プロジェクトD後、くすぶる藤原拓海。
高橋涼介の推薦で“子供たちの世界戦”ミニ四駆のコーチに――。
峠で磨いた理想のラインは、小さなマシンにも通じるのか。
下り最速が、疾走の双星(烈と豪)と出会い、走りの炎を取り戻す。

読み切り好評でしたので本編開始しました
1/32の峠 ―Drift & Dash―
https://syosetu.org/novel/389894/


◆ 原作リスペクトを最優先としつつ、ミニ四駆描写や設定には見栄え優先で基本設定を一部無視する場合があります。
◆ キャラの口調・関係性は可能な限り原作準拠/崩し最小を心がけるよう努めます。
◆ 頭文字DはFinalStage終了後、拓海がWRC挑戦するまでの期間の話、レッツ&ゴーはWGP編となります
◆ 同名小説をpixivにも投稿してあります

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第1話

夜明け前の山道を、青いインプレッサが駆け抜けていく。

四輪駆動の安定感は、ドリンクホルダーに入ったカップの中の水を大げさに揺らさない。

 

――楽な車だよな……だけど……。

 

ガレージの隅では、ハチロクが眠ったままだ。エンジンブローで自走不能。

このインプレッサは親父の、文太の名義の車で、配達のために“借りている”だけ。

性能に不満はないが、思い入れはない。

峠で全神経を研ぎ澄まされていたころの、あの張り詰めた感覚はここにはない。

 

 配達を終え店に戻ると、文太がタバコをふかして顔を上げた。

 

「おう、ご苦労さん」

「……ん」

 

短く返し、拓海は日中の運送会社の仕事へ向かった。早朝の配達、昼の配送。

その繰り返しが、プロジェクトD解散後の生活になっている。

 

 

 

数日後。

 ファミレスで向かい合った高橋涼介は、コーヒーに口を付けてから切り出した。

「藤原、ミニ四駆を知っているか?」

「たしか……子供の間で流行ってるおもちゃですよね」

 

 拓海は首をかしげ、その言葉に涼介は頷き返す。

 

「そうだ、だが、今は“遊び”じゃない。専用コースでレースが行われ、各国の代表が鎬を削るWGP――ワールドグランプリが今度開催される」

「……そんな大会があるんですか」

「ある。子供たちが主役のレースだが、世界は本気だ。日本代表チームも結成されていてな。だが、彼ら、TRFビクトリーズにはまだ”基準となる走り”がない。聞くに個性豊かな面々らしいからな」

 

 涼介は視線を上げ淡々と続けた。

 

「そのチームを支えているのが、土屋博士という人だ。セイバーというフルカウルミニ四駆を開発した研究者で、ミニ四駆の空力に関しては第一人者だ。その博士が代理コーチを探している。本来は俺に話が来ていたんだけど、プロジェクトDのころとは違って殆ど時間が取れなくてな」

 

 涼介の声は迷いなく響いた。

 

「だから――、藤原、お前を推薦した」

「俺を、ですか?」

 

 涼介の言葉に拓海はたじろぐ。

 

「人に教えるのは簡単じゃない。だが、それは必ず自分に返ってくる。藤原、プロジェクトDが終わってお前は今次の目指すべき場所を見失っているのは知っている。ただ、走っていれば良かった段階からもう一皮むけた先へお前は行くべきだ。感覚派のお前には大変だろうが、自分の走りを言語化し、人に伝える”走りを見せる”ことに挑戦してほしい」

 

 あこがれの人にそういわれ、拓海は言葉を詰まらせた。

 ミニ四駆なんて子供のおもちゃとしか思ってなかった、だが、涼介の言葉はすべて本気だ。

 子供の遊びと侮っている様子は一切ない。

 そんな涼介の言葉を拓海は信じたくなった。かつてプロジェクトDへ誘ってもらったときのように。

 

「……やってみます」

 

 そう小さく答えると、涼介はわずかに頷いた。

 

 

後日藤原拓海は土屋研究所を訪ねていた。

 コンクリート製の研究所と言うには小さな建物。そこから白衣の男が穏やかに手を振る。

 

「よく来てくれたね、藤原くん」

 

