石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる   作:Una

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第44話 TS 

「慎二ぃ……!」

 

 ガラスが破損した扉ごしに、赤いコートを羽織る少女が慎二を認めて呟いた。

 

 夕日が差し込む廊下で視線が交じり合い、二人の時が止まる。

 

 自分を呼ぶ声にも慎二にはまるで聞き覚えがない。それでも、慎二はその少女が自分の親友であるとの確信を揺らがせることはなかった。

 

 褐色白髪の少女が進路相談室の扉を蹴り飛ばすように開け放ち、慎二へと駆け寄る。その際に少女が着込む黒のインナーを盛り上げる豊かな胸部がふんわりと揺れる様を無警戒に見せつけられてもその確信は揺らいでいない。

 

 少女が慎二の胸倉を両手で握る。そのまま半泣きでこちらを揺さぶってくる少女の背丈は慎二とほぼ変わらない。こちらに真正面から向けられる涙目の美少女の視線を真正面から受けても、慎二はこの少女が自分の親友であると必死に言い聞かせ続けた。

 

「どどど、どうしよう慎二! 体がおかしい! 胸! 乳! おっぱい……! オレオレ、俺だよ! 俺だってば!」

「おおおおおちつけ! 士郎だろ⁉ わかってるわかってるから! いいから揺らすのやめろってば!」

 

 だからこの胸の高鳴りは、ただちょっと動悸がするだけだ。

 

 親友が訳の分からない超常現象に巻き込まれたせいで、あまりの異常事態に心拍数が上昇してしまっただけ。

 

 

 

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 現状をしっかりと把握するために、慎二と士郎は生徒指導室に改めて入室した。

 

 室内にはいつのまにか天蓋付きのベッドが鎮座しており、その中には教員であるメディアがこちらに背を向けて横になっていた。

 

「あの、メディア先生?」

「…………」

 

 グスッ、とベッドの方から湿っぽい音が届いた。

 

「マジかよ、先生ふて寝してるぞ、いい大人なのに。こんなに美人なのに。というかこのベッドなに?」

「ちょ、ちょっと先生、寝てないで説明してくださいよ! 俺は元に戻れるんですよね⁉ ねえ! あとこのデカいベッドなに⁉」

 

 士郎がこんもりと山になっているふかふかの毛布をガクガクとゆする。それでも反応がない毛布の山にしびれを切らして、毛布を取り上げようと「ふんっ!」と力を込めたがメディア先生が全力で毛布の中から抵抗した。英霊エミヤの力が憑依した士郎と拮抗するのはもちろん彼女が魔術で全身の力を強化しているからだった。

 

「……もう終わったわ。受肉までして、魔法少女なんて生き恥を世界に晒してまで生きてきたのに……私ってなんのために生きているのかしら……」

 

 シクシクシクシク……。

 

 布団でできた饅頭の中からすすり泣きまで聞こえてくる。なんか面倒くさくなった慎二は苛立ちを隠そうともせずに舌打ちした。面倒な女はどれだけ美人でも好みから外れてしまう慎二君である。あっという間にメディア先生の扱いが雑になった。布団の上から先生の腰にあたる盛り上がりを雑にぺしぺし叩きながら、

 

「無気力すぎるだろこの教師。ことの原因のくせにさぁ? 一体何がどうなって士郎が女になっちゃったのか説明の一つもするべきなんじゃないの?」

「おいやめろって慎二、仮にも女性の尻を」

「は? 士郎が命令するの? 僕に向かって? 僕はただ涙で湿ってる布団を乾燥させようと叩いているだけなんですけど?」

 

 ぺシーンぺシーンぺシーン。そんな空しい音が響く中、突然愉快な声が鳴った。

 

『それでは私が代わりにご説明しましょう!』

 

 いつの間にか挟まっていたのか、黒いインナーに包まれた士郎の発達した胸元から呼ばれてないのにジャジャジャジャーンと愉快な効果音とともになにやらファンシーなステッキが飛び出した。

 

 ふわふわと浮かんだステッキはその柄をS字に曲げて、士郎の肩に腰掛けるように止まった。

 

「ええっと、アンタはさっき俺が先生に握らされていたステッキだよな? 喋るのか?」

「喋るし浮かぶし、もうわけわかんないんだけど」

『初めましてマイマスター。私は愛と正義のマジカルステッキ、人呼んでマジカルルビーちゃんです! 気軽にルビーちゃんと呼んでください』

 

