【オリキャラ注意】僕のおじさんはロボット兵士   作:へたれまん638号

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その4(終)

 戦い終わって、傷ついた怪物を曳航して家に向かう連装砲ちゃん。ですがその時――。

 

「あっ――」

 

 それは一瞬の出来事であった為、連装砲ちゃんの人工知能でさえ判断が追い付きませんでした。振り向いた連装砲ちゃんのカメラアイに大きく写る、黒い礫が自分めがけて飛んでくる光景……。

 判断ミスが行動を遅らせ、本来であれば対処出来た筈の攻撃にさえ成すすべもなく屠られる。戦いの中で敗れ去った多くの者が犯して来た過ち。この二人は愚かしくも先人たちの轍を踏み抜き、今まさに最期の瞬間を迎えようとしていたのです。

 しかし――。

 

「いかんッ!」

 

 怪物は連装砲ちゃんよりも早く敵の攻撃に気づき、迷うことなく友人を守る体制入りました。連装砲ちゃんの小さい体を後ろに隠し、これから来る爆発の衝撃を可能な限り己の身体で受け止めようとします。そして防御態勢に入った次の瞬間、彼らは爆炎に包まれました。

 

「ぐぉぉッ……!!」

 

「うわぁッ!?」

 

 爆風に飛ばされ、海面を転がる連装砲ちゃん。すぐに体制を立て直し、状況を把握する為に急いで周囲を見渡します。

 ツ級の動きは?そして自分を庇ってくれたおじさんは――?

 

「……ッ!?」

 

 連装砲ちゃんが見たのは、左上半身を抉られた状態で海を漂う怪物と、遠くからこちらへ主砲を向けている軽巡ツ級の姿……。怪物は自分を庇い深く傷付いてしまった事を理解した連装砲ちゃんは、血の気が引くような感覚に襲われていました。

 

「くっ……よくもッ!」

 

 すぐにでも怪物の元へ駆け寄りたかった連装砲ちゃんでしたが、その前に敵を始末する事が先だと判断し、迷うことなくツ級に向けて発砲します。

 

「ギャッ……!?」

 

 最早海面に立っている事がやっとだったツ級は、飛んで来る弾を対処できる筈も無く被弾。水風船が弾けるかの如く肉を散らし、今度こそ絶命したのでした。

 それが終わると、連装砲ちゃんの頭からは敵の事などあっという間に消え失せました。今大切なのは怪物の事だけなのです。

 

「おじさん……おじさんッ!」

 

 連装砲ちゃんは大慌てで怪物の元へ駆け寄り、相手へ必死に呼びかけます。身体の約三分の一を失い患部がバチバチとスパークし、海に漂っている事がやっとの無残な姿……もう助からない事は誰の目から見ても明らかでした。

 

「大丈夫……か……?」

 

 ノイズが酷い音声で、怪物が尋ねて来ます。このような状態になっても、彼は小さな相棒の安否を気遣っていました。

 

「あ……ぁ……ごめん……ごめん、僕のせいで……!」

 

「そうか……君は無事か……失敗作な体でも、たまには役に……立つモンだなぁ……」

 

 謝る事しか出来ない連装砲ちゃんに対し、怪物は冗談を言いました。

 痛みや死の恐怖を紛らわそうとしているのか、それとも罪悪感に苛まれている連装砲ちゃんへの気遣いなのか……。痩せ我慢する姿が余計に痛ましく、連装砲ちゃんの胸を締め付けます。

 

 しかし連装砲ちゃんに悲しんでいる暇はありません。先程の爆発で千切れてしまったワイヤーの予備を怪物へ取り付け、再び曳航する形で我が家の島へ向けて走り出しました。

 

「おじさん、すぐドックへ行って治療しよう。頑張るんだ、まだ死んだらダメだよ……!」

 

 エンジンをフル稼働させ大きな塊を懸命に引っ張る連装砲ちゃんの姿は、その必死さとは裏腹に、とても小さく非力なものに見えました。

 

 

 

× × × × × ×

 

 

 

(くそッ……僕の小さい体じゃ、おじさんを引っ張って行くのに時間が掛かり過ぎる。早く家へ行かなきゃならないのに……!)

 

 焦れば焦るほど島が遠のくような錯覚を覚えるくらい、連装砲ちゃんの歩みは遅いものでした。先程は彼を守ってくれた怪物の大きく重たいボディが、皮肉にも今度は枷として連装砲ちゃんの進行を妨げます。

 

 そして島へ上がるとより一層、怪物の運搬は困難を極めました。海水による浮力の助けが無くなった陸では、自力で引っ張って行くのは不可能……家から持って来た台車に乗せて運んでも、整備ドックへ着くまでに約十分の時間を費やしてしまいました。

 それでも何とか連装砲ちゃんは怪物を整備ドックの手術台に乗せ、修理に必要な道具を集めようと駆け出します。

 

「よし、はやく修理を――!」

 

「待って……待ってくれ……」

 

 絞り出すようなか細い声が、連装砲ちゃんを引き留めました。

 振り返ると怪物が少しだけ上半身を起こし、こちらへ手を伸ばしています。ですが今の彼にはそれすらも重労働のようで、体勢を維持できずに手術台へ背中を叩きつけました。

 怪物は駆け寄って来る連装砲ちゃんに対し、一呼吸置くとため息交じりに言います。

 

「俺はもう助からない……いつも俺の体を診てくれている君なら……分かっている筈だ……」

 

「でも、やってみなきゃ――」

 

 本当は分かっていながらも、連装砲ちゃんはそう言わずには居られませんでした。こんな筈ではない、諦めなければこの絶望的な状況を帳消しにしてくれる奇跡が起きる筈だと……。

 しかし、彼のそんな淡い期待を怪物は優しく否定するのでした。

 

「もういいんだよ。君はよく……よくやってくれた……もう、十分さ……」

 