 土屋博士――フルカウルミニ四駆研究の第一人者。

 

「高橋くんからの推薦となれば何も心配していないよ。それに”悩める若者にこそ、この役割を”とも頼まれたからね」

 

 軽く握手を交わしたのち、土屋博士は拓海を研究所に招き入れる。

 しばらく歩いた先、体育館のように広い空間に出る。

 博士はその片隅にあるテーブルを指さす。手のひらに収まるマシンが数台並び、その中の一台は白黒のツートンカラー、そのマシンに拓海は目を奪われる。

 

「これはセイバー600、市販で手に入る標準的なマシンだが、グランプリ仕様に改造は終わっている。色は、君にはなじみがあるだろう?」

 

 白と黒――パンダトレノの配色。

 促されるままに拓海はマシンを手に取る。小さいのに、不思議とハチロクのにおいがしたように思えた。

 

「これを”基準”として走らせてほしい。未来あるレーサーたちのために」

「……オレで良いんですか?」

「やってみればいい。もし君もダメともなれば私が監督兼コーチになるだけさ。でも実際の走行ともなると分からないこともあるからね、君が引き受けてくれると助かるよ」

 博士の言葉に涼介の横顔が重なり、推薦してくれた意味や、くすぶっていた走り屋としての血が騒ぐのを感じ、拓海は小さく頷いた。

 その時、研究所の扉が勢いよく開いた。

 

「博士―!コースの準備出来てるかー!」

 

 まぶしい声と共に駆け込んできたのは、小学生、星馬豪。彼の手には蒼を基調としたミニ四駆、サイクロンマグナムが握られている。

 

「おい、豪。ちょっとは落ち着け」

 

 少し遅れて、落ち着いたまなざしの少年が歩いてきた。豪と同じように手に持つのは赤いミニ四駆はハリケーンソニック。兄の星馬烈だ。

 

「丁度良かった、紹介しよう。彼は藤原拓海くんだ。今日から君たちのコーチを務めてもらう。詳しい話は言えないがドライバーとしては一流の人だよ」

 

 藤原拓海の肩を叩きながら土屋博士が言う。

 拓海は改めて小学生を相手にしなくてはならないことを認識する。

 

「えっ、この人が?車のドライバーなんだろ?ミニ四駆は別物じゃん!」

 

 豪が拓海を見上げながら眉を跳ね上げる。

 そんな弟を軽く制してから、烈も拓海を見つめる。

 

「やめろ、豪……。でも、博士が呼んだなら理由があるはずだ。だからコーチだっていうならあなたの走りを見せてほしい」

 

 ミニ四駆には詳しくはない。だが示すべき”基準”はサイズが変わっても同じはずだ。

 拓海は2人の視線を受け止め、同時に今まで走ってきたライバルたちの顔が自然と浮かんだ。

 そうだ、この二人は小さくたって立派なレーサーなのだ。

 この二人からの挑戦は、今までの走り屋たちと同じ、挑戦を受けたら答えなければならない。

 

「……分かった、やろう」

 

 掌のセイバー600を握りなおす。

 息を整え、藤原拓海のミニ四駆レーサーとしての初めての走りが、始まろうとしていた。

 

研究所の中央には巨大な専用コースが広がっていた。

 立体交差や連続ヘアピン、急なシケインにバンクカーブ――小さなマシンのためのサーキットとはいえ、拓海の目には峠を凝縮したような風景に映った。

 

「すげぇ!新しいコースだ!」

「直線もあるけど、テクニカルな部分も多い……結構難しいコースだ……」

 

 豪が声を弾ませ手にしたサイクロンマグナム共々拳を掲げる。青いボディが窓から入ってきた光を反射し彼自身の勢いを移しているようだった。

 烈は対照的にコースを落ち着いて観察し、各種攻略ポイントを探っているようだった。

 そんな二人をよそに博士が穏やかに微笑んで拓海に声をかけた。

 

「では藤原くん、君の”走り”を彼らに見せてやってくれ」

「どこまでできるか分かりませんけど、さっきの説明通りなら……やれるだけやってみます」

 

