たしいのは心から同意!」
仮にも、霧雨いろは/月詠イナバも、宇髄弟殿も、双方自ら鍛錬を重ね、経験を重ね、一線級の力を手に入れた。その程度の自負はある。
それらの力と経験を横から掻っ攫うのは、まあ、そういう在り方の鬼であるのならば理解できなくもない。好ましいかは全くの別として、だが。
しかし、“それ”は、他者の力を奪っておきながらそれを自らの力として誇示しているというではないか。珍しく、宇髄弟殿が不快感を隠そうとしないのも納得だ。童磨でさえ、実力自体は自前だった。
「だが柱を殺すには十分だ。人間は技巧と肉体の全盛期を両立できない。しかしあれは、武を極めた人間の首から下を乗っ取ることで両立を可能にした。鬼にしか叶わない所業だ」
「詳しいね」
「俺の父が盗られたからな」
「うわあ……」
宇髄天元の父親の技巧と肉体の全盛期両取りとか想像したくない。時系列的には恐らく、現在その鬼が乗っ取っている肉体の先代辺りだろうか。
成程、元炎柱が敗れるのも納得だ。忍者とはそもそも鬼殺隊士とは違って、“人間殺し”に優れている。目の前のこの男を見れば嫌でも理解できる。音柱として鬼狩り用に技術を変化させた宇髄天元とは違い、人を狩ることに優れた者。
こうなると、現在の馬鹿の使っている肉体と技巧が、対鬼に特化しており手の内が割れている炎の呼吸であることは寧ろ、鬼殺隊にとって朗報であったと言わざるを得ない。
悲しいことだが。
「どおりで、水柱と炎柱が対応に苦慮する訳だ」
彼は長年鬼殺隊に貢献した。荒れながら現場に出た日々も含めると、その年月は二十年以上。
二十年。
現在の炎柱の人生と、ほぼ同じ。
そんな男の、煉獄槇寿郎の、肉体と技巧の全盛期が両立するか。
ああ、本当に、気に食わない。
「その鬼の名前は?気に食わないが、名前くらい知ってないと今後に差し障る」
「
「品のない名前だね」
「同意する」
くだらないお喋りをしながらも、状況は刻一刻と変化していく。わずかな焦りを無理やり押し殺した。ここで焦ってもどうにもならない。
この場の殺し合いは、所詮は茶番劇だ。しかし、この茶番劇の舞台から目の前の男を下ろしてしまうと、戦力の天秤が鬼側に傾いてしまう。
人間を殺すのは、鬼を殺すより容易い。私が今立っている列車の上からちょっと足を滑らせるだけで、人間は死ぬ。鬼を殺す手段より、人間を殺す手段の方が圧倒的に多い。
鬼殺隊士よりも遥かに人間殺しに優れた忍者を野放しにすることこそ何よりの悪手。
「…………」
私は五感が特別優れている訳じゃない。先頭車両に背中を向けているから、その場の状況を探ることはできない。
頼むから、死んでくれるなよ、弟子ども!
鬼側に増えた戦力一覧
螳琊奼:鬼としての戦闘力は高くないが、戦国時代から活動する。人間に強制的に命令を聞かせる『肉の芽』、人体改造の血鬼術が使える。また、月の呼吸を元にした神楽を習得している
宇髄弟:螳琊奼に忠誠を誓う忍者。忍者としての腕は宇髄天元よりも上
惡傑:人間の首から下を乗っ取る血鬼術を使う。煉獄槇寿郎を殺して肉体を乗っ取った。槇寿郎の前は宇髄父の肉体を使っていた
イナバ「なんで鬼殺隊には私一人しか増えてないのに鬼側の戦力は三人も増えてるのさ!?」
あの世の煉獄槇寿郎(頭を抱えている)