 自分の運命を悟った怪物の穏やかな声に、連装砲ちゃんは谷底へ突き落とされるような感覚を覚えます。

 いつものようにおどけた調子で『なんとかなる』『君なら治せるさ、無茶ボーイ』と言って欲しいのに、今の彼は連装砲ちゃんの求める言葉を与えてはくれませんでした。

 

「そんな……なんで……」

 

 嘘や誤魔化しを放棄した怪物の姿から、連装砲ちゃんは怪物との別れが目前に迫っている事を、否が応でも理解させられます。

 

(なんでこうなるんだよ……僕達、勝ったのに……二人で一緒にやりたい事がまだ沢山あるのに……なんで……)

 

 打ちのめされ、俯いたまま立ち尽くすことしか出来ない連装砲ちゃん。

 突きつけられた残酷な現実。それは自身が提督から解体処分を言い渡された時の比ではないくらい、絶望的な物に感じられました。

 

「ごめん……さっき僕が油断しなければ、こんな事には……ごめんよ……」

 

 あの時、どうして油断してしまったんだろう。警戒を解かなければ今頃二人で一緒に今後の事を話しながら笑い合っていたかも知れないのに……。手術台に頭を打ち付けながら、連装砲ちゃんが体を震わせます。彼がもし人間の子供に生まれていたならば、きっと今頃涙を流して許しを乞うていた事でしょう。

 以前怪物に対して『“たられば”を言っても仕方が無い』と偉そうに語った自分が、今はこのような醜態を晒している。ならばどうして最善を尽くせなかったのか、尽くそうとしなかったのか……。胸を押し潰さんばかりの後悔と罪悪感が、連装砲ちゃんの小さな胸に重くのしかかりました。

 

「まあ、そう自分だけを……責めるな……油断してたのは、俺も同じ……お互い様さ」

 

 怪物はそう言うものの、慰めの言葉を口にした所で今の連装砲ちゃんを励ます事は出来ないと分かっていました。

 互いに黙り、暫しの沈黙――。そして怪物は小さく笑うと、独り言でも言うかのように静かな口調で語り始めました。

 

「あのツ級な……俺の仲間の仇だったんだ……」

 

「ぇ……?」

 

「この前話した、俺の小隊が全滅した輸送任務……あの時、俺の仲間達を殺ったのが、奴だったのさ……。奴一人の為に、ずっと一緒に戦って来た仲間達が次々と……海の底へ消えて行った……。俺は彼らに、何もしてやる事が出来なかった――」

 

 親が我が子に昔話を聞かせるかのような、優しい語り口。それまで俯いていた連装砲ちゃんがゆっくりと顔を上げ、黙って相手の話に耳を傾けます。

 

「だから……だから俺は、この結末を……ちっとも後悔なんかしてないぜ。寧ろ、ホッとしてる……同じ過ちを、繰り返さずに済んだ……大事な者を、守る事は出来た――」

 

 今の怪物は、人間で言う『憑き物が落ちた』ような穏やかさがありました。今までのように悩みや苦しみを隠した空元気ではなく、偽りの無い真の安らぎを手にしていたのです。

 

「それもこれも、全て君のおかげさ。『独りは嫌だ、気の合う友人が欲しい』『守れなかった仲間の仇を討ちたい』……。本来叶う筈の無かった俺の“無茶な願い”を、全て君が叶えてくれたんだ。本当に感謝してるぜ……ありがとな……」

 

 息も絶え絶えにそう言いながら、怪物が力なく震える右手を差し出して来ました。

 

「……!」

 

 連装砲ちゃんは怪物が握手を求めている事を察し、小さな両手で相手の大きな手をしっかり握ります。それは握手と言うより小人が巨人の手に抱き着いているかのような光景に見えましたが、二人は確かに互いの温もりを確かめ合っていました。

 

「僕だっておじさんに救われた。おじさんと出会えたから、こうして生きている……でもまだ恩返しが出来てない!だからまだダメだ、死ぬなんて……生きるんだ、生きるんだよッ!」

 

 ありきたりで月並みなセリフ……ですが怪物にはその言葉だけで十分でした。死ぬなと必死に叫んでくれる連装砲ちゃんの言葉には一片の打算も曇りも無い、真心を感じる事が出来たのですから。

 

「恩返し……十二分に受け取ったさ。これ以上欲張ったら、バチ……当たっちまうぜ……」

 

 怪物は本来であればもう喋る体力すら残っていない状態でしたが、連装砲ちゃんと過ごす最期の時間を手放すのが惜しくて、一分、一秒でも長引かせようと、気力だけで何とかここまで持ちこたえていました。

 自分はもう助からないと言いながらも、本当は迫り来る死や友人との離別が怖くて仕方無かったのです。

 

「おじさん……」

 

「さい……最後に一つ、受け取って欲しい物がある……」

 

 声に力が無くなってゆく怪物に対し、『何だい?』と連装砲ちゃんが聞き返します。意識が朦朧とする中、怪物は必死に声を絞り出して言いました。

 

「君に……名前を……名前を送りたい……いつまでも無茶ボーイじゃ……悪いから……ちゃんとした、名前を……」

 

 消え入りそうな怪物の声を聞き漏らすまいと、連装砲ちゃんは耳を澄ませます。

 

「ト……トシヤ……敏也だ。もし、男の子が生まれ……たら……付けるつもりだった……名……前……」

 

「トシヤ……」

 

 相手から送られた名前をオウム返しで口に出す……。ですが怪物の言った『男の子が生まれたら付けるつもりだった』という言葉が引っ掛かります。“ロボットに子供は産めない筈”なのに……連装砲ちゃんは不思議に思いましたが、今大事なのは友人から授かった名前の事だけだと、雑念を振り払います。

 

「しかと受け取ったよ……僕の名前はトシヤだ。大切にするよ……!」

 

「そうか……よかった……」

 

 怪物は安堵した様子で連装砲ちゃん……トシヤの頭に、手をそっと乗せました。事あるごとに頭を撫でてくれた怪物の大きな手――。いつもの力強さは完全に失われていたものの、相手を慈しむ暖かさに寸分の違いもありません。