 その杖はピンクだった。柄も、リボンも、声色も、そしておそらく思考も。それを構成するすべてがピンク色だった。

 

 うっさんくせえ。それが二人が喋るステッキに抱いた第一印象だった。

 

『ほむ? ほむほむ?』

 

 その桃色の脳細胞が、目の前にいる慎二少年と士郎少女の間にある仄かなピンク臭をかぎ取りなにか訳知り顔で頷いている。

 

『マーヴェラス……おおマーヴェラス!』

「ど、どうしたんだルビー、ちゃん」

『いいえいいえ、お気になさらず。ただ素晴らしいマスターに恵まれた幸運に感謝しているだけです』

「そのマスターっていうのは俺のことか?」

『そうですとも』

 

 ルビーちゃんは肩にとまったまま、二枚の羽を器用に曲げて腕組みしながら頷いた。

 

『とはいえいきなりのことですからマスターもその御友人も混乱されていることでしょう。まずは前提となる『魔術とはなにか』についてご説明いたしますね』

 

 こちらには有無も言わせない話の運び方だった。

 

 そんな我が道を行くようなマジカルステッキの言うことには、この世には魔術なる神秘や奇跡に類する超常現象を意識的かつ体系的に発現させる技術が存在しているとのこと。

 

 魔術とは『根源』なるすべての始まりへの探求を目的とした、魔術師なる人種が使用する技術であること。

 

 基本的にそれは等価交換で成り立っており、無から有は作れず、人類にできない事象を起こすことは魔術にもできないこと。

 

 そんな魔術の才能が士郎少年の中に埋まっており、それを最大限に発揮するために彼は魔法少女に選ばれたということ。

 

「なあステッキ、質問があるんだけど?」

『質問があるときは挙手してください。はい間桐くん』

 

 指導室にあるホワイトボードに図を描きながら説明するルビーちゃんは、どこから取り出したのかシャープなデザインの眼鏡をかけている。

 

「その魔術ってのを使えば金が稼げるのか?」

『んー、稼げないことはないですがそれは拳銃を振り回せば楽に強盗できるよねみたいな話で、魔術を使えること自体が金銭を生むわけではないですね。むしろ魔術の研究は金食い虫です。一般的な魔術師の家系は土地や資産の運用だとか商売だとか、そういう稼ぐ手段をもちその余剰分を魔術の研究につぎ込むという形ですね』

 

 ふうん、と慎二はつぶやく。

 

「じゃあ、魔術が使えれば名声だとか名誉は得られるのか?」

『えっと、魔術師の総本山である魔術協会という場所がありまして、表の世界で言う大学と学会が合わさったものとお考え下さい。そこで業績を積み重ねれば協会の中では一目置かれるようになります。が、ぶっちゃけ時計塔の魔術師って五千人程度ですし、そんな狭い界隈でちやほやされることが名声かと言われると、ねえ?』

「テレビで魔術師として出演するのは?」

『や、それは絶対にお勧めしません。魔術とは神秘の再現であり、神秘とは秘匿されてこそ深化します。それが魔術の原則であり、その原則を破るような輩を始末するための組織が時計塔には存在します。テレビで魔術を公開するなんて真似をすれば間違いなく殺されたうえで研究成果を協会に根こそぎ奪われることになります』

 

 んー? と慎二は首を傾げた。

 

「じゃあ、魔術を使えば女にモテるようになったりも?」

『え? まあ、優秀な魔術師であれば初代であっても引く手数多ではありますが。そういう政略的な意味でなく恋愛的な意味でしたら普通に体型と服に気を使って女性と会話できるだけの社交性を身に着けた方が早いというか……あの、さっきから何の質問をしているんですか?』

「いや、魔術って役に立たないなって思っただけだよ」

『それはそう』

 

 金にもならず、有名にもなれず、異性にもてるようにもならない。

 

 そんなものの研究のために人生を浪費するなんて馬鹿の所業じゃないか。魔術のために金を費やすならその分を投資に回した方が遥かに有意義である。

 

『まあ、うん、まあそうなんですよね。根源という何に役立つかもよくわからないものを求めて子々孫々へと狂気じみた執念を受け継がせていくあたりちょっと頭おかしいとルビーちゃんも思います。魔術は役立たず、それもまた真理の一面です。ですがそれ、魔術礼装である私の前で言います?』

 

 魔術と根源への欲求のために壊れて道を踏み外す魔術師はごまんといることを考えれば、役立たずどころか人類のお荷物かもしれない。

 