 拓海はセイバー600を見つめる。白黒のボディに、かつて走らせていたハチロクの影が重なる。

 だが、姿が似ているだけではなかった。

 このマシンには特別な仕掛けがあった。搭載されたGPチップと呼ばれる制御回路には高橋涼介が保管していたプロジェクトDで藤原拓海が走った全ての走行データが土屋博士によって入力されている。

 その結果、セイバー600は”拓海のハチロク”そのものと化していた。

 拓海が思い描いたラインを自動的に選び取り、センサーとアルゴリズムで再現するのだ。

 ただ、生データをそのままミニ四駆へと落とし込んだため、まだ部分的に駆動方式の差異などが最適化できていない。そのため走行中ラインがぶれることもある。

 これを必要に応じて音声入力で補正する、このボイスコマンドによって走行ラインの修正や、一瞬の加速――いわゆる必殺技を繰り出すことも可能だ。

 今の拓海はこのセイバー600を”ハチロク”として完成させるのが今回のレースついでにやる仕事だった。

 

 スタートゲートに三台が並ぶ。豪のサイクロンマグナム、烈のハリケーンソニック、そして拓海のセイバー600。

 豪が待ちきれずに叫ぶ。

 

「よーし!絶対負けねぇからな!」

 

 烈は小さく息を吐き、静かに構える。

 

「いくぞ、ソニック!」

 

 拓海は言葉もなく、どう攻めるか、コース全体を見渡していた。

 

 カウントダウンが始まるーー3,2,1、GO!

 

 三台が同時に飛び出す。

 序盤の直線で豪のサイクロンマグナムが一気に加速した。高速ギアのセッティングがハマりうなりを上げてセイバー600を置き去りにする。

 烈のソニックもタイヤのグリップを見事に使い切り理想的なスピードで駆け抜けていく。

 拓海のマシンは最後尾。だが、彼は眉一つ動かさない。

 

――そうだ、ハチロクの時だってスタートダッシュはたいてい負けていた。けど、スタートが全部を決めるわけじゃない。

――直線は、勝てない。勝負はその先だ!

 

 最初の連続ヘアピン。豪は勢い余ってブレーキングが間に合わず外側へ膨らみガイドローラーでコーナーを曲がる。

 半面烈は余裕を持ったブレーキングでお手本のようなきれいなアウトインアウトのコーナー侵入。

 しかしその背後から、拓海のセイバー600がコーナーへ突っ込む。

 だが、すんでのところでブレーキング、その弾みを使いタイヤを滑らせながら殆ど速度を落とさずにコーナーをクリアする。

 

「なっ……!」

 

 豪が驚きの声を上げる。

 烈は目を細めた。

 

「あの速度で……!?」

 

 セイバー600は拓海が思い描く理想のラインをなぞるように走る。

 GPチップに刻まれたハチロクの魂が、拓海の声に呼応するかのように。

 

「……良いぞ。……そこだ、切り込め!」

 

 拓海が優しく語り掛けると、マシンはわずかに角度を修正し、より鋭いインをついた。

 小さなマシンであっても走りの本質は同じ。余計な動きはせず、ただ、理想のラインを刻む。

 その走りは直線で劣っていても、コーナーごとに差を確実に縮める安定感を見せつけていた。

 博士はその走りを見ながら静かに呟いた

 

「……やはり、彼の走りは”基準”になるかもしれない」

 

 コース後半、連続するテクニカルセクションで拓海のセイバー600は同じくコーナリングを得意とする烈より、数段鋭いラインを刻み、ソニックをかわして豪のマグナムに迫った。どうもコーナーワークが苦手らしいマグナムを射程にとらえ、抜き去ったと思った、その瞬間。

 

「ここからだぜ!いっけぇ、マグナムトルネード!!」

 

 豪の声と共に、マグナムがコースアウトする。

 が、ローラーをコースの壁に引っ掛けマグナムはジャイロ回転を起こし、銃弾のように回転し安定した姿勢で連続ヘアピンの上空を飛びぬけ、セイバー600を一気に抜き去った。

 

「……っ!?」

 

 拓海の目が僅かに見開かれる。小さなマシンが必殺技を繰り出し、普通のレースではありえないその概念に驚きを隠せなかった。だが、同時に脳裏によぎったのは、いろは坂で味わった”地元走り”――コースの常識を覆す走りに打ちのめされた記憶だった。

 

――だけど!