 

「敏也……君ならきっと、幸せになれる……!俺が居なくても、もう……大丈夫さ――」

 

 冷たい鋼鉄の怪物は最後まで優しいおじさんでした。その姿に感化され、連装砲ちゃんは彼の最期をしっかり見届けようと覚悟を決めます。

 

 

 

 ……が、しかし、最後の時間を二人きりで過ごす事は叶いませんでした。

 連装砲ちゃんは洞窟の外から、複数の気配がこちらへ向かって接近して来るのを感じ取ったのです。恐らく、怪物の方もそれを察知してはいるでしょう。

 

「まさか、また深海棲艦……!?」

 

 ツ級は先程確かに仕留めた筈……ならば先程の戦闘によって吸い寄せられて来た別の深海棲艦……?と、連装砲ちゃんは一瞬考えましたが、そもそも深海棲艦に反応する警報装置がウンともスンとも言わないのです。

 それならば、深海棲艦以外の存在……人間、艦娘、もしくは野生の動物と考えられます。

 

「何か分からないけれど近付いて来る……おじさんはここで待ってて!」

 

 怪物を残して、連装砲ちゃんは洞窟の出入り口に向けて歩き出します。長い通路を歩く中で、連装砲ちゃんは島への侵入者に心当たりがありました。ひょっとすると鎮守府から逃亡した自分を抹殺するために遣わされた、艦娘あるいは人間で構成された特殊部隊なのではないか……。対深海棲艦兵器の機密が他国へ漏れる事を防ぐ為と考えれば、あり得ない話ではありません。

 

(もしそうだとしたら……おじさんも危険だ)

 

 例え自分だけが標的だったのだとしても、この洞窟に留まっていれば怪物にも危害が及ぶ。彼がもう助からないのだとしても、人間や艦娘の手に掛かって死ぬような最期など味わわせたくない。

 おじさんに指一本触れさせてたまるか……訪問者の注意を自分に引き付け、一人処刑される道を選ぼう……!そう決意した連装砲ちゃんは、一歩一歩しっかりと地面を踏みしめ、まっすぐ出口へと向かいます。それが滅びゆく者が出来る、己の運命に対する唯一の抵抗だと覚悟は決まりました。

 

(ごめん……僕はおじさんの最期を見届ける事は出来ない……でも、やるべき事はやり抜くから!)

 

 本当は通信機で一言お別れを言いたかったのですが、傍受されて怪物の存在を敵に知らせる恐れがあるので断念しました。

 心の中で怪物に詫びながら外へ出た連装砲ちゃんを、ほぼ暗くなりかけた赤黒い空が出迎えました。それを見て彼は、沈みゆく夕日と現在の自分が置かれている状況を重ね合わせ、己の最期を見届けてくれる味方を得たような心強さを感じました。

 

 

 

× × × × × ×

 

 

 

(急がないと……!)

 

 連装砲ちゃんは駆け出しました。出来るだけ怪物から距離を取り、なおかつ“訪問者”が自分を見つけやすい、最大公約数とも言うべき地点を頭の中で計算しながら……全速力で林の中を突っ走ります。そして――

 

「誰だか知らないが、近くに居るのは分かっている!あなた達が探している連装砲……トシヤとは僕の事だッ!出て来い、逃げも隠れもしないぞッ!」

 

 割り出した地点へ辿り着いた連装砲ちゃんは、スピーカーの音量をマックスにして叫びます。相手に見つけて貰えるよう、見栄を切りながら、勇ましい声で自分の名前を叫びます。

 

(どこだ……何処から来る……!)

 

 姿は見えない、しかし間違いなく近くに居る――。連装砲ちゃんはカメラアイだけを動かし、見えない侵入者が姿を現すのを待っていました。

 初めて味わう感覚が、連装砲ちゃんの心に重くのしかかります。それは今までのような『危険や死に立ち向かう、“生きる”為に必要な』緊張ではなく、『これから訪れる、逃れられない“死”』と向き合わねばならない緊張――。

 ですが連装砲ちゃんは取り乱す事はありません。彼だってトシヤという名を持つ男……最期にみっともなく泣き叫び命乞いをする事は、彼の男としてのプライドが許さなかったのです。

 

 ガサ……ガサ……。

 

 その時、微かに茂みを踏みしめる音が聞こえてきました。それは徐々に大きくなり、相手が目と鼻の先まで近付いている事を知らせて来ます。

 

(……来た……!)

 

 胸の中で呟くのと同時に、眼前の大きな茂みが揺れました。そこから飛び出してきたのは――。

 

「あっ、やっぱり……みんな、あれを――!」

 

 茂みをかき分け顔を覗かせた少女が、連装砲ちゃんを指さして言いました。茂みから出た彼女に続き、五人の少女がぞろぞろと姿を表します。駆逐艦六名で構成された艦隊……連装砲ちゃんの予測は半分当たっていたようです。

 

(やはり僕を処分しに来たか……でなければこんな辺鄙な場所に来る訳がない……)

 

 顔見知りは一人も居らず、嘗て自分が所属していた場所とは別の鎮守府から来た艦娘達と思われます。単に偶然ここを通りかかっただけという考え方も出来ますが、この島周辺の海域を管轄とする鎮守府が、連装砲ちゃんの処刑を引き受けたと考える事も出来ます。

 彼は激しく警戒しつつも、まずは黙って相手の出方を伺う事にしました。

 

「本当に居たんだ、こんな所に……」

 

 最初に出て来た艦娘とはまた別の艦娘が驚いた様子で呟きます。他の艦娘達も口々に、『絶対ガセ情報だと思ってた』『こんな環境下でまだ稼働してるだなんて』『まずは安全確認したほうがよくね?』と、まるでジャングルで珍獣を発見した探検隊のように連装砲ちゃんを見つめています。

 そんな彼女達の様子を見て、連装砲ちゃんは違和感を覚えました。自分を処分する為にやって来た筈の彼女達が、何故すぐに砲口を向けてこないのか……何故自分がここに居る事を、こんなにも驚いているのか……?