『魔術を人生そのものとみなすのではなく、人生を彩るオプションと見るくらいが適度な距離というものです』

「なんでもそうだろ。思いつめたりのめり込んだりして視野狭窄に陥ってもいいことなんて何もないさ」

『冷めてますねぇ。短い青春のうちに思いっきり視野狭窄に陥るのも人生を豊かにする秘訣だとルビーちゃんは思いますけど』

「生き物でもないおもちゃに人生を語られてもね」

 

 ルビーちゃんから礼装差別だーとブーイングを浴びながら、慎二は指導室に備えられたパイプ椅子をガチャガチャと二つ広げてどすりと座る。

 

「ま。魔術とやらについては大体わかったよ。それで? 士郎を戻すことはできないわけ?」

『やりません』

「ああ?」

 

 マジカルステッキはプイっとそっぽ向いた。その態度に慎二の言葉に棘が混じる。

 

「ちょっと、やらないってどういうつもり? できるけどやらないってこと?」

『当然です。半分以上は前マスターに対する嫌がらせが目的だったとはいえ、奇跡的にこんなローティーンボディの理想的なマスターを手に入れることができたのですから。手放すつもりなんてありませんよ』

 

 キュピーン、とルビーちゃんが小さく輝くと、ステッキ状であったこれは翼の形をしたヘアピンとなって士郎の額に装着されていた。

 

『これから彼は魔法少女☆マジカルシロちゃんとして世の中にはびこる悪と戦う日々を送ることになるのです』

「ま、待ってくれルビーちゃん、そんな勝手なことを決められても!」

「相手の意思を尊重する気はねーのお前? 仮にもマスターとか呼んでるんだし」

『マスターの……いし? なんですかそれ。大丈夫ですよ、魔法少女のまま過ごしていればそのうち自認も魔法少女に染まっていきます。悩むなんて今だけですよ』

 

 士郎が狼狽しながら拒絶するがマスターの意思をいちいち気にするような愉快型礼装ではない。楽しむことを至上命題とする『これ』からすればマスターの意思やら自我など悲鳴を上げるおもちゃに過ぎないのである。

 

「士郎こいつ性格最悪だぞ」

「こ、この、外れろ……!」

 

 士郎がヘアピンになったルビーちゃんを前髪から外そうと引っ張るがなんとこの野郎びくともしない。自分はこの少女の皮膚の一部ですみたいな顔してその場にとどまり続ける。

 

「どうしよう慎二こいつ外れない!」

「髪を切ればいけないかこれ」

「無理だ、髪というか額にマダニみたいにくっついてやがる!」

「じゃあしょうがないから皮膚ごと切除するしか」

「ちょっと投げやりになってないか慎二⁉」

 

 だって、もうこれいち高校生が対応できるような状況ではすでにないではないか。

 

 魔術協会なる組織があるわけだし、どうにかしてそちらに連絡してこの寄生虫の駆除を依頼とかできないものか。

 

『あ、言っておきますけど私ことカレイドステッキを作成した爺は現代の魔術師では太刀打ちできないぶっちぎりの怪物ですからね。そんな爺の最高傑作である私をどうにかできる現代魔術師なんて存在しません』

 

 士郎のオデコでんっふっふー、とむかつく笑みを浮かべるルビーちゃん。その背後から近づくメディアの気配にルビーちゃんも士郎も気づかなかった。

 

「いい加減にしなさい」

『あ痛』

 

 死角から振るわれたメディアの平手が士郎の頭、と見せかけてルビーちゃんがトランスフォームしたヘアピンをはたいた。

 

 それだけでそこそこ鍛えている体育系部活DK二人がかりでびくともしなかったルビーちゃんが士郎の額から外れリノリウムの床を滑る。

 

「あ、先生。戻ったんですね」

「お、服も制服に戻った。やるじゃんまじゅ、つ……」

 

 それと同時に士郎が着せられていた赤いコートに黒のインナーという知ってる人は知っているあの英霊を想起させるコスチュームは、元の穂群原学園の男子制服に戻った。

 

 とはいえ体はスタイルバツグンな女性のままだったので、ぶかぶかのベルトやトランクスごとズボンがずり落ちた。制服の裾のおかげで丸出しということはなかったが、慎二は顔を真っ赤にして目を背けた。

 

「おっと落ちた。……? 慎二どうした?」

「な、なんでもないよ! そんなことよりちゃんと服を着ろよ見えるだろ!」

「今更何言ってるんだ? 部活帰りに風呂に行ったりしてるじゃないか」

「そういう、問題じゃ、ないだろ!」

 