 

 上空を抜き去るマグナムからセイバー600へ目線を移し、拓海は力を込めて己のマシンへと声をかける。

 最初にあった僅かなズレは、ここまでのいくつかのコーナーでほぼ修正できている。

 今のセイバー600なら……いや、ハチロクならあれに追いつける。

 

「……今だ!いけ――俺のハチロク!!」

 

 ゆらりと車体が揺らぐ。明らかなオーバースピードで突っ込んで行くセイバー600のその揺らぎはコースアウトの予兆に見えた。

 だが、後ろから追いかける烈は信じられない物を見る。コーナーへ入るセイバー600の姿が掻き消えたのだ。

 

「コースアウト!?いや、違う!?ゼロカウンタードリフトっ!?」

 

 ゼロカウンタードリフト。

 藤原拓海たらしめる芸術的と称される、減速を最小限にとどめるために生まれた走り。

 彼の何をもって必殺技とするか、その原点はやはりドリフトだった。

 まるで一本の糸を通すかのように連続ヘアピンをほぼ減速せず連続的なドリフトで駆け抜けていくセイバー600。

 その速度は後ろから追いかけるコーナリングマシンのソニックですらコーナーごとに差が開き追いつけない。

 そしてついに、トルネードからの着地で姿勢が安定せず再加速にもたついていたマグナムを再び抜き返す。

 

 烈が思わず声を上げた。

 

「すごい……あんなドリフト、見たことない!」

 

 豪は食いしばった歯の奥から悔し気に声を絞り出す。

 

「ぐっ……まだだ、マグナム――!!」

 

 体勢を立て直し、マグナムが追いすがる。

 だが、すでにコースは終盤、拓海のハチロクと化したセイバー600は先ほどよりもさらに鋭さを増したコーナリングでマグナムを寄せ付けず最終コーナーを抜けてゴールラインへ飛び込んだ。

 勝負の結果は明白だった

 豪は茫然とし、烈は深くうなずいた。

 

「…あのドリフト……すごいや!」

 

 博士は満足そうに手を叩いた。

 

「素晴らしい。正直マシン性能は豪くんや烈くんと比べると非力としか言いようがなかったんだが……だが、これこそが”基準点”となる走りだ。流石だね、藤原くん」

 

 拓海は博士からの言葉に頷きを返したあと、セイバー600を手に取り、小さく息を吐いた。

 

「……よろしくな、もう一つの……俺のハチロク」

 

小休止を挟み今回のレースを全員で振り返る。

 直線では豪のマグナムが圧倒的な速さを見せたが、拓海のセイバー600はテクニカルセクションでのスピードアベレージが圧倒的に高く、総合的なタイムはマグナムより早い。同じくコーナリング重視のソニックも悪くはないがそのラインやブレーキングのタイミングなど細かいコーナーワークが拓海より劣る点があり追いつけなかった。

 つまりは完敗である。

 

「ちぇっ……やっぱり納得いかねぇ!マグナムはトルネードまで使ったのになんで負けるんだよ!」

 

 あばれる豪の肩に烈が手を置き静かに言う。

 

「豪、マグナムトルネードにもスキがある。今回は着地後の不安定な状態を突かれたんだ」

 

 豪は悔しそうに唇をかみ撃つむ、拓海はそんな二人を見つめ、口を開いた。

 

「お世辞抜きで二人とも速かった。今回はオレがこういったレースで培ってきた経験値が出ただけ……だと思う。だけど、つけ入るスキがあった、多分世界グランプリともなればそんなスキは容赦なくついてくる相手ばかりじゃないかな……」

 

 拓海の言葉に博士が頷く

 

「その通りだ。豪くん、烈くん。藤原君の走りはあくまで”基準”だ。足りないものはそこにあるはずだから、ここからどう成長するかは君たち次第だよ」

 

 