 どうも自分が予測していた展開と乖離がある事に気づき始めた連装砲ちゃん。そんな彼を見つめながら、旗艦と思われる艦娘が仲間達へ言いました。

 

「とにかく、まずはこの連装砲ちゃんの安全性を確かめる必要があるね……天津風ちゃん、あなたならこの子と話が出来るよね?」

 

 銀髪をツ―サイドアップにした少女、天津風と呼ばれた艦娘が『この子に異常が無ければね……』と短く答えました。大半の艦娘は連装砲ちゃんの声を聞く事は困難ですが、島風タイプと同様に自律型海上機動砲台を使役する天津風タイプなら、連装砲ちゃんとの会話が可能という訳です。

 旗艦の艦娘は他の艦娘達に対し、連装砲ちゃんから距離取って待機するよう指示しました。『万が一連装砲ちゃんが異常行動を取った場合、各自いつでも発砲出来るようにしておけ』と付け加えて……。

 

「まず話を始める前に、こちらが何者なのか名乗っておかなきゃね……私達は『民間警備会社 ガード・シール(Guard DogならぬGuard Seal……つまりはアザラシ)』で働いてる艦娘よ」

 

 

 

 深海棲艦との戦いが激化していた頃……当時、海に関連する事業は大打撃を受けていました。敵艦に漁船や貨物船などが襲われる事例は後を絶たず、多くの物を輸入に頼っている日本は特に深刻な状況にありました。

 日本各地に鎮守府が作られ、艦娘の配備が行き渡った状態にあっても、軍の力だけで全ての船を守る事は不可能……漁師・貿易会社の社長等がこぞって自分達の船を守ってくれるよう軍に泣きつきましたが、実際に護衛を付けて貰えたのは抽選に当たったごく一部の船のみ。残りは営業を一時停止か、厳しいチェックをクリアして安全な航路を“護衛無し”の状態で航行しなければならない有様でした。

 

 誰もが『自分達の命や商品をチップにした、命懸けな死のギャンブル』から解放されたいと願っていた時代……そんな時に誕生したのが、艦娘による船舶の護衛を専門とした、民間警備会社だったのです。

 軍を退役しながらも普通の人間へ戻らず、艦娘として生きてゆく事を選んだ者……または艦娘として徴兵されながらも、力及ばず軍から戦力外扱いされてしまった者……その他様々な理由から鎮守府を離れた艦娘の多くが、この仕事に就く事となりました。

 

 彼女達の登場により、船が沈められる件数は大幅に減少。物資や水産物を目的地まで届けられる確率は50%から90%までに上がり、国民の生活レベルの回復に大きく貢献しました。軍はこういった商売に関して思う所はあったものの、自分達の手が回らない箇所をカバーしてくれるという事から有用性を認め、ある程度のルールや規制は設けながらも、その存在を容認していました。

 

 艦娘の民間警備会社……まさにそれは、時代に必要とされて生まれて来た存在だったと言えるでしょう。それは戦いの終わった現在でも変わる事は無く、彼女達は深海棲艦の残党や海賊から人々の生活を守り続けていたのでした。

 

(そうだったのか、軍の人達じゃ無かったんだ……)

 

 軍の艦娘ではないと分かった事で、ほんの僅かに連装砲ちゃんの警戒心が解けました。ですがまだ安心できません……彼女達が軍に頼まれてここへやって来た可能性だってゼロでは無いのですから。

 

「それで、あなたはちゃんと言葉は話せるのかしら?試しに所属していた鎮守府や、あなたの認識番号を言ってちょうだい」

 

 天津風が相手の出方を伺いながら、会話を試みます。連装砲ちゃんも下手に抵抗せず、慎重に相手の質問に答えました。

 

「……第九鎮守府所属、認識番号038番。とっくの昔に、海へ投げ捨てた数字ですが……」

 

 それを聞いた天津風は彼の持つ軍に対する不信感を感じ取り、この個体はやたらと自我が発達している……と笑いそうになるのを堪えながら『分かったわ、ありがとう』と返しました。同時に連装砲ちゃんの電子頭脳が正常に働いている事を確信し、安堵して会話を続行します。

 

「それと、これだけはハッキリさせておくわね。あたし達は少なくともあなたの敵ではない。危害を加えたりだとか、どっかの鎮守府へ連れて行って解体処分だとか……そんな物騒な事はしないと約束するわ。信じてくれるかしら……?」

 

 しゃがんで連装砲ちゃんと目線を合わせ、険しい表情で語り掛ける天津風。しかしそれはあくまで、互いに分かり合おうとする真剣さから来る物……。この艦娘の不器用だけれど真っ直ぐな人柄を感じ、連装砲ちゃんは相手をひとまず信じてみる事にしました。

 

「分かりました……信じます。それで、あなた方がここへ来た目的は――?」

 

「話が早くて助かるわ。目的はズバリ、あなたの保護……というか、ウチの会社の新戦力として迎えたいの」

 

 話は、連装砲ちゃんと怪物が軽巡ツ級と戦っていた時まで遡ります。

 連装砲ちゃんがツ級を倒す作戦に必要な道具(怪物のダミー人形)を完成させ、怪物のもとへ向かっていた時の事……彼は気付きませんでしたが、丁度通り掛かった船の乗組員達が連装砲ちゃんの姿を目撃していました。

 単体で稼働している連装砲ちゃんの姿に違和感を覚えた乗組員らは、この事を最寄りの鎮守府へ知らせようとしましたが、その鎮守府は海軍の縮小に伴って最近解体されたばかりでした。そこで彼らはやむを得ず、現場から最も近くに存在する民間の警備会社へと無線を繋げる事に……その警備会社こそが、ガード・シールだったという訳です。

 