 慎二は絶叫しながら上着を脱いで士郎に投げつけた。せめて腰に巻けという意図だったが、士郎はトランクスを足首に落としたまま「?」と首をかしげるだけだった。

 

 そんなラブにコメってる二人を無視してメディアはヘアピン型ルビーちゃんを拾い上げて睨みつける。

 

「あなた、こんなことしてどうなるかわかっているでしょうね」

『フン! わかってますとも。このまま私はあなたの手で改造されて自我を消されるなり永遠に封印されるなりして二度と反抗できなくなるでしょう。しかし覚えていてください、例え私が果てようとも第二第三の私が並行世界から現れ、いつか人類を魔法少女で埋め尽くすことになると……!』

「意外と余裕あるなこいつ」

「あ、あの先生? そいつを封印? とかする前に、俺の体の戻し方を聞いてくれると……」

『残念ながら』

 

 メディア先生の手の中で今にも握り潰されようとしているルビーちゃんが士郎の言葉を遮った。

 

『マスターを幼女にしたのはそちらのメディア様の薬の効果ですから私にはもうどうしようもありません。ちなみに、もう一度性転換薬を投与すれば男に戻るなんてこともありませんから悪しからず』

「……先生?」

「え、なんでそんなものを作ったんだよ先生」

 

 メディアはプイと視線をそらした。

 

「違うのよ。別に特定の誰かを女性にするために作ったわけじゃなくてね?」

「なあ士郎、そういえばこの先生、葛木先生を狙ってるって噂あったよな」

「え、まさか狙ってたって男女のあれこれじゃなくて、葛木先生を女にするつもりだったてことか? 何が目的なんだ」

『自作のいやらしい衣装を無理やり着せて楽しむつもりだったんですよきっと』

「先生にそんな趣味が?」

「やだー幻滅ー」

「違くて」

 

 士郎慎二ルビーちゃんの二人と一個がメディアから距離をとりながらぼそぼそと話し合う。その後しばらくメディアが言い訳を垂れ続けていたが結局二人からは信用を得られず、とりあえずこれから全力で解毒薬を調合するということで一旦解散ということになった。

 

 

 

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 そんな様子をイギリスの別宅から閲覧していた私ことアトラム・ガリアスタ。

 

 私は執務室で、秘書をやっているスーツ姿の2番個体と一緒に腹を抱えて笑っていた。

 

「主、主。やはりメディア様は男運に見放される宿命にあるのでしょうか」

「あるある全然ある。史実からそうだし、言っちゃえば姉弟子からしてそうだもの」

 

 さすがはメディア様、キルケー敗北拳正統伝承者である。男にフラれるたびに相手を豚にしたり海魔にしたりとなんでもありな拳法を姉弟子から習得しているのだ、性別を変えるくらいお手の物だろう。

 

 魔法少女のままならワンチャンあったのにね。

 

 2番個体とひとしきり笑い終わったちょうどその時、懐に入れていた携帯電話が鳴り響いた。

 

 この電話が鳴ることは非常に珍しい。

 

 メディア様やホムンクルスとはネットワークで会話するのがデフォであるし、そもそも私の番号を知る者が少ない。

 

 液晶に表示された番号を見ると、それは我が朋友ことウェイバーくんだった。彼からの連絡もこれまた珍しい。基本彼とはメールでのやり取りが最近は主だ。この番号に自らかけてくるということは、用件はそれなり以上に緊急かつ重大である可能性が高い。たまに酔った勢いでオンゲの誘いの電話を入れてくることもあるが。

 

 まったくこのおちゃめさんめ。

 

「もしもしウェイバー君、どうしたの? こんな朝早くに」

『よかった、繋がった。緊急事態だ』

 

 電話越しに届く声には焦りを帯びている。年を重ねて落ち着きを得た最近のウェイバー君には珍しい。十代のころは常に余裕もなく切羽詰まった感じだったけども。

 

『いいか、落ち着いて聞いてくれ』

 

 

 ウェイバー君は深呼吸を一つ、そして意を決したようにその言葉を告げた。

 

 

 

『……聖杯戦争が始まる』

 

 

 

 ……。

 

 …………? 