 コースわきのベンチに腰を下ろし、拓海は深呼吸をした。

 走ってみて分かったのは自分の走りを他人に”見せる”ことの難しさだった。

 頭の中にある理想のラインを、言葉にして伝える、それは単に走るよりずっと骨が折れる作業だ。

 思い返せばこれを涼介は拓海や弟の啓介相手にやっていたのだろう。

 多分いつまでたっても超えることができない憧れの人なんだなと藤原は薄く笑った。

 そうしていると烈が隣に座り、静かに切り出す。

 

「藤原さん、今日はありがとうございます。あのほとんど減速しない理想的なドリフト、そうでない区間もロスなく処理して結果的に速いタイムに繋がってる走り、勉強になります」

「ありがとう……えっと、烈くん、だったか?……実際にドライビングしてるわけでもないのに、ラインの見極めやマシンへの指示と信頼がよくできてると思う。それに比べて……弟だっけ?」

「はい……ああいう奴なんです」

 

 2人でしゃべってる間も豪は何度でもコースへ挑み、コースアウトを続ける。

 少しでも早い速度で突っ込んでクリアしたいのだろう。

 多少の無茶は出るが、束になっている場所ならトルネードで一気に飛ばすなどのショートカットはある程度認められているとはいえ、そればかりに頼っていては複合コーナーや連なってない連続ヘアピンなどの対処が間に合わない。

 直線だけで勝負が決まるようなコースはめったにないだろう。

 

「でも……、少しずつ奥へ進んでるんだよな……」

 

 見ている間にも豪は少しずつだがコーナーをいくつかクリアし始めている。無論拓海から見ればダメダメではあるのだが、先程までより速い速度でクリアしているのは間違いない。

 

「藤原さん、僕は藤原さんの走り方の説明は理屈でわかります、コーナーやブレーキタイミング、マシンセッティングとか。でも、豪はそうじゃないんです、ああいう奴なんで走らないと分からないんです」

 

 その言葉でかつて涼介が言っていたことを思い出す。

 曰く弟の啓介は感覚派だと。

 かくいう拓海も走りの言語化なんてプロジェクトDでも最後の方にならなければあまりうまく説明がつかないことが多かった。今でも言葉で理屈に変えてくれと言われても分からない領域はある。行けると思ったから行けるのだ。

 そんなことをぼんやりと考え豪の豪快なコースアウト劇を眺めていた拓海は手に持っていたセイバー600を見てふとひらめく。

 

「そういうことか……」

 

 自分のハチロク、インプレッサ、ライバルたちの車、それぞれが得意とすること、強みとすることは違う。

 そもそも豪の走りはスピードだ、峠の走り方ともまた違う、サーキットでもない、豪のためのラインがあるはずだ。

 確かにクリアするべき課題はあるがマシン特性が変わればブレーキングポイントも何もかもが変わってしまう。

思い返せばハチロクとインプレッサを交互に乗っていた時に散々分かっていたことだ。

 烈はこれを自分で修正できる、万能寄りのコーナリングマシンであるソニックはセイバー600のラインをより早く抜けれる、そのための走り方を理屈で修正できる。

 だが、豪はそれが肌でわかるまで納得できない。自分のラインが一番早いと信じているからだ。

 傲慢ともいえるそれだが、だからこそ他に埋もれない強みになる。

 

「なら……やってみるか……!」

 

 

研究所のコースに再び三人が立っていた。昼の休憩とミニ四駆のセッティングについて拓海は土屋博士から簡単なレクチャーを受けて、すぐにコーチングを始めることにした。

 日を跨いでしまえば勢いが薄れる、学ぶならまだ熱が残っている今の内だ。

 

「烈くん、君の課題は走行特性が似ている藤原くんの走りをトレースすることだ」

博士が言った。

「ただ、見ただけの今と実際に真似しようとしたときにうまくいかないだろうが、臆せず頑張ってくれたまえ」

 

 烈は真剣なまなざしで頷いた。

 

「分かりました、やってみます!」

 

 一方、豪は腕を組んで不満げに言う。

 

「おれはどうなんだよ?」

 

 その質問には拓海が答えた。

 

「豪は感覚派だ、オレと一緒の。だから一緒に走って考えよう」

 