 連絡を受けたガード・シールの社長は半信半疑ではありましたが、この話が本当であったなら願っても無い話だと思い、天津風達をすぐ調査へ向かわせました。人の手から離れた兵器を野放しにしておく訳には行かないという真っ当な動機もありましたが、社長は『もし上手く行って回収出来れば、実質タダで中古の艤装が手に入るんじゃね?』という邪な感情を抱いていたこともまた事実でした。

 つまり社長は、軍の紛失した武器(連装砲ちゃんが勝手に逃げ出してしまっただけなのですが……)をネコババし、会社の所有物にしてしまおうという魂胆だったのです。

 

「社長さん、とんでもない事を考えますね……」

 

「えぇ、セコい人よ……今に始まった事では無いけれど……」

 

 最初は軍の物に手を出すのはマズイと反対していた艦娘達でしたが、社長の『戦力が増えるのは社員の君達に取っても悪い話じゃないと思うんだけどなぁ。残業代出すからさぁ……頼むよぉ』という言葉で丸め込まれ、必死の捜索の末、こうして連装砲ちゃんを見つけ出したという訳でした。

 

「そう、残業代に負けたのよ……私達……」

 

「は、はぁ……」

 

 しかしこれでは会社に対して悪いイメージを持たれてしまうと危惧した天津風が、慌てて弁明をします。

 

「あっ、あぁでもウチはこの手の会社としては全然まともな方だから……!艦娘や妖精の待遇は良いし、法律やその他諸々を破らないよう気を付けてはいるし……。あなたの事に関しても外装を取り換えて『我が社が開発したオリジナルの連装砲ちゃんです、断じて盗品ではありません』って誤魔化しておけばセーフだって社長も言ってたし。……セーフだよね?」

 

(アウト寄りのアウトじゃないかな……。まあ、『アットホームな職場です』って言わないだけ、まだ信用出来るけど……)

 

 そう思いつつ、完全にクリーンな組織など絶対有り得ない事を重々理解していた連装砲ちゃんは、そこまで気にしてはいませんでした。

そして、相手の事情を大体把握する事が出来た彼の脳裏に『彼女達の警備会社なら、おじさんを保護してくれるのではないか……?』という考えが浮かび上がりました。社長がリスクを冒してでも自分を引き入れようとしている事は、つまりは会社が艦娘の艤装やその他物資のやり繰りに苦労しているという事。戦力になり得る物なら、如何なる物であっても欲しがる筈……。

 

 深海棲艦を倒す事の出来ないロボット兵士ではありますが、人命救助やその他の仕事であれば活躍できる場面は沢山あります。連装砲ちゃんは怪物の事を天津風に打ち明け、自分と一緒に働かせて貰う決心をしました。

 怪物の了承無しに一人で決めてしまう事は良心が咎めましたが、今は迷っている暇などありません。彼を救う可能性が万に一つでもあるのなら、試さない訳には行きませんでした。

 スカウトに対する返答を少々心配そうな様子で待っている天津風へ、連装砲ちゃんは頷きながら答えます。

 

「分りました、僕を必要としてくれるのならあなた達について行きます」

 

 それを聞いた天津風の表情が微かに緩み、小さくため息を吐く音が聞こえました。

 

「……ですが、一つだけお願いしたい事があります」

 

「ええ……私達の、出来る範囲であるなら」

 

 要求を飲んでくれた連装砲ちゃんの要望に、出来るだけ応えてやりたい天津風。そんな彼女に対し、彼は鎮守府を脱走してから今までの事を手短に説明しました。そして、今死にかけているロボット兵士のおじさんを助けて欲しいという事も……。

 ですが問題は、艦娘達が怪物の存在を信じてくれるかどうかという事です。嘗ては人々を守る為に戦っていたロボット兵士ではありますが、その役割が艦娘に取って代わられてから十年以上もの歳月が経過しているのです。彼らに関する記憶が風化し、そもそもロボット兵士の存在そのものを知らない者さえ増えつつある昨今……果たしてどれだけの人々が『勇者になれなかった戦士達』の存在を信じてくれるのやら……。

 

「大体の話は分かった。ロボット兵士……実物を見た事が無いから何とも言えないけれど、今はあなたを信じてみるわ」

 

 半信半疑ながらも一応は信じてくれた天津風に、連装砲ちゃんはホッと胸を撫で下ろします。

 

「とにかく、仲間達にこの事を共有しましょう――」

 

 怪物が死にかけているという事を考慮し、天津風は遠くで待機していた仲間達を呼び寄せ素早く情報共有を行いました。案の定、他の艦娘達もロボット兵士の存在に実感が湧かない様子でしたが、誰も茶化したり否定的な態度を取る事無く、話に耳を傾けてくれた事は救いでした。

 

「で、どうするのリーダー?この子の話の通りなら、社長に相談してる暇は無いと思うんだけど……」

 

 天津風が旗艦の艦娘へ問います。皆の視線が集まる中、旗艦は二、三秒秒間考えた後、仲間達へ言いました。

 

「……百聞は一見に如かず。まずは実際に会ってみましょう、この子のお友達に」

 

 連装砲ちゃんの頭をそっと撫でて言う旗艦に、異議を唱える者は誰も居ません。それを確認した彼女は彼の方へ顔を向けると『お友達の所へ案内してくれるかな?』と微笑みかけます。そして連装砲ちゃんは、その言葉を待っていたと言わんばかりに大きく頷くと、我が家である洞窟に向けて走り出しました。

 

(もう手遅れかもしれない……でも、試す事すらせずに只悲しむだけなんて、そんなの嫌だ……!)