 

「ごめん、なんて? 聖杯戦争? なんで? 聖杯は君と私とメディア様でとっくに解体したじゃない、やだなウェイバー君は。それに冬木にいるメディア様からも何も聞いてないよ」

『冬木の聖杯ではない。今回観測されたのはアメリカだ』

 

 あめ、あ、アメリカ⁉ アメリカナンデ⁉

 

『アメリカのスノーフィールドで地脈の乱れが観測された。調査に向かったミスター・ランガルの人形がファルデウス・ディオランドと名乗っていた弟子に破壊された。その際に向こう側から協会宛てにメッセージが送られている』

「スノーフィールド? シンプソンズ?」

『それはスプリングフィールドだ』

 

 はあ、と受話器からため息が聞こえた。

 

『ファルデウス・ディオランドの祖先に、第三次聖杯戦争に参加した魔術師がいたらしい。その際に冬木の聖杯戦争のシステムを記録し、現代まで伝えていた。その情報を元にアメリカの地で新たな聖杯戦争を起こそうとしている』

「ただ参加しただけで模倣できるシステムかなあ? それに、アメリカ? 魔術基盤も貧弱で地脈もクソ雑魚じゃん、あんなところで聖杯戦争なんて正気なのそのファルデウス君は」

 

 そう思っていたから監視の目が全く行き届いていなかったのだけれど。いや、だからこそか? 魔術協会や聖堂教会の目が届かない場所に大聖杯を敷設することが聖杯戦争の大前提だ。だからアインツベルンやマキリは日本を選んだのだし、ファルデウス君とやらも同様の理由でアメリカを選んだのだろう。

 

『もちろん簡単に模倣できる儀式ではない。普通に考えればそうだが、さらにもう一人、ファルデウス・ディオランドに協力者がいる。その魔術師は第三次聖杯戦争に立ち会うことになり、大聖杯を直接その目で見た』

「立ち会った? 第三次って70年も前じゃん、少なく見積もっても90代のおじいちゃんでしょ」

『年齢は97歳。実力ではなく政治力でもって『色位』の称号を得た男だ。とある魔術で肉体を若く維持しており、外見は20代といったところだ』

 

 なにそれ。その話を聞くだけで胸がキュンとしてその人のことがとても気になる。これが、同族嫌悪? 

 

「で、その人物の名前は?」

『ダーニック・プレストーン。時計塔では『八枚舌のダーニック』などと呼ばれているが、こと組織運営能力に限っては現在の時計塔ではトップだろう。魔術の技量は不明だがな』

 

 

 わたし:ダーニック……? なんか聞き覚えのある名前なんだけどなんだっけ。知ってる人挙手。

 第2番:主の前世の記憶にあったあれじゃないですか、亜種聖杯戦争が乱立した世紀末世界線の偉い人。

 

 

 ……ああ、あー思い出した。アポクリファのイケメンおじいちゃんだ。ランサーのおじさんと合体した人。

 

 

 わたし:え、あの人アメリカにいたんだ? 道理でムジーク家周りで見当たらなかったなって。

 

 

『大聖杯を間近で目撃し、そのシステムを把握したのだろう。それに加えて、以前ムジーク家で窃盗騒ぎがあったな? ムジーク家とプレストーンは遠縁であるが血縁がある。ムジーク家の防衛システムに侵入することも可能だろう、なんなら今のムジーク家のシステムを設計したのもこいつかもしれないな』

 

 Fuck、とウェイバー君が悪態をついた。

 

「どうしたの、なにかあった? ゴキブリ踏んだ?」

『いや、会話をしながら一つ気付いたことがあったんだ。あー、つまり、イスカンダルを召喚するための触媒だったマントがあっただろう? あれが盗まれた』

 

 え。え? 

 

「だ、誰に? 私じゃない、私じゃないよ!」

『なんで慌ててるんだ、そんなことは分かってる。現代魔術科付きの隠し金庫に保管していた。たとえ他のロードであろうとも相当な準備がなければ開けられない。これをたやすく開けられるとすれば』

「メディア様か。いつかやると思ってたんだ、すでに犯罪ギリギリのところを反復横跳びしてるような人だもの」

 

 人を勝手にTSさせて自作のいやらしい衣装を無理やり着せて楽しんだりしてそうだもの。

 

『違くて。つまり、私が就任する前の現代魔術科の学部長が盗んだ可能性が高いと言っているんだ』

「もしかして、それもアメリカの聖杯戦争に参加するために?」

『その可能性が高い』

 

 なんだろう。

 

 すごく面倒な事態になっている気がする。




メタ的な解説

ダーニックはapocryphaでは冠位になっていますがそれは乱発する亜種聖杯戦争で魔術師が死にまくった結果上の席が空いたから就けたという事情があり、そのため拙作では一つ手前の色位にとどまっています。
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