 彼はマグナムの特徴を思い浮かべ言葉を続ける。

 

「マグナムはダウンフォースで路面に貼りつくことでグリップを増してモーターパワーをフルで使う。つまりコーナーでもそのダウンフォースを使う方法があるかもしれない。やってみよう」

 

 拓海の言葉に豪は意外そうな顔で拓海を見る。

 拓海はセイバー600を手に取り、サイクロンマグナムに近づけるためにギア比やローラーの角度、ウイングを調整する。

 

「同じマシンにはならないけど……これなら近い感覚が分かる。オレのハチロクの魂が入っているこいつなら、マグナムのセッティングの場合の最適解を導いてくれるはず」

 

 そうしてスタートゲートに三台のマシンが並ぶ。

 

「豪は無理に抜かないように、後ろからついてきてみてくれ。烈くんは遅れてスタートし、前の走りを覚えていると思うから、そのラインを使ってオレたちを二台まとめてパスするんだ。たぶん、オレたちのラインは乱れるはずだからな」

 

 後ろからついてこいと言う指示に豪は口をとがらせながらも頷き、烈はコースをしっかり見据え構える。

 

 カウントダウンが始まりGOの合図と同時にまずはセイバーとマグナムが飛び出す。

 すぐにマグナムが最高速へ入ろうとするのを豪が慌てて抑え込みセイバーの後ろへ付けた。

 

「うー、じれってぇな!」

 

 最初のコーナーへ入るさい、まずは十分過ぎるほどのマージンを取ったブレーキングからコーナー侵入を試す。

 丁寧なアウトインアウト、これは流石のマグナムも対応し、コーナーを抜ける。

 そのころ烈は遅れてスタート。先に見せてもらっていた拓海のラインをトレースするようにマシンを走らせる。

 

「だめだ、セイバー600の性能で曲がれたコーナーがソニックだとうまくいかない……」

「烈くん、原因は車重だ。くしくもGPマシンになっているハリケーンソニックは重量が増えている。その分モーターパワーで今までとそん色のない走りになっているが、コーナーの際の慣性が大きくなっているんだ」

 

 土屋博士の助言を受けながらブレーキングポイントに探りを入れていく。

 そのおかげで徐々にソニックのコーナークリア速度が上がっていく。

 

「けっ、兄貴は上手くいってるみてーだ」

「豪、慣らしは終わりだ、ここから本気で攻める」

「えっ!?」

 

――大体掴んだ、

 

 加速するとダウンフォースでその限界が上がるのは良いが、逆に失速した時にいきなりグリップが消失する。だからこそのマグナムトルネードなのだろうが……。

 

「うまくついてこい……!」

 

 ポンとリアを出してドリフトに入らないような絶妙な滑り具合で車体を曲げる。

 風向きの変化を減らしダウンフォースのロスを最小限に食い止める。押し付けられているタイヤがモーターパワーを使いその進行ベクトルを捻じ曲げコーナー出口へマシンを導く。

 セイバー600のGPチップはセッティングの変化にうまく対応し、おおよそ最適と言えるラインでコーナーを駆け抜けた。

 豪のマグナムもそれをまね何とかコーナーをクリアする。しかし、出口で大きくバランスを崩して大きなカウンターを当ててしまい、スピンこそしなかったが失速してしまう。

 

「くそっ」

 

 マグナムがふらついた原因を拓海は考える。速度は同じだったはずだ……。

 そこまで考え、ストレートでの加速タイミングを思い出し結論を導く。

 

――まだ速度が足りないのか……!

 

 となればダウンフォースの量が足りずグリップが維持できなかったとみるしかない。

 

「豪、マグナムはまだ早くなる……!」

 

 マシン特性を考え派手なカニ走りは合わない。ダウンフォースが減少してしまうからだ。

 だから自分自身のインプレッサでの経験、それ以外の4DWを使っていたライバルたちの走りを思い出す。

 四つのタイヤをすべて使った安定感、豪のマグナムだって駆動方式は4WDだ、元々安定しているのだから……。

 

「いっけぇぇぇーーー!!!」

 