 

 怪物は洞窟内で既に事切れているかも知れない。例え運良く警備会社まで運ぶ事が出来たとしても、治療が上手く行く保証なんてありません。ぬか喜びをする余裕など、今の彼にはありませんでした。

 

 

 

× × × × × ×

 

 

 

 結果がどちらであったとしても、連装砲ちゃんは受け入れるつもりで居ました。

 でも、その“どちらでもない”結果を見せられたとしたら――。

 その結果が今まさに、眼前に広がっていたとしたら――。

 

「ぇ……?」

 

 無いのです、どこにも……

 

 艦娘を引き連れて帰って来た連装砲ちゃんに待っていたのは、もぬけの殻となっていた洞窟。二人で共に作り上げた家も、家具も、整備ドックも、思い出の品々も……そして、いつも一緒だった、おじさんさえも……その全てが、跡形も無く消えていたのです。

 

 連装砲ちゃんと艦娘達がライトで照らさなければ何も見えない、闇に包まれたそこは、全てが最初から無かったかのように静まり返っていました。あるのはガラクタ一つ落ちていない、土と岩で出来た天然の広場が広がっているだけです。

 間違えて別の洞窟に迷い込んだとか、そういった事はありません。この地点は間違いなく我が家だった場所であると、自身の電子頭脳内に組み込まれたデジタルマップが教えてくれているのですから。

 

「無い……どうして……全部……おじさんは――?」

 

 『ただの洞窟にしか見えないね』『なんだか、あの子の話と大分違うみたいだけど……』『ロボット兵士なんてどこに……?』と、訝しげに呟く艦娘達に目もくれず、連装砲ちゃんはフロア内を走り回り、怪物の姿を探します。

 

「おじさん……おじさん……おじさん……ッ!」

 

 家も怪物も消えた事は分かっている筈なのに、必死に岩の壁に手を這わせながら手掛かりを探します。子供が大切な物を無くしてしまった事を認められず、何度も机の引き出しやカバンを調べるように、彼は無意味な行動を続けます。

 この奇妙な現象の原因、原理は分りませんが、もう連装砲ちゃんの大切な物が戻って来ない事は、変えようの無い事実なのです。

 

「違う……違う……有り得ない……有り得ない……有り得ないッ……!」

 

 誰にそう言っているのか自分でも分らないままに、何度も何度もつぶやく連装砲ちゃん。そんな彼の電子頭脳の中に、これまで怪物と過ごして来た日々の記憶が映し出されます。

 

 初めて洞窟内で出会ったあの日、警戒する自分に対して怪物が気さくに声を掛け、体を修理してくれた上に生活の場を提供してくれた事

 

 自業自得で駆逐イ級に破壊されそうになった時、不利な戦いであるにも関わらず駆けつけ、共に闘ってくれた深夜の戦闘。

 

 いつも一緒に行動し、釣りに出かけたり、一緒に写真を撮ったりした何気ない幸せな日々の風景。

 

 自分が製造された日を誕生日として、その日に超合金のロボット玩具をプレゼントしてくれた事。

 

 今日、二人の居場所を守るために力を合わせて戦い、そして彼が自分を庇って傷ついてしまった事。

 

 それを彼は一切責めるような事はせず、最期に友情の証として『トシヤ』という名前を自分にくれた事……『無茶ボーイ』というあだ名だって、嫌いではありませんでした。それらが全て、砂浜に書いた絵を波が搔き消すが如く、跡形も無く消えてしまったのです……。

 

「天津風、あの子どうなっているの?」

 

「探してるのよ、消えてしまった家や友達を……」

 

「うーん、さっきまでは大丈夫そうに見えたけれど、これは夕張さんに“診て貰う”必要がありそうねぇ……」

 

 艦娘達の表情は『気の毒な存在』を憐れむ物となっていました。無理もありません……痕跡すら残っていない、そもそも存在していたかどうかも怪しい物を必死に探す姿を見れば、誰だってその人を『正常ではない』と感じるのが当然です。

 今、この洞窟内で怪物の存在を信じているのは連装砲ちゃんただ一人でした。艦娘達は錯乱しているとしか思えない彼に対し、どう声を掛ければ良いか迷い、ただ憐れみの眼差しを向ける事しか出来ませんでした。

 

「あっ……!」

 

 しかしその時、連装砲ちゃんが数メートル先に光る物体を発見し、短く声を上げました。

 ライトの光を反射し、光沢を持つハガキ状の物体……。間違いありません、この島とは別の無人島へ遊びに行った時、二人で撮った記念写真です。大急ぎで駆け寄り拾い上げたそれには、陽気にサムズアップをする怪物と、彼の肩に乗る連装砲ちゃんの幸せそうな姿が写っていました。

 

「やっぱり嘘なんかじゃない、本当の事なんだ……!」

 

 機材トラブルや自然現象のイタズラでも無い限り、カメラは嘘をつきません。この写真の存在こそ、怪物との思い出は幻想ではない事の証明なのです。

 動かぬ証拠は見つかった、後はこの“怪現象”の正体を突き止め、元へ戻す方法を探せばいいだけ……。しかし連装砲ちゃんが写真を艦娘達へ見せようとしたその時……彼の喜びや安堵は、無情にも打ち砕かれる展開が待っていたのでした。

 

「……ッ!?」

 

 この写真に使用されている印画紙は、ホームセンターや専門店を探せば簡単に見つかるごく一般的な物。特殊な加工や仕掛けなど一切ありません。

 ですが奇妙な事に、写真はまるでアクリル板のように半透明に変化し、その透明度は徐々に高くなって行きます。心なしか重さすら失われて行くように感じられ、写真は今にも消えてしまいそうな状態にありました。

 

「あっ……ダメだッ!消えるなッ!消えるなぁッ!!」

 

 これが消えてしまえば、もう怪物との思い出を証明する物が無くなってしまう。直感的にそう感じた連装砲ちゃんは縋り付くように両手で写真を握り締め、何度も叫びます。

消えるな、消えるな、消えるな――!

