それはよくある、しかしそこそこ有名でそこそこ人気のある恋愛シミュレーションゲームである。
その世界に転生した少女はほくそ笑む。自分こそ主人公なのだからと。
だが、彼女は知らなかった。この世界はあくまでゲームのモデルとなった世界であり、
「オ~ッホッホッホっ!」
ゲームでは既に死んでいる筈のとある公爵令嬢が、今も生きて大きく胸を張って高笑いしている事を。
ここはフローワ王国。周辺国からは花と緑の国と評されるそれなりの大国である。
その王都に存在する王立ガルデン学園。通称学園の正門前にて、本日の入学式に参加すべく国中から生徒(予定)が集まっていた。そんな中、
(遂にここから始まるのね! ワタシの約束されたバラ色のサクセスストーリーが)
一人の少女が、喜びを抑えきれぬようにそう内心で笑っていた。
少女は現代日本よりの転生者である。
特に際立った長所も短所もなく、世に名を残す善人でも悪人でもない。趣味と言えばお気に入りの恋愛シミュレーションゲームを嗜みイケメンのキャラクターを愛でるくらい。
そうして日々を過ごしていた会社勤めのOLであったが、ある時歩道橋の階段から足を踏み外して転落。そのまま意識を失ったかと思えば、次に目を覚ますとどこか既視感のある姿に変わっていた。
やや桃色混じりの紫色の髪。つぶらなはしばみ色の瞳。健康的に日焼けした肌。そして、生まれついて左腕にあるまるで開いた花弁のようなアザ。
そう。彼女の嗜んでいたゲーム『いつか、花咲き誇る頃に』の女主人公ライラの幼少期の姿にである。
(この姿…………やった。やったわ!)
ゲームの内容通りであれば、行動さえ誤らなければハッピーエンドが約束された世界だ。嬉しくない筈がない。
そして、彼女は行動を誤らない自信があった。それは彼女がこのゲームを既に何周も行い、全主要キャラとのハッピーエンドを迎えた実績があるためである。
世界の公式設定を始め、全キャラクターのプロフィールとセリフ、及びどのタイミングでどの場所に居るか、好感度によるルート分岐の条件などもおおよそ頭に入っている。いわば簡易的に未来が見えているのと同じ事だった。
そうして、彼女はライラとして生きていくことを決意したのだが、勿論全てがそう上手く行くものではなかった。
なにせこの世界。
ゲームでの主要キャラ以外もしっかりと生きていて、それぞれ意思を持って生活している。ゲームでは語られていない部分は当然ライラも知る筈もなく、その上本編の内容の大半はライラが学園に入学する日から。
(この清貧生活も、学園に入学するまでの事。そうなればパラダイスが待っているのよっ!)
ライラは教会の前に捨てられていた孤児であり、当然この世界の基準でもやや厳しめの生活水準ではあったが、彼女はへこたれなかった。
それもこれも華々しい未来の為と、日々神父やシスターの手伝いや他の孤児達のまとめ役を務め、時折町に出ては孤児達で作った小物などを売っては金銭を得ては教会を切り盛り。
また僅かな小遣いからきたる学園生活の為に出来うる限りの準備を整え、遂に皆に見送られながらも教会を出立し、この学園に辿り着いたのだった。
こうして冒頭のシーンに戻るのだが、
(……ダメよ。まだ笑っちゃダメ。まずは入学式。そしてその後で行われる
いくらある程度の展開が分かっているとはいえ、入学は文字通り始まりに過ぎないのだと、ライラは自らの頬をパンパンとはたく。
しかしいくら自分を律しようとも、幸せな未来を想像するだけでにやけた笑いは出てしまうもの。
(ああでも、でもっ! もうすぐ最推しであるアルバートを生で見れる。それだけじゃないわ! ロウだってテトきゅんだって。……ウィリアム様だけは少し後から学園に来るから無理なのは残念だけど。だけど全員揃ったらもうサイッコー! そしてゆくゆくは夢の逆ハーレムルートなんかも狙えたり……ふふっ。ふふふ)
もう限界だった。さりげなく近くの人間がそのにやけ顔を見て距離を取る中、ここまで我慢してきた一ファンとしての熱情が自制を越え、ライラは幸せな未来ををこらえきれずに満面の笑みを浮かべ、
「……アハ」
「
ライラの笑いをかき消すかのように、突如空気を震わせる強烈な高笑いがどこからともなく響き渡った。
なんだなんだとざわめく生徒達の中、ライラはこんなイベントあったかしら? と首を傾げる。そこへ、
ガラガラガラ。
音を立てて、閉ざされていた門が開かれていく。その先には、
「オ~ッホッホッホっ! 新入生の皆様方。お待たせいたしましたわ~っ!」
入口のど真ん中に立つのは一人の女性。
腰まで届くくるりと先がロールした金髪をなびかせ、そのややツリ目がちな碧眼は静かにきらめく。
白磁のような肌はよく手入れされていて、それでいてけっして貧弱ではない。さらに言えば胸も貧弱ではない。寧ろ平均よりやや豊かである。
そして、そこそこの身長をより大きく見せる自信に溢れた堂々たる立ち振る舞いで、どこまでも響けとばかりに胸を張って高笑いする様は、まさしく上に立つ者の風格があった。
それが胸に付けた学年別の飾りから分かるように、
(あれ……誰?)
ライラは混乱していた。あんな人は知らない。あんな濃いキャラがゲームに居たら忘れる筈もない。
「……っといけませんわね。ついつい今日も絶好調過ぎて高笑いが。……こほん。では改めまして、おはようございます皆々様。
そう言って、優雅にスカートの裾を持ってカーテシーを決めながら、その女性は高らかに名乗りを上げる。
そう。これは、ゲームの主人公に異世界転生した女性の物語……
「ガーベラ。ガーベラ・グリーンと申しますの。今日の私は家柄も特に関係のないただの案内役。何か分からない事があれば、気軽に声をかけてくれてよろしくてよ! オ~ッホッホッホっ」
ゲームにおいて悪役令嬢の立ち位置に居る公爵令嬢ユウガオ・グリーン。その公式設定で
“奇矯者”。加えて後に“悪厄麗浄”とも呼ばれるもう一人の公爵令嬢。ガーベラ・グリーンの物語である。
どうも! 知らない方は初めまして。作家未満の物書きの黒月天星です。
如何でしたでしょうか? 今作は現在やっている企画(自分だけ)。昔設定だけ考えた作品の導入部分だけを投稿して供養しようという物の第二作目にあたります。
なお続きません。あくまで供養ですし、導入部分と簡単なあらすじだけという企画ですので。
ただ、ガーベラの方は実は別の拙作悪の組織シリーズにちらほら登場していますので、どういう人物かはそちらを見ていただけると分かるかもしれません。
明日もまた別の作品の導入部分だけ投稿する予定ですので、一話だけ楽しんでいただければ幸いです。