 豪の声と共にセイバー600とマグナムがコーナーへ突っ込み、普通のマシンなら絶対に吹き飛ぶような速度でコーナーに侵入する。

 だが先ほどまでとは違い十分に速度に乗った車体はダウンフォースを生み出し、車体をコースへ押し付ける。

 押し付けられたタイヤはモーターから発するパワーをほぼすべて伝えきりコーナーをクリアするだけのベクトル変化を生み出した。

 

「うっ!?」

「あっ!?」

 

 拓海の声が漏れ、豪が思わず叫ぶ。違いがあるとすればそもそものマシン特性だろう。

 拓海のセイバー600はその速度でコーナーを曲がれるようにはセッティングしていない。

 あくまでマグナム用の超高速コーナリングに耐え切れずすっぽ抜けコースアウトしてしまう。

 

「気にするな、豪……今の感じで行くんだ!」

「お、おう!」

 

 だが、それは同時にマグナム用のラインが証明されたということでもあった。

 それは豪とマグナムでしか攻略できないライン、これは非常に強みになる。

 

「藤原コーチ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫……、烈くん、オレのラインならマグナムに追いつける、ソニックのポテンシャルを見せてやれ」

 

 コースを走り抜けていったソニックと烈に激励を飛ばし、拓海はコースアウトしたセイバー600を手に取る。

 幸い破損はない様だ。

 顔を上げると土屋博士が満足そうにうなずいている。

 勝ち負けではなく、拓海の走りを基準として、少なくとも豪と烈が何かをつかんだことが嬉しいのだろう。

 とはいえ、セッティング違いとはいえ、派手に負けたのは少なからず拓海に悔しいという思いを抱かせていた。

 

「……って、大人気ねーなオレ、涼介さんに怒られるな」

 

 だが、拓海はそれを苦笑で笑い飛ばし、同時にゴールした豪と烈を労いに行った。

 

 

 夕暮れの研究所。あの後も何度がレースを行いクタクタになった星馬兄弟はお互いに顔を見合わせて笑っていた。疲労と達成感に包まれた笑みだった。

 

「兄貴、やったな!悔しいけどあのコーナーは追いつけねぇよ!」

「豪だって、昨日までとは大違いだ。コーナーで失速しないから直線がもっと速い、ソニックだって追いつけないぐらいさ」

 

 2人は肩をぶつけ合い、これまでにない充実感を共有していた。

 土屋博士は満足げにほほ笑みながら、その様子を見つめている。

 

 少し離れた場所で、拓海は机に置かれたセイバー600を見つめていた。

 この小さなボディの中に、自分の走りが息づいている。失ったと思っていたハチロクの魂がまだここに残っていたのだ。

 妙な感傷に浸りつつ、今日の事を振り返る。

 自分の言葉と考えで、誰かに”走り”を伝えたという実感。

 今まで学んでくるだけだった立場から学んで教えるという工程が増える。

 ミニ四駆については知らないことばかりであり、自分の経験を活かせるかどうかを翻訳する過程を挟まないといけないのだ。

 

――難しいな……でも、思ったより悪くない。

――あんな立派なレーサーたちに、俺の走りが役に立つなら……。

 

 明り取りの小さな窓から差し込んだ夕日がコースを照らしている。

 ポケットの中で、スマホが震えた。画面には「高橋涼介」の名前が表示されている。

 拓海は短く息を整え、通話ボタンを押した。

 

『どうだった?藤原』

 

 落ち着いた声が耳に届く。

 

「正直……まだうまく言葉にはできません。でも、走りを伝えるってことがどんなものか少しわかった気がします」

 

 セイバー600に再びハチロクの影が重なる。

 

「……涼介さんみたいにうまくやれるか分かりませんけど……でも、最後までやってみます」

『そうか。……やるからには全力で挑め、応援しているぞ』

 

 通話が切れた後、静かな余韻が胸に残った。

 WGP、ミニ四駆。予想もしないところから関わることになった世界。

 その世界を相手に戦う子供たち。その傍らに立つ自分を想像すると、不思議と胸が熱くなる。

 拓海は静かに決意を固め、その決意に応えるように、白黒のセイバー600が、夕日を受けて静かに輝いていた。

 

 

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