 

「あ……ぁぁ……」

 

 しかし、彼の願いも虚しく写真の透明化は進行し続け、幻のように消えてしまいました。残ったのは、小刻みに震える連装砲ちゃんの両手だけ……。

 

「ね、ねぇ……」

 

 項垂れる連装砲ちゃんの背後から天津風がおそるおそる声をかけますが、連装砲ちゃんは彼女に背を向けたまま動きません。

 

「あの、大丈夫?」

 

 天津風が連装砲ちゃんへ更に近付くと、何やらボソボソと一人で呟く声が聞こえて来ます。

 

「何かの間違いだ……天津風さんも、写真があったのを見たよね……?」

 

 そう言いながら振り返った連装砲ちゃんは、憔悴し切った様子で天津風に縋り付きました。相手の問い掛けに対し、天津風はどうすべきか一瞬躊躇いましたが、腰を落として連装砲ちゃんと目線を合わせ、正直に答える事にしました。

 

「……残念だけれど、あなたの言う写真……私には見えなかったわ。多分、みんなに聞いても同じだと思う……」

 

「そん……な……」

 

「少なくとも私の目には、あなたが“見えない何か”を拾い上げてるようにしか映らなかった」

 

 天津風の答えは、連装砲ちゃんの予想を超える残酷な物でした。洞窟が暗くてよく見えなかったと言うならまだ分りますが、写真その物が見えていなかったのです。彼女の言った事が本当だとすれば、連装砲ちゃんが見た写真は幻という事になってしまいます。

 写真だけでなく洞窟に建てた家や、怪物の存在さえも――。

 

「あなたのお家やお友達がどこへ行ったのか分らないけれど、とにかく今は私達と一緒にこの島を出ましょう。会社の整備ドックで体を治さなきゃ……。こんなにボロボロじゃない」

 

「ボロ……ボロ……?」

 

 確かに先程、連装砲ちゃんと怪物は激しい戦いを経験しました。ですが受けたのは中破レベルのダメージであり、天津風の『ボロボロ』という表現は少々大げさに聞こえました。

 

「気付かなかったの?あなたの体、ここまで傷付いているのよ――」

 

 天津風は懐からコンパクトを取り出し、鏡を連装砲ちゃんへ向けます。

 そこへ写っていたのは、右の主砲が歪み全身傷だらけの、体からオイルを滴らせている連装砲ちゃんの姿でした。怪物と出会ったあの日、島へ上陸して来たばかりの時と全く同じ姿をしていたのです。

 これが意味するのはただ一つ。連装砲ちゃんが島へ上陸してから怪物に修理を受けた事実は無く、そもそもロボット兵士の怪物など存在しなかった事になるのです。

 

「嘘だ……だって僕はあの日、おじさんに体を治してもらって……ずっと一緒に……」

 

 全てが足元から崩れて行くような感覚に、連装砲ちゃんはその場にへたり込みます。そんな彼に、天津風は心苦しそうに語り掛けました。

 

「やっぱり、あなたの言うおじさんは――」

 

「ちがう……居たんだ。おじさんは居たんだッ!!」

 

 叫んだところで何も解決しない事は、連装砲ちゃん自身が一番分かっていました。けれど叫ばずには居られませんでした。そうしなければ、自分の中にあるおじさんとの思い出すら消えてしまいそうな気がしたのです。

 

「居たんだ……嘘なんかじゃない、本当なんだ……」

 

 気力を失い、うわ言のように何度も言う連装砲ちゃんの姿は、天津風からすれば故障した哀れな機械にしか見えません。

 ですが不思議な事に、天津風は何故か連装砲ちゃんの言っている事を信じられるような気がしました。お互い出会って間も無く、相手の事など殆ど分かっていない関係にありましたが、それでも彼女は連装砲ちゃんを信じてみたいと思っていました。

 

「ねえ、様子がおかしいみたいたけれど、彼は何と言っていたの?」

 

 旗艦にそう尋ねられ、天津風は連装砲ちゃんの方を向いたまま答えます。

 

「残酷よね……大切な人との記憶が本物であると、証明できる物が一つも残っていないなんて……」

 

「えっ?」

 

「詳しい話は後で……。とにかくこの子を連れて帰りましょう」

 

 まずは連装砲ちゃんを保護・連れ帰る事が先決……天津風も他の艦娘達もそう判断し、撤収の準備を始めました。彼女達に連れられ、住み慣れた島から離れてゆく最中も、連装砲ちゃんは言い続けていました。

 『おじさんはここに居た』と……。

 

「おじさんは居たんだ……そうでなければ……僕のおじさんは……」

 

 僕が大好きだったおじさんは、いったい誰だったんだ――。

 

 

 

× × × × × ×

 

 

 

 あれから、三か月の歳月が流れた――。

 

 僕はあの後ガード・シールへ連れて行かれ、優秀なメカニックである夕張さんの手によって修理・外装の交換が施された。認識番号038の連装砲はこの世から消え、僕はガード・シールが独自に開発・製造した『非正規モデルの連装砲』として生まれ変わった。

 

 その過程で少々揉めたのが、僕の電子頭脳の修理についてだ。

 『ロボット兵士の幻覚に取りつかれた、認識プログラムに異常のある個体』として扱われた僕は、危うく島で生活していた頃の記憶を消去されそうになった。けれど夕張さんや社長を必死に説得し、様子見という形で記憶の消去を待って貰っている。このまま何の問題も無く、記憶の消去は必要ないと判断してくれれば良いのだけれど……。

 

 それと、一緒に組むバディは天津風ちゃんに決まった。彼女は先の戦いで相棒の連装砲くんを失っていたらしく、片割れを失った者同士すんなり打ち解ける事が出来た。この三ヶ月間、彼女とは上手くやれていると思う。

 ちなみに彼女の本名は空閑 有羽(クガ ユウ)……仕事の時は天津風ちゃんと呼んでいるけれど、普段はユウちゃんと呼ばせて貰っている。昔、アヤちゃんへそうしていたように――。

 

「トシヤ、支度は済んだ?そろそろ出発するよ」

 

 ユウちゃんが僕の名前を呼んだ。丁度これから仕事へ行くところなんだ。

 会社の人達に僕のことを『トシヤ』と呼んで欲しいと頼んだのだけれど、その呼び方も段々と馴染んで来たみたいだ。連装砲ちゃんと言っても複数存在するから、判別する為の固有名詞があった方が良いと皆、好意的に受け止めてくれている。“彼”からもらった大事な名前であり、ただ一つ形として残っている彼との思い出……それを皆と共有する事によって、僕は自身の記憶を風化させまいとしているのだろう。

 

「今行くよユウちゃん!……いや、仕事中は天津風ちゃんだったね」

 

「ふっ……やっぱりどっちか片方の呼び方した方がいいんじゃない?まあ、公私をきちんと分けようとする姿勢は立派だけど……」

 

 時々不安になるんだ。僕があの島で経験した事は、やっぱり幻や妄想だったのではないかと……彼の存在も、孤独に耐えかねた僕が作り出した空想上の友達だったのではないかと……。考えれば考える程、現実と虚構の区別がつかなくなって来るような気がしておかしくなりそうだ。

 今更思い悩んだところで何も始まらないのは分かっている、真相は彼の存在と共に跡形も無く消えてしまったのだから。

 

「おはようトシヤ君、今日も張り切ってるようで大変よろしい!今回も天津風のサポート、しっかり頼むよ!あぁ、私も相性バッチリなパートナーが欲しい……」

 

「社長、朝っぱらから行き遅れオーラ全開じゃ男は寄って来ませんよ……それじゃ、行って来ますね。行こうトシヤ」

 

「いってら……誰が行き遅れだってぇオイコラァ!!ぢぐしょぉ天津風のヤツゥ……見てろ、いつか絶対イイ男と結婚してやる!」

 

 でも最近はこう思うようになって来た……僕達は生きる中で、時として全く異なる無数の“真実”に出会う事があるのではないかと。

 誰もが納得の出来る“真実”とは、あの洞窟に住むロボット兵士など最初からこの世に存在しなかった……僕の妄想の産物だったという物だ。

 けれどこうも考えられないかな?遠い昔、無念のうちに海の底で朽ち果てた彼の亡霊・または残留思念のような物(僕ら機械にそんな物があるかどうか分らないけれど)が一時的に実体化し、僕を守ってくれていたのではないかと……。そんな突拍子も無い憶測が“真実”という可能性だってあり得るんだ。

 

 立証する為の証拠・否定する為の材料……そのどちらも見つかっていないという事は、二つの真実はどちらも間違っていて、けれどどちらも正解なんだと思う。意志ある者の“心”の数だけ、真実は生れて来るのだから。

 狂った機械がそう思い込みたいだけと言えばそれまでだ……だけど僕はやっぱり信じたい。僕の胸の中にある掛け替えの無い幸福(しあわせ)と、今も癒える事の無い苦しみを――。

 

「トシヤ、今日もしっかり働いて、きっちり稼ぐわよ!もちろん生きて帰るのも忘れずにね」

 

 『人は全ての者から忘れ去られた時に死ぬ』……そんな使い古された言葉がある。それなら僕が彼の事を覚えているうちは、生きているうちは、あの優しいおじさんは僕の中で生き続ける事になるのだろうか。

 

 それなら今日も生きよう。明日も、明後日も、来年も……体が限界を迎えるその日まで、力の限り生きよう。

 

 大切な人達からもらった、両手いっぱいの物を消したくないから。

 

 だから僕は今日も、この世界で生きてゆく――。

 

 

 

【おしまい】

 

 

 

 

 

 

× × × × × ×

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 会社のメカニック担当である夕張が、連装砲ちゃんのメモリからコピーしたデータを調べていた時。彼女は驚くべき物を発見しました。

 

「もしかしてこれ、あの子が言っていたロボット兵士の設計図……?」

 

 怪物の3D図面――。

 このような機密情報を一体いつ、誰が、どこで連装砲ちゃんの脳内へ埋め込んだのか……夕張は不気味に思いながらも、通常なら入手不可能なお宝に興味津々でした。

 

「ん?これって……」

 

 ですが彼女は設計図を一目見て、奇妙な点がある事に気付きました。

 それはロボットなら本来あり得ない筈の、“ある物”が部品として書き込まれている点でした。

 

「……は?」

 

 怪物の頭部や胴体部に組み込まれた有機物の塊。

 機械工学に明るくなく、図面が読めない人間であっても“それら”が一体何なのか、簡単に言い当てる事が出来るでしょう。

 それらは本来、人間の体内に収められていた筈の物……脳髄をはじめとした“人間の臓器”なのですから――。

 

「冗談でしょ……これが本当なら……」

 

 人類を守るために戦い、海の底へと消えて行った機械じかけの戦士達。

 果たして、彼らの正体は何者だったのでしょうか?

 人間の臓器を生体部品として組み込んだロボットだったのか、それとも……

 

「これは……この人達は――」

 

 

 

【END】





【挿絵表示】

コードネーム:サイボーグ・アーチン

製造番号:UC-013

身長:196.8㎝(頭頂部の針も含む)

体重:253kg

武装:怪力線照射装置
   熱線追尾ミサイル
   小型魚雷
   煙幕

素体となった人間:西川 隆太郎(享年29歳/元会社員)

死因:
通勤中に深海棲艦の襲撃に巻き込まれる。
避難途中、逃げ遅れた小学生の少女を庇い、降って来た瓦礫や鉄筋が全身に刺さり死亡。
軍により遺体を秘密裏に回収され、脳髄・生命維持に必要な臓器をサイボーグ・アーチンのパーツとして使用される。
艦娘の開発に必要な資源を積んだ輸送船を護衛する任務の途中、軽巡ツ級と交戦したのを最後に消息不明。
海底で機能停止したと思われる。

妻の美沙は西川の死から二年後に再婚。
娘の理恵と共に現在は家族三人で幸せに暮らしており、近々再婚相手との間に出来た新たな子供を出産する予定……。
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